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44、決意【魔獣ジュリアス視点】
「こんにちは、魔獣さん」
博美さんが僕の部屋に来た。
なんだか緊張しているような面持ちだ。
「こんにちは」
僕はそんな彼女を見ていた。たぶんこれが見納めだから、彼女の姿を一秒でも長く見ていたかった。
彼女はこの屋敷から出て行くことを僕に告げに来たのだ。
「なんだか久しぶりで緊張しちゃう」
「そうですね」
これまでのことを振り返るように博美さんは椅子に座って話し出した。懐かしい思い出のように彼女は話す。彼女は屋敷から出て行くことを、僕に切り出せないのだろう。
彼女の優しさを感じ、嬉しいような、切ないような、そんな複雑な思いだった。
そうして意を決したように彼女が僕を見る。
「今日、このお屋敷を出ることが決まったから」
「そうですか」
うん、わかっている。
だって彼女はもう黒のメイド服じゃなくて、初めて召喚されて現れたときと同じ服装だったから。
「良かったですね」
僕は頑張って笑顔をつくった。
「うん。エミリーともさっきお別れしてね。やっぱり寂しいな……」
博美さんが顔を上に向けた。涙をこらえているようだ。
「エミリーは大切な友人で頼れるお姉さんみたいだった。だからずっと一緒にいたかった。だからエミリーに言ったの。一緒に来ないって? でもね、エミリーにはやることがあるんだって」
博美さんが泣き笑いのような表情で僕をじっと見る。
僕も泣きそうだ。
「寂しいですね」
言いながら僕も寂しかった。
彼女と一緒にいたかった。傍にずっといたかった。
「ぎゅっとしてもいいかな、魔獣さん」
「いいですよ」
彼女がぎゅっと僕に抱き着いてきた。
「お別れって辛いよね」
「辛いですね」
これから彼女はこの世界に一人で生きて行かないといけない……。
僕は彼女に願いを込めて魔法を唱える。
彼女に幸あれ。
あなたなら大丈夫、強い人だから……。
彼女が離れて僕を見上げる。
「でね、エミリーには断られたけど、魔獣さんにはいっしょに来て欲しい。あれ? 言い方が悪かったかな。エミリーがダメだったから魔獣さんに声をかけたわけじゃないから」
僕が返事をしなかったからなのか、彼女は慌てて言い訳のように言葉をつづけていた。
「二番目って意味じゃないからね」
「いえ、そういうわけではなく、僕はこの地下から出られないので」
「大丈夫。王子と話を付けてきたから。魔獣さんが自由になれるようにって」
自由に? 僕が?
そんなことはあり得ない。
「まだ見た目を気にしているの? わたしは全然、気にならない」
「しかし、僕は王子に」
僕が言うと、彼女が斜めがけにしている鞄の中から白い紙を出した。
「魔獣さんも見たことあるかもしれないけれど、魔法契約書。商人のショーンさんとガンディさんの鞄の売買契約書のときに初めて知ったけど、ハロルド王子もこの魔法契約書を持ち出してきたの」
目の前に出された魔法契約書を見て愕然とした。彼女はそんな僕に構わず、この文面に書かれていることを読み上げた。
「わたしが受け取るはずだった慰謝料で魔獣さんを自由にするっていう取引なんだけど」
彼女が言っている言葉が途中から聞こえなくなった。
僕はショックを受けて、目の前が真っ暗になりそうだったからだ。
彼女は騙された。受け取るはずだった慰謝料全部をハロルド王子に取り上げられてしまったのだ。
僕のせいだ。全部、僕のせいだ。
愕然とする僕の前で、彼女は取引交渉の状況を説明していた。
彼女がハロルド王子の部屋に行くと、慰謝料として金貨の入った布袋三つを用意していた。この布袋三つで魔獣を譲ろうかと王子から話を持ち掛けたらしい。彼女はその魔法契約書の文面を少し書き換えてサインをした。
王子達に騙されて、彼女はサインをしてしまったというわけだ。
「どうして勝手なのことをしたのですか!」
僕の強い口調に、彼女がひるむ。
「え? あ、そうだね。てっきり喜んでくれると思って、うん、勝手なことをしちゃった。相談もしないで、ごめんなさい。もう一緒に来て欲しいなんて言わない。でも、これであなたは自由だから」
「自由? そんなこと、あり得ない、あり得ない」
僕は首を振る。
「でも、魔法契約書で」
「ちがう、ちがうのです、博美さん……、違うんです。僕が自由になれるなんて……、そんなことは無理な話なのです」
「魔獣さんはここがいいの? ずっと地下で暮らしたいの? 外に出たくないの?」
「ちがう、ちがう、全然違う。あなたは騙されたんだ! こんな魔法契約書、なんの役に立たない。あなたは僕のせいで、貰えるはずだったお金を失ってしまった」
「見て、ちゃんと見て。この魔法契約書に不備なんてないはず。全部読んで、確かめたもの。気になるところは、わたしのほうで修正したから。三個の布袋で魔獣さんは自由になるって書かれているでしょ」
「魔法契約書の文面に問題はありません。ですが、博美さんは騙されたのです」
博美さんはショックを受けているようだった。
そうだ、全部僕のせいだ。
「博美さんが貰うはずだった大切なお金を無駄にしたのも僕のせい。あなたがここにきてしまったのも僕のせい。僕がいるせいであなたは不幸に……、全部僕のせいだ。あなたは背負わなくていい苦しみを背負うことになった」
もう、うんざりだ。
ほとほと自身が嫌になってくる。
僕が生きている限り、誰かが不幸になる。
こんなことは終わりにしよう。
僕は部屋を飛び出した。
長い廊下を走りながら、上に向かう階段を目指す。
もう逃げない、立ち向かう。どのようなことになっても。
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