3 / 25
お茶会にて
しおりを挟む
朗らかな陽気に照らされるテラス席が、皆様の溜め息で重くなる。
煌びやかな木漏れ日の光も、愛らしい小鳥の囀りすら、私の心を晴らさない。
口にするお茶もお菓子も、まるで砂を噛んでいるようだわ。
「はぁ……明日のお見合いに行くのが、憂鬱だわ。あれでは未来の婿探しというより、動物園にいくようなものよ」
「まあ、それは動物園に失礼よ。ゲストへの礼儀もなく吠えるばかりの獣なんてあちらにはいないじゃありませんか。野良犬、とでも呼んで差し上げなさい」
「今度の子犬はどんな声で鳴くかしら? 『君を愛するつもりはない』? 『自分の生まれを鼻にかけただけの女に礼など言わん』? はたまた『民の血税で着飾るだけの悪女』?」
秀逸なジョークを言うお友達に、思わず笑みがこぼれてしまいそうになり慌てて扇子で隠す。
やめてちょうだいな。これで口に何か入ってる状態だったら悲惨よ?
「しかし……本当に落ちましたね、殿方の質が」
溜め息交じりにサラが言う。
私も、ここにいる全員だってそう思っている。
理由は明確だ。
公子殿下によるブリジット様への婚約破棄。
公の場で破棄する、などと言う恥は晒さなかった。が、大公陛下の御名御璽付きの文書を代理人を通してジブリール公爵家に送りつけたらしい。
それで一家纏めて出ていくのだから、余程ひどい事が書かれていたのでしょうね。
ともあれその時から、同年代の様子がおかしくなったのです。
獣のように本能的になったのです。
それはそうだろう。若者たちの模範である公子様が公爵令嬢である自分の婚約者を手酷く袖にし、平民の娘を公子妃に選んだのです。
若い殿方がそれに右倣えするのは自明の理でしょう。
公子は大公陛下の後ろ盾があるからこそあそこまで強硬な手段に出れたというのに、それがわからないようだわ。
「俺たちには、身分を問わずに気に入った女を選ぶ権利がある!」
「爵位や外聞に気を遣うことはなかったんだ。男に捨てられる女が悪いんだ」
「平民の女は愛想がいい。安物でも喜んでくれるしな。それに引き換え令嬢連中の面白味の無さはなんだ?」
と、こんな感じのことを思っているのでしょうか。
なのでお見合いに来た「いけ好かない貴族女」に対して礼儀のない振る舞いを見せるのだ。
悲惨なのはそんな『事故物件』と行き遅れになる事を恐れるあまりに結婚してしまった女性たちだ。先述したような男性と結婚して幸せになれるでしょうか? そもそも夫としての務めなど果たさないでしょうね。お労しい……
殿方ほどではないですが女性たちも次第に悪化しつつあります。
ある者は「顔さえよければ尊き身分の男を手に入れられる」と淫らで恥知らずな行いを是とし、婚約者がいる方にも絡み付きます。
お父さま。お母さま。
この国は終わりです。
空になった紅茶を置くと、私は友人たちに告げました。
「私、次に会う殿方が“人間未満”でしたら、王国からのお見合いを受けてみようと思うの」
「まあ! あなたも? 実は私にも王国の貴族からお手紙を頂いたの」
「ふふ、野良犬では書けないものね。私も……お父様は渋い顔をしていらっしゃるけど、受けてみようかしら?」
どうやら全員には王国の殿方からそういったお誘いが来ているようです。
そうでしょう。いい子たちですもの。野良犬に噛まれたりしたら困ります。
元々我が家は王国派ではありません。
ですが我が家に入ろうとする犬の素行を知り、お父さまもお母さまもお見合いの打診をしてくれたの。
肖像画に描かれたのは端正な顔をした美少年で、彼からのお手紙はとても素晴らしいものでしたわ。
文字も綺麗で、私の好きな作家の詩を引用していました。
久しぶりに殿方の教養と品性を感じましたわ。彼と会うのが楽しみです。
——愛国心? 結構ですわ。大事なのは我が家。種を得るなら、良い品種を選ばないとね。
友人たちの行く末に幸多からんことを願い、私は再び注がれた紅茶を飲み込んだ。
煌びやかな木漏れ日の光も、愛らしい小鳥の囀りすら、私の心を晴らさない。
口にするお茶もお菓子も、まるで砂を噛んでいるようだわ。
「はぁ……明日のお見合いに行くのが、憂鬱だわ。あれでは未来の婿探しというより、動物園にいくようなものよ」
「まあ、それは動物園に失礼よ。ゲストへの礼儀もなく吠えるばかりの獣なんてあちらにはいないじゃありませんか。野良犬、とでも呼んで差し上げなさい」
「今度の子犬はどんな声で鳴くかしら? 『君を愛するつもりはない』? 『自分の生まれを鼻にかけただけの女に礼など言わん』? はたまた『民の血税で着飾るだけの悪女』?」
秀逸なジョークを言うお友達に、思わず笑みがこぼれてしまいそうになり慌てて扇子で隠す。
やめてちょうだいな。これで口に何か入ってる状態だったら悲惨よ?
