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43、~佐藤マユside10~ 効かない魔法契約書

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 契約の日。

 マユと宰相が待っている王子の部屋に博美が来た。

 バリキャリらしく、最初に見たパンツスーツ姿だ。

 お互いに上っ面の挨拶を交わし、博美は案内された王子の正面の席へ着いた。

「用意したものだ」

 早速用件に入った王子の言葉に、博美はテーブルの上にあった金貨の入った布袋に目を向ける。

 テーブルの上にはずっしりとした金貨の布袋が三つ並んでいた。

「こんなに早く慰謝料が貰えるとは思っていませんでした」

 そう言いながら、テーブルの上にある金貨の入った布袋を開けて中を確かめていた。

 満足げに頷くと、そのまま鞄に入れる。

 え?

 当惑する皆の前で、堂々と自分の鞄の中に金貨の袋を入れていくのだった。

 一つ、二つ、三つ。

 マジか、この女。全部鞄に入れたぞ。

 魔獣を引き取るつもりはないのか?

 マユと同じく、宰相も慌てる。

「慰謝料を受け取られるということは、魔獣は引き取らないということでしょうか」

 その言葉にハッと気づいたように、バリキャリは照れたように笑みを浮かべた。

「あ、そうでしたね。失礼しました。忘れていました」

 博美はカバンの中から布袋をテーブルの上に戻した。

 一つ、二つ、三つ。

 ホッとした空気の中、すかさず宰相が魔法契約書を博美の前へ置いた。

「これが先日、お話させていただいた契約内容です。こちら慰謝料と交換で魔獣をお譲りするという契約書になります」

 魔法契約書登場だ。

「納得されましたら、こちらにサインを」

 宰相から受け取ったペンを手に持ち、博美は魔法契約書に目を通す。だが、突然、眉を顰める。

 なんだ? 文章は問題ないって言っていたが、また宰相のミスか?

「あの、何か問題でも?」

 慌てて宰相が聞いた。

「いえ、少しこの文言が気になるところがございまして。少し修正してもよろしいでしょうか」

 博美の言葉にソファでふんぞり返って座っている王子が応える。

「好きにすればいい」

 マユも冷ややかな視線を博美に向けていた。

 いくら魔法契約書の文面を修正しようが、この女は魔獣を手に出来ないのだ。ほんとうに最後まで無駄なことを。

 博美がスラスラと書き換えているのを宰相が覗き込んで、王子に目でサインを送る。

 問題ないと言う合図だ。

 そうして書き直された魔法契約書を博美は宰相に渡した。

 確認のため、王子の手元に魔法契約書が渡る。

 王子が目にしている契約書をマユが覗き見た。

 金貨三袋という個所に二重線が引かれ、布袋三個と修正されていた。

 ただそれだけ。

「ふっ」

 王子が鼻で笑った。当然だ。バリキャリがしたのは、意味のない修正だった。

 こんなところにまで来て、仕事ができるアピールするなんてマジうざすぎ。

「さすがお仕事できる女性は、違いますね」

 言いながらマユは内心バカにしていた。

 こういう女は、一方的にこちらが用意した文面の契約書にサインするだけじゃ負けたように感じるのだ。これまでもこうしてチマチマとつまらないことで自分をアピールしてきたに違いない。

 無駄なことを。

 王子もマユと同じように思ったらしく、バカにした笑みを浮かべてサインする。

 王子から受け取った魔法契約書を宰相が博美の元へ返す。

 博美も王子の後にサインする。

 すると、魔法契約書は二枚になった。

 博美がソファから中腰になって王子に手を差し出した。

「これで契約成立ですね」

 王子も手を出して二人は握手した。

「ああ」

 お互いにそれ以上の言葉を交わすことなく、手を離した。

 そして机にある契約書の一枚を鞄に直した博美が、マユへ視線を向けた。

「マユさん、この世界でお互いに頑張りましょうね」

「ええ。あなたもお元気で」

「皆様、ごきげんよう」

 そうして契約を終えたバリキャリは部屋から出て行った。

 ピンと背中を伸ばし、ここへ召喚されたときとおなじパンツスーツ姿で、その後姿はどこか誇らしげだった。

 ふん、仕事ができるバリキャリだと思ったら、ただのお人よしだったってことだ。

 いや、ただのバカだ。

 自分が貰うはずの賠償金を返してまで、魔獣を引き取る契約をした。

 もうすこし賢い女だと思っていた。

 マユはテーブルの上に置かれたままの布袋の三個を見た。

 自分が貰うはずだった賠償金を魔獣のために使うなんて、ほーんとバカ。

 でもそれも無駄な事。いくら賠償金のお金と交換の契約書を結んでも魔獣を手に入れることが出来ないからだ。

 そもそも、あんな化けモノを連れて歩くなんて、考えられない。

 周りから、どう見られるかわかっていないのか。

 しかも自分が貰うはずだった賠償金まで返して……。

 だが、なぜかイライラが治まらないマユは水をお酒に替えて飲む。

 実験の結果、マユは水をお酒に替える力があることを知った。

 そのお酒を飲むとイライラが治まっていくのだ。

「上手く行ったな、宰相」
「やりましたね、王子」

 ハロルド王子と宰相はお互いに顔を合わせてニヤニヤしていた。

「俺の言った通りだろ」
「さすが王子でございます」

 宰相がテーブルの上にある布袋の三つの大金をみて、
「お金も戻ってきましたし、魔獣もこの屋敷から出られません」

 二人は、大喜びでハイタッチまでしていた。

「ねぇ、王子。アレを見せてくださいな」

 マユは王子にしなだれかかる。

 王子はズボンの裾をめくった。そこには以前見た、くすんだ色のアンクレットがあった。

 宰相がテーブルの上にある魔法契約書に目を向けた。

「魔法契約書は必ず実行される効力がありますが、今回の契約ではあの部分だけは無効となります」

「ああ、魔獣には秘密があるからな。アイツに関しては魔法契約書なんてまったく効かない」

 王子が足首のアンクレットを見ながらニヤニヤ笑う。

「このあるじの鎖があるかぎり、魔法契約など何の役に立たない。魔獣は、ずっと俺の奴隷のままだ」

 王子が魔法契約書に穴がると言っていたのは魔獣にかかった呪いのことだった。魔獣の額にあるヘッドチェーンが呪いの鎖。ついとなった主の証が王子の足首にあるアンクレットだ。そのほかにも複雑な呪いが魔獣にはかかっているが、周りに影響はないということで王子は奴隷商から買ったのだった。

「さすがです。ほんと、マユ、王子を惚れ直しちゃいました。呪いの部分は無効になって、他の約束事項は有効になるんですものね」

「そうだ。これであの女はこちらに責任を求めてくることも出来ない。ワハハハハ。あの女も大したことなかったな。自分が賢いと思っているのだろうが、俺はその上を行くんだ」

「ええ、本当に。やりましたね王子。魔獣は自分が呪いの掛かっていることさえ言葉にできないのですから」

 だが、万が一を考え、契約の日まで王子は魔獣とあの女が接するのを禁じていた。

「そうだ、面白いことをやってやろう。今から、あの女は魔獣を連れて屋敷から出て行くはずだ。だが、魔獣は地下から一歩も出られなくしてやろう」

 すると、王子のアンクレットの鎖が不気味に光った。

「もし、王子の意思を反した行動をすると魔獣はどうなるのですか」

「呪いによって体は引き裂かれて死ぬ」

 それを聞いて、宰相が首をふる。

「本当に呪いとは恐ろしいですね」

「そうだ、呪いは魔法でも解けない。だから皆呪いを怖がるんだ」

「魔獣が王子の意思に反した行動をすると、死ぬのですよね。本当にそのような行動を魔獣が起こしたら、王子も困ってしまうのでは? 魔獣がいなくなったら困りますよね」

 マユがしなだれかかりながら王子に聞いた。

「自分の身体や命を犠牲にしてまで、歯向かう奴などいるか。そんな奴がこの世にいると思うか」

「そうですね。誰もが自分が一番大切なのですから。でも、私は違いますよ。マユは王子のためなら何だってします」

 王子がマユの頭をなでる。

「これが愛の力か」

「ええそうです。マユは王子の事を愛していますから」

 だれがお前なんかのために死ねるか! そもそも全然愛してねーし。

 愛のために死ねる奴なんていねぇよ。

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