海のそばの音楽少年~あの日のキミ

夏目奈緖

文字の大きさ
252 / 259

18-3(早瀬視点)

しおりを挟む
 17時半。

 黒崎製菓の20階オフィスにて、本日、数えきれないほどのため息をついた。大きな理由としては、午後に送ったラインに対しての、悠人からの返信内容だ。

 無理に来なくてもいいと送った後、こんな展開を迎えてしまった。黒崎の言った通りだ。後悔したところで仕方ない。

「『久田悠人 14:50  待ち合わせ場所には行くよ。会って伝えたいことがあるから。じゃあね』あああ……」

 どうしたらいいのか?こんなに自分は不器用だったのか。こんな恋愛をしたのは初めてだ。思うように進まず、良かれと思ってやったことが裏目に出ている。悠人のことが好きでも、自分本位だからだろう。

 終業時間を迎え、オフィス内が賑やかになった。更衣室へ向かう者、これから取引先との飲み会に出かける者、同僚と飲みにいく段取りを話し合っている者。そして俺は、別れの予感に怯えている。すると、黒崎から声をかけられた。

「……帰る準備をしろ」
「おつかれさま……」
「……今さらだろう。来てくれるのは間違いないから、謝りたおせ。コツを教えてやろう」
「夏樹君とは仲が良いだろう?俺たちは違う……」
「……同じだ。さっさと謝らないからこうなった。意地の張りすぎだ」
「あああ……」

 まさか黒崎から、こういう言葉をかけられる日が来るなんて。女性関係が派手で、いつか刺されるものだと思っていた。今の安定ぶりには驚きしかない。

 パタン……。更衣室のロッカーの扉を閉めた。グレー色のコートを羽織り、壁に取り付けられた全身鏡で、自分の姿を映した。この部署では、外出する前と帰社後には、必ず全身をチェックする決まりがある。多数の人間と会う仕事だからだ。

 隙が感じられない男が映っているはずなのに、今日の鏡に存在しているのは、自信をなくしている、情けない男の姿だ。そして、薄い膜で覆った深い茶色の瞳を見つめることができない。人目を気にして、生まれながらの色を隠している。俺の瞳の色は緑色だ。悠人にはまだ話していない。

 カラーコンタクトレンズを外した。疲れて乾燥し、さすがに新しいものに取り換えておきたいからだ。張り付いてしまったレンズを外すと、小さな痛みが起きた。

「目が渇いている……、悠人に話せないのか?どうしてだ?俺の方こそ情けない」

 顔も知らない男からの贈り物が、鏡の中にある。淡い緑色の瞳は恥じるものではなく、育ての母から褒められたこともある。綺麗な瞳ねと。心からの言葉だと分かる。

 自分はどうしたいのか?悠人と向き合うのは、自分自身をさらけ出すのが怖いからだ。

 更衣室から出ると、黒崎が待っていた。その手には絆創膏の箱があった。何をするのだろう?

「圭一さんも指輪を選ぶの?」
「……お前にだ」
「え?」

 背後からざわめきが起きた。またデキているという疑惑を避けるために、さっさとオフィスを出ることにした。

 出入口に向かうまで、黒崎からの話は続いていた。何も知らない者からすると、誤解を招く発言だ。しかし、当の本人は意に返していない。日頃から注目されることに慣れており、鈍感になっていることも理由だ。物事に動じない性格もある。

 オフィスを出てエレベーター前に立ったところで、黒崎からどうしたのかと聞かれた。やっぱり気づいていないようだ。

「あのねえ。圭一さんは鈍感だよ。誤解されるようなことを口にする」
「……口数は少ないが、必要なことは言っている。お前は口数が多い」
「そうだよ。話さないと伝わらないからだよ」
「……俺とは反対だな。口数が多くて言葉が足りない」
「え?」
「……肝心なことを口にしない。今回がいい例だ」
「あああ……」

 言い当てられてしまった。さらにみっともないと思いながら、エレベーターに乗り込んだ。そして、黒崎によって一階のボタンが押されて、降りて行った。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

恋人はメリーゴーランド少年だった~永遠の誓い編

夏目奈緖
BL
「恋人はメリーゴーランド少年だった」続編です。溺愛ドS社長×高校生。恋人同士になった二人の同棲物語。束縛と独占欲。。夏樹と黒崎は恋人同士。夏樹は友人からストーカー行為を受け、車へ押し込まれようとした際に怪我を負った。夏樹のことを守れずに悔やんだ黒崎は、二度と傷つけさせないと決心し、夏樹と同棲を始める。その結果、束縛と独占欲を向けるようになった。黒崎家という古い体質の家に生まれ、愛情を感じずに育った黒崎。結びつきの強い家庭環境で育った夏樹。お互いの価値観のすれ違いを経験し、お互いのトラウマを解消するストーリー。

Take On Me

マン太
BL
 親父の借金を返済するため、ヤクザの若頭、岳(たける)の元でハウスキーパーとして働く事になった大和(やまと)。  初めは乗り気でなかったが、持ち前の前向きな性格により、次第に力を発揮していく。  岳とも次第に打ち解ける様になり…。    軽いノリのお話しを目指しています。  ※BLに分類していますが軽めです。  ※他サイトへも掲載しています。

僕の恋人は、超イケメン!!

