44 / 47
44、決意【魔獣ジュリアス視点】
しおりを挟む「こんにちは、魔獣さん」
博美さんが僕の部屋に来た。
なんだか緊張しているような面持ちだ。
「こんにちは」
僕はそんな彼女を見ていた。たぶんこれが見納めだから、彼女の姿を一秒でも長く見ていたかった。
彼女はこの屋敷から出て行くことを僕に告げに来たのだ。
「なんだか久しぶりで緊張しちゃう」
「そうですね」
これまでのことを振り返るように博美さんは椅子に座って話し出した。懐かしい思い出のように彼女は話す。彼女は屋敷から出て行くことを、僕に切り出せないのだろう。
彼女の優しさを感じ、嬉しいような、切ないような、そんな複雑な思いだった。
そうして意を決したように彼女が僕を見る。
「今日、このお屋敷を出ることが決まったから」
「そうですか」
うん、わかっている。
だって彼女はもう黒のメイド服じゃなくて、初めて召喚されて現れたときと同じ服装だったから。
「良かったですね」
僕は頑張って笑顔をつくった。
「うん。エミリーともさっきお別れしてね。やっぱり寂しいな……」
博美さんが顔を上に向けた。涙をこらえているようだ。
「エミリーは大切な友人で頼れるお姉さんみたいだった。だからずっと一緒にいたかった。だからエミリーに言ったの。一緒に来ないって? でもね、エミリーにはやることがあるんだって」
博美さんが泣き笑いのような表情で僕をじっと見る。
僕も泣きそうだ。
「寂しいですね」
言いながら僕も寂しかった。
彼女と一緒にいたかった。傍にずっといたかった。
「ぎゅっとしてもいいかな、魔獣さん」
「いいですよ」
彼女がぎゅっと僕に抱き着いてきた。
「お別れって辛いよね」
「辛いですね」
これから彼女はこの世界に一人で生きて行かないといけない……。
僕は彼女に願いを込めて魔法を唱える。
彼女に幸あれ。
あなたなら大丈夫、強い人だから……。
彼女が離れて僕を見上げる。
「でね、エミリーには断られたけど、魔獣さんにはいっしょに来て欲しい。あれ? 言い方が悪かったかな。エミリーがダメだったから魔獣さんに声をかけたわけじゃないから」
僕が返事をしなかったからなのか、彼女は慌てて言い訳のように言葉をつづけていた。
「二番目って意味じゃないからね」
「いえ、そういうわけではなく、僕はこの地下から出られないので」
「大丈夫。王子と話を付けてきたから。魔獣さんが自由になれるようにって」
自由に? 僕が?
そんなことはあり得ない。
「まだ見た目を気にしているの? わたしは全然、気にならない」
「しかし、僕は王子に」
僕が言うと、彼女が斜めがけにしている鞄の中から白い紙を出した。
「魔獣さんも見たことあるかもしれないけれど、魔法契約書。商人のショーンさんとガンディさんの鞄の売買契約書のときに初めて知ったけど、ハロルド王子もこの魔法契約書を持ち出してきたの」
目の前に出された魔法契約書を見て愕然とした。彼女はそんな僕に構わず、この文面に書かれていることを読み上げた。
「わたしが受け取るはずだった慰謝料で魔獣さんを自由にするっていう取引なんだけど」
彼女が言っている言葉が途中から聞こえなくなった。
僕はショックを受けて、目の前が真っ暗になりそうだったからだ。
彼女は騙された。受け取るはずだった慰謝料全部をハロルド王子に取り上げられてしまったのだ。
僕のせいだ。全部、僕のせいだ。
愕然とする僕の前で、彼女は取引交渉の状況を説明していた。
彼女がハロルド王子の部屋に行くと、慰謝料として金貨の入った布袋三つを用意していた。この布袋三つで魔獣を譲ろうかと王子から話を持ち掛けたらしい。彼女はその魔法契約書の文面を少し書き換えてサインをした。
王子達に騙されて、彼女はサインをしてしまったというわけだ。
「どうして勝手なのことをしたのですか!」
僕の強い口調に、彼女がひるむ。
「え? あ、そうだね。てっきり喜んでくれると思って、うん、勝手なことをしちゃった。相談もしないで、ごめんなさい。もう一緒に来て欲しいなんて言わない。でも、これであなたは自由だから」
「自由? そんなこと、あり得ない、あり得ない」
僕は首を振る。
「でも、魔法契約書で」
「ちがう、ちがうのです、博美さん……、違うんです。僕が自由になれるなんて……、そんなことは無理な話なのです」
「魔獣さんはここがいいの? ずっと地下で暮らしたいの? 外に出たくないの?」
「ちがう、ちがう、全然違う。あなたは騙されたんだ! こんな魔法契約書、なんの役に立たない。あなたは僕のせいで、貰えるはずだったお金を失ってしまった」
「見て、ちゃんと見て。この魔法契約書に不備なんてないはず。全部読んで、確かめたもの。気になるところは、わたしのほうで修正したから。三個の布袋で魔獣さんは自由になるって書かれているでしょ」
「魔法契約書の文面に問題はありません。ですが、博美さんは騙されたのです」
博美さんはショックを受けているようだった。
そうだ、全部僕のせいだ。
「博美さんが貰うはずだった大切なお金を無駄にしたのも僕のせい。あなたがここにきてしまったのも僕のせい。僕がいるせいであなたは不幸に……、全部僕のせいだ。あなたは背負わなくていい苦しみを背負うことになった」
もう、うんざりだ。
ほとほと自身が嫌になってくる。
僕が生きている限り、誰かが不幸になる。
こんなことは終わりにしよう。
僕は部屋を飛び出した。
長い廊下を走りながら、上に向かう階段を目指す。
もう逃げない、立ち向かう。どのようなことになっても。
308
あなたにおすすめの小説
【完結】聖女召喚の聖女じゃない方~無魔力な私が溺愛されるってどういう事?!
