海のそばの音楽少年~あの日のキミ

夏目奈緖

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 ガーー……。

 エレベーターが20階で停まった。促されて降りると、シンと静まり返ったフロアに出た。人が少ない時間帯だと聞いていた通りだ。先週来たばかりのオフィスに向かおうとすると、別の方向に歩いていることに気がついた。緊張感から気がそぞろのようだ。気を引き締めようと目を閉じると、早瀬から笑われてしまった。

「こっちだよ」
「うん」
「返事は?」
「はい……」
「そこまで気負うな。どうせ役に立たない」
「何だよー?」
「そうそう、その調子でね」

 ポンポンと頭を叩かれたことで、気持ちがほぐれた。そのまま廊下を進んでいくと、目的地に着いた。5日間、勤務するオフィスだ。

 先週来た時には、オフィスの様子を見る余裕がなかった。説明を受けに来たのが他に2人いたから、慌ただしかった。それがかえってよくて、余計な緊張をせずに済んだ。その時は社員さんには会釈をするぐらいで、挨拶が出来ていないのが気になるところだ。今日からできるから、良かったとは思っている。

 オフィスを入るとすぐに、珈琲の匂いがして来た。入り口の近くにある休憩室のような部屋からだ。ガラス張りのドアに、クリーム色の壁がある。そして、ドリンクバーのような機械が並んでいて、小さなテーブルや椅子もあった。今朝は2人入っている。

「悠人君、ここはカフェスペースだ。君も自由に使っていい。遠慮があるだろうからデスクで休憩するんだろうけど、頃合いを見て連れてきてあげるよ」
「ありがとう」

 今の早瀬は仕事モードになっている。しかし、家の中で感じたような冷たさはない。あれは思い込みだったようだ。カッコいいと思えるぐらいだ。

「早瀬室長、おはようございます!」

 カフェスペースから男性が出てきた。20代半ばぐらいに見えた。紺色系のスーツに、同色系のネクタイを締めている。さっばりした感じだ。

「おはよう」
「おはようございます」

 挨拶をすると、男性が笑顔を向けてきた。感じの良い人だなと思っていると、俺の前へやって来た。そして、屈託のない笑顔で自己紹介をされた。

「はじめてまして。マーケティング推進室の、枝川幸也《えががわこうや》です。今回の業務チームでは、僕もサポートに入ります。よろしくお願いします」
「こちらこそよろしくお願いします。久田悠人と申します!」
「知っているよ。バンドコンテストを観に行ったんだよ。夏樹君がインターンシップの説明会に来ていて、バンドのことを聞いたんだ。大勢いたから話せなかったけど、久田君のことは知っていたんだよ」
「そうだったんですね。失礼しました」
「ああ~、そんなに固くならないでよ。5日間、一緒にやる仲間だよ」
「はい」

 人懐っこくて感じのいい人だと思った。この大企業で本社勤務ならエリートだろう。父やその知り合いのような、嫌味たらしい人が多いかと思っていたのに、それは思い込みだと感じた。通りかかった人も活気があって楽しそうだ。すると、枝川さんが距離を詰めてきた。

「悠人君って呼んでもいいかな?」
「はい、喜んで」

 俺は返事をすると、早瀬が割って入ってきた。不機嫌そうな顔をしている。

「枝川君」
「はいっ」
「業務中は、久田君と呼ぶように」
「はいっ」
「俺は悠人君と呼ぶけどね」 

 他の人から小さな笑いが起きた。枝川さんも笑い出して、ツッコミを入れ始めた。早瀬も笑っている。

「室長こそ、権力乱用ですよ」
「守っているだけだ。5日間、お願いするよ」
「はい」

 みんながカフェスペースから出てきて、それぞれ自分の席に歩き始めた。すると、早瀬と枝川さんの雰囲気が変わった。冗談っぽいものから、仕事モードというものに変わったのだろう。バイト先の楽器店とは空気感が違うから、慣れるまで戸惑いそうだと思った。すると、早瀬から声をかけられた。

「さあ、デスクに案内するよ。マーケティング推進室の中に、5人分のデスクを用意してある」
「はい」

 ここでは上司と部下だ。きちんと返事をして、早瀬の後ろをついて行った。歩いている間も視線を向けられている。ほとんどが笑顔だが、そうでない人がいる。さっき通りかかった場所では、感じの悪い視線を向けてきた人がいた。気のせいではないだろう。そこは秘書室というプレートがある部屋だった。

(秘書室かあ。どうしたんだろう?コネがあるからとか思われたかな?でも、今回は、社員の身内や知り合いを探したって言っていたし……)

 気になりつつも、仕事に集中しなければならない。案内されたデスクへ到着した後、席に座った。
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