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しおりを挟むリーズが料理見習いをしているというので、わたしはこっそり覗きに行った。
リーズの事だ、上手くやっているだろう。
何といっても、リーズはわたしよりも余程、要領が良かった。
それでも、気になってしまうのは、姉としての性だ。
こっそりと調理場へ入らせて貰い、離れた所から見させて貰った。
リーズは踏み台に上がり、大きなボウルを抱え、何やらかき混ぜている。
「リーズちゃんは良く頑張ってるよ!」
「あの子は見込みがある!」
「何といっても、あの体で俺たちと同じ位、力があるんだ!」
「いやー、驚いたよ!」
見込みがあるって…体力の事だったのね…
「体力だけでは、お菓子職人にはなれませんわよね…」
夢を与えないで欲しい。
「いやいや、センスもあるよ!若いからね、発想が突飛でいい!」
豪快に笑う料理長をわたしは胡乱の目で見てから、小さく嘆息した。
まぁ、本気で、菓子職人など目指してはいないだろうけど…
「心配は無いさ、真面目で飲み込みも早いから、三年も修行すれば立派に独り立ち出来る!」
十三歳で独り立ちして貰っても困るわ!
リーズが直ぐに飽きる事を願うしかない。
「ありがとうございます、リーズと少し話せますか?」
「ああ、リーズ!休憩だ!」
料理長がリーズを呼んでくれたが、リーズは不満そうだった。
「もう!いい処だったのに!何なの、お姉様」
「あなたのカップケーキを食べたわ、最近ずっと、わたしの所に運ばれて来るの」
「ホント!?それで、どうだった!?美味しかった!?」
リーズが目を輝かせる。
少し悪いとは思ったが、本人の為だ、わたしは厳しめに言った。
「ぼそぼそしてたわ、それに、アイシングも崩れてた」
リーズはムッとし、唇を尖らせた。
「でも、味は良かったわ、料理長は見込みがあるって言ってたし、わたしもそう思う」
「ホント!?あたしもよ!そうだと思ってた!」
機嫌の直ったリーズは得意気な顔になり、小さな胸を張った。
わたしは顔を近づけ、声を落とした。
「それはそうと、リーズ、抜け道の方はどうなってるの?」
「散歩と言って歩き回ってるよ、図書室でこの城の平面図も見たりしてる。
それで、幾つか外へ出られる秘密の通路はあったわ、ただ、試しては無いの。
見つかったら言い訳出来ないでしょ?」
「そうね、怪しまれたら元も子も無いものね…
お母様はどうしてる?暇じゃないかしら?」
「暇なんて!全然よ!お姉様はずっと、織物してるでしょ?
あたしも料理を習ってるから、自分はお姉様のウエディングドレスを作るって!
王様から布代を貰って、生地を買って来て、部屋で作ってるよ」
「王様に布代を出させたの!?」
居候をしている身で、何て事をしているのだろう!!
わたしは思わず頭を抱えたが、リーズは平気な顔をし、自分で作ったカップケーキを頬張った。
「大丈夫よ、王様はすっかりお母様に参っちゃってるもん!」
「どういう事?」
「王様とお母様は、毎日、一緒にお茶をしているの、すっごく楽しそうにね!」
「そう…王様と仲良くなっておくのは良い事よね…」
今後の事を考え、王を懐柔しているなんて、流石お母様!
納得するわたしの前で、リーズは小さな肩を竦めた。
「あたしたちの事は気にしなくていいよ、
お姉様はお姉様で忙しいんだし、自分の事だけ考えてよ!」
リーズはわたしの事を思って言ってくれているのだろう。
だけど、少し寂しくなった。
「ありがとう、でも、一週間に一度位は顔を見に来るわ」
「あたしがカップケーキを持って行ってあげるよ!」
「ありがとう、楽しみにしてるわ」
調理場を出て、母の様子を見に、母の部屋へ向かった。
メイドに母の部屋を聞いたが、今の時間は、王とお茶をしていると言われた。
パーラーへ向かっていた処、またもや視線を感じた。
この殺気…ルネの側近のエミールだろう。
唯一、わたしたちを疑っている者だ。
寧ろ、疑っているのが一人きりな事に驚くけど…
わたしは視線に気づかない振りをし、無視する事にしたが、今日は珍しく、声を掛けられた。
ルネが居ないからだろう…
「ヴァレリー様…」
わたしは足を止め、顎を上げ、振り返る。
「何か御用かしら?」
エミールはルネと同じ位、小柄な青年だ。
エミールはわたしの冷たい視線に、少し怯んだ様だが、わたしを睨み見た。
「ルネ様の側近のエミールです、
あなた方はどういった経緯で、我が国に来られたのですか?」
「王様とルネ様がご存じの事を、わたしが答える義務がありますか?」
「表面上の事を言っているのではありません!どう考えてもあなた方は怪しい!
