【完結】恋を失くした伯爵令息に、赤い糸を結んで

白雨 音

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「どうした、シュゼット、
フォーレ伯爵の御子息との結婚は気に入らないかね?」

ドミニクはからかう様に言う。
まるで、わたしの気持ちを知っているかの様だ。
だが、今のわたしには、それを考える余裕などは無く…

「あの…そのお話は…本当なのですか?」

とても信じられない。
信じろと言われても無理だ。

だけど、嘘だなんて言わないで___!

「ああ、本当だよ、おまえはフォーレ伯爵家に嫁ぐんだよ、リアムの妻として」

わたしが、リアムの妻に___!

わたしは両手に顔を伏せた。
涙が溢れる。

ドミニクは席を立つと、わたしを優しく抱擁した。

「良かったね、シュゼット…幸せになるんだよ…」

わたしは感謝を込め、ドミニクを強く抱擁し返した。





リアムと結婚し、リアムの妻となる___

それは、まるで夢の様で、半ば信じられずにいたが、それでも喜びの方が大きかった。
こんなに幸せで良いのだろうかと思う程に、わたしは舞い上がっていた。
だから、それに思いが及ばなかったのだ。

アドリーヌ=ベルトラン

わたしが彼女の存在を思い出すには、もう暫く時間を必要とした。
その月の終わり…リアムとの結婚式が終わってからになる___


直ぐに結婚の運びとなる為、婚約式は省略し、書類のみで終わった。
挙式や披露パーティは、フォーレ家が取り仕切ってくれるとの事だった。
その為、わたしはルメールの館に居て、結婚式用のドレスの準備や、
フォーレの館へ入る事で必要となる物を揃える事に時間を費やした。

ソフィが手伝ってくれたお陰で、事は順調に運んだ。
ただ、ソフィが呼んだ仕立て屋から、新妻用だと、見た事の無い妖艶な
夜着や下着を勧められた時には、恥ずかしさと緊張で、固まってしまった。

「こ、こ、この様な物を、皆さん、身に着けるのですか?」
「そうよ、でも、シュゼットには、もう少し大人しいものがいいわね…」
「そうして頂けると幸いです…」

魅惑的な夜着や下着には怯んでしまう。
ソフィに選んで貰い、購入したものの、これを身に着ける自分は想像出来なかった。

衣類や化粧品…フォーレの館へ送る荷物の中に、絵も入れた。
それ程大きくは無い家族の肖像を一枚と、ルメールの館に置いて行けない絵を持って行く事にした。

披露宴に呼ぶ親族たちのリストは、ドミニクが準備してくれた。
わたしには親しい友と呼べる者は無かった。





わたしがルメールの館を立つ日の前日、
ドミニクがわたしを、アザレの絵を飾った部屋に誘った。
ドミニクは懐かしそうにそれらを見ていた。

「沢山描いてくれたんだね…どれも良く描けている、そっくりだよ…
アザレを幸せにしてくれて、ありがとう、シュゼット…
おまえは、本当にいい娘だ、私たちの自慢の娘だよ、それはずっと変わらない。
何があってもだ、いつでも私たちを頼っていいんだからね、シュゼット」

ドミニクもアザレもフィリップも、本当の娘では無いわたしを、本当の娘の様に愛してくれた。
それだけでも十分なのに、嫁いだ後も、変らないと言ってくれる。
感謝が胸に溢れた。
この家族に引き取られて、本当に良かった…

「お父様…ありがとうございます」

とても言葉では足りず、わたしはドミニクを抱擁し、感謝と愛を伝えた。





遂に、その日がやって来た___

ルメールの館から、半日掛け、フォーレ伯爵領にある教会へ向かった。
それは、古く、歴史のある大きな教会だった。

わたしは、真っ白いドレス姿でベールを被り、
手には可愛らしい青や水色の花を集めたブーケがあった。

参列席を両脇に、祭壇へと続く真っ赤な絨毯の上を、ドミニクに付き添われ、ゆっくりと進む。

緊張と期待、喜び、そして恥じらいもあり、
胸がいっぱいで、わたしは周囲を見る所か、顔を上げる事すら出来無かった。
ドミニクの手から、リアムへと渡され、彼に手を取られた時、それは最高潮に達していた。

一緒に祭壇に向かい、式が執り行われている最中も、わたしの耳には何も入って来なかった。
神父の言葉の後、リアムが抑楊の無い声で「はい、誓います」と述べた事で、
わたしも何とか、「はい、誓います」と返す事が出来た。

指輪の交換では、手が震えてしまったが、何とかその大きな指に、
金色の指輪を嵌める事が出来た。

リアムの手で、わたしの顔に掛かるベールが上げられる。
わたしは緊張と恥じらいの中、顔を上げた。

彼の妻になれる___

これから先、彼と共に歩む人生を思い、喜びと期待に胸は膨らんだ。
だが、それらは、リアムの顔を見た瞬間に、凍りついた。

そこには、何の色も無かった。

そのオリーブ色の目は虚ろで、何も映してはいない。

息を飲むわたしに、彼は口付けた。

冷たく、触れただけの唇。

周囲の祝福の声の中、彼に手を取られ、わたしは歩く。
ちゃんと歩けているか、自分でも分からない。
何か、恐ろしい事が起こっているように思えてならなかった。
だが、ドミニク、フィリップ、ソフィの姿が目の端に映り、わたしは笑顔を作った。

教会を出て、馬車に乗る。
これから、フォーレの館に行き、広間で披露パーティが行われる。
二人きりになり、馬車が走り出しても、会話は無かった。
リアムの視線は窓の外へ向かい、その背中はわたしを拒絶している様に見えた。
今になり、わたしは、リアムがこの結婚に乗り気では無いという事に気付いた。

何故___

わたしは記憶を辿る。
ドミニクから、結婚の打診が来たと言われた時…

『相手のご両親は、おまえを大層気に入ってくれた様だよ。
是非、息子の妻にしたいと申し込んで来た』

わたしを気に入ってくれたのは、フォーレ伯爵と伯爵夫人で、
リアムでは無い…?

『フォーレ伯爵だよ、御子息のリアムとの結婚を申し込まれた』

結婚の申し込みは、フォーレ伯爵からで、リアムでは無い…?

でも、館では、わたしに微笑んでくれたわ!
額の話をしてくれて、絵を褒めてくれて、勇気付けてくれた!

だけど、ほとんどの時、彼はわたしに目を向けなかったわ…
わたしに話し掛けてくれる事もなかった…
いつも、素っ気無かった…
館でもほとんど見掛け無かった…
彼はいつも、わたしに興味は無いと、示していた___

ああ!わたしは思い違いをしていたんだわ!

てっきり、リアムもわたしを気に入ってくれたものと思っていた。
まさか、当人であるリアムが結婚に反対だなんて、思いもしなかった…
だが、考えてみれば、貴族なのだから、結婚は親の意志だけで成立する。

だけど、まさか、あのオベールとベアトリスが、そんな事をするなんて!

いや、彼らを責めるのは違う、わたしは故意に見落としたのだ。
気付こうと思えば、気付けた筈だった…

だけど、わたしはリアムと結婚したかった。
あの時、そのチャンスを目の前に出された。
望む事さえ畏れ多いと諦めていた、その夢が叶うと思った瞬間、
わたしは、都合の悪い事全てに、目を、耳を閉ざした___

どうしても、リアムと結婚したかった___!

ああ…これは、わたしの罪の結果だ。
わたしが引き起こしてしまった事だ。


わたしは、どうしたらいいの___!

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