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ランメルトが帰ってから、わたしは部屋を掃除し、それでは飽き足らず、
階段から一階まで、くまなく掃除をして周ったのだった。
尤も、来た時には掃除がされている状態だったので、ほとんど汚れてはいなかった。
調理場の棚には、お茶が淹れられる様に、やかん、ティーポット、
カップとソーサー、皿が何枚か…そして、紅茶の葉、砂糖が置かれていた。
調味料は幾つか揃っていたが、食材は無かった。
料理は毎回運ばれて来るのだから、当然だろう。
「お茶は自分で淹れて良いのね…」
わたしはそれを確かめ、満足した。
今日はみっともない所を見せてしまったが、今度来てくれた時には、
お茶を淹れもてなしてあげたい。
訪問の約束はしていないが、きっと、彼は来てくれる…そう、思えるのだ。
『7日間、僕からの贈り物が届きます』
贈り物よりも、ただ訪ねて来てくれたら、それだけで良いのに…
また、彼と話す事が出来たら…
「その方がいいわ…」
わたしは自分の考えと呟きに、赤くなった。
ランメルトと会ってから、わたしは食事もなるべく摂る事にした。
「息子を心配させない様にしなければいけないもの…」
心配性の息子で、義母が食事をしないと医師を呼ぼうとするのだ!
わたしは、思い出し、くすりと笑う。
笑った事なんて、何年ぶりかしら…
ランメルトとの事を思い出すだけで、それを想像するだけで、
明るい気持ちが流れ込んで来て、満たされていく…
そして、自然に笑みが零れるのだ。
「こんな事、初めてだわ…」
自分の変化に戸惑いつつも、それを抱きしめた。
尤も、今までの食事量が少なかったので、急に多く食べる事は出来無い。
だが、朝とは違い、料理を美味しいと感じる事が出来た。
夜だけは、まだ怖かった。
幽霊はまだ良い。
それよりも、夫、アラード卿の方が、わたしには脅威に思えた。
メイドたちの話を鵜呑みにしてはいけないと思いつつも、想像すると怖くなる。
もし、アラード卿が来たら…!
わたしはベッドの下に潜り込み、震えた。
床は冷たく硬かったが、ベッドよりも余程安心出来た。
朝になっても、アラード卿の来る気配は無く、わたしは安堵した。
怖そうな人に見えたが、人質を甚振る気は無いのかもしれない。
◇
その日、朝食を終えた頃、三人の女性が、塔を訪ねて来た。
「奥様ですね、ランメルト様より申しつかりました、
まずは、寸法を測らせて頂きます___」
彼女たちは愛想が良く、感じが良かったが、突然の訪問に、何事かと驚いても良いだろう。
そんなわたしに構わず、彼女たちはわたしの体の寸法を測っていく。
そして、何やら、忙しく相談を始めた。
馴染みの無い、専門的な言葉が飛び交っていて、わたしには聞き取れ無かった。
彼女たちにお茶を…と、一階の調理場で紅茶を淹れていると、
彼女たちは二階から降りて来た。
「紅茶を淹れましたので、よろしければ…」
カップとソーサーは三客あったものの、椅子は無い。
失礼になるだろうかと、遠慮がちに勧めたが、
彼女たちは「ありがとうございます」と、やはり愛想良く、爽やかにもてなしを受けてくれた。
「午後から、もう一度来させて頂きます」と、彼女たちは帰って行った。
体の寸法を測られたという事は、贈り物は衣類だろうか…
あまり高価な物でなければいいが…と不安に思いながらも、
服を貰うなんて、初めての事で、やはりうれしい気持ちもあった。
約束通り、午後を過ぎて、彼女たちが再び訪ねて来た。
だが、今度は、沢山の箱を抱えていた。
箱の中身は、靴だった。
「奥様、こちらの靴を試して頂けますか?」
彼女たちに言われるままに、わたしは何足か靴を履いた。
「足は痛くありませんか?」
「はい」
「履き心地はいかがですか?」
「とても、歩き易いです…」
「それでは…」
フォーマルな靴、茶色いブーツ、履き易い踵の低い靴…
それらが、ズラリと並べられた。
「ランメルト様からの贈り物です、お部屋の方へ運ばせて頂きます」
当然の様に言われたが、わたしは唖然とした。
「そんな!こんなに沢山、頂けません!」
「ランメルト様から、受け取って頂く様に言われております、
受け取って頂かなくては、私たちは帰れません」
困った顔をされ、わたしは仕方なく、「それでは、頂きます…」と折れたのだった。
彼女たちは途端に笑顔になると、意気揚々、靴の箱を二階へ運んで行った。
そして、「残りの物は、後日、お届けに参ります」と帰って行ったのだった。
「そんな!どうしたらいいの…」
まさか、贈り物が、これ程の物だとは思っていなかった。
わたしは、クローゼットの靴入れに並んだ靴の箱を眺め、青くなった。
「こんな事がアラード卿に知られたら…」
わたしは首を絞められるかもしれない。
それに、ランメルトは本当に、こんなに沢山贈ってくれるつもりだったのだろうか?
