【完結】灰かぶりの花嫁は、塔の中

白雨 音

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「父は何も思いませんよ、本当は父がすべき事でしょうが、
父はあの通りの人ですから…お許し下さい」

それでは、ランメルトは、不甲斐無い父親の代わりに、
花嫁の為にこれらを揃えたというのだろうか?
今まであった喜びが萎んでしまった気がした。
わたしは唇を噛む。

「その様な必要はありませんでしたのに…
アラード卿は、わたしが派手で贅沢な暮らしをする事など、望んでいません」

修道女や囚人の様に、慎ましく質素に暮らす事を望むだろう。
わたしが嘆き悲しむ事を、あの方は望んでいるのだ。
気持ちが暗くなる。だが、ランメルトはきっぱりと否定した。

「父は良くも悪くも、誰がどの様な暮らしをしていようと、干渉する人ではありませんよ。
この部屋の壁を一面金にでもしない限り、変化に気付く人ではありませんからね。
確かに父は騎士としては一流です、敵う者はまずいないでしょう。ですが、
その外の事となると、めっぽう疎いのですよ。あなたが髪型を変えた位では
気付きません、宝石を一つ二つ付けた位では気付かないでしょう。
息子の僕が断言します」

ランメルトは呆れた様に言い、肩を竦めた。
わたしはとても信じられなかった。

「そんな、まさか!こんなに物も増えて…すっかり別の部屋の様に変わって
しまっているのに、気付かないなんて…信じられませんわ!」

「残念ながら、あの人にとって、椅子は座り心地が良いか悪いか、
物は使い易いかどうか、その位しか関心は無いのです。
細々とした事は全く…
母は毎日の様に綺麗に着飾り、父を迎えていましたが、気付く事は無かった。
父がそういう人だと、母は認められず、力を尽くし…病んでいった…」

ランメルトは頭を振った。
そして、上げた顔は、やはり何処か辛そうに見え、胸が掴まれた。

「すみません、また余計な話をしましたね」
「いいえ、話して下さって構いません…」
「あなたは寛大ですね、普通、前の妻の話など、女性は嫌がるものですよ…」

確かに、そうかもしれない。
相手を深く愛していれば…
わたしは、この館へ来るまでは、アラード卿を愛すつもりでいた。
だが、碌に会話も交わさない内から、この結婚が嘘だと知らされ、
恐ろしい顔で「人質だ」と言われ…
それ処では無くなり、わたしの気持ちは、中途半端に放置されていた。

「あなたは親身になり聞いてくれるので、つい、話し過ぎてしまう…
こんな話を聞かされて…お義母さんは損な性分ですね」

ランメルトが苦笑する。
わたしは何と答えたら良いか分からず、「そうでしょうか…」と曖昧に返した。

「それでは、お義母さん、着替えて来て頂けますか?
それを楽しみにして来たんです」

ランメルトが明るく言い、わたしはそれに背を押される形で、二階へ行った。
わたしはクローゼットの取っ手からリボンを外し、それを開く。
靴は履き易い踵の低い、アイボリー色の物を選んだ。
ワンピースは、深緑色の物に決め、クローゼットを閉めた。
それから、迷ったが、チェストから下着類を取り出した。
初めて着る物だが、やはり付けた方が良いだろう…

ワンピースに着替え、靴を履き換えた頃、扉が叩かれた。

「お義母さん、いいですか?」

その声にドキリとする。
わたしは急いで鏡台の前に立つと、手でサッサッと、ワンピースを整え、
戸口の方に向きを変えた。
背を正し、「はい、どうぞ」と返すと、その扉は開かれた。