オピュロン王国の密偵だと思われても仕方無いでしょう!」
怪しいと思うのは仕方が無い。
寧ろ、思わないで浮かれている方が変なのだ。
だが、あらぬ嫌疑を掛けられるのは面白く無いし、本当に密偵だったとして、
『はい、密偵です』などと言うとでも思っているのだろうか?
ならば…牽制?
自分は疑っているぞと?
ふん!そんな脅しが利くとでも?
「側近如きが、王太子の婚約者であるわたしを愚弄するおつもり?
我が名はヴァレリー=アベラール!お疑いなら、ご自身でお調べなさい!
王太子の側近ならば、その位は出来て貰わなくては困りますわ!」
わたしはさっと、踵を返し、スカートを翻して場を去った。
エミールは追い掛けては来なかった。
パーラーへ向かうと、楽しそうな笑い声が聞こえて来た。
その声の主は母と王で、二人は向かい合い、楽しそうに笑っていた。
「ヴァレリー様がお見えです」と、執事が告げると、二人が振り返った。
母は直ぐに立ち上がり、長い腕を大きく伸ばし、わたしを抱擁してくれた。
「ヴァレリー!久しぶりね~!頑張っていると聞いているわよ~」
「ヴァレリー、君も一緒にお茶をしていくといい」
席を勧められたが、わたしは断った。元々、長居をする気は無かったのだ。
「いえ、母の様子を見に来ただけですから…
お母様、わたしのウエディングドレスを作っているって本当なの?」
「ええ!そうなのよ~、だって、あなたもリーズも働いているでしょう?
私も何かしなきゃ、居候をしている訳にいきませんもの~」
「居候だなど思わないで頂きたい、息子の花嫁の母と妹なのですから、当然の事です」
「まぁ、王様はなんてお優しいの!私がどれ程心強いか、お分かりになって?」
「いつまでもこの城に居て下さって構わないのですよ、ベラ」
何やら、甘い空気を感じるわ…
不思議とひ弱な王が逞しく見える…
「王様、ドレスの費用を持って下さり感謝致します。
それでは、お母様、わたしは戻らせて頂きます」
わたしは二人に挨拶をしたが、二人はわたしの声など聞こえていないのか、
見つめ合ったままなので、わたしは肩を竦めパーラーを出たのだった。
二人共、どうしちゃったのかしら?変な物でも食べたのかしら??
塔に戻ると、ルネが織機に向かっていた。
タン!タン!タン!と、リズムの良い音が聞こえて来た。
「ルネ様!席を外しておりました、申し訳ありません」
「謝る事はありませんよ、どちらへ行かれていたのかは、気になりますが?」
ルネはにこやかだが、催促の様に思えた。
「先日、ルネ様から伺ったので、妹の様子が気になり、見て参りました。
その後、母の様子も…」
「そうでしたか…それは、申し訳無い事をしました」
ルネが手を置き、わたしに向かい頭を下げたので、ギョッとした。
えええ!?何で頭を下げられているの!??
王太子がわたしなんかに…
「あの…ルネ様??」
「僕が話す事で、逆にあなたを心配させてしまいました…」
「ルネ様が謝る事ではありません!ルネ様のお陰で、様子を見に行く良い機会になりました。
織機に夢中になっていましたので」
「あなたは優しい方ですね」
ルネに言われ、わたしはキョトンとするしか無かった。
ああ、やはり、ルネの感性には付いていけないわ…
優しいとか…
そんなの、言われた事は無いもの…
「ヴァレリー、お茶にしませんか?リーズとお母上の様子を聞かせて下さい」
母とリーズの話を?本気で言っているのだろうか?
アンドレは一度も尋ねてくれた事は無かった…
そんな事を考えてしまっていたのが悪かった。
ルネが立ち上がり、紅茶を淹れ始めた。
わたしは自分が出遅れた事に焦り、ルネの手から紅茶のポットを奪おうとした。
「ルネ様!紅茶はわたしが___!」
わたしの手が、ルネの骨ばった手の甲に触れ、わたしは思わず息を飲んだ。
ルネの灰色の目がわたしを見つめ…微妙な空気に、わたしは咄嗟に飛び退いていた。
「も、申し訳ございません!」
わたしは赤くなる頬を隠そうと頭を下げる。
ルネが「くすくす」と笑った。
「その謝罪は、手が触れた事に対してですか?それとも、僕を避けた事でしょうか?」
そ、そ、そ、それはどちらだと答えるのが正解ですか!?
ああ、何故、妃教育の教師たちは、役に立つ事を教えてくれなかったのか!!
あわあわとしていると、ルネがわたしに紅茶を差し出した。
「すみません、あなたを苛めるつもりでは無かったのですが…
これで機嫌を直して頂けますか?」
ルネが大人に見える…
見た目に反して、経験値が高いのだろうか??
わたしは内心で汗を流しつつ、紅茶を受け取った。
「あなたの謝罪を受け入れますわ」
殊更、大人ぶって。
ルネは「どうぞ、レディ」と椅子へ促してくれ、わたしは座って紅茶を飲んだ。
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