海のそばの音楽少年~あの日のキミ

夏目奈緖

文字の大きさ
225 / 259

16-17

しおりを挟む
 その後は滞りなく会議が進行し、最後の議題と決定が終了した。さらに司会進行役より、明日の人事についての予定が話された。

「……明日、9時半に辞令交付式を行います。B会議室です。課長職以上はあいさつを行っていただきますので……、さらに……。……これにて会議を終了します……」

 ガタガタ……。

 お疲れ様と声をかけ合い、メンバーが会議室を出て行った。今日は大勢いるから、出入り口が立て込む。至急の用件がないから、時間差で出て行くことにした。黒崎と壁際に立ち、山田の話題を出した。そして、橋本がそばに居たから、声を掛けた。本来は別の者がポストに就く予定だったが、急遽、変更された。冷静で物事に動じない男だ。それでも、山田には驚いた様子だ。

「僕のせいです」
「君は何も言っていないだろう?」
「推進室としての数字の指摘をしました。山田室長の事業部についてです」
「それだけか。報告だろう……」
「早瀬。淡々とできるのはお前ぐらいだ。そう思うだろう?橋本」
「ええ。早瀬さんの資料を読ませていただいた上での、報告と指摘でしたが。僕の言い方が悪かったのか……」
「いや、早瀬に向けられたものだろう」
「そうでしょうね」

 黒崎が橋本に話を振ると、苦笑している。俺としては業務上のことで資料を作成している。それが仕事だからだ。推進室の室長として指摘される側になったとしても、それはそれだ。それを踏まえて回答し、対策を取る。それだけの話だ。

「……ムカツクという例だ。明日からは役目が変わる。部下を指導、育成するのも役目だ。プロジェクト管理も、部長と課長の間を取り持つことも、得意分野だろう。お前は言い方にキツイ部分がある。もっと優しい言い方をしろ」
「常務、人のことは……。いえ、気をつけます」

 あんたの方がキツいだろうという言葉を飲み込んだ。ここは会議室で、聞き耳を立てている者がいるから、くだけた受け答えをしないことだ。黒崎とは友人関係であることは知られているが、ここで出すことではない。

 一方で、橋本は理解しているし、気にも留めていない。こういう奴が付き合いやすい。淡々としており、感情を入れずにいられる相手だ。

 黒崎も同じタイプだった。面倒見がいいのは昔から同じだが、相手の気持ちをくみ取るようになり、その上で言葉を口にする。しだいに味方が増えていった。

 橋本と黒崎が話している間、昔のことを思い出した。仕事でもプライベートでも、感情をあらわにすることが少なかった。変化をしている。それは悠人の存在が大きい。

(……悠人がうちでバイトした時、枝川がビビっていたな。室長が別人だ、なにかと入れ替わったと……。大げさじゃないな……)

 悠人がそばにいることで、気持ちが和らいだ。たまに軽口を叩いて、きいいいっと怒り出す反応を心待ちにして、楽しんでいたからだ。

 これから昼食へ行こうという話になった。会議室を出る前に、悠人へ電話をかける。ちゃんとポトフを温められたのか心配だ。寂しがってもいるだろう。

「家に電話をかけるよ」
「……ああ、待っている」

 黒崎たちが話している間に、離れた場所で電話をかけた。しかし出なかった。トイレに行っているなら、折り返しがあるだろう。ラインを入れることにした。

「『今から昼食だ。圭一さんと一緒だから、遠慮せずに電話をかけてこい。一時間でオフィスに戻る』……送信」

 会議室を出たところで、営業企画部の平田が走ってきた。その表情は強張っているから、何か起きたのだと分かった。先に黒崎が声をかけた。

「平田、どうした?」
「常務!枝川チーフが、山田室長に絡まれています。止めても聞こうとしません」
「分かった」
「先に俺が行く。場所はオフィスだろう?」
「はい!」
「お前は後から来い。今は避けろ。辞令前だ」
「部下が危ない目に遭っているんだぞ」
「一緒に行こう。先に話すのは俺だ。いいな」
「分かった。橋本も来てくれるか?」
「もちろんです」
「俺、先に行っています!」

 平田が走って行った。俺達も追いかけるようにして、オフィスに向かった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

恋人はメリーゴーランド少年だった~永遠の誓い編

夏目奈緖
BL
「恋人はメリーゴーランド少年だった」続編です。溺愛ドS社長×高校生。恋人同士になった二人の同棲物語。束縛と独占欲。。夏樹と黒崎は恋人同士。夏樹は友人からストーカー行為を受け、車へ押し込まれようとした際に怪我を負った。夏樹のことを守れずに悔やんだ黒崎は、二度と傷つけさせないと決心し、夏樹と同棲を始める。その結果、束縛と独占欲を向けるようになった。黒崎家という古い体質の家に生まれ、愛情を感じずに育った黒崎。結びつきの強い家庭環境で育った夏樹。お互いの価値観のすれ違いを経験し、お互いのトラウマを解消するストーリー。

Take On Me

マン太
BL
 親父の借金を返済するため、ヤクザの若頭、岳(たける)の元でハウスキーパーとして働く事になった大和(やまと)。  初めは乗り気でなかったが、持ち前の前向きな性格により、次第に力を発揮していく。  岳とも次第に打ち解ける様になり…。    軽いノリのお話しを目指しています。  ※BLに分類していますが軽めです。  ※他サイトへも掲載しています。

僕の恋人は、超イケメン!!