BL
僕は、普通の高校2年生。そんな僕にある日恋人ができた!それは超イケメンのモテモテ男子、あまりにもモテるため女の子に嫌気をさして、偽者の恋人同士になってほしいとお願いされる。最初は、嘘から始まった恋人ごっこがだんだん本気になっていく。お互いに本気になっていくが・・・二人とも、どうすれば良いのかわからない。この後、僕たちはどうなって行くのかな?

学校一のイケメンとひとつ屋根の下

おもちDX
BL
高校二年生の瑞は、母親の再婚で連れ子の同級生と家族になるらしい。顔合わせの時、そこにいたのはボソボソと喋る陰気な男の子。しかしよくよく名前を聞いてみれば、学校一のイケメンと名高い逢坂だった! 学校との激しいギャップに驚きつつも距離を縮めようとする瑞だが、逢坂からの印象は最悪なようで……? キラキライケメンなのに家ではジメジメ!?なギャップ男子 × 地味グループ所属の能天気な男の子 立場の全く違う二人が家族となり、やがて特別な感情が芽生えるラブストーリー。 全年齢

握るのはおにぎりだけじゃない

箱月 透
BL
完結済みです。 芝崎康介は大学の入学試験のとき、落とした参考書を拾ってくれた男子生徒に一目惚れをした。想いを募らせつつ迎えた春休み、新居となるアパートに引っ越した康介が隣人を訪ねると、そこにいたのは一目惚れした彼だった。 彼こと高倉涼は「仲良くしてくれる?」と康介に言う。けれど涼はどこか訳アリな雰囲気で……。 少しずつ距離が縮まるたび、ふわりと膨れていく想い。こんなに知りたいと思うのは、近づきたいと思うのは、全部ぜんぶ────。 もどかしくてあたたかい、純粋な愛の物語。

回転木馬の音楽少年~あの日のキミ

夏目奈緖
BL
包容力ドS×心優しい大学生。甘々な二人。包容力のある攻に優しく包み込まれる。海のそばの音楽少年~あの日のキミの続編です。 久田悠人は大学一年生。そそっかしくてネガティブな性格が前向きになれればと、アマチュアバンドでギタリストをしている。恋人の早瀬裕理(31)とは年の差カップル。指輪を交換して結婚生活を迎えた。悠人がコンテストでの入賞等で注目され、レコード会社からの所属契約オファーを受ける。そして、不安に思う悠人のことを、かつてバンド活動をしていた早瀬に優しく包み込まれる。友人の夏樹とプロとして活躍するギタリスト・佐久弥のサポートを受け、未来に向かって歩き始めた。ネガティブな悠人と、意地っ張りの早瀬の、甘々なカップルのストーリー。 <作品時系列>「眠れる森の星空少年~あの日のキミ」→「海のそばの音楽少年~あの日のキミ」→本作「回転木馬の音楽少年~あの日のキミ」

ミルクと砂糖は?

もにもに子
BL
瀬川は大学三年生。学費と生活費を稼ぐために始めたカフェのアルバイトは、思いのほか心地よい日々だった。ある日、スーツ姿の男性が来店する。落ち着いた物腰と柔らかな笑顔を見せるその人は、どうやら常連らしい。「アイスコーヒーを」と注文を受け、「ミルクと砂糖は?」と尋ねると、軽く口元を緩め「いつもと同じで」と返ってきた――それが久我との最初の会話だった。これは、カフェで交わした小さなやりとりから始まる、静かで甘い恋の物語。

雪解けを待つ森で ―スヴェル森の鎮魂歌(レクイエム)―

なの
BL
百年に一度、森の魔物へ生贄を捧げる村。 その年の供物に選ばれたのは、誰にも必要とされなかった孤児のアシェルだった。 死を覚悟して踏み入れた森の奥で、彼は古の守護者である獣人・ヴァルと出会う。 かつて人に裏切られ、心を閉ざしたヴァル。 そして、孤独だったアシェル。 凍てつく森での暮らしは、二人の運命を少しずつ溶かしていく。 だが、古い呪いは再び動き出し、燃え盛る炎が森と二人を飲み込もうとしていた。 生贄の少年と孤独な獣が紡ぐ、絶望の果てにある再生と愛のファンタジー

処理中です...