130 / 135
グレン 寂しくなる
しおりを挟む
北大陸の竜どもに罰を与えアルトリアへと
帰還して早二ヶ月。
早春。
北辺境と帝国を戦後処理のために行ったり
来たりしていたがそれもある程度目処がたち
王都へと戻る事になった。
赤竜は竜殺しの剣に支配された竜達をつれて
帝国の守護を引き受けてくれた。
元々帝国の皇帝は赤竜の末裔。
アルフォンスにも薄いが赤竜の血が流れる。
防衛結界のない帝国。
アニエスの豆花が魔物から守ってはくれるが
大物の魔物が出ると心許ない。
新しい帝国の船出に手を貸したいと赤竜が
申し出てくれた。
ありがたい話だ。これでアルフォンスも
国政に集中できる。
北大陸からアニエスが連れて帰ってきた竜、
アカネとハクジは黒竜に付いて黒い森の事を
学んでいる。
黒竜からは一体いつになったら白竜と一緒に
眠れるんだと嘆かれているが、黒竜にいなく
なられては俺が困る。
そういう意味ではアカネとハクジの存在は
大きい。
お人好しの黒竜はアカネとハクジの世話を
なんだかんだと言いながらもまめまめしく
面倒をみている。
彼らが南大陸で支障なく生活できるように
なるまでは眠りにつくことなく
いてくれるだろう。
コガネとコハクは青竜と一緒にキルバンに
行った。青竜の末裔が納める国に興味が
あるそうだ。
白竜は時々アニエスが空間収納から出して
様子をみているが起きていられる時間が
本当に短く眠そうにいている。
まだまだ本調子とは言い難い。
この国の防衛結界のために長年の拘束
されての魔力の搾取は今も彼女に爪痕を
残している。
こればかりは時とアニエスの空間収納の
魔力による癒しを待つしかないようだ。
アカネとハクジは北辺境の領主夫妻である
アイザックやプリシラにも顔合わせ済みで
砦にもちょいちょい顔を出している。
そこでなぜかアニエスの父熊、
アシェンティ子爵に気に入られ可愛がら
れている。おいおい父熊。
そいつらは見た目十代後半だが数百年は
生きているお前よりも年上だ。
父熊のその辺の近所の子供を可愛がるような
態度が笑える。
まあ、父熊も黒い森には詳しい男だから
奴らの世話係りとしては適任なのかもな。
「お帰りなさいませグレン様……ところで
アニエス様はご一緒ではないのですか?」
エルドバルドの屋敷に帰って出迎えた家宰の
ヨーゼフの第一声がそれだ。
まあ俺もアニエスをザルツコードに帰すのは
断腸の思いだったのだが。
アニエスがマリーナにワシワシと頭を撫でて
貰いたいと言うから仕方がなく帰した。
ヨーゼフ、そんな恨みがましい目で俺を見る
のはやめろ。俺だってアニエスを慕っている
義兄のいるザルツコードになど
帰したくないんだ。
すれ違う使用人達のガッカリした顔に何故
俺が申し訳なく思わなければならないんだ?
家の使用人達は本当にアニエスが好きだ。
「おのれザルツコードめ。オーウェンの奴。
今度会ったら締め上げてやる……」
ヨーゼフの呟きが物騒だ。
「締め上げるのなら早目がいいぞ?
