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11-1 黒崎製菓のバイト
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10月14日、月曜日。午前8時。
今日から黒崎製菓で5日のバイトが始まる。早瀬の運転する車が発進して、マンションの駐車場から出た。これから黒崎製菓へ向かうところだ。今日はマーケティング推進室でのバイト初日であり、帰りに寄るところがあるから、車で行くことになった。
「久しぶりに車に乗ったよ。忙しかったもんね」
「そうだね。車の運転が好きだから、開放感があるよ」
「ふうん。都内は混雑してるから、面倒くさくないの?」
「たしかにそうだけど。黒崎ホールディングス時代の時は、ほぼ車移動をしていたから慣れている。海が綺麗で、海岸線のドライブが気持ちよかったよ」
「そっか。裕理さんの運転で酔ったことがないから、遠くも行ってみたいよ」
「もちろん連れて行く。もう少し待っていてくれるか?」
早瀬が苦笑したから、慌てて訂正した。催促するつもりで言っていないからだ。運転席から手を伸ばして頭を撫でられた。おまけにシャツの襟元に指先を差し込み、くすぐってきた。
「時間が出来てからでいいからね」
「分かっているよ。優しくなったねー?いい子、いい子……。ここが気持ちいいのかー?」
「俺はネコじゃないよ」
身をよじって、ドア側に張り付いて逃げた。ちょうど車線変更のタイミングになったから、攻撃して来なかった。
俺はいつもはラフな格好をしているが、今日から5日間は、きちんとした服装をする。とはいっても、シャツとズボン、ジャケットを羽織っているだけだ。ネクタイはしていない。バイトが決まった後、早瀬から服を買いに行こうと誘われた。何着かシャツを持っていたから断ったのに、ショップへ連れていかれて用意された。
「似合っているよ。着慣れている感じだ」
「制服がブレザーだったし、親の関係で出かける時は、こういう格好をしていたからだよ」
車から降りた。本社ビルが近づいて来た後、離れて歩くことにした。パートナーだと隠す必要はないと言われているものの、同伴して入るのは気が引けたからだ。周りの人も気を遣うだろう。バイトをしたいと言い出した時には、思い浮かばなかった。後になって、しまったと気づいたわけだ。
先週も黒崎製菓に出向いた。業務内容と雇用契約の説明を受けるために。偶然にも黒崎さんが担当してくれた。特に気にすることなく、淡々とやればいいと言われている。
「悠人君。一緒に入るぞ」
「いいってば。バイトで引率されるのは恥ずかしいよー」
「観念しなさい。オフィスの人は知っている」
「げええええっ」
「早瀬室長がメロメロって……」
「ひいいいいっ」
黒崎製菓の本社ビルに到着した。強引に手を繋がれて、大きなエントランスへ入った。ロビーに入ると、さすがに手を離してもらえた。そして、距離を取って歩きながら、受付カウンターへ向かった。短期アルバイト用のバッジを受け取るためだ。
「おはようございます」
「おはようございます」
受付の人から挨拶をされて、条件反射的に笑顔が浮かんだ。長年培ってきたものだ。カウンターへ向かい、用件を伝えた。
「おはようございます。久田悠人と申します。マーケティング推進室で……」
「かしこまりました。あら……」
「僕が取ります」
「いえ……」
カツン。カウンターにいる女性がペンを落としてしまった。カウンターのそばに落ちたから、彼女が拾い上げる前に止めた。遠慮をされる前に拾いあげて、パッパッと埃を取った。それを彼女に差し出すと、笑顔を向けられた。女性には優しくすると決めている。ここでも笑顔を返した。
「壊れなくてよかったです」
「ありがとうございます」
「いえ。失礼します」
軽く会釈して、カウンターを去った。エレベーターの近くに早瀬が待っているから、真っ直ぐに向かった。そして、彼のそばまで行くと苦笑していた。
「悠人君、こっちだ」
「うん」
「さっそくファンを増やしたようだね」
「なんのこと?」
「受付の女性たちだよ。君の方を見て笑っている。口の動きから見て、可愛いと言っているよ」
「はあ……、カッコいいとは言われないのか~」
いつものことだから諦めがつく。早瀬のような男なら、反応が違うのだろう。今日の早瀬はグレー系のスーツに、明るめのネクタイを締めている。いかにも爽やかそうだ。清潔感を大事にしているのがよく分かる。こういう人が大好きだ。いじめっ子で、エロい人には見えない。
「悠人君、エレベーターが来たよ」
「ありがとう」
背中を押されて乗るように促された。他の3人も乗り込んで来た。壁に鏡があり、視線を向けて慌ててしまった。いつものくせで、寄り添うように立っていたからだ。
「あ……」
「ここは狭いぞ。このままでいい」
