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「……うぐっ……、もう、……もう食べられない……」
王宮の豪華な私室で、レモン殿下は天を仰ぎながら力なく呟いた。
かつての凛々しい姿はどこへやら、現在の殿下は頬がこけ、肌にはぶつぶつとした吹き出物が目立ち、目は虚ろである。
その視線の先には、毒々しいほど鮮やかなピンク色をした「何か」が、皿の上でぶるぶると震えていた。
「あらぁ、殿下ぁ。どうしたんですのぉ? これはシュガー特製の『ベリー・ベリー・ホイップ・マシュマロ・リゾット』ですわよぉ」
シュガーが、砂糖を煮詰めたような甘ったるい声でスプーンを差し出す。
リゾットという名目だが、米の代わりにマシュマロを使い、仕上げにイチゴシロップをこれでもかとぶっかけた代物だ。
「……シュガー。昨日も、その、三食すべてが甘いものだった。朝はチョコ掛けワッフル、昼は生クリームのサンドイッチ、夜は……夜は何だったか思い出そうとするだけで胃が焼けるようだ」
「もう、殿下ったらぁ。甘いものは幸せの証ですのぉ! マーマレード様みたいな、あの酸っぱくて苦い『修行僧のような食事』を続けていたら、心が荒んでしまいますわぁ」
「……修行僧。……いや、今となっては、あの苦味がどれほど慈悲深かったか……」
レモン殿下は、口の中に広がる強烈な甘みに耐えきれず、顔を覆った。
そこへ、一人の侍従が真っ青な顔をして入ってきた。
「で、殿下! 失礼いたします! 王立医療団からの最終報告書が届きました!」
「報告書だと? 私の体調不良の原因がわかったのか!」
「はい! ……診断名は『深刻なビタミン欠乏症』および『急性糖分過多による感覚麻痺』です。さらに、騎士団の半数が口内炎でまともに声が出せず、訓練が中止に追い込まれております!」
「なんだと!? 口内炎ごときで訓練を休むとは何事だ!」
「殿下、笑い事ではありません。皆、シュガー様が提供してくださる『シュガー・エナジー・バー』という名の砂糖の塊しか食べていないのです。野菜も果物も、マーマレード様がいなくなってからというもの、すべて供給が止まっております!」
侍従の声は悲痛だった。
かつてマーマレードが裏で手を回し、健康管理のために全国から取り寄せていた新鮮な柑橘類。
それが今や、すべて隣国の「アールグレイ公爵領」へと流れているのだ。
「……うっ。……誰か、誰か私にオレンジを……。酸っぱい、あの顔が歪むような酸味をくれ……」
「殿下ぁ、そんなのダメですわぁ! 酸っぱいものを食べると、お顔がシワシワになっちゃいますのぉ。ほら、この特製キャラメル・ソースをかけたドーナツを召し上がれぇ!」
シュガーが追い打ちをかけるように、油ギトギトのドーナツを殿下の口元へ運ぶ。
殿下は悲鳴に近い声を上げ、椅子から転げ落ちた。
「ひ、退け! その毒物を私の視界から退けぇぇ!!」
「毒物だなんて失礼ですわぁ! ひどい、ひどいですわぁ殿下ぁ!」
シュガーが泣き崩れる。かつてなら殿下も「ああ、可愛いシュガー」と抱き寄せたことだろう。
だが今の殿下には、その泣き声さえも、耳元でかき回されるホイップクリームの音のように不快だった。
「……おい、侍従。……例の噂は本当なのか」
殿下は、床に伏したまま、這うような声で尋ねた。
「例の噂……。隣国の『ビターオレンジの森』で、黄金の指を持つ聖女が、死者をも蘇らせる魔法のジャムを作っているというお話ですか?」
「そうだ。その聖女の名前は……」
「……はい。マーマレード・オレンジ様だということが、ほぼ確定しております」
レモン殿下の肩が、ビクリと震えた。
「……あいつ、……あいつ、あんな呪われた森で死んでいるはずではなかったのか。……なぜ、なぜそんなに称賛されているんだ」
「それだけではありません。今や隣国だけでなく、我が国の商人たちもこぞって彼女のジャムを密輸しようとしております。……あまりに美味すぎて、一度食べると王宮の配給食(シュガー監修)が家畜の餌にしか見えなくなるとか」
「家畜の餌ぉ!? 許せませんわぁ!」
シュガーが扇子を振り回して暴れるが、殿下の耳には届いていない。
殿下の脳裏に、かつてマーマレードが「はい、殿下。新作です」と差し出していた、あの宝石のような瓶の輝きが蘇っていた。
「……私は、間違っていない。あんな、料理しか能がない女……。……でも、……でも胃が……私の胃が、彼女を呼んでいるのだ……」
「殿下! しっかりしてください殿下!」
レモン殿下は、最後の一切れのドーナツを視界に捉えたまま、ついに意識を失った。
彼の夢の中に現れたのは、優しく微笑むマーマレードではなかった。
大きな銅鍋を持って、「ジャム代を払え!」と追いかけてくる、悪魔のようなマーマレードの姿だった。
「……お、……オレンジ……オレンジを……」
王子のうわ言が、虚しく豪華な部屋に響く。
その頃、当のマーマレードは、隣国の王宮で最高級の晩餐会を準備し、さらなる栄光の階段を駆け上がっていたのである。
王宮の豪華な私室で、レモン殿下は天を仰ぎながら力なく呟いた。
かつての凛々しい姿はどこへやら、現在の殿下は頬がこけ、肌にはぶつぶつとした吹き出物が目立ち、目は虚ろである。
その視線の先には、毒々しいほど鮮やかなピンク色をした「何か」が、皿の上でぶるぶると震えていた。
「あらぁ、殿下ぁ。どうしたんですのぉ? これはシュガー特製の『ベリー・ベリー・ホイップ・マシュマロ・リゾット』ですわよぉ」
シュガーが、砂糖を煮詰めたような甘ったるい声でスプーンを差し出す。
リゾットという名目だが、米の代わりにマシュマロを使い、仕上げにイチゴシロップをこれでもかとぶっかけた代物だ。
「……シュガー。昨日も、その、三食すべてが甘いものだった。朝はチョコ掛けワッフル、昼は生クリームのサンドイッチ、夜は……夜は何だったか思い出そうとするだけで胃が焼けるようだ」
「もう、殿下ったらぁ。甘いものは幸せの証ですのぉ! マーマレード様みたいな、あの酸っぱくて苦い『修行僧のような食事』を続けていたら、心が荒んでしまいますわぁ」
「……修行僧。……いや、今となっては、あの苦味がどれほど慈悲深かったか……」
レモン殿下は、口の中に広がる強烈な甘みに耐えきれず、顔を覆った。
そこへ、一人の侍従が真っ青な顔をして入ってきた。
「で、殿下! 失礼いたします! 王立医療団からの最終報告書が届きました!」
「報告書だと? 私の体調不良の原因がわかったのか!」
「はい! ……診断名は『深刻なビタミン欠乏症』および『急性糖分過多による感覚麻痺』です。さらに、騎士団の半数が口内炎でまともに声が出せず、訓練が中止に追い込まれております!」
「なんだと!? 口内炎ごときで訓練を休むとは何事だ!」
「殿下、笑い事ではありません。皆、シュガー様が提供してくださる『シュガー・エナジー・バー』という名の砂糖の塊しか食べていないのです。野菜も果物も、マーマレード様がいなくなってからというもの、すべて供給が止まっております!」
侍従の声は悲痛だった。
かつてマーマレードが裏で手を回し、健康管理のために全国から取り寄せていた新鮮な柑橘類。
それが今や、すべて隣国の「アールグレイ公爵領」へと流れているのだ。
「……うっ。……誰か、誰か私にオレンジを……。酸っぱい、あの顔が歪むような酸味をくれ……」
「殿下ぁ、そんなのダメですわぁ! 酸っぱいものを食べると、お顔がシワシワになっちゃいますのぉ。ほら、この特製キャラメル・ソースをかけたドーナツを召し上がれぇ!」
シュガーが追い打ちをかけるように、油ギトギトのドーナツを殿下の口元へ運ぶ。
殿下は悲鳴に近い声を上げ、椅子から転げ落ちた。
「ひ、退け! その毒物を私の視界から退けぇぇ!!」
「毒物だなんて失礼ですわぁ! ひどい、ひどいですわぁ殿下ぁ!」
シュガーが泣き崩れる。かつてなら殿下も「ああ、可愛いシュガー」と抱き寄せたことだろう。
だが今の殿下には、その泣き声さえも、耳元でかき回されるホイップクリームの音のように不快だった。
「……おい、侍従。……例の噂は本当なのか」
殿下は、床に伏したまま、這うような声で尋ねた。
「例の噂……。隣国の『ビターオレンジの森』で、黄金の指を持つ聖女が、死者をも蘇らせる魔法のジャムを作っているというお話ですか?」
「そうだ。その聖女の名前は……」
「……はい。マーマレード・オレンジ様だということが、ほぼ確定しております」
レモン殿下の肩が、ビクリと震えた。
「……あいつ、……あいつ、あんな呪われた森で死んでいるはずではなかったのか。……なぜ、なぜそんなに称賛されているんだ」
「それだけではありません。今や隣国だけでなく、我が国の商人たちもこぞって彼女のジャムを密輸しようとしております。……あまりに美味すぎて、一度食べると王宮の配給食(シュガー監修)が家畜の餌にしか見えなくなるとか」
「家畜の餌ぉ!? 許せませんわぁ!」
シュガーが扇子を振り回して暴れるが、殿下の耳には届いていない。
殿下の脳裏に、かつてマーマレードが「はい、殿下。新作です」と差し出していた、あの宝石のような瓶の輝きが蘇っていた。
「……私は、間違っていない。あんな、料理しか能がない女……。……でも、……でも胃が……私の胃が、彼女を呼んでいるのだ……」
「殿下! しっかりしてください殿下!」
レモン殿下は、最後の一切れのドーナツを視界に捉えたまま、ついに意識を失った。
彼の夢の中に現れたのは、優しく微笑むマーマレードではなかった。
大きな銅鍋を持って、「ジャム代を払え!」と追いかけてくる、悪魔のようなマーマレードの姿だった。
「……お、……オレンジ……オレンジを……」
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