あいつはあと半年で家督をマックスに譲り
南辺境に飛ばされる」
「は?あやつめ何をしでかしたので?」
「まあ色々な……先代を思っての事だが国王
の意志に背いた。今までの功績のお陰で首が
飛ばずに南辺境に飛ばされる」
「……そうですか。あの馬鹿。マリーナ様が
いるというのに……けしからん。
馬鹿はやはり治りませんな……。
今度、飲みにでも誘ってみます」
ヨーゼフがしんみりと言う。
同じ主人に仕えた元上官としては思うところ
があるだろうな。
俺も正直、南辺境への左遷だけで済んで
ほっとした。
何せ国の犠牲となった白竜を私怨で斬りつけ
殺しかけたんだ。死罪の可能性すらあった。
アルバートの恩情に感謝だ。
まあ、オーウェンには散々死ぬような目に
あわされてきたが奴のお陰で今の俺がある。
奴が恩人である事には変わりない。
マリーナの事もだがアニエスの義父が
斬首などにならずに済んで本当に良かった。
「グレン様……申し上げにくいのですが。
ご実家の弟様の結婚式の事です。有事のため
に欠席とお断りさせていただいたのですが」
執務室の椅子に座り書類を一枚取り上げた
ところでヨーゼフが言いにくそうに声を
かける。有事のためか……成る程。
「戦争が終わったのだから恙無く来られる
だろうと?」
「……はい」
やれやれめげない人達だ。
そういえば子供の頃、実家で虐待されて
いた俺を迎えに来たのがオーウェンだった。
あの男と初めて会った幼い日を思いだし
苦く笑う。
母は俺の魔力に怯え正気を失い、激しく
俺に手をあげる。
そのくせ俺が自分の目の届かない所に行く
と半狂乱で俺を探し回る。
父や使用人達はそんな母をもて余し、屋敷
の一室に幽閉した。勿論、俺もセットで。
俺の乳母が必死に俺を守ろうとしてくれな
ければ、俺は生き長らえる事は難しかった
かもしれない。
父は相思相愛で結ばれた愛する妻が俺を
身籠った事で、気が触れた事を受け入れ
られなかった。
自分の子と言っても愛情を持てなかった
ようだ。
それでも義務からなのか、小さな頃は
母が眠った時を見計らい、俺と過ごして
くれる事もあった。
ただ何をするわけでもなく同じ部屋で
過ごすだけ。
それでも叩かれる事も怒鳴られる事もなく
菓子を与えられ穏やかに父と過ごせる時を
俺は好きだった。
だが父は俺の顔を見るたびに苦し気な顔を
する。それは大きくなるにつれ顕著になり
やがて父は俺を避け、会う事はなくなった。
何の事はない。自分が殺したと思っていた
先代のエルドバルド公の……自分の兄に
瓜二つの顔を見るのがつらかったのだ。
事実を知った時は成る程、とストンと納得
したものだ。
それは俺の顔を見るのは嫌だろう。
母は狂気と正気を行ったり来たりする。
ふと時折正気を取り戻すと泣きながら俺に
謝り続ける。
殴る蹴るされても不思議と母を嫌いには
ならなかった。
むしろ俺を産んだせいで物狂いとなった
事に申し訳なさを感じていた。
「愛せなくてごめんなさい」
泣きながら謝る母を見るたびこの人が
笑えるようになるといい。
そう願っていた。
屋敷での幽閉生活は突然のオーウェンの
来訪によって終わりを告げる。
「ご子息の養育環境のは少々問題がある
ようですね。お血筋だけでなくこれだけ
の魔力持ち。陛下は喜んで養子に迎える
そうですよ?」
俺への虐待は兼ねてから内偵されていた
ようで父は俺を養子に出す事に難色を示
したが強く抗う事もできず俺を手放した。
俺が王家に保護され俺と引き離された母は
それはそれはずいぶん錯乱したそうだが
結果的には俺と離れて正解だった。
俺の魔力に触れずに療養したのが幸いした
ようで二年ほどで正気を取り戻した。
その後、父とは仲睦まじく暮らし
やがで弟がごく普通に生まれた。
母には笑顔が戻った。
めでたし。めでたしだ。
めでたく幸せになったのなら籍も抜けた
不幸の元凶である俺の事など放っておけば
よいものを実家は時折思い出したように
絡んでくるのが面倒臭い。
俺の出征前夜に父が訪ねてきたり。
弟の結婚式に招待したり。
アホか。
やれやれ、仕方がないから俺の方で直に
断りをいれるか。
ヨーゼフを下がらせ夕食もサンドイッチ
だけで済まし、ひたすら書類仕事に没頭。
急ぎの仕事を片付けた頃には深夜だった。
そろそろ寝るかと寝室で夜着に着替える。
寝台に腰かけたところで何故か妙に物寂しく
なった。
ため息が出る。
一人の寝台が広くて寂しい。
思えば北大陸へ向かった時も。
その後、辺境に戦後処理で滞在していた
時もずっとアニエスが隣にいた。
辺境は妙におおらかで婚姻前にも関わらず
俺達はすでに夫婦扱いだった。
寝室を共にする事も当たり前。
アニエスの実父アシェンティの熊子爵も
兄熊のエリックもその辺が寛容でむしろ
仲が良くてよしよし。
そんな目で見てくれていた。
北辺境は生きやすくていい。
変なしがらみもない。
多少、住人が馬鹿だがそれはご愛嬌。
そのぶん人情味がある。
それが王都に帰ってきたらこれだ。
アニエスをザルツコードに帰さなければ
ならない。
これが世間体だの何だのだけなら帰しは
しないのに……。
アニエスは養家の家族を慕っている。
事に今回は何故かマリーナに会いたがって
いたから仕方がない。
ごろりと寝台に横になる。
クソ……一人寝がこんなに寂しいなんて。
アニエスの温かくて柔らかい体と甘い匂いが
恋しい。
婚儀まで後半年とちょっと。
──長い。まだこんな寂しい夜を幾晩も
過ごす事になるのか……。
たった半年だろうとオーウェンは馬鹿に
したように言うが俺には地獄のように長い。
離れてたった一晩でこの様だ。
眠れない。
ごろごろしているだけでまったく眠れる気が
しない。はあ~。
アニエスに会いたい。
今からでもザルツコードに拐いに行きたい。
………ん?拐う?
………………………できる気がするな?
がばりと起き上がる。
北大陸でキハダの寝所でアニエスが拐われた
時の事を思い出す。
寝ているアニエスの周りに『穴』が出現。
俺の目の前で『穴』に吸い込まれてあっと
言う間に拐われた。
あれ……俺もできるな?
──意識を集中。
ザルツコードの屋敷のアニエスの寝室を思い
浮かべて『穴』を繋ぐ。
俺とアニエスの中にある金竜の魔核が互いに
呼応する。
──感じる。アニエスの魔力だ。
……温かい。
アニエスに向かって『穴』を繋ぐ。
次の瞬間、ふわりと甘い匂いが鼻腔を
くすぐる。
俺の隣に夜着姿のアニエスが目を閉じて
横たわっていた。
誘拐成功。やった……できた。
何だ?簡単だぞ?
もっと早くに思いつけよ俺。
今、初めて竜になった事に感謝した。
今までアニエスが『穴』に落ちる度に俺は
胸をかきむしりたくなるほどの苛立ちと
心配と喪失感に苦しんで来た。
番になり、俺が金竜になった事でアニエスが
呼んでくれれば側に飛べるようにはなったが
アニエスは中々呼んではくれない。
アニエスはとりあえず自分で何とかしようと
するから……。
そんなところを好ましいと思う反面、
どうにもならない苛立ちを覚えていた。
だがこれでアニエスが『穴』に落ちて
どこかに飛ばされてもアニエスの魔力を
たどって俺が『穴』に落とせばいい。