「しかし……本当に落ちましたね、殿方の質が」
溜め息交じりにサラが言う。
私も、ここにいる全員だってそう思っている。
理由は明確だ。
公子殿下によるブリジット様への婚約破棄。
公の場で破棄する、などと言う恥は晒さなかった。が、大公陛下の御名御璽付きの文書を代理人を通してジブリール公爵家に送りつけたらしい。
それで一家纏めて出ていくのだから、余程ひどい事が書かれていたのでしょうね。
ともあれその時から、同年代の様子がおかしくなったのです。
獣のように本能的になったのです。
それはそうだろう。若者たちの模範である公子様が公爵令嬢である自分の婚約者を手酷く袖にし、平民の娘を公子妃に選んだのです。
若い殿方がそれに右倣えするのは自明の理でしょう。
公子は大公陛下の後ろ盾があるからこそあそこまで強硬な手段に出れたというのに、それがわからないようだわ。
「俺たちには、身分を問わずに気に入った女を選ぶ権利がある!」
「爵位や外聞に気を遣うことはなかったんだ。男に捨てられる女が悪いんだ」
「平民の女は愛想がいい。安物でも喜んでくれるしな。それに引き換え令嬢連中の面白味の無さはなんだ?」
と、こんな感じのことを思っているのでしょうか。
なのでお見合いに来た「いけ好かない貴族女」に対して礼儀のない振る舞いを見せるのだ。
悲惨なのはそんな『事故物件』と行き遅れになる事を恐れるあまりに結婚してしまった女性たちだ。先述したような男性と結婚して幸せになれるでしょうか? そもそも夫としての務めなど果たさないでしょうね。お労しい……
殿方ほどではないですが女性たちも次第に悪化しつつあります。
ある者は「顔さえよければ尊き身分の男を手に入れられる」と淫らで恥知らずな行いを是とし、婚約者がいる方にも絡み付きます。
お父さま。お母さま。
この国は終わりです。
空になった紅茶を置くと、私は友人たちに告げました。
「私、次に会う殿方が“人間未満”でしたら、王国からのお見合いを受けてみようと思うの」
「まあ! あなたも? 実は私にも王国の貴族からお手紙を頂いたの」
「ふふ、野良犬では書けないものね。私も……お父様は渋い顔をしていらっしゃるけど、受けてみようかしら?」
どうやら全員には王国の殿方からそういったお誘いが来ているようです。
そうでしょう。いい子たちですもの。野良犬に噛まれたりしたら困ります。
元々我が家は王国派ではありません。
ですが我が家に入ろうとする犬の素行を知り、お父さまもお母さまもお見合いの打診をしてくれたの。
肖像画に描かれたのは端正な顔をした美少年で、彼からのお手紙はとても素晴らしいものでしたわ。
文字も綺麗で、私の好きな作家の詩を引用していました。
久しぶりに殿方の教養と品性を感じましたわ。彼と会うのが楽しみです。
——愛国心? 結構ですわ。大事なのは我が家。種を得るなら、良い品種を選ばないとね。
友人たちの行く末に幸多からんことを願い、私は再び注がれた紅茶を飲み込んだ。
161
あなたにおすすめの小説
嘘はあなたから教わりました
菜花
ファンタジー
公爵令嬢オリガは王太子ネストルの婚約者だった。だがノンナという令嬢が現れてから全てが変わった。平気で嘘をつかれ、約束を破られ、オリガは恋心を失った。カクヨム様でも公開中。
運命に勝てない当て馬令嬢の幕引き。
ぽんぽこ狸
恋愛
気高き公爵家令嬢オリヴィアの護衛騎士であるテオは、ある日、主に天啓を受けたと打ち明けられた。
その内容は運命の女神の聖女として召喚されたマイという少女と、オリヴィアの婚約者であるカルステンをめぐって死闘を繰り広げ命を失うというものだったらしい。
だからこそ、オリヴィアはもう何も望まない。テオは立場を失うオリヴィアの事は忘れて、自らの道を歩むようにと言われてしまう。
しかし、そんなことは出来るはずもなく、テオも将来の王妃をめぐる運命の争いの中に巻き込まれていくのだった。
五万文字いかない程度のお話です。さくっと終わりますので読者様の暇つぶしになればと思います。
悪役令嬢は処刑されました
菜花
ファンタジー
王家の命で王太子と婚約したペネロペ。しかしそれは不幸な婚約と言う他なく、最終的にペネロペは冤罪で処刑される。彼女の処刑後の話と、転生後の話。カクヨム様でも投稿しています。
どうぞお好きに
音無砂月
ファンタジー
公爵家に生まれたスカーレット・ミレイユ。
王命で第二王子であるセルフと婚約することになったけれど彼が商家の娘であるシャーベットを囲っているのはとても有名な話だった。そのせいか、なかなか婚約話が進まず、あまり野心のない公爵家にまで縁談話が来てしまった。
悲恋を気取った侯爵夫人の末路
三木谷夜宵
ファンタジー
侯爵夫人のプリシアは、貴族令嬢と騎士の悲恋を描いた有名なロマンス小説のモデルとして持て囃されていた。
順風満帆だった彼女の人生は、ある日突然に終わりを告げる。
悲恋のヒロインを気取っていた彼女が犯した過ちとは──?
カクヨムにも公開してます。
その支払い、どこから出ていると思ってまして?
ばぅ
恋愛
「真実の愛を見つけた!婚約破棄だ!」と騒ぐ王太子。
でもその真実の愛の相手に贈ったドレスも宝石も、出所は全部うちの金なんですけど!?
国の財政の半分を支える公爵家の娘であるセレスティアに見限られた途端、
王家に課せられた融資は 即時全額返済へと切り替わる。
「愛で国は救えませんわ。
救えるのは――責任と実務能力です。」
金の力で国を支える公爵令嬢の、
爽快ザマァ逆転ストーリー!
⚫︎カクヨム、なろうにも投稿中
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる