【完結】転生したらラスボスの毒継母でした!

白雨 音

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16 カルヴァン ※

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◇◇ カルヴァン ◇◇ ※トラウマ回…苦手な方は避けて下さい。

早朝、シャルリーヌが館を出て行った。
カルヴァンにはその様な予感があった為、昨夜から一睡もしておらず、ずっと窓辺から外を見張っていた。
馬車が館を出て行くのを見て、やはり…と零した。

「裏切られた」と怒り心頭になるかと思っていた。昨日、シャルリーヌと対峙した時には、確かに怒りでどうにかなりそうだった、だが今は妙に鎮まり返っていた。感情が消えてしまった様だ。

カルヴァンはもう一つ、嘆息した。
幾らかして、家令が報告に来た。

「只今奥様は病の母を見舞う為、急ぎ実家にお帰りになられました。
馬車には侍女と護衛を付けております。それから幾らか路銀を頼まれましたのでお渡し致しました」

シャルリーヌは使用人たちに信用がある、それは家令も同じで、すんなりと要求に応えた事で分かった。

「ああ、構わない」

カルヴァンの口からは気の抜けた様な声が出た。
家令は気の毒そうな表情をした。

「奥様は必ずお帰りになられます、そうおっしゃっておりました。
旦那様とシリル様にお手紙を預かっております」

家令はカルヴァンに彼宛の封筒を渡し、部屋を後にした。

シリルがどれ程悲しむか…
カルヴァンは彼女を慕う息子を思い出し、沈痛な表情になった。


その後、シリルが起きたと聞き、慰める為部屋を訪ねたが、意外にもシリルは悲しんではいなかった。

「お母様からのお手紙で、お見舞いで一月は帰って来られないとありました。
お母様が戻られるまで、しっかり勉強して、訓練に励む様にと書かれていました。
だから、僕はいっぱい頑張って、お母様に褒めて貰うんです!」

明るい顔にカルヴァンは安堵した。
その左の赤色の目に、黒いものは見えなかった。

シリルは《まとも》だ、黒いものなんてある筈がない___
カルヴァンはそう自分に言い続けてきた。
それを、シャルリーヌは真向から否定し、批難してきたのだ___!



カルヴァンは次期辺境伯であり、見目も良かった為、学園生の頃から女性たちに人気があった。
だが、どの女性も、カルヴァンの地位や財産狙いに見えた為、カルヴァンは女性を嘲り、見下していた。
そんな事もあり、婚約者も持たず、只管に剣の腕を磨いてきた。
トラバース辺境伯の領地は、魔獣が多く棲む為、領主になる為には強さが求められたが、カルヴァン自身、幼い頃から剣や武術が好きだったので、それは天職とも言えた。
両親から結婚を勧められても、「結婚など、まだ先で良い」「その内、結婚する」と逃げていた。
そんな自分の行いを後悔したのは、隣国との戦いで功績を揚げ、王から勲章を受けた後だった。

王族の血を引くメレーヌは、勲章を受けるカルヴァンを見ていたらしく、執拗に結婚の打診をしてきた。
カルヴァンはいつも通りに断っていたが、メレーヌは王妃に強請り、王命を使い、強制的にカルヴァンを自分の夫としたのだった。
メレーヌのやり方は、カルヴァンには受け入れ難い事だった為、彼女を徹底的に避ける事にした。
尤も、メレーヌは辺境伯邸に入るなり、北棟を自分のものとし、自分の侍女カーラ以外は立ち入らぬ様に命じた為、それ程疎ましさは感じなかった。

そうして、一月程は平穏だった為、カルヴァンも油断していた。
今となってはメレーヌが何故自分と結婚したのか、その狙いは分からないが、然程問題も無いだろうと放っていた。
メレーヌに関心が無かった事、女性を見下していた事が、カルヴァンの判断を鈍らせた。


ある日、メレーヌから北棟に来る様に手紙を受け取ったカルヴァンは、彼女が房事を迫ってくると推測した。
結婚して以降も、カルヴァンはメレーヌに結婚した事を後悔させる為にも、触れてすらいなかった。
メレーヌがどんな手を使って来たとしても、落ちる気など無く、嘲笑ってやるつもりで彼女の部屋に向かった。

