【完結】灰かぶりの花嫁は、塔の中

白雨 音

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ランメルトは、アラード卿の館に着くと直ぐに、ボヌールを預けていた使用人を呼んでくれた。
ボヌールは凄い速さで駆けて来ると、わたしの足元に飛び付いた。

「キャンキャンキャン!」
「ボヌール!」

ドレスだったが構わず、わたしはボヌールを抱き上げた。

「遅くなってしまって、ごめんなさいね、ボヌール」
「キャンキャンキャン!」

ボヌールは必死に何かを訴えると、わたしの頬を忙しなく舐めた。

「ふふ、くすぐったいわ!」
「寂しかったのでしょう」

ランメルトが優しく言う。
微笑みながらも、ボヌールを見つめるその深い青色の目には、寂しさが見えた。

「塔までお送りします」

ランメルトがわたしを促し、歩き出す。
わたしはボヌールを抱いたまま、彼に続いた。
目の前のランメルトの背は、不思議と大きく見えた。

これ程、逞しい方だったかしら?

ランメルトは、わたしを助けてくれた、そして、わたしの為に闘ってくれたのだ。

『我が妻には、一夜だけ、娼婦になって貰おう!』
『この娼婦には、おまえたちの内、どちらか勝った者の相手をさせる!』

ふっと、アラード卿の言葉が蘇り、わたしはドキリとした。
あれは、ただの挑発だ。
言葉の効力はあっても、ランメルトがそんな事を望む筈はない。
わたしは、彼にとって『義母』でしかないのだから…
いや、わたしが義母でもなければ、気に掛ける事もしないだろう…
わたしは自分の考えに笑った。

それに、ランメルトには確か…恋人がいた筈…

それを思い出した途端、胸にもやもやとしたものを感じた。

わたしたちは押し黙ったまま、回廊を歩いていた。
塔に着き、ランメルトが鍵を開ける。
驚く事に、彼は鍵を使わずに魔法で開けていた。
再婚を知らされていなかったランメルトが、鍵を預かっている筈は無かったと、
今更ながらに気付いたのだった。
ランメルトはそのまま扉を開き、中に入ると、魔法で灯りを点けてくれた。

異状が無いかを見てくれ、二階の部屋も見てくれた。

「大丈夫ですよ、ゆっくり休んで下さい、お義母さん」

ランメルトがいつも通りの、優しい微笑みを見せる。

「ありがとうございます、今日は、あなたのお陰で助かりました、ランメルト。
あなたがいなかったらと思うと…恐ろしいですわ」

思い出すと恐怖が蘇り、わたしは震えた。

「起こらなかった事です、忘れて下さい。
明日、昼頃に来ますので、ピクニックに行きましょう、
今日の分まで、ボヌールと遊んでやらなくては」

ランメルトがニヤリと笑い、わたしは笑みを零し、頷いた。

「はい、楽しみに、お待ちしております」

ランメルトが塔を出て行き、夜の静けさに包まれると、堪らなくなった。
わたしはその場にしゃがみ込み、泣いていた。
ボヌールが「クゥーン」と、切なそうに鳴き、顔や体を擦り寄せ、慰めてくれた。

娼婦でもなんでもいい、誰かに抱かれたかった。

誰でもいい…

誰かに愛されたい…

誰かに…


夢の中に、それを見る。
わたしを抱き、愛おしそうに微笑み、キスをくれる、その人を…


『お義母さん___』


はっとし、わたしは目を覚ました。
明るい光に、わたしはこちらが現実なのだと知り、失意に落とされた。

だけど、あれは、ランメルトだった。

ランメルトに抱かれる夢を見るなんて!
頭に理性が戻って来て、わたしは堪らず、寝具を被った。

「ああ!なんて事…!!きっと、昨夜の事が頭にあったんだわ!」

そうに決まっている。

「忘れるのよ!起こらなかった事ですもの!」

それに、彼は、わたしの義理の息子だ。
わたしには、夫がいる。
例え、契約上だけで、夫婦と呼べないまでも、夫は夫だ___

「わたしは、アラード卿夫人よ…」





朝、あんな夢を見てしまった事で、意識しないでいるのは、難しかった。
つい、ぼんやりとしてしまい、ピクニックの準備は散々だった。

卵を茹でたつもりが、玉ねぎを茹でてしまっていた。
ハムの薄切りはボロボロになってしまい、トマトは切り過ぎてしまった。
何とかそれを形にし、バスケットに詰める。

「ああ!スコーンを焼いていたんだったわ!」

それに気付き、窯を覗いた時には、見るも無残に、炭になってしまっていた。
ランメルトのガッカリする顔が浮かび、わたしは嘆息した。

紅茶は時間を間違えてしまい、恐ろしく苦くなってしまった。
それを捨て、淹れ直す。
ボヌールは、なんとか慰めようとしてくれていたが、途中からは心配そうに、
「クゥーン」と鳴くばかりだった。

