【完結】灰かぶりの花嫁は、塔の中

白雨 音

文字の大きさ
18 / 32

18

しおりを挟む

どの位寝たのか…目を開けると、少し陽は傾いていた。

「目が覚めましたか?気分はいかがですか、お義母さん」

その声に釣られ、顔を向けると、深い青色の目と出会い、ドキリとした。
ベッドの側に椅子を置き、ランメルトは本を読んでいた様だ。
彼は本を閉じると、テーブルに置き、わたしに向き直った。

「はい、良くなりました」

わたしは言ったが、ランメルトの手は、わたしの額のタオルを取ると、
熱を確認した。

「まだ少し熱がありますね、食欲はありますか?」
「はい…」
「それでは、少し待っていて下さい」

ランメルトは微笑み、タオルをわたしの額に戻した。

「あの、ボヌールは?」
「彼のベッドで眠って貰っています、沢山遊ばせておきましたよ」
「ありがとうございます…」

ランメルトは頷き、部屋を出て行った。
わたしはそれを確認し、体を起こすと、ボヌールの様子を見た。
籠のベッドの中、気持ち良さそうに眠っている。
わたしは安堵し、体を戻した。

ランメルトは、なんて面倒見が良いのかしら…
ずっと、傍にいてくれたのかしら…
うれしさが込み上げる。

「でも、折角の休日だというのに、引き止めてしまってはいけないわよね…」


少しして、ランメルトがトレイを持ち、戻って来た。

「ミルク粥です、食べられますか?」
「はい、ありがとうございます」

わたしはそれを受け取ろうとしたが、ランメルトはそのままスプーンで粥を掬い、
わたしに向けた。気恥ずかしさはありつつも、促されるままに、口を開けそれを食べた。

「ん…美味しいです!」

「食べ易いでしょう?僕が熱を出すと、母は必ずこれを作ってくれました。
母はこれしか作れなかったんです。普段料理をしない母が作ってくれるのが
うれしくて、よく仮病を使っていました…」

ランメルトが笑いを零す。

「素敵な思い出ですね」

小さな彼と母親のやり取りを想像し、心が和んだ。
だが、逆に聞かれた時には、困った。
わたしには、その様な、微笑ましいエピソードなどない。

「あなたは、病の時には、どんな物を食べていましたか?」
「特別な物は…普段と同じ物でした」
「そうですか、栄養がありますからね、普通の物をお持ちしましょうか?」
「いえ、わたしも、これを気に入りました、良い事を教えて頂きましたわ」

わたしが笑うと、ランメルトも笑った。

「作って下さった、サンドイッチと紅茶は僕が頂きました。
美味しかったですが、体調が悪い中、作るのは大変だったでしょう?」

「はい、実は、スコーンは炭にしてしまいました…」

他にも失敗していたが、それは黙っておいた。

「それは重症だ、調子が悪い時は、無理はしないで下さい。
その分、元気になったら、作って下さい、楽しみにしていますよ」

ランメルトは無意識だろう、その指でわたしの頬を撫でた。
わたしは当然、驚いたのだが、ランメルト自身も驚いていた。

「すみません、馴れ馴れしく…失礼な事をしました」
「いえ、気になさらないで下さい…」

心臓が煩く鳴っているが、それでも、彼が離れてしまう方が嫌だった。
昨夜、あの男に触られた時には、ぞっとし、恐怖しかなかったが、
ランメルトに触れられるのは、くすぐったく、うれしいとさえ思ってしまった。

「独りでは不安でしょう、治るまで、メイドを付けましょう」
「いえ、そんな必要はありませんわ、大した熱でもありませんので…」
「甘くみてはいけません、夜になり、悪化するかもしれません」

ランメルトに押し切られ、メイドに来て貰う事になった。
但し、ずっと付いていて貰うのではなく、数回だけ、様子を見に来て貰う事にした。
ここには、他の者が泊まれる設備は無かった。

