王宮侍女は穴に落ちる

斑猫

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帰路

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「星がきれい」

満天の星空を見上げる。
手にはワイングラス。
キンキンに冷えた白ワイン。肴は青竜が捕っ
てきた大きな海老のグリル。
マスタードソースが合う!

青竜は最初二匹だけ捕ってきてくれたのだ
けれど、私がヨダレを垂らしそうな勢いで喜
んだら再び海に潜ってもう三匹捕ってきて
くれた!海老大好き!
お蔭で一人半身ずつ。もう、プリプリで
甘くて旨味がきゅっと詰まって最高です。

食卓には私にグレン様。
黒竜に青竜。
コハクさんにコガネさん。
アカネにハクジ。
カナイロにカリナさん。

十人か。結構にぎやかね。

なぜカナイロにカリナさんがいるのか
というと。そう、ここはあの無人島だ。
明日には南大陸、アルトリアへと帰路に着く。
カナイロ達と別れの晩餐だ。

グレン様がキレて竜の里の『穴』と巣穴を
破壊したあの日からすでに十日。

……思わず遠い目になる。


いやぁ。怖かったわ。
マジギレのグレン様。

グレン様が『穴』に巣穴、竜の里を守る
結界を壊した事で竜達はやっと金竜が
自分達に敵意を持っている事を理解した。

「何故だ……金竜様は我らを導き慈しんで
くれる存在のはずだ。なのにどうして里を
壊したんだ」

「長老達が怒らせてたのでは?」

「そもそも竜化しない雌の金竜様の番が
金竜だったなんて……最初からコガネ様や
カナイロ様をあてがう意味はなかったんだ」

「あんなにお怒りに……里がなくなって
これから俺達はどうなるんだ?」

「金竜様が戻って下さったと思ったのに……」


竜達が震えながら不安を口にする。


「里の結界に巣穴を破壊するなど正気の
沙汰ではない!それにいつまで我らを
逆さに吊るしておく気だ!早く下ろせ!」

偉そうに怒鳴っているのはリョクだ。
すごいわ……マジギレのグレン様に物申せる
胆力があるなんて……。
いや、ひょっとしたらアホなだけかも……。

「ふん。とっと竜化するなりなんなり
自力で下りればいいだろう?」

グレン様が嘲笑う。
うわ~悪そうなお顔だわ。まさに魔王様。
そんなお顔も素敵!

「それができればもうやっておるわ!」

逆さに吊るされたままジタバタしながら
大声で怒鳴るリョク。
そういえば何で竜化しないんだろう?
ひょっとしてレアな金色蔦蔓に何か秘密が?

「あの蔦蔓。金竜の魔力を纏っているよな。
竜殺しの剣と同じような効果があるんじゃ
ないのか?魔力封じだろ……これ」

「え?そうなの?」

黒竜がさらっと私の疑問に答えをくれる。
成る程……竜殺しの剣と同じ効果か。
だから竜化できないし魔法が使えなくて
長老達は逆さ吊りのままなんだ。

「クソ!これだから人から竜になった奴は
信用できないんだ。使い物にならん!
大体、下賎な人ごときが竜になるなど
前から許せなかったのだ。
貴様らなど金竜なものか!おい!お前達!
そのニセモノの金竜モドキをさっさと殺せ!」

う~わ~やっぱりアホなんじゃ。
リョクの言葉にグレン様が険しいお顔だ。

グレン様はお怒りだけど……私は金竜から
聞いた寂しがり屋な竜の話を思い出す。

人と共にあるために竜から人へ変化した
人と番えるように体を変えた
寂しがり屋な竜。

今、人化する竜は彼の子孫な訳だよね。
寂しがり屋な竜とアイリにんげんの子孫。
下賎な人が竜になるのが許せないって……。

人の姿でジタバタするリョク。

人の姿をしている時点で人の血をひいている
のに……何でそんなに人間を蔑むの?
金竜が人の番のせいで死んだから?

でも、それ以前は人との間に子供を成して
いたのだから、この竜の里の竜達の中にも
片親が人な竜もそれなりにいるのでは?