BL
僕は、普通の高校2年生。そんな僕にある日恋人ができた!それは超イケメンのモテモテ男子、あまりにもモテるため女の子に嫌気をさして、偽者の恋人同士になってほしいとお願いされる。最初は、嘘から始まった恋人ごっこがだんだん本気になっていく。お互いに本気になっていくが・・・二人とも、どうすれば良いのかわからない。この後、僕たちはどうなって行くのかな?

学校一のイケメンとひとつ屋根の下

おもちDX
BL
高校二年生の瑞は、母親の再婚で連れ子の同級生と家族になるらしい。顔合わせの時、そこにいたのはボソボソと喋る陰気な男の子。しかしよくよく名前を聞いてみれば、学校一のイケメンと名高い逢坂だった! 学校との激しいギャップに驚きつつも距離を縮めようとする瑞だが、逢坂からの印象は最悪なようで……? キラキライケメンなのに家ではジメジメ!?なギャップ男子 × 地味グループ所属の能天気な男の子 立場の全く違う二人が家族となり、やがて特別な感情が芽生えるラブストーリー。 全年齢

握るのはおにぎりだけじゃない

箱月 透
BL
完結済みです。 芝崎康介は大学の入学試験のとき、落とした参考書を拾ってくれた男子生徒に一目惚れをした。想いを募らせつつ迎えた春休み、新居となるアパートに引っ越した康介が隣人を訪ねると、そこにいたのは一目惚れした彼だった。 彼こと高倉涼は「仲良くしてくれる?」と康介に言う。けれど涼はどこか訳アリな雰囲気で……。 少しずつ距離が縮まるたび、ふわりと膨れていく想い。こんなに知りたいと思うのは、近づきたいと思うのは、全部ぜんぶ────。 もどかしくてあたたかい、純粋な愛の物語。

回転木馬の音楽少年~あの日のキミ

夏目奈緖
BL
包容力ドS×心優しい大学生。甘々な二人。包容力のある攻に優しく包み込まれる。海のそばの音楽少年~あの日のキミの続編です。 久田悠人は大学一年生。そそっかしくてネガティブな性格が前向きになれればと、アマチュアバンドでギタリストをしている。恋人の早瀬裕理(31)とは年の差カップル。指輪を交換して結婚生活を迎えた。悠人がコンテストでの入賞等で注目され、レコード会社からの所属契約オファーを受ける。そして、不安に思う悠人のことを、かつてバンド活動をしていた早瀬に優しく包み込まれる。友人の夏樹とプロとして活躍するギタリスト・佐久弥のサポートを受け、未来に向かって歩き始めた。ネガティブな悠人と、意地っ張りの早瀬の、甘々なカップルのストーリー。 <作品時系列>「眠れる森の星空少年~あの日のキミ」→「海のそばの音楽少年~あの日のキミ」→本作「回転木馬の音楽少年~あの日のキミ」

ミルクと砂糖は?

もにもに子
BL
瀬川は大学三年生。学費と生活費を稼ぐために始めたカフェのアルバイトは、思いのほか心地よい日々だった。ある日、スーツ姿の男性が来店する。落ち着いた物腰と柔らかな笑顔を見せるその人は、どうやら常連らしい。「アイスコーヒーを」と注文を受け、「ミルクと砂糖は?」と尋ねると、軽く口元を緩め「いつもと同じで」と返ってきた――それが久我との最初の会話だった。これは、カフェで交わした小さなやりとりから始まる、静かで甘い恋の物語。

雪解けを待つ森で ―スヴェル森の鎮魂歌(レクイエム)―

なの
BL
百年に一度、森の魔物へ生贄を捧げる村。 その年の供物に選ばれたのは、誰にも必要とされなかった孤児のアシェルだった。 死を覚悟して踏み入れた森の奥で、彼は古の守護者である獣人・ヴァルと出会う。 かつて人に裏切られ、心を閉ざしたヴァル。 そして、孤独だったアシェル。 凍てつく森での暮らしは、二人の運命を少しずつ溶かしていく。 だが、古い呪いは再び動き出し、燃え盛る炎が森と二人を飲み込もうとしていた。 生贄の少年と孤独な獣が紡ぐ、絶望の果てにある再生と愛のファンタジー

処理中です...