「それでは、明日、様子を見に寄らせて貰います」

ランメルトが部屋を出て行き、わたしは目を閉じた。

傍にいてくれた…
ミルク粥を食べさせてくれたし、思い出を聞かせてくれたわ…

頬に触れた、彼の手の感触…
そっと、触れてみる。
その幸せに、頬が緩んだ。

直ぐに眠気がやって来て、わたしは幸せな気持ちのまま、眠りについていた。


夜中、メイドたちの会話で目が覚めた。

「夜中に塔を見回るなんて…」
「仕方ないでしょ、奥様が病気なんだから!」
「でも、気味が悪いわ!」
「幽霊が出るんでしょ?」
「ええ、何年か前まではね…旦那様が女を連れて来る度に出てたらしいわ」
「自害された奥様の霊に決まってる!」
「早く出ましょう!こんな所!」
「それにしても、今の奥様はよく平気でこんな所に住めるわね…」
「あの人も何処か変だもの…」
「でも、ランメルト様は気に掛けてるみたいよ」
「旦那様より、息子との方が年も近いし…」
「もしかして、旦那様と息子、どちらとも…じゃない?」
「この奥様が?そんなに魅力的とも思えないけど…」
「見た目じゃ分からないわよ、こういうタイプが意外と悪女だったりするのよ…」

悪女!?
わたしが、アラード卿とランメルトを手に掛けている?
そう匂わせるメイドたちに、わたしは唖然としていた。
現実は全く逆で、わたしは形式上の夫であるアラード卿にさえ、相手にされていないのだ。
笑い話でしかないだろう。
だが、わたしは変に緊張し、強張っていた。





翌朝には、熱も引いていた。
わたしがいつも通りに起き、着替えをしていると、
ボヌールが籠を飛び出し、「キャンキャン!」と元気に鳴き、ジャレ付いて来た。

「寂しい思いをさせてごめんなさいね、今日は沢山遊びましょうね!」
「キャンキャン!!」

わたしはボヌールを抱き上げた。

階下へ降りると、メイドが朝食を運んで来た所だった。
メイドはわたしを見て驚いていた。

「奥様、お加減はよろしいのですか?」
「はい、すっかり良くなりました、昨夜は来て頂いてありがとうございます」
「いえ、失礼します」

そそくさとメイドが部屋を出て行き、わたしはテーブルを見た。
ミルク粥、カットされた果物、目玉焼きウインナー、紅茶のポットが置かれていた。
ミルク粥を見て、ランメルトの顔が浮かんだ。
ランメルトが指示してくれたのだろうか?
うれしさが込み上げた。

ボヌールに餌を出してから、わたしは席に着いた。
いい匂いだ。
わたしはミルク粥を一口食べる。
ランメルトが食べさせてくれたのを思い出し、幸せに浸った。


食事を終えた頃に、ランメルトが訪ねて来た。
わたしが居るとは思わなかったのだろう、ノックをせずに、入って来た。

「ランメルト!」
「もう、起きられていたんですか?」

わたしが迎えに出ると、ランメルトは驚いていた。

「はい、すっかり良くなりましたので…」

彼はわたしの言葉を無視し、わたしの額にその手を当てた。

「確かに、熱は下がった様ですね、でも、数日は安静にしていて下さい」
「はい、分かりました」

心配し過ぎると思ったが、気持ちがうれしく、わたしは頷いた。

「どうぞ、お見舞いです」

ランメルトが花束を差し出した。
いつかと同じ、野性的な花々だ。

「まぁ!素敵ですわ、ありがとうございます」
「朝摘みです、元気になられたら散歩に行きましょう」
「はい!楽しみですわ」

わたしは花束に顔を埋め、赤くなる頬を隠した。


ランメルトは昼過ぎまで塔に居てくれ、「週末にまたお会いしましょう」と、
帰って行った。

「週末に、また会えるのね…」
「キャンキャン!」

ボヌールも喜んでくれている様だった。


しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

ガリ勉令嬢ですが、嘘告されたので誓約書にサインをお願いします!

