【完結】恋を失くした伯爵令息に、赤い糸を結んで

白雨 音

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スッと目の前に差し出された手は、大きく綺麗なものだった。
だが、そのオリーブ色の目はわたしを映していない。
端正な顔は冷たくすら見えた。
わたしを責めている様に見え、わたしは慄き震える。
恐る恐る手を乗せると、無言で広間の中央へと運ばれた。
示し合わせていたかの様に、楽団による軽やかな演奏が始まり、わたしたちは踊り出した___

リアムとわたしのファーストダンスで、披露パーティは幕を開けた。

ダンスの後は、招待客たちが詰め掛け、それぞれに祝福の言葉を掛けてくれた。
感動に言葉を紡ぐ者、思い出を語る者、美しい詩を詠む者…
どれも心が込められていた。
それらに対し、リアムは儀礼的に言葉を返してはいたが、そこに感情は籠っていなかった。
一欠片の笑みも見えない、冷たい目をしている…
それに気付いた者はいただろうか?

ドミニク、フィリップ、ソフィには、特に気付かれたくなかった。
もし、知られたら、心配するだろう。
結婚を許した事を後悔するかもしれない。
わたしを想い、わたしの為にしてくれた事だ、悲しい思いはさせたくない。

幸せなフリをしなくては___

わたしは内心の動揺や悲しみを抑え込み、笑顔を振りまいた。


リアムとわたしは、何曲かダンスを踊った。
恐らく、話さなくても不自然に見えないからだ。
無言で、視線を交わす事なく、ダンスを踊る…まるでカラクリ人形の様だ。

そして、頃合いを見て、リアムは広間から姿を消した___

わたしは、戸惑いつつも、リアムを追った。
夫が居ないというのに、わたしだけ残って居ては、怪しまれるだろう…


リアムは早足で回廊を行き、階段を上り、廊下を進む…
わたしは見失わない為に、靴を脱ぎ、半ば走る様にし、追いかけていた。
ドレスは重く、息が切れる。

「リアム様…」

声を掛けようとしたが、その前にリアムは部屋へと消え、その扉は音を立て閉じられた。
わたしは肩で息をし、茫然と立ち尽くしていた。


「まぁ!シュゼット様、どうなさったのですか?」

どの位経っただろう…
メイドに気付かれ、わたしは咄嗟に笑顔を作った。

「すみません、迷子になってしまい…部屋を教えて頂けますか?」
「それでしたら、こちらで合っております、こちらがご夫婦の寝室、
そして、お隣がシュゼット様のお部屋です、内扉は寝室に繋がっております。
何かありましたら、お呼び下さい___」

メイドが丁寧に教えてくれ、わたしは礼を言い、教えられた自分の部屋へ入った。
部屋は広く、年代物の鏡台やチェスト、クローゼット等が置かれている。
わたしがルメール家から送った荷物は、手を付けられずに置かれていた。

わたしは絵を纏めていた箱を開け、家族の肖像を取り出した。
ドミニク、アザレ、フィリップ、そしてわたし。
優しい家族に慰められる気がし、わたしはそれを机の上に置いた。
他の絵は出せる物では無かった。

リアムの絵など、見つかったら何と思われるか…
背中がヒヤリとした。

わたしは荷物から衣服を取り出し、クローゼットやチェストに移した。
ソフィが選んでくれた、夜着と下着も勿論あった。

『旦那様を喜ばせてあげなくてはね!』

悪戯っ子の様なソフィの笑みが蘇る。
わたしは意を決し、ドレスを脱ぐと、お湯で体を清めた。
白いレースの下着、そして、薄く柔らかな生地の白い夜着を身に着ける。
髪は時間を掛け梳かした。
そして、香水を少し…

「大丈夫かしら…」

自信には程遠い、不安と緊張で心臓が壊れてしまいそうだ。
誰かに勇気付けて貰いたい。
だが、ここには、頼りになるソフィはいない…
今日からは、自分独りでやっていかなければいけないのだ___

わたしは胸に手を当て、深呼吸し、内扉を小さく叩いた。
返事は無かった。

「リアム様…よろしいでしょうか…」

わたしは声を掛け、その扉を静かに開いた。
部屋の中央に、天蓋付きの大きなベッドが置かれていた。
わたしは息を詰め、静かにそちらへ向かった。
寝具が盛り上がり、リアムが寝ているのが分かる。

良かった!避けられていない!