ランメルトは部屋に入ると、わたしに目を留め、検分した。
その視線に、わたしは緊張と気恥ずかしさで固まっていた。
ややあって、ランメルトは満足そうな笑みを見せた。

「良くお似合いです、素敵ですよ、お義母さん」
「ありがとうございます…」

こんな事は初めてで、わたしは気恥ずかしく、小声で礼を言うのが精一杯だった。
顔が熱い、きっと赤くなってしまっているだろう。

「お義母さん、座って下さい」

ランメルトが、鏡台のスツールにわたしを促した。
言われるままに、座ると、ランメルトが後に立ち、わたしの肩にそっと手を置いた。

「!?」

息を飲み、硬直し、鏡の中の彼を見る。
ランメルトは鏡越しに、微笑んだ。

「お義母さんは若いので、髪を結うのは勿体ないですね、
確か、21歳という話でしたが…」

それはクリスティナの年齢だ。
わたしは二つ下、19歳だが、それを言う訳にはいかない。
わたしは無難に、「はい」と頷いた。

「僕は23歳なので、僕よりも二つ下ですね」
「ええ!?」
「もっと若く見えましたか?」

ランメルトにおかしそうに聞かれ、わたしは返答に困り、「いえ…」と曖昧に呟いた。

考えた事が無かったが、こうして見ると、確かにランメルトは二十代の立派な
青年で、わたしよりも年上に見えた。

『息子』というので、年下だと思い込んでいた。
まさか、年上の息子が「お義母さん」と慕ってくれるとは思わなかったのだ。
だが、年上だからこそ、心に余裕があるのかもしれない。
わたしの時は、父の再婚など、とても穏やかではいられなかった…

わたしがぼんやりと考え込んでいる内に、
彼は器用にピンを抜き、わたしの髪を下ろした。
そして、引き出しから櫛を取り出すと、丁寧に髪を梳かし始めた。

「僕は髪を梳かすのが上手いですよ」

慣れた手つきからも、それが本当だと分かった。

「お母様の髪も、梳かしていらしたのですか?」

わたしが聞くと、一瞬だが、彼は手を止めた。
だが、直ぐに微笑みを浮かべ、それを再開する…

「ええ、母は僕が梳かすのが好きでした、良く呼ばれましたよ。
母も伯爵令嬢で、お義母さんと同じ、白金色の髪で、長く、綺麗でした…」

母を想ってなのだろうか、ランメルトは丁寧に時間を掛け、梳かす。

「21歳の時、母は僕を産んだそうです…」

ランメルトが手を止め、再びわたしの肩に手を置き、鏡の中を覗き込む。
彼は表情を消していたが、少し悲しそうにも見えた。

「こんなに若かったのかと…まだ、少女みたいだ」

わたしは、ランメルトの言葉にギクリとした。
世間慣れしていない上に、年を二つも偽っているのだ。
クリスティナでは無いとバレてしまうのではないか…
こんな事なら、レディーズメイドに教えて貰ったのだから、化粧をしておくのだった!

「そんなに、怯えないで下さい、
異母弟妹が出来ても、早過ぎる事では無いという事です。
予定はあるのですか?」

異母弟妹!?予定!??

「い、いえ!その様な事は…」

しかし、『全く無い』と言っては、この結婚が嘘だと言っている様なものだ。
わたしは唇を噛んだ。

「まさか…流産をなさったとか?それで、父は責任を取ろうとしたのですか?」

彼は彼なりに、この状況を考えていたのだろう。
前妻を亡くし、今まで再婚しなかった、女性に不自由していない英雄が、
突然、年の離れた娘と再婚し、その妻を塔に入れ、鍵まで掛け閉じ込めている…
こんなの、どう考えてみても、不自然だ。

もし、妊娠させた女が、流産のショックで少しおかしくなり、
相手の親から責任を取れと迫られ、仕方なく娶ったというのなら…
確かに辻褄は合う気がする。
だが、アラード卿の許可も得ずに、勝手に話を作る訳には…
それに、アラード卿の不名誉になる事であれば、彼は怒るだろう___