そうすればいつでも側に……
この腕に取り戻せる。
何だろう。この安心感。
『穴』にこんな使い道があったなんて。
隣に横たわるアニエスのキャラメル色の
髪を一房手に取り口付ける。
穏やかな寝顔。眠っているのか気絶して
いるのか分からない。
ただ呼吸は健やかで静かに胸が上下している。
目が覚めて隣に俺がいたら驚くだろうな。
思わず口元がにやける。
また変な悲鳴をあげるかもしれん。
ちょっとたのしみだ。
アニエスを上掛けでくるんで抱きしめる。
甘い匂いに包まれて幸せだ。
アニエスの頬に口付けるとさっき寂しくて
眠れなかったのが嘘のように気持ち良く
眠りに落ちた。
帰還して早二ヶ月。
早春。
北辺境と帝国を戦後処理のために行ったり
来たりしていたがそれもある程度目処がたち
王都へと戻る事になった。
赤竜は竜殺しの剣に支配された竜達をつれて
帝国の守護を引き受けてくれた。
元々帝国の皇帝は赤竜の末裔。
アルフォンスにも薄いが赤竜の血が流れる。
防衛結界のない帝国。
アニエスの豆花が魔物から守ってはくれるが
大物の魔物が出ると心許ない。
新しい帝国の船出に手を貸したいと赤竜が
申し出てくれた。
ありがたい話だ。これでアルフォンスも
国政に集中できる。
北大陸からアニエスが連れて帰ってきた竜、
アカネとハクジは黒竜に付いて黒い森の事を
学んでいる。
黒竜からは一体いつになったら白竜と一緒に
眠れるんだと嘆かれているが、黒竜にいなく
なられては俺が困る。
そういう意味ではアカネとハクジの存在は
大きい。
お人好しの黒竜はアカネとハクジの世話を
なんだかんだと言いながらもまめまめしく
面倒をみている。
彼らが南大陸で支障なく生活できるように
なるまでは眠りにつくことなく
いてくれるだろう。
コガネとコハクは青竜と一緒にキルバンに
行った。青竜の末裔が納める国に興味が
あるそうだ。
白竜は時々アニエスが空間収納から出して
様子をみているが起きていられる時間が
本当に短く眠そうにいている。
まだまだ本調子とは言い難い。
この国の防衛結界のために長年の拘束
されての魔力の搾取は今も彼女に爪痕を
残している。
こればかりは時とアニエスの空間収納の
魔力による癒しを待つしかないようだ。
アカネとハクジは北辺境の領主夫妻である
アイザックやプリシラにも顔合わせ済みで
砦にもちょいちょい顔を出している。
そこでなぜかアニエスの父熊、
アシェンティ子爵に気に入られ可愛がら
れている。おいおい父熊。
そいつらは見た目十代後半だが数百年は
生きているお前よりも年上だ。
父熊のその辺の近所の子供を可愛がるような
態度が笑える。
まあ、父熊も黒い森には詳しい男だから
奴らの世話係りとしては適任なのかもな。
「お帰りなさいませグレン様……ところで
アニエス様はご一緒ではないのですか?」
エルドバルドの屋敷に帰って出迎えた家宰の
ヨーゼフの第一声がそれだ。
まあ俺もアニエスをザルツコードに帰すのは
断腸の思いだったのだが。
アニエスがマリーナにワシワシと頭を撫でて
貰いたいと言うから仕方がなく帰した。
ヨーゼフ、そんな恨みがましい目で俺を見る
のはやめろ。俺だってアニエスを慕っている
義兄のいるザルツコードになど
帰したくないんだ。
すれ違う使用人達のガッカリした顔に何故
俺が申し訳なく思わなければならないんだ?
家の使用人達は本当にアニエスが好きだ。
「おのれザルツコードめ。オーウェンの奴。
今度会ったら締め上げてやる……」
ヨーゼフの呟きが物騒だ。
「締め上げるのなら早目がいいぞ?
あいつはあと半年で家督をマックスに譲り
南辺境に飛ばされる」
「は?あやつめ何をしでかしたので?」
「まあ色々な……先代を思っての事だが国王
の意志に背いた。今までの功績のお陰で首が
飛ばずに南辺境に飛ばされる」
「……そうですか。あの馬鹿。マリーナ様が
いるというのに……けしからん。
馬鹿はやはり治りませんな……。
今度、飲みにでも誘ってみます」
ヨーゼフがしんみりと言う。
同じ主人に仕えた元上官としては思うところ
があるだろうな。
俺も正直、南辺境への左遷だけで済んで
ほっとした。
何せ国の犠牲となった白竜を私怨で斬りつけ
殺しかけたんだ。死罪の可能性すらあった。
アルバートの恩情に感謝だ。
まあ、オーウェンには散々死ぬような目に
あわされてきたが奴のお陰で今の俺がある。
奴が恩人である事には変わりない。
マリーナの事もだがアニエスの義父が
斬首などにならずに済んで本当に良かった。
「グレン様……申し上げにくいのですが。
ご実家の弟様の結婚式の事です。有事のため
に欠席とお断りさせていただいたのですが」
執務室の椅子に座り書類を一枚取り上げた
ところでヨーゼフが言いにくそうに声を
かける。有事のためか……成る程。
「戦争が終わったのだから恙無く来られる
だろうと?」
「……はい」
やれやれめげない人達だ。
そういえば子供の頃、実家で虐待されて
いた俺を迎えに来たのがオーウェンだった。
あの男と初めて会った幼い日を思いだし
苦く笑う。
母は俺の魔力に怯え正気を失い、激しく
俺に手をあげる。
そのくせ俺が自分の目の届かない所に行く
と半狂乱で俺を探し回る。
父や使用人達はそんな母をもて余し、屋敷
の一室に幽閉した。勿論、俺もセットで。
俺の乳母が必死に俺を守ろうとしてくれな
ければ、俺は生き長らえる事は難しかった
かもしれない。
父は相思相愛で結ばれた愛する妻が俺を
身籠った事で、気が触れた事を受け入れ
られなかった。
自分の子と言っても愛情を持てなかった
ようだ。
それでも義務からなのか、小さな頃は
母が眠った時を見計らい、俺と過ごして
くれる事もあった。
ただ何をするわけでもなく同じ部屋で
過ごすだけ。
それでも叩かれる事も怒鳴られる事もなく
菓子を与えられ穏やかに父と過ごせる時を
俺は好きだった。
だが父は俺の顔を見るたびに苦し気な顔を
する。それは大きくなるにつれ顕著になり
やがて父は俺を避け、会う事はなくなった。
何の事はない。自分が殺したと思っていた
先代のエルドバルド公の……自分の兄に
瓜二つの顔を見るのがつらかったのだ。
事実を知った時は成る程、とストンと納得
したものだ。
それは俺の顔を見るのは嫌だろう。
母は狂気と正気を行ったり来たりする。
ふと時折正気を取り戻すと泣きながら俺に
謝り続ける。
殴る蹴るされても不思議と母を嫌いには
ならなかった。
むしろ俺を産んだせいで物狂いとなった
事に申し訳なさを感じていた。
「愛せなくてごめんなさい」
泣きながら謝る母を見るたびこの人が
笑えるようになるといい。
そう願っていた。
屋敷での幽閉生活は突然のオーウェンの
来訪によって終わりを告げる。
「ご子息の養育環境のは少々問題がある
ようですね。お血筋だけでなくこれだけ
の魔力持ち。陛下は喜んで養子に迎える
そうですよ?」
俺への虐待は兼ねてから内偵されていた
ようで父は俺を養子に出す事に難色を示
したが強く抗う事もできず俺を手放した。
俺が王家に保護され俺と引き離された母は
それはそれはずいぶん錯乱したそうだが
結果的には俺と離れて正解だった。
俺の魔力に触れずに療養したのが幸いした
ようで二年ほどで正気を取り戻した。
その後、父とは仲睦まじく暮らし
やがで弟がごく普通に生まれた。
母には笑顔が戻った。
めでたし。めでたしだ。
めでたく幸せになったのなら籍も抜けた
不幸の元凶である俺の事など放っておけば
よいものを実家は時折思い出したように
絡んでくるのが面倒臭い。
俺の出征前夜に父が訪ねてきたり。
弟の結婚式に招待したり。
アホか。
やれやれ、仕方がないから俺の方で直に
断りをいれるか。
ヨーゼフを下がらせ夕食もサンドイッチ
だけで済まし、ひたすら書類仕事に没頭。
急ぎの仕事を片付けた頃には深夜だった。
そろそろ寝るかと寝室で夜着に着替える。
寝台に腰かけたところで何故か妙に物寂しく
なった。
ため息が出る。
一人の寝台が広くて寂しい。
思えば北大陸へ向かった時も。
その後、辺境に戦後処理で滞在していた
時もずっとアニエスが隣にいた。
辺境は妙におおらかで婚姻前にも関わらず
俺達はすでに夫婦扱いだった。
寝室を共にする事も当たり前。
アニエスの実父アシェンティの熊子爵も
兄熊のエリックもその辺が寛容でむしろ
仲が良くてよしよし。
そんな目で見てくれていた。
北辺境は生きやすくていい。
変なしがらみもない。
多少、住人が馬鹿だがそれはご愛嬌。
そのぶん人情味がある。
それが王都に帰ってきたらこれだ。
アニエスをザルツコードに帰さなければ
ならない。
これが世間体だの何だのだけなら帰しは
しないのに……。
アニエスは養家の家族を慕っている。
事に今回は何故かマリーナに会いたがって
いたから仕方がない。
ごろりと寝台に横になる。
クソ……一人寝がこんなに寂しいなんて。
アニエスの温かくて柔らかい体と甘い匂いが
恋しい。
婚儀まで後半年とちょっと。
──長い。まだこんな寂しい夜を幾晩も
過ごす事になるのか……。
たった半年だろうとオーウェンは馬鹿に
したように言うが俺には地獄のように長い。
離れてたった一晩でこの様だ。
眠れない。
ごろごろしているだけでまったく眠れる気が
しない。はあ~。
アニエスに会いたい。
今からでもザルツコードに拐いに行きたい。
………ん?拐う?
………………………できる気がするな?
がばりと起き上がる。
北大陸でキハダの寝所でアニエスが拐われた
時の事を思い出す。
寝ているアニエスの周りに『穴』が出現。
俺の目の前で『穴』に吸い込まれてあっと
言う間に拐われた。
あれ……俺もできるな?
──意識を集中。
ザルツコードの屋敷のアニエスの寝室を思い
浮かべて『穴』を繋ぐ。
俺とアニエスの中にある金竜の魔核が互いに
呼応する。
──感じる。アニエスの魔力だ。
……温かい。
アニエスに向かって『穴』を繋ぐ。
次の瞬間、ふわりと甘い匂いが鼻腔を
くすぐる。
俺の隣に夜着姿のアニエスが目を閉じて
横たわっていた。
誘拐成功。やった……できた。
何だ?簡単だぞ?
もっと早くに思いつけよ俺。
今、初めて竜になった事に感謝した。
今までアニエスが『穴』に落ちる度に俺は
胸をかきむしりたくなるほどの苛立ちと
心配と喪失感に苦しんで来た。
番になり、俺が金竜になった事でアニエスが
呼んでくれれば側に飛べるようにはなったが
アニエスは中々呼んではくれない。
アニエスはとりあえず自分で何とかしようと
するから……。
そんなところを好ましいと思う反面、
どうにもならない苛立ちを覚えていた。
だがこれでアニエスが『穴』に落ちて
どこかに飛ばされてもアニエスの魔力を
たどって俺が『穴』に落とせばいい。
そうすればいつでも側に……
この腕に取り戻せる。
何だろう。この安心感。
『穴』にこんな使い道があったなんて。
隣に横たわるアニエスのキャラメル色の
髪を一房手に取り口付ける。
穏やかな寝顔。眠っているのか気絶して
いるのか分からない。
ただ呼吸は健やかで静かに胸が上下している。
目が覚めて隣に俺がいたら驚くだろうな。
思わず口元がにやける。
また変な悲鳴をあげるかもしれん。
ちょっとたのしみだ。
アニエスを上掛けでくるんで抱きしめる。
甘い匂いに包まれて幸せだ。
アニエスの頬に口付けるとさっき寂しくて
眠れなかったのが嘘のように気持ち良く
眠りに落ちた。
1
あなたにおすすめの小説
見た目は子供、頭脳は大人。 公爵令嬢セリカ
しおしお
恋愛
四歳で婚約破棄された“天才幼女”――
今や、彼女を妻にしたいと王子が三人。
そして隣国の国王まで参戦!?
史上最大の婿取り争奪戦が始まる。
リュミエール王国の公爵令嬢セリカ・ディオールは、幼い頃に王家から婚約破棄された。
理由はただひとつ。
> 「幼すぎて才能がない」
――だが、それは歴史に残る大失策となる。
成長したセリカは、領地を空前の繁栄へ導いた“天才”として王国中から称賛される存在に。
灌漑改革、交易路の再建、魔物被害の根絶……
彼女の功績は、王族すら遠く及ばないほど。
その名声を聞きつけ、王家はざわついた。
「セリカに婿を取らせる」
父であるディオール公爵がそう発表した瞬間――
なんと、三人の王子が同時に立候補。
・冷静沈着な第一王子アコード
・誠実温和な第二王子セドリック
・策略家で負けず嫌いの第三王子シビック
王宮は“セリカ争奪戦”の様相を呈し、
王子たちは互いの足を引っ張り合う始末。
しかし、混乱は国内だけでは終わらなかった。
セリカの名声は国境を越え、
ついには隣国の――
国王まで本人と結婚したいと求婚してくる。
「天才で可愛くて領地ごと嫁げる?
そんな逸材、逃す手はない!」
国家の威信を賭けた婿争奪戦は、ついに“国VS国”の大騒動へ。
当の本人であるセリカはというと――
「わたし、お嫁に行くより……お昼寝のほうが好きなんですの」
王家が焦り、隣国がざわめき、世界が動く。
しかしセリカだけはマイペースにスイーツを作り、お昼寝し、領地を救い続ける。
これは――
婚約破棄された天才令嬢が、
王国どころか国家間の争奪戦を巻き起こしながら
自由奔放に世界を変えてしまう物語。
【完結】2番目の番とどうぞお幸せに〜聖女は竜人に溺愛される〜
雨香
恋愛
美しく優しい狼獣人の彼に自分とは違うもう一人の番が現れる。
彼と同じ獣人である彼女は、自ら身を引くと言う。
自ら身を引くと言ってくれた2番目の番に心を砕く狼の彼。
「辛い選択をさせてしまった彼女の最後の願いを叶えてやりたい。彼女は、私との思い出が欲しいそうだ」
異世界に召喚されて狼獣人の番になった主人公の溺愛逆ハーレム風話です。
異世界激甘溺愛ばなしをお楽しみいただければ。
【完結】きみは、俺のただひとり ~神様からのギフト~
Mimi
恋愛
若様がお戻りになる……
イングラム伯爵領に住む私設騎士団御抱え治療士デイヴの娘リデルがそれを知ったのは、王都を揺るがす第2王子魅了事件解決から半年経った頃だ。
王位継承権2位を失った第2王子殿下のご友人の栄誉に預かっていた若様のジェレマイアも後継者から外されて、領地に戻されることになったのだ。
リデルとジェレマイアは、幼い頃は交流があったが、彼が王都の貴族学院の入学前に婚約者を得たことで、それは途絶えていた。
次期領主の少年と平民の少女とでは身分が違う。
婚約も破棄となり、約束されていた輝かしい未来も失って。
再び、リデルの前に現れたジェレマイアは……
* 番外編の『最愛から2番目の恋』完結致しました
そちらの方にも、お立ち寄りいただけましたら、幸いです
私、異世界で獣人になりました!
星宮歌
恋愛
昔から、人とは違うことを自覚していた。
人としておかしいと思えるほどの身体能力。
視力も聴力も嗅覚も、人間とは思えないほどのもの。
早く、早くといつだって体を動かしたくて仕方のない日々。
ただ、だからこそ、私は異端として、家族からも、他の人達からも嫌われていた。
『化け物』という言葉だけが、私を指す呼び名。本当の名前なんて、一度だって呼ばれた記憶はない。
妹が居て、弟が居て……しかし、彼らと私が、まともに話したことは一度もない。
父親や母親という存在は、衣食住さえ与えておけば、後は何もしないで無視すれば良いとでも思ったのか、昔、罵られた記憶以外で話した記憶はない。
どこに行っても、異端を見る目、目、目。孤独で、安らぎなどどこにもないその世界で、私は、ある日、原因不明の病に陥った。
『動きたい、走りたい』
それなのに、皆、安静にするようにとしか言わない。それが、私を拘束する口実でもあったから。
『外に、出たい……』
病院という名の牢獄。どんなにもがいても、そこから抜け出すことは許されない。
私が苦しんでいても、誰も手を差し伸べてはくれない。
『助、けて……』
救いを求めながら、病に侵された体は衰弱して、そのまま……………。
「ほぎゃあ、おぎゃあっ」
目が覚めると、私は、赤子になっていた。しかも……。
「まぁ、可愛らしい豹の獣人ですわねぇ」
聞いたことのないはずの言葉で告げられた内容。
どうやら私は、異世界に転生したらしかった。
以前、片翼シリーズとして書いていたその設定を、ある程度取り入れながら、ちょっと違う世界を書いております。
言うなれば、『新片翼シリーズ』です。
それでは、どうぞ!
王妃の仕事なんて知りません、今から逃げます!
gacchi(がっち)
恋愛
側妃を迎えるって、え?聞いてないよ?
王妃の仕事が大変でも頑張ってたのは、レオルドが好きだから。
国への責任感?そんなの無いよ。もういい。私、逃げるから!
12/16加筆修正したものをカクヨムに投稿しました。
まだ20歳の未亡人なので、この後は好きに生きてもいいですか?
せいめ
恋愛
政略結婚で愛することもなかった旦那様が魔物討伐中の事故で亡くなったのが1年前。
喪が明け、子供がいない私はこの家を出て行くことに決めました。
そんな時でした。高額報酬の良い仕事があると声を掛けて頂いたのです。
その仕事内容とは高貴な身分の方の閨指導のようでした。非常に悩みましたが、家を出るのにお金が必要な私は、その仕事を受けることに決めたのです。
閨指導って、そんなに何度も会う必要ないですよね?しかも、指導が必要には見えませんでしたが…。
でも、高額な報酬なので文句は言いませんわ。
家を出る資金を得た私は、今度こそ自由に好きなことをして生きていきたいと考えて旅立つことに決めました。
その後、新しい生活を楽しんでいる私の所に現れたのは……。
まずは亡くなったはずの旦那様との話から。
ご都合主義です。
設定は緩いです。
誤字脱字申し訳ありません。
主人公の名前を途中から間違えていました。
アメリアです。すみません。
そのご寵愛、理由が分かりません
秋月真鳥
恋愛
貧乏子爵家の長女、レイシーは刺繍で家計を支える庶民派令嬢。
幼いころから前世の夢を見ていて、その技術を活かして地道に慎ましく生きていくつもりだったのに——
「君との婚約はなかったことに」
卒業パーティーで、婚約者が突然の裏切り!
え? 政略結婚しなくていいの? ラッキー!
領地に帰ってスローライフしよう!
そう思っていたのに、皇帝陛下が現れて——
「婚約破棄されたのなら、わたしが求婚してもいいよね?」
……は???
お金持ちどころか、国ごと背負ってる人が、なんでわたくしに!?
刺繍を褒められ、皇宮に連れて行かれ、気づけば妃教育まで始まり——
気高く冷静な陛下が、なぜかわたくしにだけ甘い。
でもその瞳、どこか昔、夢で見た“あの少年”に似ていて……?
夢と現実が交差する、とんでもスピード婚約ラブストーリー!
理由は分からないけど——わたくし、寵愛されてます。
※毎朝6時、夕方18時更新!
※他のサイトにも掲載しています。
王弟殿下の番様は溺れるほどの愛をそそがれ幸せに…
ましろ
恋愛
見つけた!愛しい私の番。ようやく手に入れることができた私の宝玉。これからは私のすべてで愛し、護り、共に生きよう。
王弟であるコンラート公爵が番を見つけた。
それは片田舎の貴族とは名ばかりの貧乏男爵の娘だった。物語のような幸運を得た少女に人々は賞賛に沸き立っていた。
貧しかった少女は番に愛されそして……え?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる