21 / 29
21
しおりを挟む
「……お嬢様、落ち着いてください。そのように扇子を振り回しても、マリアンヌ様は戻ってきません」
公爵邸のテラスで、セバスが静かに、しかし冷徹に告げた。
リペの手には、一通の無作法な手紙が握りしめられていた。
「落ち着いていられますか! 見てなさいセバス、この汚い筆跡! 『聖女マリアンヌは預かった。返して欲しくば、婚約破棄の受諾書を持って一人で来い』……ですって!?」
リペは憤怒のあまり、テーブルをバン! と叩いた。
「私の可愛い、いじめ甲斐のあるマリアンヌ様を攫うなんて……! これこそ、本物の悪党のすることですわ!」
「犯人はグロス侯爵の息子のようですね。リペ様が殿下に溺愛されているのを妬み、マリアンヌ様を人質にして、お嬢様を陥れようという魂胆でしょう。実に古典的で下俗な手法です」
セバスの報告を聞き、リペの瞳に怪しい光が宿った。
「……いいですわ、セバス。これこそ、私が待ち望んでいたシチュエーションですわ!」
「……はい?」
「私が一人で乗り込み、人質を盾に脅され、『ああ、マリアンヌ様を助けるためなら、私はどんな悪事にでも手を染めますわ!』と叫んで、実際に国宝を盗み出す……。これぞ、愛のために堕ちる真の悪役令嬢の姿ではありませんこと!?」
リペは、悲劇のヒロイン……ではなく、悲劇の悪役を演じる自分を想像して、恍惚とした表情を浮かべた。
「お嬢様。マリアンヌ様を助けに行くという動機が、すでに聖人のそれなのですが、お気づきですか?」
「うるさいですわ! 動機はどうあれ、結果として私が犯罪に手を染めればいいのですわ! セバス、今すぐ現場の廃倉庫へ向かいますわよ!」
一方その頃、王宮では――。
カイル殿下が、リペの部屋から消えた一本の扇子を見て、激しい震えに襲われていた。
「……リペが、僕に黙って外出しただと? それも、あのマリアンヌ嬢を救い出すために、たった一人で?」
側に控える騎士たちが、殿下から放たれる冷気(物理的な殺気)に震え上がっている。
「……リペ。君はどこまで勇敢なんだ。僕という盾があるのに、あえて自分を危険に晒して、弱き者を救おうとするなんて……。ああ、愛している。君を傷つけようとする有象無象、一匹残らずこの世から消し去らなければならないね」
カイルは壁に掛けられた伝説の宝剣を手に取ると、感情の消えた瞳で微笑んだ。
「全軍に伝えろ。演習は中止だ。今から、僕の愛するリペを不安にさせた愚か者たちに、『本当の地獄』を見せに行く。……一分遅れるごとに、一人の騎士を解雇すると思え」
「は、ははーっ!」
王宮から、嵐のような騎馬隊が飛び出していった。
そんなこととは露知らず、リペは王都外れの廃倉庫の前に立っていた。
「おーっほっほっほ! そこの下品な悪党たち、出てきなさいな! このリペ・ブランシュ様がお相手して差し上げますわ!」
リペは扇子をバサァ! と広げ、薄暗い倉庫の中へと足を踏み入れた。
奥では、椅子に縛り付けられたマリアンヌが、涙目でリペを見つめている。
「お、お姉様……! 来てくださったのですね!」
「黙っていなさい、マリアンヌ様! 貴女を助けに来たわけではありませんわ。ただ、私の方が悪役として格上であることを、この小悪党たちに教えに来ただけですのよ!」
そこへ、下卑た笑い声を上げながら、数人の男たちが姿を現した。
「ひゃっはっは! 本当に一人で来るとはな、公爵令嬢! さあ、大人しくその美しい顔を絶望に染めてもらおうか!」
「絶望? 笑わせないでくださいまし。私の絶望は、殿下の愛が重すぎて自由がないことだけですわ!」
リペは凛とした態度で、賊たちを睨みつけた。
(さあ……! ここからどうやって『悪事』に繋げるか……。あ、そうだわ! 『賊と手を組んで国を乗っ取る』という提案をしてみるのはどうかしら!?)
リペの迷走する思考とは裏腹に、事態はさらに深刻な方向へと動き出そうとしていた。
公爵邸のテラスで、セバスが静かに、しかし冷徹に告げた。
リペの手には、一通の無作法な手紙が握りしめられていた。
「落ち着いていられますか! 見てなさいセバス、この汚い筆跡! 『聖女マリアンヌは預かった。返して欲しくば、婚約破棄の受諾書を持って一人で来い』……ですって!?」
リペは憤怒のあまり、テーブルをバン! と叩いた。
「私の可愛い、いじめ甲斐のあるマリアンヌ様を攫うなんて……! これこそ、本物の悪党のすることですわ!」
「犯人はグロス侯爵の息子のようですね。リペ様が殿下に溺愛されているのを妬み、マリアンヌ様を人質にして、お嬢様を陥れようという魂胆でしょう。実に古典的で下俗な手法です」
セバスの報告を聞き、リペの瞳に怪しい光が宿った。
「……いいですわ、セバス。これこそ、私が待ち望んでいたシチュエーションですわ!」
「……はい?」
「私が一人で乗り込み、人質を盾に脅され、『ああ、マリアンヌ様を助けるためなら、私はどんな悪事にでも手を染めますわ!』と叫んで、実際に国宝を盗み出す……。これぞ、愛のために堕ちる真の悪役令嬢の姿ではありませんこと!?」
リペは、悲劇のヒロイン……ではなく、悲劇の悪役を演じる自分を想像して、恍惚とした表情を浮かべた。
「お嬢様。マリアンヌ様を助けに行くという動機が、すでに聖人のそれなのですが、お気づきですか?」
「うるさいですわ! 動機はどうあれ、結果として私が犯罪に手を染めればいいのですわ! セバス、今すぐ現場の廃倉庫へ向かいますわよ!」
一方その頃、王宮では――。
カイル殿下が、リペの部屋から消えた一本の扇子を見て、激しい震えに襲われていた。
「……リペが、僕に黙って外出しただと? それも、あのマリアンヌ嬢を救い出すために、たった一人で?」
側に控える騎士たちが、殿下から放たれる冷気(物理的な殺気)に震え上がっている。
「……リペ。君はどこまで勇敢なんだ。僕という盾があるのに、あえて自分を危険に晒して、弱き者を救おうとするなんて……。ああ、愛している。君を傷つけようとする有象無象、一匹残らずこの世から消し去らなければならないね」
カイルは壁に掛けられた伝説の宝剣を手に取ると、感情の消えた瞳で微笑んだ。
「全軍に伝えろ。演習は中止だ。今から、僕の愛するリペを不安にさせた愚か者たちに、『本当の地獄』を見せに行く。……一分遅れるごとに、一人の騎士を解雇すると思え」
「は、ははーっ!」
王宮から、嵐のような騎馬隊が飛び出していった。
そんなこととは露知らず、リペは王都外れの廃倉庫の前に立っていた。
「おーっほっほっほ! そこの下品な悪党たち、出てきなさいな! このリペ・ブランシュ様がお相手して差し上げますわ!」
リペは扇子をバサァ! と広げ、薄暗い倉庫の中へと足を踏み入れた。
奥では、椅子に縛り付けられたマリアンヌが、涙目でリペを見つめている。
「お、お姉様……! 来てくださったのですね!」
「黙っていなさい、マリアンヌ様! 貴女を助けに来たわけではありませんわ。ただ、私の方が悪役として格上であることを、この小悪党たちに教えに来ただけですのよ!」
そこへ、下卑た笑い声を上げながら、数人の男たちが姿を現した。
「ひゃっはっは! 本当に一人で来るとはな、公爵令嬢! さあ、大人しくその美しい顔を絶望に染めてもらおうか!」
「絶望? 笑わせないでくださいまし。私の絶望は、殿下の愛が重すぎて自由がないことだけですわ!」
リペは凛とした態度で、賊たちを睨みつけた。
(さあ……! ここからどうやって『悪事』に繋げるか……。あ、そうだわ! 『賊と手を組んで国を乗っ取る』という提案をしてみるのはどうかしら!?)
リペの迷走する思考とは裏腹に、事態はさらに深刻な方向へと動き出そうとしていた。
0
あなたにおすすめの小説
婚約破棄で悪役令嬢を辞めたので、今日から素で生きます。
黒猫かの
恋愛
「エリー・オルブライト! 貴様との婚約を破棄する!」
豪華絢爛な夜会で、ウィルフレッド王子から突きつけられた非情な宣告。
しかし、公爵令嬢エリーの心境は……「よっしゃあ! やっと喋れるわ!!」だった。
村娘になった悪役令嬢
枝豆@敦騎
恋愛
父が連れてきた妹を名乗る少女に出会った時、公爵令嬢スザンナは自分の前世と妹がヒロインの乙女ゲームの存在を思い出す。
ゲームの知識を得たスザンナは自分が将来妹の殺害を企てる事や自分が父の実子でない事を知り、身分を捨て母の故郷で平民として暮らすことにした。
村娘になった少女が行き倒れを拾ったり、ヒロインに連れ戻されそうになったり、悪役として利用されそうになったりしながら最後には幸せになるお話です。
※他サイトにも掲載しています。(他サイトに投稿したものと異なっている部分があります)
アルファポリスのみ後日談投稿しております。
記憶を失くした悪役令嬢~私に婚約者なんておりましたでしょうか~
Blue
恋愛
マッツォレーラ侯爵の娘、エレオノーラ・マッツォレーラは、第一王子の婚約者。しかし、その婚約者を奪った男爵令嬢を助けようとして今正に、階段から二人まとめて落ちようとしていた。
走馬灯のように、第一王子との思い出を思い出す彼女は、強い衝撃と共に意識を失ったのだった。
逆行した悪女は婚約破棄を待ち望む~他の令嬢に夢中だったはずの婚約者の距離感がおかしいのですか!?
魚谷
恋愛
目が覚めると公爵令嬢オリヴィエは学生時代に逆行していた。
彼女は婚約者である王太子カリストに近づく伯爵令嬢ミリエルを妬み、毒殺を図るも失敗。
国外追放の系に処された。
そこで老商人に拾われ、世界中を見て回り、いかにそれまで自分の世界が狭かったのかを痛感する。
新しい人生がこのまま謳歌しようと思いきや、偶然滞在していた某国の動乱に巻き込まれて命を落としてしまう。
しかし次の瞬間、まるで夢から目覚めるように、オリヴィエは5年前──ミリエルの毒殺を図った学生時代まで時を遡っていた。
夢ではないことを確信したオリヴィエはやり直しを決意する。
ミリエルはもちろん、王太子カリストとも距離を取り、静かに生きる。
そして学校を卒業したら大陸中を巡る!
そう胸に誓ったのも束の間、次々と押し寄せる問題に回帰前に習得した知識で対応していたら、
鬼のように恐ろしかったはずの王妃に気に入られ、回帰前はオリヴィエを疎ましく思っていたはずのカリストが少しずつ距離をつめてきて……?
「君を愛している」
一体なにがどうなってるの!?
愛のない貴方からの婚約破棄は受け入れますが、その不貞の代償は大きいですよ?
日々埋没。
恋愛
公爵令嬢アズールサは隣国の男爵令嬢による嘘のイジメ被害告発のせいで、婚約者の王太子から婚約破棄を告げられる。
「どうぞご自由に。私なら傲慢な殿下にも王太子妃の地位にも未練はございませんので」
しかし愛のない政略結婚でこれまで冷遇されてきたアズールサは二つ返事で了承し、晴れて邪魔な婚約者を男爵令嬢に押し付けることに成功する。
「――ああそうそう、殿下が入れ込んでいるそちらの彼女って実は〇〇ですよ? まあ独り言ですが」
嘘つき男爵令嬢に騙された王太子は取り返しのつかない最期を迎えることになり……。
※この作品は過去に公開したことのある作品に修正を加えたものです。
またこの作品とは別に、他サイトでも本作を元にしたリメイク作を別のペンネー厶で公開していますがそのことをあらかじめご了承ください。
悪役令嬢ですが、当て馬なんて奉仕活動はいたしませんので、どうぞあしからず!
たぬきち25番
恋愛
気が付くと私は、ゲームの中の悪役令嬢フォルトナに転生していた。自分は、婚約者のルジェク王子殿下と、ヒロインのクレアを邪魔する悪役令嬢。そして、ふと気が付いた。私は今、強大な権力と、惚れ惚れするほどの美貌と身体、そして、かなり出来の良い頭を持っていた。王子も確かにカッコイイけど、この世界には他にもカッコイイ男性はいる、王子はヒロインにお任せします。え? 当て馬がいないと物語が進まない? ごめんなさい、王子殿下、私、自分のことを優先させて頂きまぁ~す♡
※マルチエンディングです!!
コルネリウス(兄)&ルジェク(王子)好きなエンディングをお迎えください m(_ _)m
2024.11.14アイク(誰?)ルートをスタートいたしました。
楽しんで頂けると幸いです。
※他サイト様にも掲載中です
私が嫌いなら婚約破棄したらどうなんですか?
きららののん
恋愛
優しきおっとりでマイペースな令嬢は、太陽のように熱い王太子の側にいることを幸せに思っていた。
しかし、悪役令嬢に刃のような言葉を浴びせられ、自信の無くした令嬢は……
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる