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第33話 クリス視点
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「……んっ」
クリスは、ゆっくりと目を開ける。
夜明け前の森は、深く、静かだった。微かな鳥のさえずりすら届かず、そこにはただ沈黙だけが広がっているかのように。いや、静かすぎたのかもしれない。
小屋の中では、焚き火がとうに消えていた。冷え込んだ空気のなか、古びたにくるまったクリスがふいに瞼を開ける。
胸の奥底で、小さく泡立つようなざわめきがあった。理由はわからないのだが、明らかに何かがおかしいと告げる感覚がクリスを襲った。
「……ハイデン?」
隣に感じるはずの体温を探して、名前を呼んでみる。声は静かだがその奥には焦りが滲んでいた。
しかし、ハイデンの返事はなかった。
薄明かりに照らされるハイデンは、ただ静かに横たわっていた。規則正しく呼吸し、表情は穏やかで――ぱっと見には眠っているだけにしか見えない。
しかし、様子がおかしい。
クリスは、瞬間的に胸が強く締めつけられるのを感じた。
何かがおかしい。寝顔は穏やかなのにどうしても【違和感】が消えない。
布を跳ねのけ、慌てて身を起こす。すぐにハイデンの傍へ膝をつき、肩に触れた。
「ハイデン、おい、起きろ……返事をしてくれ」
優しく揺さぶり、それでも反応がなくて――力を込めて揺する。それでも、ハイデンは微動だにしない。
気持ちよさそうに寝ているはずなのに、普通だったら揺らしてすぐに起きるハイデンが目を覚まさない。
呼吸はあり、胸は上下し、手を当てれば鼓動も確かに感じられる。
生命の気配は、ある。
それなのに、彼はどこにも【いない】。
外から見えるハイデンと、呼びかけに応じないハイデン。その乖離に、ぞっと背筋が冷えた。
「……ハイデン!?」
何度も名前を呼ぶ。
肩を揺する。
頬に触れてみる。
首筋に触れてみる。
それでも――彼の意識は、どこにも触れられなかった。
そこにあるのは【身体】だけ。
【ハイデン】という存在は、どこか深い場所に落ちてしまったかのようで。
その沈黙が告げる意味を、クリスは――すぐに悟ってしまった。
「……ふざけんなよ……!」
怒鳴るような声が、小屋の低い天井に吸い込まれていく。
それでも、返事はない。ただ、音のない沈黙だけが重たくのしかかり、胸を締めつけてくる。
何が【守る】だ。
何が【傍にいる】だ。
あんな言葉を交わしたばかりだったのに――どうして、こんな風に置いていくんだ。
「……バカが……!」
掠れた声で吐き捨てるように言って、クリスはハイデンの身体をそっと引き寄せた。
力なく眠り続けるその身体を、壊れてしまいそうなほどに強く深く抱きしめる。まるで、どこにも行かせるつもりはない、とでも言うように。
その肩に額を押し当て、唇を噛む。痛みを感じるほど強く噛んでも、何も変わらない。
どうしようもない悔しさと怒りが、自分自身の中で渦巻いていた。
――言えなかった。
何一つ、ちゃんと伝えられなかった。
涙が、音もなく頬を伝う。
「どれだけ怖かったかって……言えばよかったのに……!」
実の兄である男の拒絶され、周りからいらないものと扱われたと、聞いていた。
誰も、消えていなくなれと言ったらしいハイデンは今までずっと本音を押し殺してきたのだろう。
今回も、ハイデンは自分の意志で、眠りについた。
(……きっと、自分の中にある【魔力】が暴走しないために、眠りについたんだ)
ハイデンの考えている事はわかる。だが、それでも納得しなかった。
(……どうして、俺に相談しなかったんだ、ハイデン)
そんな事を思っても、考えても、ハイデンは目を覚まさない。
クリスはハイデンの名を、震える声で何度も呼ぶ。
ただ、それだけで良かった、名前を呼べば、あいつは振り向いてくれると思っていた。目を覚まして、笑って、また自分の名前を呼んでくれると信じていたのに。
こんな風に――まるで、死んだみたいに黙り込んで、何も残さず眠ってしまうなんて。
夜の底――光の届かない、冷たく深い静寂の中で、クリスはただ、ハイデンを抱きしめ続けていた。
胸の中にあるはずの温もりが、少しずつ遠ざかっていくようで――それを必死で、必死で、離さないようにとすがりついた。
