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しおりを挟む突然の事で、すっかりランメルトのペースに乗せられ、忘れていたが、
わたしは彼の父親である、アドルフ=アラード卿と結婚…きっと卿が
全て手配し、成立させているだろう…をしたが、そこに夫婦関係はない。
わたしは【人質】でしかないのだ。
だが、ランメルトの様子から…
恐らく、彼はこの結婚劇の真実を知らされていない、と思われた。
父親が金と短剣を取り返す為に、相手の娘を人質にしているなど、
とても息子に話せる事では無い、アラード卿も『結婚は体裁の為』と言っていた。
「お義母さん」と呼ばれる事に罪悪感はあったが、わたしが真実を話せば、
アラード卿は怒るのではないか?わたしの父でさえ…
『いいか、おまえはクリスティナだ、良く覚えておけ!
おまえがコレットだと露見したら、私たちは破滅だ、
逃げ帰る様な真似をしてみろ!おまえを絞め殺してやる!』
あんな風に言う位だ…アラード卿ならば、どれ程怒るだろう___
それを想像すると、ぞっとした。
「使用人から聞きましたが、食事をされていないとか…」
ランメルトの声で、わたしは考えから引き戻された。
ランメルトの目が残された朝食に向けられていて、わたしは決まりが悪くなった。
「す、すみません…」
「お口に合わなければ、他の物をお持ちしますよ、
遠慮なさらず、何でもおっしゃって下さい」
邪気の無い笑みと親切に、居た堪れなくなる。
ああ、アラード卿が真実を話して下さればいいのに…!
わたしは焦りつつ、言葉を選んだ。
「いえ、ただ、来たばかりで、食欲が無く…」
「それはいけませんね、病気になってしまう」
ランメルトが心配の色を浮かべる。
心配された事など、ほとんど思い出せないわたしは、困り、視線を落とした。
「いえ、元々食も細いですし、徐々に食欲も戻ると思いますので…」
「それでは暫くは様子をみて、酷くなる様でしたら医師を呼びましょう」
医師!?
わたしの生活の中では、食事を抜かれる事は何度もあった。
それに、人質の身で、医師など呼ばれては、アラード卿が黙っていないだろう。
わたしは思わず反論の声を上げていた。
「そんな、必要ありませんわ!」
「僕の母は、病だったんです。
食事を摂らず、痩せていく母を、僕はただ、見ているしか出来なかった…」
それを引き合いに出されると、何も言えなくなる。
これでは、何としても、食事をしない訳にはいかない。
「ランメルト様は…」
「ランメルト、ですよ、お義母さん」
「…ランメルトは、お幾つだったのですか?」
聞いて良い事なのか迷いつつも、それを聞いていた。
「母が亡くなった時は十歳でしたが、その前から、兆候はあったんです…」
ランメルトは俯き、目を伏せる。
十歳であれば何も出来なくて当然だが、彼には後悔の様なものが見え、
胸が痛んだ。
母を失う悲しさや寂しさは、わたしにも理解出来た。
母が家を出たのは、わたしが8歳の時だった。
ある日、突然、何も前触れも無く、母は消えてしまった。
悪い子供だったからだと、自分を責め、母が帰って来る様にと、どれだけ祈っただろう…
毎日、窓から門の方を眺め、母が帰って来るのを待った。
誰かが門を通る度、玄関の扉が開く度に、母ではないかと期待した。
それは、全て裏切られたが…
「その内、あなたの耳にも入るでしょうが…
僕の母は、この塔の上から身を投げ、命を落としました」
わたしは息を飲む。
メイドたちの話は本当だったのだ___
ランメルトの口から聞いた事で、それは確実となった。
ああ…母親の自害に、子供の彼はどれ程傷付いただろう…
「母は、とても繊細な人で、そして、父を愛し過ぎていた…
ですが、父はああいう人ですから…」
彼は頭を振ると、謝罪した。
「すみません、結婚したばかりのあなたに、余計な事を話しました…」
「いえ…」
恐らく、彼はわたしに気を遣ってくれているのだろうが、
わたしとアラード卿の間に【愛】など存在しない。
最初は確かに、親が決めた結婚だとしても、夫から愛されたいという、願望はあった。
誰からも愛されなかった自分を、夫ならば愛してくれるのでは…と望みを持ったのだ。
クリスティナとして結婚する様に言われた時、そんな事、全く構わなかった。
誰かに求められ、愛されるのなら、わたしは『コレット』でなくてもいい。
名など何でもいい、誰でもいい、誰かに愛されたい___
それは、幼い頃から抱いてきた、わたしの心の奥にあった、願望だった。
だが、相手と会い、この結婚が嘘であり、自分が只の人質だと知ってからは、
愛を求めるなど無駄だと、思い知った。
小さな希望の灯も、消えてしまった。
ああ!そうだわ!