金竜が死んで数百年。

竜と人との関係はこんなにも歪んで悪化
してしまったのね。
竜殺しの剣で狩られて黒い森どころか南大陸
からも追いやられてしまったのも大きいか……。


まあ、それにリョク達は極端な人嫌いなの
かもしれないけれど。

アカネやハクジ達は捕らえられた人の奴隷
の扱いに心を痛めていたし。
カナイロは人のカリナさんを番にしていた。
黒竜は陛下と和解したし。

まだ希望はあるのだろうか。

人と竜との関係は。


始まりは寂しさから。


寂しがり屋な竜は今の竜と人の関係を見たら
どう思うのだろう。

何だか悲しくなってきた。

始まりの寂しがり屋な竜も
金竜も

きっとこんな事を望んではいない。


「アニエス?」

「え?」

グレン様が心配そうに私に声をかける。
え?何?

「……泣いているのか?」

「え?」

泣いてる?あっ!本当だ。
いつの間にか涙が頬をつたっている。
もう、本当涙腺が弱いな私。
思わずゴシゴシと目を擦る。

「……アニエスを泣かせたな?」

え?寒!ヒィィィ!!
グ、グレン様、地面が凍ってます!

「下賎な人ごときか……そんなに人を卑下
するならお前は人になるな。ずっと竜の姿
でいればいい」

グレン様の右手の爪が一気に刃物ように
尖って伸びる。
そのまま自分の左腕を切り裂いた。
血飛沫が上がる。

「グレン様!何をして?!」

ボタボタとグレン様の左腕から血が流れる。
ヤダ!何で自分を傷つけたの!
かなりの出血だ。

……あれ?血が結晶化して宙に浮いている。
小さな赤い結晶。ルビーみたい。綺麗……。

グレン様の左腕の傷はもうない。
綺麗に治癒している。
でも流れ出た血はルビーの粒となって沢山
宙に浮きながらグレン様の周りを円になって
回っている。

え?何これ?


「罰を与える」

グレン様の低く静かな声と共にそのルビーが
物凄い速度で飛散すると弾丸のように
竜達に命中した。

悲鳴が上がる。
大勢の悲鳴が辺りに響き渡る。
竜達が全員、胸を押さえて苦しんでいる。
蹲る者、転げ回る者もいる。
ヤダ!キハダやアカネ達も苦しんでいる
じゃない!

何が起こっているの?
黒竜や青竜を見ると彼らは大丈夫だ。
二人とも口をポカンと開けて驚いている。

苦しんだのはそんなに長い時間ではなかった
けれど、それが治まった後の方が大変だった。
皆の首から肩にかけて見馴れた黒い刺青が……。
これって……。

「竜殺しの剣の支配?」

私の呟きにグレン様がニヤリと笑う。
え、えええ~~!!

何で?グレン様の血で竜殺しの剣と同じ効果?
いや、いや何してるの魔王!
全員に剣の支配なんて。

「グレン様、何で?」

「帝国の魔術師に作れて金竜である俺に
竜殺しの剣が作れない訳はないだろう?」

相変わらずハイスペックな……
いや、そうじゃなく。

「違います!理由ですよ理由!何で竜達に
剣の支配を?」

「何だこれは!おい、これを消せ!」

グレン様に訳を聞いていたらリョクの大声で
遮られる。
自分の意思はあるわけね。
刺青の範囲からみても剣二本分の支配か。

それにしてもリョク。
よくこの状況でグレン様に食って掛かれるな。
逆に感心するわ。

「竜達よ。今後、人に危害を加える事を
禁ずる。但し生存が脅かされる場合は
防衛する事は許す。
里に残るのは自由とするが里にいる限り
各自、出来る限り竜石の浄化を毎日行う事。
それが嫌なら里にいる事を許さん。
それと『穴』及び巣穴を作る事を禁ずる。
加えてリョク!
お前は人の姿になる事を禁ずる。
そんなに人が嫌いなら人化などするな!」

グレン様が言い終わるとリョクの人化が
解けて竜化する。
蔦蔓がしゅるしゅるとリョクから離れる。
大きな緑色の竜が姿を現す。

「竜石の浄化だと?冗談じゃない!ふん!
里を離れればいいのだろう?
金竜モドキに支配された里など誰がいたい
ものか!出ていけばいいのだろ!」

リョクは翼を広げると飛び立ち。
あっという間に空の彼方へと姿を消した。

「グレン様。リョクの奴、行っちゃいました
けれど……これで良かったんですか?」

竜殺しの剣の支配で人に危害は加えないとは
いえ、竜の姿で野放し。
いいのかしら?グレン様は無言でリョクが
消えた空を睨んでいる。

「あの姿だ。人に危害を加えられないうえ
に巣穴も持てない。居場所は限られる。
案外、生きにくいと思うぞ。それにしても
大鉈振るったなぁ。全員漏れなく支配とは。
チビすけがあそこで泣くから……」

黒竜が呆れたよう私を見ながら言う。
え?何?黒竜、私のせいだと言うの?

「あ~絶妙のタイミングで泣いたよな」

青竜がうんうん頷く。
え?何それひどくない?
何で私のせいなの!

「おい。アニエスに余計な事を言うな。
お前らも支配されたいか?」

黒竜と青竜は青い顔でプルプル首を振る。

グレン様が私を引き寄せ瞼に口付ける。

「またリスがウサギになったな」

グレン様が私を抱き上げくるくると回る。
わあ~グレン様のくるくるだ。
ふふふ。

「よし。笑ったな」

グレン様がいい顔で笑う。
良かった。もう怖いお顔じゃない。
怒ったお顔より笑顔の方がいい。
私はほっと体の力を抜いた。

気を張っていたけれどそろそろ限界だ。
竜石の浄化で受けたダメージに体が悲鳴を
あげていた。

「グレン様、そろそろ私、ダメみたい。
寝てもいい?」

さらりと頭を撫でられる。

「竜達……ずっと『穴』や巣穴を作れない
のはいくらなんでも可哀想。一月ぐらいに
してあげて?」

途端にムッとした顔になるグレン様。
もう、しょうがないなぁ。
私はグレン様に口付ける。
軽く舌を入れ、ゆっくりキスをした。

「一月じゃさすがに軽い。一年だ」

ほんのり頬の赤いグレン様が言う。
う~ん。一年か。
ま、ずっと禁止されるよりはいいか。

「ありがとう。グレン様」

私はもう一度軽くグレン様にキスをして
そのまま意識を手放した。

青い顔をした竜達に囲まれながら
バカップルぶりを発揮する私達。

「イチャつくならどっか他所でやれよ……」

青竜の呟きが遠くで聞こえた気がした。





あ~白ワインがおいしい。
無人島の夜は更ける。

竜殺しの剣の支配が消えたコガネさんが
カナイロの頭をワシワシ撫でている。
酔っぱらっているな~。

あの頭の撫で方、マリーナ義母様と同じだ。
マリーナ義母様に会いたいな。
あと一週間もしないうちに会えるけど。

見上げれば満天の星空。

あの後、気を失うように眠りについた私は
次に目が覚めたらこの無人島にいた。
グレン様から魔力を分けてもらっても
七日間、目を覚まさなかったらしい。

目が覚めた時、グレン様に強く抱きしめ
られた。
また心配させてしまった。ごめんなさい。

眠りに落ちる前に竜達の減刑に成功した私。
竜達の『穴』や巣穴を作れない期間は一年。
ただしその前に飛び去ったリョクは
無期限に禁止されたままだ。

まあ、いいか。リョクだし。

竜達は戸惑いながらも罰を受け入れた。
キハダは長い間の引きこもりをやめて
里の再建に責任を持つとグレン様に誓った。

コキヒやアサギ……奴隷を助けようとした
アカネの仲間達もキハダに協力を申し出た。
若い世代の方が考え方が柔軟だ。

ただ、竜石の浄化はなかなか大変みたい。

毎日、全員、竜石の浄化に強制参加。
まだ、私が浄化したばかりで大して淀みは
溜まっていないけれど浄化にはかなりの
苦痛を伴う。
それが嫌で里を去る者もいるらしい。
その多くが元長老達だ。

根性ないな~。でも竜の数が減れば
淀みも減るんだよね。
それもありかな?

「竜達はなんでもかんでも金竜に頼り過ぎ
たんだ。困れば金竜が何とかしてくれる。
金竜が死んでいなくなっても自分達で問題を
解決せず、新たな金竜を求めた。
金竜は甘やかし過ぎた。
強い者にただ依存して生きる事を長い間、
続け過ぎて成長する事なくここまできて
しまった。いい加減変わるべきだ。
長い寿命の割りに成熟度が低い。
高い魔力を持ちながら子供のような未熟さを
持つ。竜は歪な生き物だな」

グレン様が淡々と語る。

子供……確かにそんな感じだ。
歪で未熟な生き物か。
寿命は短いけれど人も似たようなものだ。
互いに歩み寄り。
一緒に成長していけたらいいな。


「人との関わりもよく考えるように言い
含めてきた。人と共に生きるのか、人を拒み
緩やかに数を減らし滅んでいくのか。
それは奴らの自由だ。ただ、個人の選択を
一族として否定する事は禁じてきた」

そう言いながらグレン様がカナイロとカリナ
さんを見る。一族に反対されて駆け落ちして
きたカナイロとカリナさん。

──うん。
個人の選択肢が広がるといいよね。

個人の選択と言えばコガネさんにコハクさん。
私が意識を取り戻してから空間収納から
取り出した。

コガネさんの竜殺しの剣の支配は消えていて
コハクさん共々カナイロと親子の再会。
カリナさんを含め泣いて喜んだ。

もう、弾圧される事はなくなったけれど
コガネさん、コハクさん夫妻は私達と
南大陸に行くことを。
カナイロ、カリナさん夫妻はこの島で
暮らす事を選択をした。

「会おうと思えば一週間もかからずに飛ん
で会いに来れるさ。
どこにいてもお前達の幸せを祈っているよ」

コガネさんがカナイロの肩を抱いて笑う。
コハクさんは照れるカリナさんを優しく
抱きしめて微笑む。
いい親子だな。


南大陸にはアカネとハクジも一緒に行く事に
なった。
黒い森に行ってみたいらしい。
それに人との関わり方を学びたいと言う。

北大陸の人達は竜を畏怖し過ぎている。
もう少しおおらかな気質の人から付き合いを
始めた方がいいだろうと
私の地元、黒い森に隣接する北辺境に
招く事にした。

アカネ達が助けようとした奴隷とされた
人達は南大陸のアルトリアと親交のある
豪族に保護と療養。
今後の身の振り方をお願いしてきた。

グレン様が資金援助をしてくれたみたい。
さすが富豪。

性奴隷と怒り狂った私だけれど、実情は
少し違った。
不特定多数で蹂躙したのかと思ったが
実際は決まった相手がいた。
彼女達は長老達の番となるべき存在だった。
ただ、長老達はそれを認められず番わずに
奴隷として無理矢理囲った。
長老達が恋した女性達。

本来なら優しく囲いたいのに変な意地を
張ったばかりに虐げた。
それでも手放せない。
歪んだ愛情の対象。

かなり衰弱していた人もいた。
許される事ではないけれど……なんでこんな
事になってしまったのだろう。
やるせない。

女性から遠ざけられて半狂乱になった者も
いたという。
素直に自分の気持ちを認めて優しく
愛を乞えばもっと違う未来があったのに。

本当に歪んでいる。
この未熟なくせに膨大な力を持つ竜。

──金竜。
あなたのように無条件に愛し甘やかすような
関わり方はしないけれど。
その行く末を見守るぐらいはしていきたい。

折角、無駄に長い寿命になったのだ。
これぐらいの使命をもってもいいよね?

私は人に生まれて竜になった。
竜化はしないし……心は人だけれど
存在はきっともう人じゃない。

人と竜の行く末に何かしらの一助ができたら
幸いだ。ちっぽけな私に何ができるのかは
分からないけれど
隣には頼もしい魔王がいるもの。

私は隣の席のグレン様を見る。
蕩けるような甘い笑顔で私を見つめてくる
グレン様。

はあ~~!そのお顔は反則です。
好きだなぁ。
改めて恋心を自覚する。

うん。この人が隣にいてくれる限り
怖いものはないな。

テーブルに乗せたグレン様の手にそっと
自分の手を重ねる。
するときゅっと重ねた手を握られた。

「グレン様、大好きです」

「ありがとう。俺もアニエスが大好きだ」

ひゃあ~甘い!何その優しい顔。

自分で仕掛けたクセに被弾したわ!
ドキドキしながら誤魔化すように
空を見上げる。

満天の星を眺めながら
白ワインを一気に飲み干す。
酔いではない火照りに喉を通過する冷たい
白ワインがおいしい。

忘れられない味となった。









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