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45、ハッピーエンドです
しおりを挟む王子との契約が無事に終わり博美は、魔獣の部屋へ向かった。
喜んでくれると期待していただけに、これまで見たこともないような辛そうな表情をする魔獣に驚きを隠せない。
自由になれると言っても魔獣は辛そうな表情をするばかりだった。
え――? どういうこと?
喜んでくれると思ったのに……。
もしかして、自由になりたくなかったとか?
ずっと地下で暮らしていたかった――?
博美から視線を向けられた魔獣は黙り込んで、うつむいている。
うっそ、マジ?
博美は、ある新聞記事を思い出していた。
その記事には、男が刑務所を出所した当日にまた事件を起こしたと載っていた。記事の続きを読むと、これまで塀の中で過ごした長い月日で、外に出るのが怖かったというのだ。男は頼る人もおらず、衣食住に苦労しない刑務所にまた戻りたいと犯罪をおかしたのだった。
もしかして同じ? 外の世界が嫌なの?
サプライズで喜んでくれると思ったのに、余計なお世話をしちゃったわけ……?
「魔獣さんはここがいいの? ずっと地下で暮らしたいの? 外に出たくないの?」
「博美さんが貰うはずだった大切なお金を無駄にしたのも僕のせい。あなたがここにきてしまったのも僕のせい。僕がいるせいであなたは不幸に……、全部僕のせいだ。あなたは背負わなくていい苦しみを背負うことになった」
サプライズで喜んでもらえると期待していた博美は、魔獣が飛び出して行った部屋で茫然と立ち尽くしていた。
そんなとき、博美の耳に激しい音が聞こえた。
バン――、バン――。
何かが破裂するような音が聞こえ、博美は部屋を出た。
階段の下で黒いものが見える。
その黒いもの下でじんわりと赤い液体が広がっている。
「うそ」
廊下を走る博美は、こちら側に流れてくる血を見ながら叫んでいた。
「うそ、うそ、うそ」
魔獣の血に足が滑った。
「いた」
スーツが魔獣の血で汚れ、四つん這いになりながら、階段の下で倒れている魔獣に手を伸ばす。
「だめ、だめ、だめ。お願い死なないで」
お願い死なないで、魔獣さん。
ヒールを脱ぎ捨て、立ち上がり博美は魔獣のもとへ駆け寄った。
倒れている魔獣の周りには血だまりがあった。
その中で獣毛は温かい血でびっしょりと濡れていて、体中を何かが切り裂かれたようだった。
魔獣が最後の力を振り絞るように擦れた声を出した。
「ごめんなさい、博美さん。でも、あなたなら大丈夫。どこででも生きていける。あなたは強い人だから」
「あのね、わたし、強い女に見えるかもしれないけれど、甘えていい人が出来たから弱くなったの。この世界へ来て、あなたに出会って、わたしを受け止められる人を見つけた。だから、あなたはその責任を取る必要があるの」
「責任ですか……、すみません。最後まで勝手な僕で。泣かないで、博美さん。ずっとずっと、僕はあなたの幸せを願っていますから」
涙を流す博美に魔獣が手を伸ばし、愛しそうに博美の涙をぬぐう。その手を博美が握った。
「駄目よ、そんなの許さない。最後みたいなことを言わないで」
魔獣が微笑んだ。
次の瞬間、魔獣の手から力が抜けた。
魔獣が力尽きたのを感じた。
「うそ、うそ、うそ。そんなの許さない」
博美は魔獣の身体を引っ張り上げ、自分の膝に頭を乗せて、魔獣の頭を触れる。
「ダメよ、絶対ダメ。許さない。もっとモフモフしたいから。それに、あなたがわたしをここへ連れてきたんでしょ。責任をとって。だってそうじゃない!」
キラキラと黄金の光が廊下に降り注ぐ。
「勝手にこの世界に呼んだって言ったけど、感謝しているの。だってあのままだったら私は死んでいた。ねぇ、目を開けて。お願い魔獣さん」
博美の膝の上で魔獣から美しい青年に変化していく。
だが血の気がない。
「お願い、戻ってきて魔獣さん。わたしが一世一代のプロポーズしたのに、断られたんだよ。ひどくない? このまま逃げるつもり」
青年の身体が黄金色に輝く。
青白い顔に血色が戻り、閉じていた目が開いた。
「プロポーズ?」
青年が目を開けた。
夜空のように美しく綺麗な瞳だ。
「そうよ、さっき一緒に来て欲しいって言ったのに出られないって断ったじゃない」
「ち、ちがうんです。僕も本当は博美様のそばに居たい。ずっと一緒にいたい。あなたのことが好きだから」
その瞬間、博美は倒れている青年の頬をつねる。
「ぐ、痛い……。どうして僕の頬をつねるのですか」
「だって生きているか確かめているために。それに本当? わたしのこと好き?」
青年は博美の膝から起き上がり、美しい黒い瞳で博美をみる。
「好きです。大好きです。誰にも渡したくない。でも、僕は卑怯なのです。自分の呪いを解くために、あなたをこの世界へ召喚した。それは大きな罪です」
「罪……? 全然、罪じゃないよ。逆にあなたは助けてくれた。だってあのままだったら、わたし死んでいたもの。だから、ね、一緒にこのお屋敷から出て行きましょう。堂々と正面玄関から」
博美は下げているカバンから白い紙を取り出し、青年の目に移るように見せる。
「魔獣さんを譲り受けるって取引をしたんだから」
「それは無理なのです。僕には呪いが、あ、でも、自分で呪いが掛かっていることを言えないはずなのに」
「呪い? この美しい手が?」
博美が青年の手を握った。
「あ」
整った顔立ちは、どの角度から見ても完璧すぎるキレイな横顔だ。金の糸のような黄金色の髪に、透明感のある肌、吸い込まれそうな星空のように輝く黒い瞳がパチクリする。
「呪いが解けてる」
青年は自分の顔を触っていた。
「うん、よかった。間に合って。だからもうあなたは自由よ」
「でも、お金は。大事なお金だったのに」
「慰謝料のこと?」
そうして博美はカバンの中に手をつっこんで、何かを掴んで手を開く。
そこには煌めく金貨があった。
「どういうことですか? 魔法契約書には慰謝料のお金と僕の自由を交換すると書かれていて」
「ここを見て、慰謝料なんて書かれていないし、金貨三袋とも書かれていない。書かれているのは布袋三個。中身は石ころよ。昨日エミリーと、金貨と同じような石ころを大量にこのガンディさんから貰った拡張機能付きのカバンに入れた。契約のときに一旦、金貨の入った三袋をカバンに入れて、中で石と入れ替えたの。ガンディさんの異空間収納ってすごいよね。ほんと便利」
博美が種明かしをすると、青年が博美を抱きしめた。
「やっぱりあなたは、サイコーです」
「え? どうしたの魔獣さん」
「僕は魔法王国の王太子ジュリアス・グクです」
「ええ、王子だったの?」
ジュリアスがひょいと博美を抱きかかえる。
「さあ、博美さん、僕の国へ行きましょう。両親も国民も僕の帰りを待っています。こんな素敵な花嫁を連れて帰っていくのです。国中大喜びですよ。あ、博美さんの気持ちを聞いていませんでしたね。すみません」
「ほんと、わたしの気持ちはおいてけぼり。今度から気を付けてね、ジュリアス王子」
「気をつけます。博美さん、僕と結婚してくれますか」
「もちろん」
その瞬間、博美は白いドレス姿に、ジュリアスは白いタキシード姿になった。教会の鐘の音が屋敷中に響く。
「愛しています、博美さん。必ずあなたを幸せにします」
「うん、楽しみにしてる」
目を閉じた博美に、ジュリアスがそっとキスをした。
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