ああ!駄目よ!
わたしは激しく頭を振った。

「違うんです!お願いです、わたしたちの事は、詮索しないで下さい…」

ランメルトにとっては、父親の事だ。
詮索するなというのは納得出来る事では無いだろう、だが、彼は引いてくれた。

「すみません、立ち入ってはいけない事でした…」

ランメルトは、わたしの髪を後ろで束ね、シニヨンにした。
そして、わたしの肩にそっと手を置き、鏡の中に語り掛けた。

「さぁ、出来ましたよ、お義母さん」

彼は引き出しから手鏡を取り出すと、わたしの手に持たせた。

「後ろも見て下さい」

わたしは後ろを向き、それを確認した。
綺麗に纏められていた。

「ありがとうございます、本当に、お上手なのですね」

「お褒め頂き光栄です、でも、少し足りませんね」

ランメルトは言うと、部屋に置いていた花から、一本を抜き取り、
わたしの髪に挿した。

白い花。

「アラード卿夫人、お手をどうぞ」

ランメルトが手を差し出す。
わたしは促されるまま、その手を取っていた。
まるで、踊り出しそうな優雅さで、彼はわたしを部屋から階下へと連れて行った。
わたしは夢見心地だった。

「お義母さん、目を閉じて下さい」

一階の調理場兼食堂へ入る時に、ランメルトに言われた。

「7日目の贈り物があります」

贈り物!?

「贈り物はもう十分ですわ!」

思わず声を上げたわたしに、ランメルトは綺麗な指を一本立て、
「しっ」と黙るように合図をした。

「この贈り物を断ると、きっと後悔なさいますよ、さぁ、目を閉じて、お義母さん」

静かに言われ、わたしは戸惑いつつも目を閉じた。
後悔する様な贈り物など、存在しないだろうと思った。
自分には、贈り物など要らない。
ただ、ランメルトが訪ねて来てくれたら、それでいいのだから___

目を閉じたまま、ゆっくりと歩く…
「止まって下さい」と、肩にそっと手を置かれた。

「まだ、目は閉じていて下さいね」

ランメルトが自分から離れ、何やら周辺でしている。
贈り物は、一体何だろう?少し不安になってきた時…

「いいですよ、目を開けて下さい、お義母さん」

わたしはゆっくりと目を開ける。
わたしの目の前には、ランメルトが立っていて、そして、その腕には…
子犬が抱かれていた___

「まぁ!子犬だわ!」

デシャン家では、カサンドラが再婚した時に連れて来た、白く毛の短い
大きな犬を今も飼っているが、わたしは触らせて貰った事が無かった。
犬を可愛がるカサンドラ、義姉妹の姿を羨ましく眺めていた。

「気に入りましたか?」
「はい!ええ、勿論ですわ!ああ、なんて可愛らしいのかしら!」

耳と頬、背は黒く、額から腹や足は白い。
ふさふさとした毛、垂れた耳、真黒いつぶらな瞳…
わたしは初めてだろう、歓喜の声を上げていた。
ランメルトは笑みを見せると、子犬をわたしに向けた。

「どうぞ、抱いてあげて下さい」

ランメルトに抱き方を教えて貰い、わたしは初めて子犬を抱いた。
温かく、そして柔らかく、心地良い重みがある…
それは、初めて知る感動だった。

ああ!なんて愛おしいの!

子犬は、わたしの腕の中でもぞもぞと動いた後、良い位置を見付けたのか、
眠った様だった。ああ、なんて可愛らしい…

「眠っていますか?」

「ええ、安心したのでしょう、彼もお義母さんを気に入った様ですね、
名を付けてあげて下さい、お義母さん」

「この子犬を、本当に、わたしに頂けるのですか?」

とても信じられなかった。
ああ、嘘だと言わないで欲しい!そう願うわたしに、ランメルトは簡単に頷いた。

「はい、僕からの7日目の贈り物は、【番犬】です」

ランメルトが悪戯っ子の様に笑う。
番犬になる気配は今の所見当たらなかったが、きっと良い家族になってくれるだろう。

「ああ…!ランメルト!感謝します、どれだけ感謝してもし足りませんわ!」

子犬を抱いていなかったら、彼に抱きついていたかもしれない。
わたしの胸は喜びに溢れていた。

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