未知香
恋愛
※エールや応援ありがとうございます!
会社帰りに聖女召喚に巻き込まれてしまった、アラサーの会社員ツムギ。
一緒に召喚された女子高生のミズキは聖女として歓迎されるが、
ツムギは魔力がゼロだった為、偽物だと認定された。
このまま何も説明されずに捨てられてしまうのでは…?
人が去った召喚場でひとり絶望していたツムギだったが、
魔法師団長は無魔力に興味があるといい、彼に雇われることとなった。
聖女として王太子にも愛されるようになったミズキからは蔑視されるが、
魔法師団長は無魔力のツムギをモルモットだと離そうとしない。
魔法師団長は少し猟奇的な言動もあるものの、
冷たく整った顔とわかりにくい態度の中にある優しさに、徐々にツムギは惹かれていく…
聖女召喚から始まるハッピーエンドの話です!
完結まで書き終わってます。
※他のサイトにも連載してます
聖女召喚に巻き込まれた挙句、ハズレの方と蔑まれていた私が隣国の過保護な王子に溺愛されている件
バナナマヨネーズ
恋愛
聖女召喚に巻き込まれた志乃は、召喚に巻き込まれたハズレの方と言われ、酷い扱いを受けることになる。
そんな中、隣国の第三王子であるジークリンデが志乃を保護することに。
志乃を保護したジークリンデは、地面が泥濘んでいると言っては、志乃を抱き上げ、用意した食事が熱ければ火傷をしないようにと息を吹きかけて冷ましてくれるほど過保護だった。
そんな過保護すぎるジークリンデの行動に志乃は戸惑うばかり。
「私は子供じゃないからそんなことしなくてもいいから!」
「いや、シノはこんなに小さいじゃないか。だから、俺は君を命を懸けて守るから」
「お…重い……」
「ん?ああ、ごめんな。その荷物は俺が持とう」
「これくらい大丈夫だし、重いってそういうことじゃ……。はぁ……」
過保護にされたくない志乃と過保護にしたいジークリンデ。
二人は共に過ごすうちに知ることになる。その人がお互いの運命の人なのだと。
全31話
二周目聖女は恋愛小説家! ~探されてますが、前世で断罪されたのでもう名乗り出ません~
今川幸乃
恋愛
下級貴族令嬢のイリスは聖女として国のために祈りを捧げていたが、陰謀により婚約者でもあった王子アレクセイに偽聖女であると断罪されて死んだ。
こんなことなら聖女に名乗り出なければ良かった、と思ったイリスは突如、聖女に名乗り出る直前に巻き戻ってしまう。
「絶対に名乗り出ない」と思うイリスは部屋に籠り、怪しまれないよう恋愛小説を書いているという嘘をついてしまう。
が、嘘をごまかすために仕方なく書き始めた恋愛小説はなぜかどんどん人気になっていく。
「恥ずかしいからむしろ誰にも読まれないで欲しいんだけど……」
一方そのころ、本物の聖女が現れないため王子アレクセイらは必死で聖女を探していた。
※序盤の断罪以外はギャグ寄り。だいぶ前に書いたもののリメイク版です
冷酷騎士団長に『出来損ない』と捨てられましたが、どうやら私の力が覚醒したらしく、ヤンデレ化した彼に執着されています
放浪人
恋愛
平凡な毎日を送っていたはずの私、橘 莉奈(たちばな りな)は、突然、眩い光に包まれ異世界『エルドラ』に召喚されてしまう。 伝説の『聖女』として迎えられたのも束の間、魔力測定で「魔力ゼロ」と判定され、『出来損ない』の烙印を押されてしまった。
希望を失った私を引き取ったのは、氷のように冷たい瞳を持つ、この国の騎士団長カイン・アシュフォード。 「お前はここで、俺の命令だけを聞いていればいい」 物置のような部屋に押し込められ、彼から向けられるのは侮蔑の視線と冷たい言葉だけ。
元の世界に帰ることもできず、絶望的な日々が続くと思っていた。
──しかし、ある出来事をきっかけに、私の中に眠っていた〝本当の力〟が目覚め始める。 その瞬間から、私を見るカインの目が変わり始めた。
「リリア、お前は俺だけのものだ」 「どこへも行かせない。永遠に、俺のそばにいろ」
かつての冷酷さはどこへやら、彼は私に異常なまでの執着を見せ、甘く、そして狂気的な愛情で私を束縛しようとしてくる。 これは本当に愛情なの? それともただの執着?