グイ。肩を抱かれて、胸の鼓動が跳ね上がった。話し方が変わったからだ。仕事モードに近い。ここは会社だから当然なのに、心の準備が出来ていなくて戸惑ってしまった。
今日から黒崎製菓で5日のバイトが始まる。早瀬の運転する車が発進して、マンションの駐車場から出た。これから黒崎製菓へ向かうところだ。今日はマーケティング推進室でのバイト初日であり、帰りに寄るところがあるから、車で行くことになった。
「久しぶりに車に乗ったよ。忙しかったもんね」
「そうだね。車の運転が好きだから、開放感があるよ」
「ふうん。都内は混雑してるから、面倒くさくないの?」
「たしかにそうだけど。黒崎ホールディングス時代の時は、ほぼ車移動をしていたから慣れている。海が綺麗で、海岸線のドライブが気持ちよかったよ」
「そっか。裕理さんの運転で酔ったことがないから、遠くも行ってみたいよ」
「もちろん連れて行く。もう少し待っていてくれるか?」
早瀬が苦笑したから、慌てて訂正した。催促するつもりで言っていないからだ。運転席から手を伸ばして頭を撫でられた。おまけにシャツの襟元に指先を差し込み、くすぐってきた。
「時間が出来てからでいいからね」
「分かっているよ。優しくなったねー?いい子、いい子……。ここが気持ちいいのかー?」
「俺はネコじゃないよ」
身をよじって、ドア側に張り付いて逃げた。ちょうど車線変更のタイミングになったから、攻撃して来なかった。
俺はいつもはラフな格好をしているが、今日から5日間は、きちんとした服装をする。とはいっても、シャツとズボン、ジャケットを羽織っているだけだ。ネクタイはしていない。バイトが決まった後、早瀬から服を買いに行こうと誘われた。何着かシャツを持っていたから断ったのに、ショップへ連れていかれて用意された。
「似合っているよ。着慣れている感じだ」
「制服がブレザーだったし、親の関係で出かける時は、こういう格好をしていたからだよ」
車から降りた。本社ビルが近づいて来た後、離れて歩くことにした。パートナーだと隠す必要はないと言われているものの、同伴して入るのは気が引けたからだ。周りの人も気を遣うだろう。バイトをしたいと言い出した時には、思い浮かばなかった。後になって、しまったと気づいたわけだ。
先週も黒崎製菓に出向いた。業務内容と雇用契約の説明を受けるために。偶然にも黒崎さんが担当してくれた。特に気にすることなく、淡々とやればいいと言われている。
「悠人君。一緒に入るぞ」
「いいってば。バイトで引率されるのは恥ずかしいよー」
「観念しなさい。オフィスの人は知っている」
「げええええっ」
「早瀬室長がメロメロって……」
「ひいいいいっ」
黒崎製菓の本社ビルに到着した。強引に手を繋がれて、大きなエントランスへ入った。ロビーに入ると、さすがに手を離してもらえた。そして、距離を取って歩きながら、受付カウンターへ向かった。短期アルバイト用のバッジを受け取るためだ。
「おはようございます」
「おはようございます」
受付の人から挨拶をされて、条件反射的に笑顔が浮かんだ。長年培ってきたものだ。カウンターへ向かい、用件を伝えた。
「おはようございます。久田悠人と申します。マーケティング推進室で……」
「かしこまりました。あら……」
「僕が取ります」
「いえ……」
カツン。カウンターにいる女性がペンを落としてしまった。カウンターのそばに落ちたから、彼女が拾い上げる前に止めた。遠慮をされる前に拾いあげて、パッパッと埃を取った。それを彼女に差し出すと、笑顔を向けられた。女性には優しくすると決めている。ここでも笑顔を返した。
「壊れなくてよかったです」
「ありがとうございます」
「いえ。失礼します」
軽く会釈して、カウンターを去った。エレベーターの近くに早瀬が待っているから、真っ直ぐに向かった。そして、彼のそばまで行くと苦笑していた。
「悠人君、こっちだ」
「うん」
「さっそくファンを増やしたようだね」
「なんのこと?」
「受付の女性たちだよ。君の方を見て笑っている。口の動きから見て、可愛いと言っているよ」
「はあ……、カッコいいとは言われないのか~」
いつものことだから諦めがつく。早瀬のような男なら、反応が違うのだろう。今日の早瀬はグレー系のスーツに、明るめのネクタイを締めている。いかにも爽やかそうだ。清潔感を大事にしているのがよく分かる。こういう人が大好きだ。いじめっ子で、エロい人には見えない。
「悠人君、エレベーターが来たよ」
「ありがとう」
背中を押されて乗るように促された。他の3人も乗り込んで来た。壁に鏡があり、視線を向けて慌ててしまった。いつものくせで、寄り添うように立っていたからだ。
「あ……」
「ここは狭いぞ。このままでいい」
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