扉が開き、「どうぞ」と、口元を布で隠した侍女が中へ促した。
カルヴァンは部屋の中に入り、「うっ」と顔を顰めた。窓辺で香が焚かれていて、強烈な臭いを放っていたからだ。
メレーヌは大きなベッドの脇に座り、やはり布で口元を隠し、微笑んでいる。

「香を消してくれ」

カルヴァンはなるべく吸い込まない様に手で口元を覆った。

「無粋な事をおっしゃるのね、旦那様の為に炊いておりますのよ」

メレーヌは楽し気に言い、侍女は香を掲げカルヴァンの周囲を回った。
なんだ、これは___!嫌な予感がし、カルヴァンは礼儀に反する事も厭わず、部屋を出ようとした。だが、足元が言う事を聞かなかった。
カルヴァンは足元から崩れ落ちた。更に香を押し付けられ、座っている事も出来ず、眩暈と共に意識を失っていた。


カルヴァンは奇妙な感覚で目を覚ました。頭はぼんやりとしていた。
全裸の女が激しく腰を振っている、それは夢でも見ているかの感覚だった。
カルヴァンの手足に感覚はあるものの動かせず、自分が裸で、ベッドで仰向けになっている事位しか分からない。

「やめ…ろ」

何とか声を出したが、全裸の女メレーヌは腰を振るのを止めず、ニタリと笑みを浮かべ、カルヴァンを見下ろすだけだった。
怒りの声を上げようとするも、すかさず侍女に口を塞がれた。侍女の手は怪しく体を這い、メレーヌは腰を振りながら奇声を上げる。
カルヴァンにとって、悪夢だった___


部屋にはカーテンが引かれ、昼夜も分からない、数えきれない蝋燭が灯りを灯している。
体の自由を奪われ、強制的に性交を結ばされ、事が終われば放置されたが、体は動かず、口に布を詰め込まれて喋る事も許されなかった。
時折、香を嗅がされ、怪しげな液体を飲まされる。吐き出そうとしても手で塞がれ、飲み込まされた。
体に黒い液で何かを書かれる、メレーヌの体にも書かれていたが、それは文字ではなく、模様の様なものだった。

これは、【儀式】だ___

「ああ、カルヴァン!あなた程完璧な人はいないわ!この力に満ちた逞しく均整の取れた体!精悍なお顔立ち!
世界を統べる王を創るに相応しい相手はあなただと、私には一目で分かりましたの!
あなたは私と共に、世界を統べる王の親となるのですもの、うれしいでしょう?光栄でしょう?」

メレーヌは恍惚とし、笑う。

狂っている___!!

カルヴァンは恐怖し、そして嫌悪した。


メレーヌに拘束され、どれだけの時間、日数が経ったか、カルヴァンには分からない。
気付いた時には本館の自室のベッドに居た。
カルヴァンは見て分かる程に衰弱しており、体も満足に動かせなかった。

家令は当然、カルヴァンが戻って来ない事でメレーヌを怪しんだ。だが、相手が辺境伯夫人という事もあり、彼女が「カルヴァンは帰りたくないと言っている」「誰にも会いたくないそうよ」「私も命が聞けないの?」と言われれば、容易に踏む込む事も出来なかった。
事件となれば、周囲に知られる訳にもいかない、悪くするとカルヴァンが失脚してしまう恐れもある為、救出作戦は暗礁に乗り上げていた。

カルヴァンは仕事を家令に任せ、別の領地にある別邸での療養を決め、直ぐに立った。
一刻も早く、この場から…メレーヌから逃れたかったのだ。

別邸では、話を聞きつけた同窓のセザールが訪ねて来たが、自分の変わり様に驚愕し、療養に力を貸してくれた。
セザールと彼の妻が何かと世話を焼いてくれた事で、カルヴァンは立ち直る事が出来たと言って良い。