けれど、こぼれる涙はもう誰にも止めることができなかった。
クリスは、ゆっくりと目を開ける。
夜明け前の森は、深く、静かだった。微かな鳥のさえずりすら届かず、そこにはただ沈黙だけが広がっているかのように。いや、静かすぎたのかもしれない。
小屋の中では、焚き火がとうに消えていた。冷え込んだ空気のなか、古びたにくるまったクリスがふいに瞼を開ける。
胸の奥底で、小さく泡立つようなざわめきがあった。理由はわからないのだが、明らかに何かがおかしいと告げる感覚がクリスを襲った。
「……ハイデン?」
隣に感じるはずの体温を探して、名前を呼んでみる。声は静かだがその奥には焦りが滲んでいた。
しかし、ハイデンの返事はなかった。
薄明かりに照らされるハイデンは、ただ静かに横たわっていた。規則正しく呼吸し、表情は穏やかで――ぱっと見には眠っているだけにしか見えない。
しかし、様子がおかしい。
クリスは、瞬間的に胸が強く締めつけられるのを感じた。
何かがおかしい。寝顔は穏やかなのにどうしても【違和感】が消えない。
布を跳ねのけ、慌てて身を起こす。すぐにハイデンの傍へ膝をつき、肩に触れた。
「ハイデン、おい、起きろ……返事をしてくれ」
優しく揺さぶり、それでも反応がなくて――力を込めて揺する。それでも、ハイデンは微動だにしない。
気持ちよさそうに寝ているはずなのに、普通だったら揺らしてすぐに起きるハイデンが目を覚まさない。
呼吸はあり、胸は上下し、手を当てれば鼓動も確かに感じられる。
生命の気配は、ある。
それなのに、彼はどこにも【いない】。
外から見えるハイデンと、呼びかけに応じないハイデン。その乖離に、ぞっと背筋が冷えた。
「……ハイデン!?」
何度も名前を呼ぶ。
肩を揺する。
頬に触れてみる。
首筋に触れてみる。
それでも――彼の意識は、どこにも触れられなかった。
そこにあるのは【身体】だけ。
【ハイデン】という存在は、どこか深い場所に落ちてしまったかのようで。
その沈黙が告げる意味を、クリスは――すぐに悟ってしまった。
「……ふざけんなよ……!」
怒鳴るような声が、小屋の低い天井に吸い込まれていく。
それでも、返事はない。ただ、音のない沈黙だけが重たくのしかかり、胸を締めつけてくる。
何が【守る】だ。
何が【傍にいる】だ。
あんな言葉を交わしたばかりだったのに――どうして、こんな風に置いていくんだ。
「……バカが……!」
掠れた声で吐き捨てるように言って、クリスはハイデンの身体をそっと引き寄せた。
力なく眠り続けるその身体を、壊れてしまいそうなほどに強く深く抱きしめる。まるで、どこにも行かせるつもりはない、とでも言うように。
その肩に額を押し当て、唇を噛む。痛みを感じるほど強く噛んでも、何も変わらない。
どうしようもない悔しさと怒りが、自分自身の中で渦巻いていた。
――言えなかった。
何一つ、ちゃんと伝えられなかった。
涙が、音もなく頬を伝う。
「どれだけ怖かったかって……言えばよかったのに……!」
実の兄である男の拒絶され、周りからいらないものと扱われたと、聞いていた。
誰も、消えていなくなれと言ったらしいハイデンは今までずっと本音を押し殺してきたのだろう。
今回も、ハイデンは自分の意志で、眠りについた。
(……きっと、自分の中にある【魔力】が暴走しないために、眠りについたんだ)
ハイデンの考えている事はわかる。だが、それでも納得しなかった。
(……どうして、俺に相談しなかったんだ、ハイデン)
そんな事を思っても、考えても、ハイデンは目を覚まさない。
クリスはハイデンの名を、震える声で何度も呼ぶ。
ただ、それだけで良かった、名前を呼べば、あいつは振り向いてくれると思っていた。目を覚まして、笑って、また自分の名前を呼んでくれると信じていたのに。
こんな風に――まるで、死んだみたいに黙り込んで、何も残さず眠ってしまうなんて。
夜の底――光の届かない、冷たく深い静寂の中で、クリスはただ、ハイデンを抱きしめ続けていた。
胸の中にあるはずの温もりが、少しずつ遠ざかっていくようで――それを必死で、必死で、離さないようにとすがりついた。
けれど、こぼれる涙はもう誰にも止めることができなかった。
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