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しおりを挟む「お母上と妹君はいかがでしたか?」
ルネが改めて、母とリーズの様子を聞いてくれたので、
わたしはいつもの様な、上辺だけの言葉で返すのは悪い気がし、話していた。
「リーズはお菓子作りに夢中でした。
わたしが行った時は、丁度作業の途中だったらしく、迷惑そうでした。
料理長が褒めていた事と、わたしも見込みがあると言うと、凄く喜んでいました」
ルネは頷いて聞いてくれた。
「リーズは熱心ですからね、上達も早いです、あなたと似ています」
「リーズとわたしがですか?まさか!」
全く似ておりませんわ!と笑い飛ばしたが、ルネは「くすくす」と笑っていた。
「週に一度は様子を見に行くと言ったのですが、それは嫌みたいで、
逆にこちらにカップケーキを持って来てくれると約束しました」
「あなたを気遣っての事でしょう」
「それか、感想を聞きたいかだと思います」
「可愛い妹君ですね、お母上はいかがでしたか?」
わたしは、パーラーの母と王を思い出し…
何とも答え難く、「元気そうでした」と簡単に纏めた。
するとルネが問う様にわたしを見た。
その灰色の目が、話す様に促してくる…
「母がわたしのウエディングドレスを作ってくれると聞きました…
ですが、王様に経費を強請った様です…国のお金ですのに…申し訳ありません」
もし、妃教育の教師が知ったら、《極悪》扱いされるだろう。
牢に入れられるかもしれない案件だ!
だがルネは、わたしが謝罪すると、あっさり、「ああ」と頷いた。
「気になさらないで下さい、本当でしたら、こちらが用意すべき事です。
僕の方こそ、気が回らずに申し訳ありませんでした」
「ですが、わたしたち、お世話になってばかりで…」
言ってしまえば、無銭飲食の居候だ。
まさか、手持ちの金がほとんど無いなど、気付かれてはいないだろうが…
情けないやら、申し訳無いやらで、わたしは頭を下げた。
誠意は見せるべきだろう!
「その分、必ず、この身でお返し致します!」
何といっても、わたしたちの体力は人並み外れている。
それで、最悪は働いて返そう!と思える訳だが…
「それは、有難いのですが、他の者に聞かれると誤解されそうなので…
僕は大歓迎ですが」
ルネが「ふふふ」と笑う。
わたしはきょとんとしたが、数秒後、《それ》に気付き、赤くなった。
「ご、ご、誤解です!!《身》というのは、そういう意味ではございません!
いえ、勿論、夫婦の営みは当然ですが、決して、代償ではございませんので!
それを代償にしては、申し訳が無いというか…代償にならないと申しますか…
そういった所作は、わたしは手慣れておりませんので…!??」
ああああ、自分は何を言っているのか??
益々墓穴を掘っている気がする。
「ヴァレリー、お願いですから、僕以外の者とは絶対に、その様な話をしないで下さい」
ルネの灰色の目がキラリと光る。
その青白い顔は、ほんのりと赤い…
「はい…お約束致します」
わたしは小声で零し、紅茶を飲んだ。
だが、心臓は王都中を駆け回った後の様に煩い。
口を開けると飛び出してしまいそうだ___
◇
ルネは本気だろうか?
本気で、わたしが《女》として、魅力的に見えるのだろうか?
今まで信じて来なかったが、少しだけ、信じて良い気がしていた。
そう、思うのに…
『デカいんだよ!』
『女ならもっと細くなれ!』
『人と同じ様に、食ってんじゃねーよ!』
成長期から、わたしの身長はどんどん伸びていった。
肉付きが良くなり、体重も増えた。
食事を抑えてもそれは止まらず、そして、体も栄養を欲した…
わたしは食欲を抑えられなくなった…
周囲の令嬢からは、頭一つ二つ抜けていた。
思春期の頃には、自分でも恥ずかしさがあり、背を丸めたりもした。
だが、そうすると、『背を正しなさい!』と、妃教育の教師は容赦なく鞭を振った。
『おまえの様なのが隣にいたら、俺が恥ずかしいだろ!』
『おまえは女なんかじゃない、人間ですらない!』
『卑しい獣なんだよ!』
「っ!?」
追放の身となり、ずっと忘れていた事なのに…
急に思い出し、わたしは流し場に走った。
せり上がって来たものを吐き出す。
怖い…!
今まで、アンドレの言葉など、無視してきたのに…
いや、必死で、聞かない様にしていただけだ…
考えない様にしてきただけ…
「考えるな!!」
「忘れろ!!」
「出ていけ!!」
「もう、消えてよ!!」
わたしは本当に《女》だろうか?
それとも、《獣》?
わたしは震える体に自分の腕を巻き付けた。
ルネは知らないのだ。
ルネに知られたくない…!
◇◇
余計な事は考えない___!
問題は先送りする事にし、わたしは無心になり、織機に向かった。
そのお陰もあり、二月が経つ頃には、全体図の三分の二を織り上げていた。
慣れて来たし、織る速さも上がった。
残り一月で仕上げる事は容易に思えた。
ふ、ふ、ふ!見てるがいいわ!ソフィ婆さん!!
「お姉様!差し入れよ!」
リーズがカップケーキを持ち、織場にやって来た。
リーズのカップケーキも、格段に上達していた。
料理人の作る物と然程違いが無く、並べて出されても、分からないだろう。
「ありがとう、リーズ、一緒に食べましょう、紅茶を淹れるわね」
ルネは政務があり、本館の方へ行っている。
わたしは手を休め、リーズとお茶をする事にし、紅茶を淹れた。
「それにしても、上達したわね、リーズ…とっても美味しいわよ、見た目も綺麗だし…」
文句の付け様が無い。
「ふふふ!そうでしょ!」と、リーズは得意気な顔になった。
「カップケーキ以外は作らないの?」
美味しいとはいえ、二月毎日カップケーキを食べている気がする。
リーズは頭を振り、肩を竦めた。
「お姉様は鈍いのよ!どうしてあたしがカップケーキを作ってるか、本気で分からないの?」
わたしは「ええ、全く」と、肩を竦め返した。
「お姉様のウエディングケーキの為よ!沢山焼いて、重ねるの!
アイシングと花を飾ったら、絶対にロマンチックよ!」
わたしのウエディングケーキだなんて…全く考えもしなかった。
わたしは驚きと喜びで照れくさくなり、思わず口元が緩んだ。
「リーズ、ありがとう…わたしの為だったなんて…気付かなかったわ…」
てっきり、菓子職人になるつもりかと思っていた。
「だから、絶対に、追放になっちゃダメよ!」
「それは、わたしにはどうにも出来ない事よ…」
わたしだって、別に、追放されたい訳ではない。
どちらかというと、このまま、結婚してもいいかも?と思えてきている。
最初は、また政略結婚か!と自分の悪運を呪ったりもしたけど…
ルネは優しいし、王様も良い人だし、城の人たちも皆良い人だし、ソフィ先生も然り…
オピュロン王国の王宮とは違い、居心地が良かった。
《追放者》である事、《滅びの星》の事、
《竜の血を引く一族》と知らないからかもしれないけど…
ううう…
これだけ問題が揃っていれば、いつ嫌われて追い出されても仕方ないわ!!
わたしは唸り、紅茶を飲んだが、リーズは子供らしく単純だった。
「確かにそうよね!でも、きっと大丈夫よ!
だって、王様もルネも、この国の人たちはみーーーんな、いい人たちだもん!」
わたしもそう思いたいわ…
今は、王もルネも城の皆も、凄く優しくしてくれているけど…
これが豹変したらどうなるのか…
想像が付かない分、アンドレとのあの結婚式の日より、恐ろしいわ…
「それにしても、お姉様は大したものね!皆感心してるよ!」
「大袈裟だわ、この位、普通よ」
わたしは内心の喜びを隠し、澄まして答えた。
「お姉様はレース編みも得意だったものね!」
「ええ、それで、皆は何て言ってるの?」
誉め言葉が聞きたくて、つい、催促してしまった。
「寝る間も惜しんで、毎日織っているでしょう?並みの人間には無理だ!
きっと何か取り憑いたんだ!」
ガクリ。
そりゃ、体力位しか誇れる処は無いけど…
これじゃ、魔物扱いじゃない!!
「若しくは、余程、ルネ王太子を愛しておいでなのだろう、早く結婚したいのさって!」
リーズがニヤリと笑う。
わたしはというと、カッ、と顔が赤くなった。
「ち、ち、ち、違うわよ!わたしはただ、ソフィ婆さんを見返してやりたいの!」
「はいはい、お姉様、素直になられた方が良くてよ?」
「本当よ!あのクソ意地の悪いソフィ婆さんを、ぎゃふんと言わせたいだけなんだから!」
「その《クソ意地の悪いソフィ婆さん》ってのは、あたしの事かい?」
割り込んで来た声に気付き、わたしの顔から血が引いた。
こんな失態を犯したのは初めてだ!
リーズの馬鹿――――!!
「そんな…まさか…先生の事ではございませんわ…
ソフィ先生、カップケーキをどうぞ」
わたしは取り繕い澄まして答え、誤魔化そうとカップケーキを勧め、紅茶を淹れた。
ソフィはカップケーキを鷲掴み、口に入れる。豪快だ。
「美味い!流石だよ!この城の料理人は一流だからね!」
「このカップケーキは、こちらの、わたしの妹のリーズが焼いたものです」
「あんたが?」
ソフィはギロリとリーズを見る。
リーズは得意気にニッと笑った。
どうせ何かケチを付けるのだろうと思ったが、ソフィは大きく笑った。
「こりゃ、驚いた!小さいのに、大したもんだ!美味いよ」
リーズは満足そうに笑い、可愛らしくカーテシーを披露し、スキップをして出て行った。
「お姉様、頑張ってね!」と。
裏切り者!!
「それで、ソフィ先生は、今日はどうされたのですか?」
ソフィは最初の一月は、時々様子を見に来てくれていたが、ここ最近は来ていなかった。
すっかり、油断してたわ!!
「ちょっと見させて貰うよ」
ソフィは織機の方へ行くと、これまで織った物を確認していた。
「ふん…いいじゃないか」
初めての、褒め言葉らしい誉め言葉に、わたしは口元が緩みそうになった。
手で口元を押さえる。
「ありがとうございます、ソフィ先生」
「この調子なら、もう一月もあれば出来るね」
「はい、恐らくは」
最初、ソフィは『素人には半年は掛かる』と言っていた。
『自分なら三月』だと!
達人に並んでやったわよ!!どやっ!!
「だが、これまでの最短記録は、二月と二十五日だ」
え??
「70年前のあたしの記録だよ、これまで抜かれた事は無い、
あんたにも抜けやしないだろうね!」
カッカッカ!と笑い、ソフィは塔を出て行った。
二月二十五日…
「くうう!!上等じゃない!!後、二十五日以内に仕上げてやるわ!!」
わたしはカップケーキを頬張り、布で手を拭うと、肩を回し、織機へと向かった。
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