何かの間違いではないかと、わたしは怖くなった。
お陰で、その夜は食も進まず、そして、一睡も出来無かった。
だが、それは、悪夢の始まりに過ぎなかった。
二日目、二階の寝室に、感じの良い花柄の織物…ラグが敷かれ、
丸テーブル、それから二人掛けのソファが置かれた。
寝室のカーテンは花柄に、調理場のカーテンはレースに変えられた。
「ああ、何て事なの!?」
変わって行く部屋に、わたしは恐れ戦いた。
「カーテンを換える必要はありませんわ!」
せめて…と抵抗したが、それはあっさりと棄却された。
「ランメルト様のご要望ですので、ランメルト様に直接おっしゃられて下さい」と。
三日目、調理場に調理器具、食器…
そして、テーブルには白いテーブルクロス、椅子が新しい物に変えられ、
それは三脚用意された。
「結婚の贈り物なのに、椅子が三脚だなんて…
一つはランメルトのかしら?」
三日目になり、少し慣れてしまったのか、驚き疲れたのか…
わたしはそれを微笑ましく思い、椅子を撫でた。
四日目、レディーズメイドが二人やって来て、全身を磨き上げ、髪を切り、
セットしてくれ、爪を磨き、化粧をし…化粧品等を置いて行った。
デシャン家のレディーズメイドと違い、二人共感じが良く、
わたしを見ても顔を顰めたりしなかったので、わたしは大人しく従った。
彼女たちはテキパキと仕事をこなし、わたしを令嬢…いや、貴夫人に仕立て上げたのだった。
簡単な髪の結い方も教えてくれた。
こうなると、自分のみすぼらしいワンピースがちぐはぐに見えてきた。
五日目、この日は、クッキー、ショコラ…焼き菓子が沢山詰められた籠、
そして、色彩豊かな花々が、両手で抱えきれない程、届けられた。
これは、一番、ほっと出来る贈り物だった。
花瓶は無いので、わたしはあるだけカップを取り出し、花を分けて生けた。
それを一階の出窓、食事用のテーブル、調理場、寝室の窓辺、机…
飾って歩いた。
花を見ると心が和んだ。
六日目、イブニングドレスが一着、普段着のワンピースが七着、
そして、夜着、下着類が届けられた。
どれも新品で美しく、手に取るのさえ怖かったので、
チェストとクローゼットに仕舞って貰い、
クローゼットの取っ手は、腰紐を抜き、結んでおいた。
「こんなの!とても着られないわ!!」
そして、最終日の七日目。
この日の昼過ぎ、訪ねて来たのは、ランメルトだった。
ノックの後、扉が開き、そこにランメルトが立っていて、
わたしは驚きと喜びに、「まぁ!」と口元を両手で覆った。
ランメルトは深い青色の目を細め、微笑んだ。
「お義母さん、元気にされていましたか?」
「は、はい…」
想像の中では会話が出来たが、いざ、本人を前にすると、言葉が上手く出て来ない。
そんな自分がもどかしくなる。
「中に入れて貰えますか?」と、ランメルトに促され、
わたしは「すみません!どうぞ…」と、慌てて脇に避け、彼を通した。
彼は部屋を見回していた。
「いいですね、あなたらしい部屋だ…」
うれしそうだが…
全ては、ランメルトからの贈り物だ。
「これは、全てランメルトがして下さったのでしょう?」
「そうですが、綺麗に整っていますし、掃除もされている。
花が飾られていて…花瓶が無い事には気付きませんでした」
ランメルトが笑う。
「調理場も使って頂けているみたいですね、紅茶の香りがします。
お菓子は食べて頂けましたか?」
「はい、とても美味しくて驚きました…ゆっくり、頂きます」
あまりに高価な物だったので、少しだけ食べ、残りは客に出す物として棚に仕舞っていた。
「服や靴は気に入って頂けませんでしたか?」
わたしは今も、家から持たされた質素なワンピースと靴を身に着ている。
化粧品を貰い、化粧の仕方も教えて貰ったが、それにも手は付けていなかった。
「いえ…ただ、これだけの物を貰ってはいけない気がして…
わたしには過ぎた物ですから…」
「そんな事はありません、お義母さんの幸せは、息子である僕の幸せです。
あなたが幸せでなくては、僕も幸せではいられない。
どうか、僕の為にも、受け取って下さい」
ランメルトは実に上手く、わたしの逃げ道を塞いでしまう。
それに、贈り物は既に持ち込まれてしまっている。
今更、何を言っても遅い事は分かる。だが…
「でも…きっと、あなたのお父様は、良く思われませんわ」
アラード卿の心情を思うと怖くなる。
彼にとってわたしは、妻ではなく、人質なのだから…
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