真実の愛のおつりたち

毒島醜女

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グランパス辺境伯の兄妹

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「……本気ですか、父上」
「本気だオースティン。お前たちに見合いの場を用意する」

歴史の勉強を中止して父上に呼び出されたと思ったら、とんでもないことを言われた。
横には間抜け面して鼻水を垂らした小猿、こと妹のリリーナがいる。
私はまだ九歳になったばかりだ。結婚適齢期にはまだ早い。

「私ならまだわかりますよ。茶会には何度か出てますし。でも、こいつ、リリーナはまだ三歳ですよ?ほとんど猿みたいなものじゃないですか」
「いいすぎよ。オースティン。あなただってこの歳の頃は同じだったんですからね」

それはそうですけどね、母上。
ドレスを着ただけの怪物ですよコイツは。
そんな私の心を見透かしたように、父上はいう。

「お前たちが、本物の『獣』と結婚しないようにしないといけないからな」

父上の言葉に思わず叫びそうになった。

――父上! いくらここが都から遠く離れた辺境だからといって、言っていい事と悪い事があるでしょ! 憲兵に聞かれたら不敬罪で裁かれますよ!

公子の結婚については私も知っている。
男女については知らないが、とんでもないことだというのはよくわかる。

父上の説明はこうだ。

公子と例の平民の女に子供が出来た場合、その子供と結婚しないようにしたいそうだ。
確かにそんな経緯で生まれた子供と結婚など、社交界や政の場でかなり複雑な立場になっていくだろう。
それに、公子はまだ若い。そして大公陛下が新たに子を為すことも考えられる。
結婚が破綻した時、一回り二回り年の離れた女性と結婚する可能性だってある。つまり、リリーナの事だ。
現に十から十五の児童の間では殆ど婚姻が結ばれているそうだ。

辺境伯として国を守る立場にある父上は、都にいずともそういった情報を集める事に長けている。
『影』と呼ばれる信頼に足る人材を手足のように使っているのだ。
逞しく筋骨隆々で大きな体躯からは想像も出来ぬほど、頭が切れるお人だ。
そして人々からの人気も高く、攻撃的な大公陛下にもこの態度だ。
流石は私の父上だ。

彼に更なる尊敬の念を抱くのと同時に、鋭い金切り声が響く。
まるで大きく太い針を鼓膜に突き刺されたようだ。
リリーナに至っては泣き始めていた。
野犬に跨るくらい気丈な小猿にこれほど不快感を与えられる人物を、私は一人しか知らない。
青い顔をしたメイドが中に入り、想像通りの言葉を話す。

「し、失礼いたします。その、サーペン伯爵夫人がいらっしゃいました」
「あら……手紙も無しにね。大変だわ。いったいどんな急用なのかしら。心配ね、あなた」

――思ってもないことを。

父上の妹、私の叔母であるロッティ・サーペン伯爵夫人は絶世の美女として名高い。
彼女を描いた肖像画は高く取引されていると言われている。
何度かその姿を見たことがあるが、武人然とした父の同じ父母から生まれたとは思えない小柄で可憐な佇まいだった。
漆黒の髪色の父とは正反対な、ふわふわとした毛先の甘い金茶の巻き髪。澄み切った青色の瞳の色は父と同じだが、円らなその瞳には長い睫毛が縁どられている。
何も知らない人間からしたらさも可憐な少女そのものであり、私たちの姉と言っても解からないだろう。

だが、その性格はあの通りだ。
甲高い声で両親に詰め寄り、その子供である私たちを冷たく睨み無視をする。
前に家に押し入った際、大股で去り際に私とリリーナを見たあの姿は、まさに絵物語で子供を食らう魔女そのものだった。
曰く、私が物心つく前に兄である父上との間でひと悶着あったらしい。
詳しくは聞けないが、父上の友人で私たち兄妹にもよくしてくれるサーペン伯爵と結婚したというのに、一体どんな問題が起こったって言うんだ。

父上は額に手を置きながら深くため息をついて、私たちに命じた。

「……オースティン、自室に戻って勉強を続けろ。私たちが対応するから、『客人』には顔を見せないようにな」
「あなたはリリーナを部屋に連れて行って落ち着かせてちょうだい。『お客様』が帰るまで見張っていて」

最早身内とも呼んでいないのか……
かくして私たちは玄関を避け、メイドに抱かれたリリーナと共に避難するように自室へと戻った。
背後からは絶えず喧しい叔母の声が響いていた。
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