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商人ガンス
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やりやがった……!!
あの馬鹿公子、本当にあのブリジット・ジブリール公爵令嬢との婚約破棄しやがったのか!!
『その筋』から速報を聞いた瞬間、俺は立ち上がった。
カタンと机が揺れ、紅茶が飛沫を上げる。
「本気であの平民女を選んだってのか……?」
「それに公爵家はもうこの公国から出ていくっていってるのよね? 公爵家の後ろ盾がなくなったら、私達の商売はほとんどできないわ。我が社の倉庫の殆どがジブリール公爵家の紋章が着いたブランド物よ……ああっ、どうすればいいのっ」
妻のマルガレータの顔がみるみる青ざめていく。
隣国の王族の分家筋出身の大公陛下の治める我が公国には三つの公爵家がいる。その中で最も多大な力を持つのがジブリール家だ。
そんなことは平民でもよほど馬鹿な奴じゃなきゃ知ってる。
妻の言う通り、俺たちの扱う商品は殆どがジブリール家のお墨付きを頂いているものだ。食品、美容品、化粧品、衣料品……そのどれもが高レベルな品質で高い人気を博している。
――普通もっとうまくやるだろ! 愛妾として囲うとか! 王国との鎹であるジブリール公爵家にそんな真似したら、下手したら戦争だぞ!
「あ、あなた……どうしましょう……」
今にも気を失ってしまいそうな妻の肩を抱く。
最悪の最悪であるが、こうなる結果を想定しなかったわけではない。自分の用心深さに感謝した。結果として家族を守れるんだからな。
「落ち着けマルガレータ。リッター商会に手紙を出す……許可が下り次第、俺たちは王国に移る」
「じゃあ、公国を出るのね……? こちらと懇意にして下さった方はどうするの?」
「信頼できる人間には紹介状を送れ。それ以外は、面倒見切れん」
公国の宗主国、本家様である王国との関係は近年悪化している。
今代の大公陛下、ヴィクヘルムは所謂タカ派だ。
これまで王国に媚びへつらったこれまでの大公とは違い、強気な姿勢での政治姿勢を取った。凛としたその佇まいは身分問わずに国民から惹かれていった。カリスマ性、という奴だろう。
彼の唯一の息子であるギルバート公子殿下も父に似ており、同様に人気がある。
彼らに倣い国粋主義に傾きつつ公国の民が更に王国への反感を強める事があった。
王国の現在の統率者、国王の妹であるローズマリー王女が嫁いできたのだ。
これまで正妃だったリコリス王妃を側妃に降ろし、自らを正妃にさせて。しかも前国王たっての王命で、だ。
常にベールを纏って顔を見せず、床を共にする場合に持参金を持て、公務に参加はしない。
……等々、無理難題をとりつけて。
調子に乗りすぎた分家への戒めなのは誰の目から見ても明らかだ。
現に、王国側の有力貴族からの後押しによってギルバート公子と公爵令嬢の婚約は決まったのだ。何しろ彼女は王族の血縁者である。『王国から寝取りに来た卑しい間女』である正妃と令嬢の母君は従姉妹である。
それでも大公家の反省が見られなかったのでこういった手段に出たのだろう。
俺は貴族ではないので、不敬罪を承知で言わせてもらう。これは最後通告でもあったのだ。
そしてそれは最悪の形で無下にされた。
王女であるローズマリー正妃には直接的に手を下さずとも、王族の血を継ぐブリジット・ジブリール公爵令嬢に『平民に負けて国から逃げていった傷物』という汚名を被せたのだ。
これはもう、王国への宣戦布告だ。
そう言ってもいいだろう。
「……そのツケを払い切れるのか? アンタらは」
ポツリと呟いた声は虚空に消えていった。
窓の外は暗く、星が一つもない。
あの馬鹿公子、本当にあのブリジット・ジブリール公爵令嬢との婚約破棄しやがったのか!!
『その筋』から速報を聞いた瞬間、俺は立ち上がった。
カタンと机が揺れ、紅茶が飛沫を上げる。
「本気であの平民女を選んだってのか……?」
「それに公爵家はもうこの公国から出ていくっていってるのよね? 公爵家の後ろ盾がなくなったら、私達の商売はほとんどできないわ。我が社の倉庫の殆どがジブリール公爵家の紋章が着いたブランド物よ……ああっ、どうすればいいのっ」
妻のマルガレータの顔がみるみる青ざめていく。
隣国の王族の分家筋出身の大公陛下の治める我が公国には三つの公爵家がいる。その中で最も多大な力を持つのがジブリール家だ。
そんなことは平民でもよほど馬鹿な奴じゃなきゃ知ってる。
妻の言う通り、俺たちの扱う商品は殆どがジブリール家のお墨付きを頂いているものだ。食品、美容品、化粧品、衣料品……そのどれもが高レベルな品質で高い人気を博している。
――普通もっとうまくやるだろ! 愛妾として囲うとか! 王国との鎹であるジブリール公爵家にそんな真似したら、下手したら戦争だぞ!
「あ、あなた……どうしましょう……」
今にも気を失ってしまいそうな妻の肩を抱く。
最悪の最悪であるが、こうなる結果を想定しなかったわけではない。自分の用心深さに感謝した。結果として家族を守れるんだからな。
「落ち着けマルガレータ。リッター商会に手紙を出す……許可が下り次第、俺たちは王国に移る」
「じゃあ、公国を出るのね……? こちらと懇意にして下さった方はどうするの?」
「信頼できる人間には紹介状を送れ。それ以外は、面倒見切れん」
公国の宗主国、本家様である王国との関係は近年悪化している。
今代の大公陛下、ヴィクヘルムは所謂タカ派だ。
これまで王国に媚びへつらったこれまでの大公とは違い、強気な姿勢での政治姿勢を取った。凛としたその佇まいは身分問わずに国民から惹かれていった。カリスマ性、という奴だろう。
彼の唯一の息子であるギルバート公子殿下も父に似ており、同様に人気がある。
彼らに倣い国粋主義に傾きつつ公国の民が更に王国への反感を強める事があった。
王国の現在の統率者、国王の妹であるローズマリー王女が嫁いできたのだ。
これまで正妃だったリコリス王妃を側妃に降ろし、自らを正妃にさせて。しかも前国王たっての王命で、だ。
常にベールを纏って顔を見せず、床を共にする場合に持参金を持て、公務に参加はしない。
……等々、無理難題をとりつけて。
調子に乗りすぎた分家への戒めなのは誰の目から見ても明らかだ。
現に、王国側の有力貴族からの後押しによってギルバート公子と公爵令嬢の婚約は決まったのだ。何しろ彼女は王族の血縁者である。『王国から寝取りに来た卑しい間女』である正妃と令嬢の母君は従姉妹である。
それでも大公家の反省が見られなかったのでこういった手段に出たのだろう。
俺は貴族ではないので、不敬罪を承知で言わせてもらう。これは最後通告でもあったのだ。
そしてそれは最悪の形で無下にされた。
王女であるローズマリー正妃には直接的に手を下さずとも、王族の血を継ぐブリジット・ジブリール公爵令嬢に『平民に負けて国から逃げていった傷物』という汚名を被せたのだ。
これはもう、王国への宣戦布告だ。
そう言ってもいいだろう。
「……そのツケを払い切れるのか? アンタらは」
ポツリと呟いた声は虚空に消えていった。
窓の外は暗く、星が一つもない。
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