【完結】灰かぶりの花嫁は、塔の中

白雨 音

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塔に着き、鍵を開けると、ランメルトはボヌールを放し、部屋の中を確認してくれた。

「大丈夫です」

二階から戻って来たランメルトは、わたしに向かい、その手を伸ばすと、
そっと、わたしの髪に触れた。
わたしはドキリとし、息を飲んだ。
だが、ランメルトのその深い青色の目には、剣呑な光があった。

「怪我はされていませんか?」

怪我?何の事だろうか?
彼の視線が下に向かい、わたしは戸惑いつつも、「はい」と頷いた。

「父にとって女は母だけです、他の女性は皆同じ、ただの道具でしかない。
父は決してあなたを愛す事も、大事にする事もないでしょう。
あなたは、そんな男に自分を捧げても良いのですか?
それ程、あなたは父を___」

ランメルトがそれに気付いていた事に驚き、わたしは息を飲んだ。
尤も、彼は違う風に取った様だ。

「すみません…」
「いえ…」

言葉は続かず、沈黙が落ちた。
わたしの立場では、何も答える事は出来無い。
この結婚が解消されるまでは、わたしはアラード卿夫人の役を演じなければならない。
ランメルトの義母を…

「ランメルト、あなたには感謝しています。
あなたがいなければ、わたしはどうなっていたか分かりません…」

ここに来た時、わたしには絶望しかなかった。
そして、独りきり、この孤独に耐えられなかっただろう。

「ですが、わたしはもう…」
「感謝などいりません」

ランメルトの冷たい声に、わたしは息を飲んだ。
彼はわたしから目を逸らし、そのまま塔を出て行ってしまった。

きっと、もう、ここへは来てくれない___!

わたしはその場に崩れ落ち、泣いていた。
ボヌールが心配し、切ない声で鳴く。
わたしはボヌールを抱き寄せ、いつまでも泣いていた。





泣き疲れたわたしは、ボヌールを促し、階段を上がった。
二階の部屋へ入り、宝飾を外し、ドレスを脱ぐ…
泣いた所為か、酷く疲れていて、頭痛もする。
わたしはそのままベッドに入り、眠りについた。


どの位、眠っただろうか…
不意に意識が浮上し、わたしは目を開けた。
周囲はまだ薄暗い、夜中である事は確かだ。
わたしは予感がし、体を起こし、瞬きをした。

そこには、思った通り、白いワンピースを着た、髪の長い、半透明の女性の姿があった。
デルフィネの幽霊だ。

彼女が来ると思ったのは、わたしが今夜、アラード卿と共に、彼の部屋に入ったからだ。
彼女は嫉妬して出て来たのだろうか?
だが、その顔に表情は無かった。

「デルフィネ様、何故、来られるのですか?」

わたしはそれを聞いた。

「見てらしたのなら、わたしの所へ来る必要が無い事は、お分かりの筈です」

わたしとアラード卿の間には、何も無いのだから。
だが、デルフィネに反応は無く、彼女はただ、揺れているだけだ。

「何か、伝えたい事がおありなのですか?」

ゆらゆらと揺れたかと思うと、その姿は薄くなり、消えてしまった。
わたしは嘆息し、体を戻した。

「もしかしたら、彼女には、声が聞こえていないのかしら?」

ぼんやりと思いながら、わたしは目を閉じていた。


◇◇


翌日、昼前に来訪を告げるベルが鳴り、わたしは期待と共に、扉を開けた。
だが、そこに立っていたのは、期待していた人の姿ではなく、
わたしは知らず知らず、息を吐いたのだった。

「何をガッカリしている」

いつもなら気付かない筈のアラード卿が、今日に限っては、それに気付いた様だ。
わたしは内心を隠し、アラード卿を迎え入れた。

「いえ、どうぞ、お入り下さい」

アラード卿はいつもの様にズカズカと入って来ると、さっさと椅子を引き、座った。
ボヌールはすっかりアラード卿に慣れていて、尻尾を振りながら彼を歓迎し、
大きなブーツにジャレ付いた。
アラード卿は適当にボヌールの相手をしながら、わたしに尋ねた。

「おい、息子と会ったか?」
「はい、昨夜、ここまで送って下さいました」
「ほう、何か言っていたか?」

わたしはランメルトとのやり取りを思い出し、唇を噛んだ。

「ランメルトは、あなたがデルフィネ様以外の女性を愛さない事をご存じでした。
わたしを不憫に思い、心配して下さっている様でした。
わたしたちの関係を申す事は出来ませんので、気まずくなってしまいました…
ランメルトを騙している様で辛いですわ…」

騙している事の辛さを訴えたのだが、アラード卿には通じなかったのか、
返事は軽かった。

「まぁ、気にするな、良い薬だ」
「何が薬なのですか?」
「先程スザンヌ嬢が帰ったぞ、見送りに行ってやったが、息子に睨まれたわ!」

アラード卿が大きく笑う。
ランメルトから冷たくされて笑うなんて、今日のアラード卿は一体どうしてしまったのか?
わたしは訝しく思いながら、紅茶を淹れ、アラード卿に出した。

「邪魔をなさると、嫌われますよ…どうぞ」

アラード卿はカップに目を落とし、紅茶を揺らした。

「デルフィネもよく紅茶を淹れてくれた、だが、時々、酷い紅茶を飲ませてきた。
おまえの様にな」

アラード卿の目が、わたしに向き、楽し気に光った。
わたしは笑う気分ではなく、目を逸らし、椅子に座った。

「先日は失敗でしたが、今日は大丈夫です」

促したのだが、アラード卿は「先に飲んでみろ」と顎で差した。
わたしは呆れつつ、それを飲んだのだが、飲み込むのに苦労した。
どういう訳か、酷く苦い。時間を間違えてしまったのだろうか?

「今日も失敗ですわ」

口元を押さえるわたしを、アラード卿は笑った。
今日は機嫌が良いらしい。

「淹れ直さずともよい、どうせまた失敗するんだろう。
デルフィネも機嫌が悪い時や、何か気になる事がある時には、そうだった」

わたしはアラード卿に気付かれてはいけないと、気を引き締めた。
何も気付かない人だと安心していたが、半分は演技だと知った筈だった。

「おまえとデルフィネは似ていないと思っていたが、おまえといるとデルフィネを思い出す…」

「その…実は、気になっている事があります!」

わたしは話を逸らそうと、アラード卿の思考を遮った。
それは成功し、その黒い目がわたしに向いた。

「ほう、何だ?」
「この塔に幽霊が出る事はご存じですか?」

アラード卿は知らないものと思っていたが、普通に頷かれた。

「それならば、塔に限った事では無い、館の方にも出ていた、かなり前だがな」
「見られた事がおありなのですか!?」

わたしは思わず身を乗り出したが、アラード卿は肩を竦めた。

「俺は見ていないが、連れて来た女たちが幽霊を見たと騒いでおった。
女たちの間で噂になり、館へ来るのを嫌がられてな、以来、別邸を使っている」

「その為の別邸だったのですか!?」

思わず言ってしまい、わたしは手で口を覆った。
アラード卿は楽しそうに笑った。

「なんだ、知らなかったのか、俺が女を連れ込む場所と知っているから、
息子は寄り付かない」

「パーティでランメルトに会った時、
別邸に泊まらなくて良いのかと聞かれましたが、そういう事だったのですね…」

「おまえは何と答えたんだ?」

「ボヌールが待っているので、帰らなくてはいけないと…」

「夫よりも犬を取るとは、妻失格だぞ!」

アラード卿は笑う。
本当に、今日は良く笑う。

「知らなかったのですから、仕方ありませんわ!
ランメルトに怪しまれなかったでしょうか…」

「気にするな、昨夜の事で帳消しになった筈だ」

「昨夜ですか?」

「おまえは、本当に鈍いヤツだな!
男の部屋から髪を乱した女が出てくれば、やった事は一つだ」

わたしはそれに気付き、「まぁ!」と顔を赤くし、アラード卿を睨んだ。

「酷いですわ!皆に誤解させようと、わざとなさったのですね!」

わたしを見たランメルトは、何と思っただろう!
わたしは恥ずかしく手で顔を隠した。
それに、もし、使用人たちに見られていたら、噂話の恰好の餌食だ。

「何が酷い、おまえは俺の妻だぞ、何も無い方が変じゃないか」

確かに、夫婦であれば当然の事だ。動揺している自分の方が変だろう。
わたしは自分を落ち着けようと、胸を押さえた。

アラード卿は、嘘の結婚だと疑われない様に、一芝居打ったのだろうか…
それにしても、彼は芝居をするのが好きな様だ。

「あなたは、奥様以外の女性を抱く事は無いのでしょう?」

「女と一緒に部屋に入り、俺は酔った振りをして寝る。
女は、俺程の女好きに相手にされなかったとは言えず、抱かれたと話す。
英雄に抱かれたといえば自慢になり、俺の面目も立つ…まぁ、そんな所だ」

わたしは頭を振った。
他の者は兎も角、誤解させられているランメルトが気の毒だ。

「だが、おまえと再婚した所為で、暫く女遊びを控えなくてはいけなくなった」
「良い機会です、その様な事はもう止めて下さい、誰の為にもなりませんわ」
「こんな父親の所為で、息子は真面目な男になった、良い事もあるだろう?」

わたしは、『困った方だわ』と、もう一度頭を振ったのだった。

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