婚約破棄を申し込むも、殿下の説得がガチすぎて詰む?

ちゅんりー

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「……は、はくちゅんっ! ……うう、頭がズキズキしますわ。これはきっと、悪行の報いではなく、単なる不摂生の結果ですわね」

離宮の豪華なベッドの中で、リペは真っ赤な鼻を啜りながら、力なく呟いた。

昨夜の「添い寝攻防戦」による一睡もできない極限状態と、明け方の冷え込み。それが、か弱い公爵令嬢の体にトドメを刺したのだ。

「お嬢様。体温計が『悪役令嬢引退勧告レベル』の熱を示しております。大人しく寝ていてください」

セバスが冷たいタオルをリペの額に乗せる。

「ふ、ふふん……。いいですわ、セバス。これこそチャンスですわよ。病気で弱り、鼻水を垂らし、顔色も最悪な私を見れば、さしもの殿下も幻滅するはずですわ!」

「その状態でまだ婚約破棄を狙うとは、ある意味、執念の化身ですね。……おや、噂をすれば、嵐のような足音が聞こえてきましたよ」

ババーン! と、鼓膜が破れそうな勢いで扉が開け放たれた。

そこに立っていたのは、医者のカバンを両手に抱え、自身も真っ青な顔をしたカイル殿下だった。

「リペ! リペは無事か!? 国中の名医を百人招集した! 今、外の湖で待機させている!」

「殿下、落ち着いてくださいまし! ただの風邪ですわ! 百人も来たらこの離宮が沈みますわよ!」

カイルはベッドサイドに滑り込むように膝をつくと、リペの熱い手を両手で包み込んだ。

「……ああ、なんてことだ。僕の愛が足りないばかりに、風邪のウィルスごときを君の結界の中に招き入れてしまうなんて……! 代われるものなら、僕が今すぐそのウィルスを引き受けたい!」

「殿下、見なさいな! 今の私の顔を! 髪はボサボサ、鼻は真っ赤、おまけに口調も力強さがありませんわ! こんな醜い女、将来の王妃にふさわしくありませんわよね!?」

リペは必死に「自分がいかに無様か」をアピールした。

カイルはリペの顔をじっと見つめると、ボロボロと大粒の涙を流し始めた。

「……神よ。あなたはなぜ、これほどまでに残酷な試練を彼女に与えるのか。……リペ、今の君は、まるで『雨に濡れて震える一輪の白百合』のようだ。その儚さ、その弱々しさ……僕の庇護欲が爆発して、王位すら投げ捨てて君を一生抱きしめていたくなる!」

「逆効果ですわーっ! 庇護欲じゃなくて幻滅してくださいまし!」

「幻滅? バカを言わないでくれ。鼻を啜るその音さえ、僕には天使が鳴らす銀のベルの音に聞こえるよ。……よし、今日から一週間、公務はすべて中止だ。僕が不眠不休で君を看病する」

「……はい? 殿下、国政はどうするんですの?」

「セバス。宰相に伝えろ。これからはリペの看病の合間に、ベッドの隣で書類に目を通すと。リペの寝息を聞きながらの方が、良い政策が思い浮かぶからな」

「畏まりました。……お嬢様、残念ですが、殿下は今、お嬢様の病気を『聖なる儀式』か何かだと勘違いされています。逃げ場はありませんよ」

セバスが淡々と告げると、カイルはリペの口元に、スプーンで掬ったお粥を差し出した。

「さあ、リペ。『あーん』だ。君が食べ終わるまで、僕は一歩もここを動かないよ」

「は、恥ずかしいですわ……! 自分で食べられますわよ!」

「ダメだ。君は今、世界で一番大切にされるべき『悪役令嬢(自称)』なんだからね。ほら、冷めないうちに。……あーん」

リペは真っ赤な顔で(熱のせいだけではない)、震えながら口を開けた。

(……なんで。嫌われるために風邪を引いたはずなのに、なんで王宮の全機能をベッドサイドに集約させてしまっているんですの……!)

結局、リペが回復するまでの三日間、カイルは本当に一睡もせず、リペの手を握り続けた。

リペが眠っている間、カイルが彼女の寝顔に向かって「愛している、リペ。君がいない世界なんて、砂糖の入っていないお菓子のようだ」と延々と愛の詩を捧げていたことを、彼女は後にセバスから聞かされることになる。

「……セバス。私、もう病気になるのも辞めますわ」

「賢明ですね、お嬢様。殿下の愛は、免疫力をも凌駕する猛毒ですから」

リペの健康は取り戻されたが、彼女の自由への距離は、またしても殿下の献身によって大きく引き離されてしまったのである。
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