だから、わたしは、空っぽになってしまったのだ。
塔から、飛べたのだ___
それに気付き、愕然とした。
体が震え出し、わたしは自分の体に、きつく腕を巻きつけた。
「お義母さん?」
「すみません…」
胸が苦しく、涙が溢れた。
誰も、わたしを愛してはくれない___!!
本当は大声で喚きたかった。
だが、そんな事は出来無かった。
いつも、胸の奥へと押しやってきた。
蓋をし、見ない振りをしてきたが、もう、止められなくなっていた。
わたしは両手に顔を伏せ、声を殺して泣いた。
「失礼します」
そんな声と同時に、体が浮き上がり、わたしは驚きに顔を覆っていた手を外した。
直ぐ近くに、綺麗な横顔があり、息を飲む。
自分がランメルトに抱き抱えられているのだと知り、更に驚き茫然とした。
「ランメルト様…」
「ランメルトですよ、お義母さん」
「ランメルト、あの、一体…何を?」
「部屋にお運びします」
言いながら、さっさと階段へ向かう。
「む、無理です!」
「平気ですよ、怖いなら掴まっていて下さい」
「!?」
わたしは恐る恐る、彼の肩口を掴む。
自分を抱えたまま階段を上がるなんて出来ないだろうと身を竦めたが、
彼は軽々と階段を上って行った。
部屋に入り、わたしはベッドの上に下ろされた。
何事かと茫然としていると、彼は片膝を付き、わたしの足に手を伸ばした。
「!??」
息を飲み、目を見張るわたしに構わず、
その大きな手は優しくわたしの足首に触れ、質素な靴をそっと脱がした。
こんな事をされたのは初めてで、わたしは気恥ずかしく、硬直するばかりだった。
不意に、彼が振り返り、わたしを見たので、ドキリとした。
ランメルトは申し訳なさそうな表情だった。
「泣かせてしまい、すみませんでした、僕の言った事は忘れて、ゆっくり休んで下さい」
「いえ…あなたの所為では、ありませんので…」
「それとも、父に伝えましょうか?」
ランメルトの言葉に、わたしはギョっとし、声を上げていた。
「止めて下さい!
わたしの事は、何もお話にならないで下さい…お願いです」
人質が食事をしないなどと聞けば、アラード卿はきっと、疎ましく思うだろう。
怒鳴り込んで来るかもしれない。
「分かりました…
お義母さんに、結婚の贈り物をしたいのですが、受け取って頂けますか?」
ランメルトが話を変え、わたしは安堵した。
だが、嘘の結婚で、贈り物を受け取るなどする訳にはいかない…
わたしは俯き頭を振った。
「いえ…お気持ちだけで、十分です…」
「それ程大仰な物ではありません、息子として、両親を祝福したいんです。
それに、受け取って頂けなければ、僕は酷くガッカリするでしょう…」
彼の言葉を聞いていると、受け取らなければいけない気がしてきた。
わたしは流され、つい、「分かりました」と頷いていた。
ランメルトは満足したのか、深い青色の瞳を細くし、「ありがとうございます」と、
うれしそうな笑みを見せた。
これ程素敵な笑みを見た事は無い。
それが自分に向けられるのだ、わたしはドキリとし、顔が熱くなるのを止められなかった。
「僕はこれから仕事に行かなくてはいけません、残念ですが、この辺で失礼します。
明日から7日間、僕からの贈り物が届きますので、楽しみにしていて下さい、お義母さん」
7日間??
謎の言葉に目を丸くするわたしに、ランメルトは明るく笑い、部屋を出て行った。
『7日間』という事は、贈り物は7つある、という事だろうか?
「そんな、まさか…!」
親の再婚に、7つも贈り物をするなんて、信じられなかった。
「ランメルト…」
不思議で、そして、素敵な人だった。
初めて会うわたしを、【お義母さん】と呼び、ベッドまで運んでくれ、靴を脱がして…
気遣ってくれた。
それに、自分に掛けられる優しい声、優しい笑顔…
あんな人は初めてだ。
とても、現実とは思えなかった。
母を小さな頃に亡くし、母に出来無かった事をしたいと言っていたが、
きっと、心根の優しい人だ。
そして、きっと、自分と同じで、愛に飢えている…
ふとした瞬間に見せる、その寂し気な目は、それを求めている様に見えた。
「わたしの息子…」
嘘の結婚だというのに、義理の息子が出来てしまった。
だが、それは、わたしの胸を明るくしてくれた。
ランメルトが、新しい火を灯してくれたのだ___
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