優しい第二王子エリアスは私に手を差し伸べてくれるけれど、カインの嫉妬の炎は燃え盛るばかり。 逃げ場のない城の中、歪んだ愛の檻に、私は囚われていく──。
絶望?いえいえ、余裕です! 10年にも及ぶ婚約を解消されても化物令嬢はモフモフに夢中ですので
ハートリオ
恋愛
伯爵令嬢ステラは6才の時に隣国の公爵令息ディングに見初められて婚約し、10才から婚約者ディングの公爵邸の別邸で暮らしていた。
しかし、ステラを呼び寄せてすぐにディングは婚約を後悔し、ステラを放置する事となる。
異様な姿で異臭を放つ『化物令嬢』となったステラを嫌った為だ。
異国の公爵邸の別邸で一人放置される事となった10才の少女ステラだが。
公爵邸別邸は森の中にあり、その森には白いモフモフがいたので。
『ツン』だけど優しい白クマさんがいたので耐えられた。
更にある事件をきっかけに自分を取り戻した後は、ディングの執事カロンと共に公爵家の仕事をこなすなどして暮らして来た。
だがステラが16才、王立高等学校卒業一ヶ月前にとうとう婚約解消され、ステラは公爵邸を出て行く。
ステラを厄介払い出来たはずの公爵令息ディングはなぜかモヤモヤする。
モヤモヤの理由が分からないまま、ステラが出て行った後の公爵邸では次々と不具合が起こり始めて――
奇跡的に出会い、優しい時を過ごして愛を育んだ一人と一頭(?)の愛の物語です。
異世界、魔法のある世界です。
色々ゆるゆるです。
捨てられた元聖女ですが、なぜか蘇生聖術【リザレクション】が使えます ~婚約破棄のち追放のち力を奪われ『愚醜王』に嫁がされましたが幸せです~
鏑木カヅキ
恋愛
十年ものあいだ人々を癒し続けていた聖女シリカは、ある日、婚約者のユリアン第一王子から婚約破棄を告げられる。さらには信頼していた枢機卿バルトルトに裏切られ、伯爵令嬢ドーリスに聖女の力と王子との婚約さえ奪われてしまう。
元聖女となったシリカは、バルトルトたちの謀略により、貧困国ロンダリアの『愚醜王ヴィルヘルム』のもとへと強制的に嫁ぐことになってしまう。無知蒙昧で不遜、それだけでなく容姿も醜いと噂の王である。
そんな不幸な境遇でありながらも彼女は前向きだった。
「陛下と国家に尽くします!」
シリカの行動により国民も国も、そして王ヴィルヘルムでさえも変わっていく。
そしてある事件を機に、シリカは奪われたはずの聖女の力に再び目覚める。失われたはずの蘇生聖術『リザレクション』を使ったことで、国情は一変。ロンダリアでは新たな聖女体制が敷かれ、国家再興の兆しを見せていた。
一方、聖女ドーリスの力がシリカに遠く及ばないことが判明する中、シリカの噂を聞きつけた枢機卿バルトルトは、シリカに帰還を要請してくる。しかし、すでに何もかもが手遅れだった。
冤罪で家が滅んだ公爵令嬢リースは婚約破棄された上に、学院の下働きにされた後、追放されて野垂れ死からの前世の記憶を取り戻して復讐する!
山田 バルス
恋愛
婚約破棄された上に、学院の下働きにされた後、追放されて野垂れ死からの前世の記憶を取り戻して復讐する!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる