【完結】灰かぶりの花嫁は、塔の中

白雨 音

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アラード卿はすっかり酔っ払い、
食事が終わると直ぐに部屋へ引き上げる事にし、わたしを呼んだ。

「コーヒーは良い、俺は部屋に戻る、クリスティナ、おまえは俺の相手だ!」

わたしは慌てて彼の体を支え、一緒に食堂を出た。
ボヌールが付いて来ているのを確認した時、
「まぁ、仲がよろしいのね」というスザンヌの声が耳に入り、わたしは顔を赤くした。
幸い、背を向けていたので、気付かれてはいないだろう。


酔っ払っていると思っていたアラード卿だが、部屋に入った途端、
わたしを離し、背を伸ばした。そして、堂々とした歩みでベッドに行くと、
上着を脱ぎ棄て、ドカリと腰を下ろし、ネクタイを緩めた。

「酔ってはいらっしゃらなかったのですか?」
「酔えるか、あの程度の酒で」

顔は赤いが、すっかり落ち着き、口調も戻っている。
驚くわたしに、アラード卿は息を吐いた。

「中々、良い娘だったからな、
二人きりにさせてやろうと、父親らしく気を利かしたまでだ___」

アラード卿がこんなに気の付く人だとは思ってもみなかった。
だが、わたしは、二人になったランメルトとスザンヌを想像し、気持ちが沈んだ。
これから二人は、パーラーでお茶をするのだろうか、それとも、ランメルトの部屋に…

嫌___!!

わたしは強く思ってしまった。
わたしは自分の感情に驚き、そして怖くなった。
こんな風に思うなんて、いけないわ!

「それでは、わたしはこれで…」

わたしは一刻も早く塔に引き籠りたい気持ちだったが、アラード卿が引き止めてきた。

「まぁ、待て、俺の相手をしろと言っただろう、そこへ座れ」

わたしは言われるままに、丸テーブルの椅子に座った。
アラード卿はベッドに腰掛けたまま、零した。

「昔話をしたくなった…」

前妻のデルフィネの事だろうと、わたしは「はい」と頷いた。

「デルフィネと出会ったのは、あるパーティでの事だ。
その頃、俺は血気盛んで、女よりも剣が好きな騎士団の隊長だった。
パーティにも、呼ばれた訳じゃない、ただの警備員だ。
そんな俺が、彼女の美しさに一目惚れした。
可憐で、可愛く、人形みたいで…こんな女がいるのかと、俺は衝撃を受けた。
それから、彼女を一目見ようと家に通い…といっても、伯爵家の立派な館だぞ?
騎士団の隊長とはいえ、平民の俺なんかが近寄れる場所ではない、
偶然、彼女が出て来て、顔を見る事が出来れば、それで良かった…」

「彼女の後を付け、偶然を装い、出会う事に成功した。
彼女が輩に絡まれていたのを助けてやったんだ。彼女は目をキラキラさせて、
俺に礼を言った…その時、俺は、自分が世界で一番の幸せ者だと思った…」

「それから、彼女の親に内緒で会う様になり、恋人同士になった。
俺は彼女と結婚したかった、それには、彼女の両親に認められねばならない。
彼女に見合う男になろうと、剣術に励み、武勲を立てる事にやっきになっていた。
そんな折、彼女のお腹に子が出来た」

わたしは息を飲む。

「彼女は堕胎させられるのを恐れ、両親に言えず…俺の所へ逃げて来た。
俺は彼女を匿い、子を産ませた。彼女は俺の名は出さずに、家を出た訳を
両親に手紙で知らせていた。
子を連れて許しを貰いに行ったが、やはり、許されなかった」

「俺は何とか彼女の両親に認められようと、危険を顧みず、闘いに行った。
俺は戦で武勲を上げ続け、騎士団長になり、騎士爵を貰い…
遂には英雄と呼ばれるまでになった。彼女の実家よりも豪華絢爛な、この館を建て、
これで、彼女の両親にも認められる!そう思った矢先だ、デルフィネが心を病んでしまった…」

アラード卿が重い息を吐いた。

「彼女は疲れていたんだ、戦地に行く俺をいつも心配していた。
行かないでと泣かれた事もあった。だが、俺は『大丈夫』だと、相手にしなかった。
自分を過信していたし、家族の為にも、やらなければいけなかった___」

「英雄となった俺は、手の平返しで、方々からパーティの誘いが掛かった。
俺が立派になったと知れば、デルフィネも喜ぶだろうと連れて行ったが、
もっと悪くなった。彼女は俺に言い寄って来る女たちを見て、
余計に不安を増やしてしまった…」

「それからは、もう、地獄だった…
英雄の肩書きを持ってしまった為に、催しに出なければいけない、
だが、そうすると、彼女は『行かないで』と泣いて縋る。
それを振り切って行くのが可哀想で、嘘を吐き、家を出ても、
何故か彼女は気付き、俺を責め、愛されていないと号泣する…」

「一つボタンを掛け違えただけで、全てが狂った気がした。
そして、俺は戻り方を知らなかったんだ…
挙句、彼女を狂わせ、死なせてしまった…
彼女の両親が言っていた、俺なんかに娘はやれんと、必ず不幸になると…
それが真実になった、俺が彼女に恋をしたばかりに…」

