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最後に告げる言葉を口にする前に、父と宮田さんのことを見つめた。早瀬からテーブルの下で手を握られた。ブルッと震えると、手を重ねられた。何かあればすぐに盾になると言われたとおりだ。しかし、父は何もやろうとしない。言葉だけで、行動が伴っていない。母の前で突き飛ばした時と変わっていない。
「父は信用できない人です。いざとなれば、宮田さん達のことを捨てるかもしれない。……お父さん?」
「悠人、もうやめてくれ」
「お母さんと結婚したのは、俺のことが出来たからだろ?じゃあ、宮田さんのことは?」
「……お父さんのことを愛しています!」
宮田さんが必死になった。まるで父のことを庇っているかのようだ。この人が、父にとっての魔法使いだろうか?いや、違うと思う。悪い魔法使いから、呪いをかけられている人だ。あの日、佐久弥から言われた言葉を伝えよう。
「それを、”ままごと婚”って言うんじゃないですか?現実が分かっていなくて、”愛が醒める”。そして、犠牲者が出る」
「……悠人!やめなさい!」
「……達弘さん!いいのよ!」
「……よくない。彼女は悪くない!文句は私に言え!」
「へええ?都合が悪いわけ?」
「……いい加減にしろ!」
父から振り上げられようとした手が頬を打つ前に、食い止められた。父の手を掴んでいるのは早瀬だ。そして、冷静な声で言った。
「悠人の話を最後まで聞いてあげてください。手を上げるのはルール違反です。この子は何も悪いことをしていません」
「……」
父が頷いたことで、早瀬が手を離した。父が臆病な人に見える。威圧的な言葉を俺に向けてきたのに、今では俺のことを怖がっているようだ。さっきよりも力の入った目をしていても、俺のことを通して、別の人を見ていると感じた。こうして向かい合って、自分自身を否定されて怯えるなんて。小さな頃の自分を見ているかのようだ。きっとこんな目をしていたのだろう。
父が見ているのは誰だろう?それは祖父のことだろう。厳しくしつけられたことで、嘘をつくのが上手になった。他人を犠牲にしてまで、自分を守ろうとする行動に走ってしまう。ここで、父の呪いを解いてしまおう。連鎖を断ち切って、新しい道を歩いてほしい。
「お父さん、宮田さんのことを守ろうとしたね」
「当たり前だ!」
父がしっかりと言い切った。これは褒めてあげることだ。椅子から立ち上がり、父の頭を撫でてあげた。
「よく出来ました。えらいよ。いい子だね!」
「……悠人?」
「やっと宮田さんのことを守ったね。お父さんさ、お祖父ちゃんから厳しくされたんだよね?嘘をついてまで自分を守るしかないぐらいに。……おばあちゃんから言われたことがあるんだ。悠人の落ち着きがないのは、悪い魔法使いの呪いのせいだって。この意味は分かる?」
「いや、すまない……」
「じゃあ、教えてあげるよ」
どうして他の子のように出来ないのか?俺はそう言われ続けて委縮して、何かを始める前に失敗を恐れていた子供だった。それを、祖母は呪いだと言った。この話には続きがある。大人になり、自分のことを愛してくれる人が現れた時に、呪いが解けるということだ。それは、ありのままの姿を好きだと言われることだ。それが解除魔法だ。早瀬から呪いを解かれた後、一歩ずつでも前に進んでいる。それを父に話した。
「こういうこと。分かった?」
「ああ。すまなかった」
「でもさー、全部が悪いわけじゃないよ。バイト先で褒められているんだ。言葉遣い、相手との距離、目線の位置、声のトーンだよ。……裕理さんの職場の人が訪ねて来てくれた時も、恥ずかしくなかったんだ。お茶出しが出来たし、しっかりしているってさ。……日頃からしていないと、咄嗟にできないことだって。社会人になってから身に着けることはできても、今から出来ていると楽だよ。……だから、お父さんには、ありがとうって言うよ。もちろん、お母さんにもね」
「悠人……」
「お父さんに掛けられていた呪いを解いたのは、俺でも宮田さんでもない。どうやって育ってきたか、教えてくれたのは、お母さんなんだ。……この間、聞いたんだよ。お母さんは、おばあちゃんからその話を聞かされたんだ。おばあちゃんは、お父さんのことをおじいちゃんから守り切れなかったって言っていたそうだよ。だから、俺のことでは、お父さんのことを叱る資格がないってさ。だから、お父さんにとっての魔法使いは、お母さんだよ。……電話でもいいから、ありがとうって、お礼を言ってよ。その後で結婚してください。宮田さんがOKしてくれたら……」
ぼーっとしている父のことを、宮田さんが優しく背中を叩いてあげていた。こういう人が必要だったのだろう。母も優しい人だとは思うが、全くタイプが違う。相性が悪いということか。
「宮田さん。お父さんのことをフッてもいいよ」
「いいえ。こういうお父さんも好きです。けっこう優しいから……」
「ああー、それって、悪い男に引っかかる人のセリフだよー。……お父さん、自己保身するのはやめてね?誰からも信頼されなくなるし、周りに誰もいなくなる。救われるのは自分だけだよ。被害を受けるのは周りの人だし。周りの人だって、自分の身が危険になれば、その元凶から離れるんだよ」
「大学で習ったのか?」