荒瀬ヤヒロ
恋愛
成績優秀な男爵令嬢のハリィメルは、ある日、同じクラスの公爵令息とその友人達の会話を聞いてしまう。 どうやら彼らはハリィメルに嘘告をするつもりらしい。 「俺とつきあってくれ!」 嘘告されたハリィメルが口にした返事は―― 「では、こちらにサインをお願いします」 果たして嘘告の顛末は?

【完結済】どうして無能な私を愛してくれるの?~双子の妹に全て劣り、婚約者を奪われた男爵令嬢は、侯爵子息様に溺愛される~

ゆうき
恋愛
優秀な双子の妹の足元にも及ばない男爵令嬢のアメリアは、屋敷ではいない者として扱われ、話しかけてくる数少ない人間である妹には馬鹿にされ、母には早く出て行けと怒鳴られ、学園ではいじめられて生活していた。 長年に渡って酷い仕打ちを受けていたアメリアには、侯爵子息の婚約者がいたが、妹に奪われて婚約破棄をされてしまい、一人ぼっちになってしまっていた。 心が冷え切ったアメリアは、今の生活を受け入れてしまっていた。 そんな彼女には魔法薬師になりたいという目標があり、虐げられながらも勉強を頑張る毎日を送っていた。 そんな彼女のクラスに、一人の侯爵子息が転校してきた。 レオと名乗った男子生徒は、何故かアメリアを気にかけて、アメリアに積極的に話しかけてくるようになった。 毎日のように話しかけられるようになるアメリア。その溺愛っぷりにアメリアは戸惑い、少々困っていたが、段々と自分で気づかないうちに、彼の優しさに惹かれていく。 レオと一緒にいるようになり、次第に打ち解けて心を許すアメリアは、レオと親密な関係になっていくが、アメリアを馬鹿にしている妹と、その友人がそれを許すはずもなく―― これは男爵令嬢であるアメリアが、とある秘密を抱える侯爵子息と幸せになるまでの物語。 ※こちらの作品はなろう様にも投稿しております!3/8に女性ホットランキング二位になりました。読んでくださった方々、ありがとうございます!

冷徹宰相様の嫁探し

菱沼あゆ
ファンタジー
あまり裕福でない公爵家の次女、マレーヌは、ある日突然、第一王子エヴァンの正妃となるよう、申し渡される。 その知らせを持って来たのは、若き宰相アルベルトだったが。 マレーヌは思う。 いやいやいやっ。 私が好きなのは、王子様じゃなくてあなたの方なんですけど~っ!? 実家が無害そう、という理由で王子の妃に選ばれたマレーヌと、冷徹宰相の恋物語。 (「小説家になろう」でも公開しています)

[完結]困窮令嬢は幸せを諦めない~守護精霊同士がつがいだったので、王太子からプロポーズされました

緋月らむね
恋愛
この国の貴族の間では人生の進むべき方向へ導いてくれる守護精霊というものが存在していた。守護精霊は、特別な力を持った運命の魔術師に出会うことで、守護精霊を顕現してもらう必要があった。 エイド子爵の娘ローザは、運命の魔術師に出会うことができず、生活が困窮していた。そのため、定期的に子爵領の特産品であるガラス工芸と共に子爵領で採れる粘土で粘土細工アクセサリーを作って、父親のエイド子爵と一緒に王都に行って露店を出していた。 ある時、ローザが王都に行く途中に寄った町の露店で運命の魔術師と出会い、ローザの守護精霊が顕現する。 なんと!ローザの守護精霊は番を持っていた。 番を持つ守護精霊が顕現したローザの人生が思いがけない方向へ進んでいく… 〜読んでいただけてとても嬉しいです、ありがとうございます〜