アラード卿は泣いていた。
わたしは息を顰め、視線を逸らした。

アラード卿が、ランメルトを溺愛する理由が分かった気がした。
愛する女性と共に守った子供だ、
どんなに嫌われても、その愛が消える事は無いだろう。


「おまえが、『誰かを守ろうとする姿は何者であっても格好良く尊い』と言った時、
デルフィネを助けた時の事を思い出した。
あの時、俺はただの荒っぽい青年だった、だが、彼女の目は確かに輝いていた…」

アラード卿が落ち着きを取り戻し、笑みを見せた。

絡まれ、助けて貰った時、彼女が目をキラキラさせていたというなら…
彼女は既に、アラード卿に思いを寄せていたのではないだろうか?
目を輝かせるのは、好きな人に助けられた時だけだ…
わたしは、町でランメルトに助けられた時の事を思い出していた。
あの時、わたしの目は輝いていただろうか?
そんな風に思う自分に愕然とした。

ああ…!
わたしは、きっと、ランメルトを愛してしまったんだわ!

気付きたくなかったが、もう、これ以上、目を背けるのは無理だった。

「クリスティナ」

名を呼ばれ、わたしは一瞬、答えるのが遅れてしまった。

「は、はい!」

「どうした、ぼんやりして、熱でもあるのか?
そういえば、おまえが熱を出したと、いつだったか、息子が言っておったな…」

「いえ、考え事をしていただけです、何でしょうか?」

「家に手紙を書いているらしいな、返事はあったか?」

その言葉で、わたしは自分の立場を思い出した。
わたしは姿勢を正し、頭を下げた。

「いえ…申し訳ありません」

「いや、構わん、返事が無いのは、おまえの所為では無いからな。
おまえは良くやっている、礼を言うぞ」

「いえ…礼など必要ありません…」

わたしでは役に立てないと言えたら良いのに…
肩を落とすわたしを、アラード卿は珍しく励ましてくれた。

「そう深刻になるな!騙された俺にも落ち度はある。
だが、あの男ばかり得をさせて終わったのでは気が済まんからな、
それに、ああいう輩は、徹底的に後悔させてやらねば、悪さをし続ける。
おまえは巻き込まれただけだ、気にするな。
俺はおまえに借りがある、この館では大きな顔をしておればいい」

借りというのは、話を聞いた事だろうか?
アラード卿は、誰かに聞いて貰いたかったのかもしれない。
それが、息子のランメルトであれば良いのに…
アラード卿は、ランメルトに対しても、偽りの自分を見せている。
悪い男の様に振る舞う。だから、分かり合えないのではないか…

「あなたは、何故、ランメルトに対しても、悪ぶるのですか?
ランメルトが求めているのは、きっと、あなたの本心です…」

アラード卿の顔から笑みが消える。

「俺は、あいつと向き合うのが怖い、あいつの本心を知るのが怖いんだ。
あいつから嫌われたら、俺はそれこそ、立ち直れない、それが分かっていて、
どうして、あいつと向き合える?今の方がマシだ___」

アラード卿が恐れるなんて…
それだけ、息子を愛しているという事だろうか…

「恐れて背を向けていては、何も見えません、大事な事も見落としてしまいます。
ランメルトは決して、あなたの敵ではありません、それに、彼はもう立派な大人です。
ランメルトは優しい方ですわ…」

ランメルト程、優しく、そして素晴らしい人を、わたしは知らない…

「…もう、いい、おまえは帰れ」

余計な事を言い過ぎただろうか…
追い払う様に言われ、わたしはそれに従い大人しく席を立った。
ボヌールが気付き、付いて来た。
だが、扉の前まで来た時、思い出した様にアラード卿が言った。

「おい、髪を下ろして行け!」

「何故ですか?」

不思議に思い振り返ると、アラード卿は痺れを切らしたのか、やって来て、
強引に髪を束ねていたピンを取った。
そして、乱暴に髪を解く。

「自分でやります!」

親切なのだろうが、乱暴にされては髪が乱れてしまう。
わたしは迷惑に思い、その手を避けた。
アラード卿は頭を傾げ、わたしを眺めると、「まぁ、いいだろう」と頷いた。

わたしの背を押し、部屋から追い出すと、扉は無情に閉められた。
わたしは唖然としていた。

優しい人かと思えば、急に冷たく乱暴になる…
アラード卿の意図する所が分からない。

「行きましょう、ボヌール」

ボヌールが迷子にならない様に抱き上げようとしたが、
ボヌールは「キャンキャン」と吠え、走って行った。

「待って、ボヌール!」

慌てて追い掛けようとしたが、ボヌールを抱き上げた人が居た。
ランメルトだ。
彼はまだ着替えておらず、礼服姿だった。だが、ネクタイはしておらず、
上のボタンを外していて、わたしはドキリとした。
今まで、スザンヌと一緒だったのだろうか…
わたしは泣きそうになり、唇を噛み、視線を落とした。

「塔まで送りましょう」

ランメルトの静かな声に、わたしは頭を振った。

「いえ、そんな必要はありませんわ…」

だが、彼はボヌールを抱いたまま、無言で踵を返すと、歩き出した。
こうなっては、仕方ない。
わたしは自分に言い訳をし、その広い背に付いて行った。


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