カルヴァンは辺境伯邸に戻る事を恐れていた。だが、子が産まれたと知り、戻る事を決めた。
あんな女たちに子を任せてはおけない!
不本意ではあるが、自分の子である事は確かだ、自分には子を護る義務がある___!
意志を強く持つ事でカルヴァンは動く事が出来た。
そんなカルヴァンの為に、セザールは文官の仕事を辞め、カルヴァンの側近になり着いて来てくれた。

だが、子を取り返す事は難しかった。
相手は赤子で、母親が必要だと言い訳し、一年が経った。
何度か会いに行ったが、下手に出ても、脅迫しても、まるで門前払いで、碌に顔を見る事も出来なかった。

そうこうしている内に、あの事件が起こったのだ___

騎士団の拠点で知らせを聞き、セザールと共に直ぐに駆けつけた。
シリルは家令が保護してくれており、怪我もしていなかった。
初めてまともに息子と対面したが、カルヴァンに浮かんだ感情は、【恐怖】だった。
メレーヌと同じ、銀髪と顔立ち、その瞳は灰色と赤色のオッドアイ…赤色の瞳から黒い靄が沸いて来るのを見て、喉が詰まった。

「カルヴァン!大丈夫ですか!?」

セザールが異変に気付き、カルヴァンを支えた。
カルヴァンは青い顔で、「いや…」と言葉を濁した。

「兎に角、北棟に行こう___」

北棟のメレーヌの部屋は、悲惨だった。
壁から床まで血が飛び散り、赤く染まっていて、手足、顔…見事に分断された肉片が転がっていた。
床や周囲には儀式の跡が見え、カルヴァンは苦々しく吐き捨てた。

「あの、魔女め!!」



その後、乳母から話を聞き、「儀式に失敗したらしい」と結論付けた。
尤も、表向きは「自害」とし、『自害した者は、葬儀は出せない』という決まりの為、直ぐに集団墓地に葬った。
メレーヌの両親、親族たちも特に何も言って来なかった。彼等の彼女への評価は「頭のおかしい女」であり、カルヴァンと結婚した際には「厄介払い出来た」と喜んでいたと、後で知った。

その後、直ぐに北棟は取り壊し、焼き払った。
それでも、カルヴァンの中にその痕は残り、いつまでも疼いた。

どんな女性にも興味を惹かれる事は無く、嫌悪感が蘇り、恐怖を抱いた。
それなのに、シャルリーヌにはそれを感じない処か、一緒にいる事を楽しみ、自ら触れてすらいた。
恐らく、自分はシャルリーヌを愛している…
カルヴァンは気付きながらも、気付かない振りをしていた。気付かない方が楽だった。

シリルの事についてもだ。

シリルの赤色の目の奥に、黒いものが蠢いているのを知っている。
そして、それがシリルの悪感情と共に、表に出て来る事も。
メレーヌと侍女の死、暴漢たちの死を、シリルの力だと何処かで分かっていた。
だが、認めたくなかった。

あんな事…【儀式】など無かったと思いたかった。
【世界を統べる王】など、あの女の妄言だと…


『カルヴァン、目を反らさないで、シリルを救う事はあなたの義務よ!』

シャルリーヌの言葉が胸を突く。

「シリル…」

悍ましい行為の果てに生まれた子だ、嫌悪こそすれ、愛してなんてやれない、ずっと、そう思っていたのに…
今は何にも代えられない程に、愛おしい存在になっていた。

『シリルの左目は《魔眼》よ、魔物に苗床にされているのよ、だけど、助けられるかもしれない』

助けられるなら、助けたい!
例え難しくても、最後の最後まで諦めずに手を尽くす、我が子の為ならば当たり前だ!

「私は何をしていたんだ…」

カルヴァンは直ぐに家令を呼び、指示を出した。
それから、ふと、シャルリーヌの手紙を思い出し、封を開けた。
そこには…

《わたしはシリルを救います》
《あなたは傍観しているつもり?》
《我が国の英雄にして、偉大なる騎士団長、そして、たった一人のシリルのお父様》

「全く、生意気な小娘だ___」

悪態吐きながらも、カルヴァンの口元には笑みがあった。
カルヴァンは手紙を懐に仕舞うと、シャルリーヌから奪って来た本を開き、読み始めた。

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