コンコン。

ノックの音で、ボヌールは尻尾を振り、わたしはビクリとした。

「は、はい、どうぞ!」

声を掛けると鍵が開き、扉が開かれた。
そこに立つランメルトの姿を見て、わたしの胸に喜びが沸き上がった。

「お義母さん、準備は出来ましたか?迎えに来ました」

ランメルトがいつもの様に、軽く挨拶の抱擁をする。
わたしはなるべく意識しない様にと努めた。

「は、はい、そうだわ、ボヌールのリードを付けなくては!」

それを取りに向かおうとしたが、ランメルトに手首を掴まれ、止められた。

「!??」

思わず息を飲む。
何か、変だっただろうか?
恐る恐る、ランメルトの方を見ると、彼は「すみません」と、その手の平を、わたしの額に当てた。

「!!!!」

驚きに目を見張り、硬直するわたしを、彼は訝しげな顔で覗き込んだ。

「少し、熱がありますね」
「熱?」

わたしが聞き返すと、ランメルトは頷いた。

「はい、ピクニックはまたにしましょう、今日は寝ていて下さい」

「は、はい…でも、折角来て下さったのに、すみません…
ボヌールも楽しみにしていたのに、ごめんなさいね…」

足元でボヌールが「クゥーン」と鳴く。

「ボヌールの相手は僕がしましょう、でも、まずは、あなたです___」

言うと、ランメルトはわたしを抱え上げた。

「!?あの、歩けます!」
「病気の時は、甘えて下さい」

わたしはあまり病気に掛かった事が無い。
熱や痛み程度であれば、薬を飲み、寝るだけだ。時間と共に治るのを待つ。
酷い時は、「移されてはと困る」と、手伝いからは解放されるが、
毎日の様に「熱なんて嘘でしょう!」と詰られた。

そんな事を思い出し、ぼんやりしていると、ランメルトは階段を上り終え、
部屋に入って行った。
優しくベッドに下ろしてくれたが、「着替えをしますか?」と、夜着を探し出したので、
わたしは慌てて止めた。

「自分で出来ますので!」
「それでは、少し出ています、薬をお持ちしましょう」

ランメルトは察して部屋を出て行った。
わたしは息を吐き、額に手を当ててみた。
確かに、少し熱く感じられたが、病というよりは、知恵熱ではないかと思われた。

「昨夜は、色々あったもの…」

わたしは、ここでの単調な暮らしに、すっかり慣れてしまっていた様だ。
昨夜は、突然、竜巻がやってきて、渦の中に放り込まれた感じだった。
きっと、頭も体も心も、付いて行けなかったのだろう…

わたしは夜着に着替えると、ベッドに入った。

折角のピクニックが台無しだと思うと、重い溜息が洩れた。
ランメルトを意識し緊張はするが、それでも、喜びの方が勝っていて、
ピクニックを楽しみにしていたのだ。
ランメルトとボヌールとわたしで、駆け回りたかった___

コンコン。

ノックがされ、部屋にランメルトとボヌールが入って来た。

「お義母さん、大人しく寝ていますか?」

優しい微笑みに見惚れてしまい、わたしは上の空で「はい」と返事をしていた。
だが、この状況では、『熱の所為』と思って貰えるだろう。

ランメルトの持つトレイには、薬と水差し、コップがあった。
彼はそれをベッド脇の小さなテーブルに置き、渡してくれた。
わたしは体を起こし、薬を飲んだ。
ボヌールを撫でてやり、再びベッドに横になると、ランメルトが寝具を掛けてくれた。
しっかりと、肩が隠れる様に。

「ありがとうございます…」

こんな風にされるのは、初めてで、気恥ずかしい。

「気にせず甘えて下さい、家族なんですから」

ランメルトの優しい微笑みに、胸が疼く。
彼を騙している罪悪感、『家族』ではない、辛さ。
それなのに、うれしいと思ってしまうのだ。

ランメルトは「そうでした」と、ハンカチを取り出すと、それをわたしの額に乗せた。
それは不思議にも、冷たかった。

「魔法ですか?」
「はい、魔法で病も治せたら良かったんですが、残念ながら」
「いえ、十分ですわ、お陰で楽になりました…」

ランメルトは「良かった」と頷く。

「それでは、寝ていて下さい、少しボヌールを遊ばせて来ます」

ランメルトはボヌールを連れて出て行った。
独りになると、急に部屋が広く感じた。

誰かに傍にいて欲しい…
今まで、幾らそう思っても、叶えられる事は無かった。
だから、なるべく考えない様にしてきたのだ。
だけど、再び、それを願ってしまっている…
傍にいて欲しい人が出来たからだろうか___

わたしは寝具を引き上げ、目を閉じた。
草原を駆け回る、ランメルトとボヌールを想って…


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