「教科書で習えるものが全てじゃないよ。裕理さんから教えてもらったんだ。……信頼できる人がそばに必要なんだ。だから、宮田さんがいてくれるといいね」
「私が責任を持ちます」
「ありがとう。お父さん、お礼を言えよ!」
そっと、早瀬の手を握り返した。その左手には、プレゼントしてもらった腕時計がある。これを見つめて勇気が出た。とても力になった。
「父は信用できない人です。いざとなれば、宮田さん達のことを捨てるかもしれない。……お父さん?」
「悠人、もうやめてくれ」
「お母さんと結婚したのは、俺のことが出来たからだろ?じゃあ、宮田さんのことは?」
「……お父さんのことを愛しています!」
宮田さんが必死になった。まるで父のことを庇っているかのようだ。この人が、父にとっての魔法使いだろうか?いや、違うと思う。悪い魔法使いから、呪いをかけられている人だ。あの日、佐久弥から言われた言葉を伝えよう。
「それを、”ままごと婚”って言うんじゃないですか?現実が分かっていなくて、”愛が醒める”。そして、犠牲者が出る」
「……悠人!やめなさい!」
「……達弘さん!いいのよ!」
「……よくない。彼女は悪くない!文句は私に言え!」
「へええ?都合が悪いわけ?」
「……いい加減にしろ!」
父から振り上げられようとした手が頬を打つ前に、食い止められた。父の手を掴んでいるのは早瀬だ。そして、冷静な声で言った。
「悠人の話を最後まで聞いてあげてください。手を上げるのはルール違反です。この子は何も悪いことをしていません」
「……」
父が頷いたことで、早瀬が手を離した。父が臆病な人に見える。威圧的な言葉を俺に向けてきたのに、今では俺のことを怖がっているようだ。さっきよりも力の入った目をしていても、俺のことを通して、別の人を見ていると感じた。こうして向かい合って、自分自身を否定されて怯えるなんて。小さな頃の自分を見ているかのようだ。きっとこんな目をしていたのだろう。
父が見ているのは誰だろう?それは祖父のことだろう。厳しくしつけられたことで、嘘をつくのが上手になった。他人を犠牲にしてまで、自分を守ろうとする行動に走ってしまう。ここで、父の呪いを解いてしまおう。連鎖を断ち切って、新しい道を歩いてほしい。
「お父さん、宮田さんのことを守ろうとしたね」
「当たり前だ!」
父がしっかりと言い切った。これは褒めてあげることだ。椅子から立ち上がり、父の頭を撫でてあげた。
「よく出来ました。えらいよ。いい子だね!」
「……悠人?」
「やっと宮田さんのことを守ったね。お父さんさ、お祖父ちゃんから厳しくされたんだよね?嘘をついてまで自分を守るしかないぐらいに。……おばあちゃんから言われたことがあるんだ。悠人の落ち着きがないのは、悪い魔法使いの呪いのせいだって。この意味は分かる?」
「いや、すまない……」
「じゃあ、教えてあげるよ」
どうして他の子のように出来ないのか?俺はそう言われ続けて委縮して、何かを始める前に失敗を恐れていた子供だった。それを、祖母は呪いだと言った。この話には続きがある。大人になり、自分のことを愛してくれる人が現れた時に、呪いが解けるということだ。それは、ありのままの姿を好きだと言われることだ。それが解除魔法だ。早瀬から呪いを解かれた後、一歩ずつでも前に進んでいる。それを父に話した。
「こういうこと。分かった?」
「ああ。すまなかった」
「でもさー、全部が悪いわけじゃないよ。バイト先で褒められているんだ。言葉遣い、相手との距離、目線の位置、声のトーンだよ。……裕理さんの職場の人が訪ねて来てくれた時も、恥ずかしくなかったんだ。お茶出しが出来たし、しっかりしているってさ。……日頃からしていないと、咄嗟にできないことだって。社会人になってから身に着けることはできても、今から出来ていると楽だよ。……だから、お父さんには、ありがとうって言うよ。もちろん、お母さんにもね」
「悠人……」
「お父さんに掛けられていた呪いを解いたのは、俺でも宮田さんでもない。どうやって育ってきたか、教えてくれたのは、お母さんなんだ。……この間、聞いたんだよ。お母さんは、おばあちゃんからその話を聞かされたんだ。おばあちゃんは、お父さんのことをおじいちゃんから守り切れなかったって言っていたそうだよ。だから、俺のことでは、お父さんのことを叱る資格がないってさ。だから、お父さんにとっての魔法使いは、お母さんだよ。……電話でもいいから、ありがとうって、お礼を言ってよ。その後で結婚してください。宮田さんがOKしてくれたら……」
ぼーっとしている父のことを、宮田さんが優しく背中を叩いてあげていた。こういう人が必要だったのだろう。母も優しい人だとは思うが、全くタイプが違う。相性が悪いということか。
「宮田さん。お父さんのことをフッてもいいよ」
「いいえ。こういうお父さんも好きです。けっこう優しいから……」
「ああー、それって、悪い男に引っかかる人のセリフだよー。……お父さん、自己保身するのはやめてね?誰からも信頼されなくなるし、周りに誰もいなくなる。救われるのは自分だけだよ。被害を受けるのは周りの人だし。周りの人だって、自分の身が危険になれば、その元凶から離れるんだよ」
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