「リアム様…お休みですか?」

声を掛けてみたが、返事は無かった。
わたしはそろそろとベッドに上がり、寝具に入った。
リアムの方を向き、それに気付いた。
リアムはわたしに背を向けている___
ベッドは二人が寝ても十分に余裕があるが、リアムが端に寄っている所為か、
余計に広く、そして遠く感じた。

避けられて無いなんて、何故思ったのかしら…
彼は、こんなにも拒否を示している。

わたしを受け入れる気は無いんだわ…

わたしは溢れ出る涙を止める事が出来ず、リアムに背を向け、
声を殺して泣いた。


わたしは悲しみに囚われ、眠る事が出来ず、悶々と夜を過ごした。
リアムは早朝、まだ陽が上がらない内に起きると、一言も発する事無く、部屋を出て行った。
その事で、わたしはまた泣いてしまった。





泣き疲れるまで泣くと、少しだけど落ち着く事が出来た。
わたしは自分で自分に言い聞かせる。

泣いていては駄目よ…
皆に気付かれてしまう…
泣いても、悪い事しか起きないわ…

リアムと上手くいっていない事は、誰にも知られたくない。
誰かに知られたら、『妻失格だ』と、家に帰されるかもしれない。
ドミニクやフィリップ、ソフィに心配を掛けたくない、悲しませたくない。

「いいえ…違う…」

ただ、わたしが、リアムの妻でいたいだけ___

嫌われても、疎まれても、振り向いて貰え無くても…
どんなに辛くても、わたしはリアムの妻でいたかった。

漸く会えたのだ。
彼との思い出が、その存在が、今までどれ程支えになっただろう…
ここを出されたら、もう、二度と会えなくなってしまう___

「そんなの、耐えられない!」


わたしは気を強く持とうと、自分を励まし、着替えをすると顔を洗った。
散々泣いてしまった所為で、酷い顔だ。

「どうしたらいいの…」

こんな事は初めてだし、こんな時の対処法など、教えて貰った事が無く、
わたしは途方に暮れた。
結局、布を水で濡らし、顔を冷やす事位しか思い付かなかった。

だが、メイドが見て心配してはいけない。
わたしはベールを被り、食事を運んで来たメイドに、
「今日は部屋で休ませて頂いてもよろしいですか」と告げた。
メイドはニコニコと上機嫌で、「それがよろしいと思います」と言ってくれた。
わたしは安堵し、一日中、顔を冷やすのに時間を費やしたのだった。


オベールとベアトリスに不審に思われない為にも、晩餐には出席しなければいけない。

わたしは着替えをした。
リアムに気に入られる為には、どうしたら良いだろう?
どんなドレスが好きだろう…
そんな風に思い、鏡に自分の姿を映した時だ、不意に、あの美しい女性の姿が頭に蘇った。

アドリーヌ=ベルトラン。

嘗てのリアムの婚約者だ。
一度だけ彼女に会った事があるが、その美しさに目を奪われた。
彼女と比べ、鏡の中のわたしは、なんとみすぼらしいのか…

「きっと、リアムもそう思ったんだわ…」

わたしは化粧品を掴む。
アドリーヌを真似て化粧を施す。
真っ赤な口紅を引く、目の周りは黒く塗って…睫毛ももっと豊かで…

ドレスも、もっと胸を強調した物にしなければ…

だけど、彼女の様な、深紅のドレスなど持っていない。
どれも、薄ぼんやりとした色のドレスばかり…
フォーマルな黒色のドレスでさえ、魅力的なものでは無かった。
少しでも彼女に近づこうと、無理矢理胸に詰め物をする…

わたしは自分の姿を鏡に映し、絶望した。
化粧は全く似合っておらず、まるで道化師の様だ。

「リアムが気に入る筈が無いわ!」

わたしは泣いてしまい、晩餐を断らねばならなくなった。


「体調が悪いので…」とメイドに断りを入れ、寝室のベッドで寝具を被っていた。
どの位経ったか、扉が開く音がし、ギクリとした。

「体調が悪いと聞いた、そんなに悪いのか?」

その声にはやはり感情は見えなかった。
わたしは寝具を被ったまま、答えた。

「いえ、休めば大丈夫です、晩餐に出られず、すみませんでした…」
「晩餐にはなるべく出る様に」

その言葉に、わたしは胸が押し潰されそうになる。
何とか声を絞り出し、返事をした。

「はい、申し訳ありません…」

リアムは何も答えず、寝室を出て行った。
体が震え、涙が零れる。

泣いては駄目!
リアムは声を掛けてくれたわ!
わたしを心配してくれたのよ!

必死でそう思おうとしたが、それが真実でない事は、明白で、
その分、また涙が溢れた。


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