公爵夫人の気ままな家出冒険記〜「自由」を真に受けた妻を、夫は今日も追いかける〜

平山和人
恋愛
王国宰相の地位を持つ公爵ルカと結婚して五年。元子爵令嬢のフィリアは、多忙な夫の言葉「君は自由に生きていい」を真に受け、家事に専々と引きこもる生活を卒業し、突如として身一つで冒険者になることを決意する。 レベル1の治癒士として街のギルドに登録し、初めての冒険に胸を躍らせるフィリアだったが、その背後では、妻の「自由」が離婚と誤解したルカが激怒。「私から逃げられると思うな!」と誤解と執着にまみれた激情を露わにし、国政を放り出し、精鋭を率いて妻を連れ戻すための追跡を開始する。 冒険者として順調に(時に波乱万丈に)依頼をこなすフィリアと、彼女が起こした騒動の後始末をしつつ、鬼のような形相で迫るルカ。これは、「自由」を巡る夫婦のすれ違いを描いた、異世界溺愛追跡ファンタジーである。

姉に代わって立派に息子を育てます! 前日譚

mio
恋愛
ウェルカ・ティー・バーセリクは侯爵家の二女であるが、母亡き後に侯爵家に嫁いできた義母、転がり込んできた義妹に姉と共に邪魔者扱いされていた。 王家へと嫁ぐ姉について王都に移住したウェルカは侯爵家から離れて、実母の実家へと身を寄せることになった。姉が嫁ぐ中、学園に通いながらウェルカは自分の才能を伸ばしていく。 数年後、多少の問題を抱えつつ姉は懐妊。しかし、出産と同時にその命は尽きてしまう。そして残された息子をウェルカは姉に代わって育てる決意をした。そのためにはなんとしても王宮での地位を確立しなければ! 自分でも考えていたよりだいぶ話数が伸びてしまったため、こちらを姉が子を産むまでの前日譚として本編は別に作っていきたいと思います。申し訳ございません。

【完結】見返りは、当然求めますわ

楽歩
恋愛
王太子クリストファーが突然告げた言葉に、緊張が走る王太子の私室。 この国では、王太子が10歳の時に婚約者が二人選ばれ、そのうちの一人が正妃に、もう一人が側妃に決められるという時代錯誤の古いしきたりがある。その伝統に従い、10歳の頃から正妃候補として選ばれたエルミーヌとシャルロットは、互いに成長を支え合いながらも、その座を争ってきた。しかしーー 「私の正妃は、アンナに決めたんだ。だから、これからは君たちに側妃の座を争ってほしい」 微笑ながら見つめ合う王太子と子爵令嬢。 正妃が正式に決定される半年を前に、二人の努力が無視されるかのようなその言葉に、驚きと戸惑いが広がる。 ※誤字脱字、勉強不足、名前間違い、ご都合主義などなど、どうか温かい目で(o_ _)o))

行き遅れ令嬢の婚約者は王子様!?案の定、妹が寄越せと言ってきました。はあ?(゚Д゚)

リオール
恋愛
父の代わりに公爵家の影となって支え続けてるアデラは、恋愛をしてる暇もなかった。その結果、18歳になっても未だ結婚の「け」の字もなく。婚約者さえも居ない日々を送っていた。 そんなある日。参加した夜会にて彼と出会ったのだ。 運命の出会い。初恋。 そんな彼が、実は王子様だと分かって──!? え、私と婚約!?行き遅れ同士仲良くしようって……えええ、本気ですか!? ──と驚いたけど、なんやかんやで溺愛されてます。 そうして幸せな日々を送ってたら、やって来ましたよ妹が。父親に甘やかされ、好き放題我が儘し放題で生きてきた妹は私に言うのだった。 婚約者を譲れ?可愛い自分の方がお似合いだ? ・・・はああああ!?(゚Д゚) =========== 全37話、執筆済み。 五万字越えてしまったのですが、1話1話は短いので短編としておきます。 最初はギャグ多め。だんだんシリアスです。 18歳で行き遅れ?と思われるかも知れませんが、そういう世界観なので。深く考えないでください(^_^;) 感想欄はオープンにしてますが、多忙につきお返事できません。ご容赦ください<(_ _)>

処理中です...