「戻ってきてもいいぞ?」という傲慢――許せませんわ。

ちゅんりー

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ペコ侯爵夫人のティーパーティーから数日。
私が滞在している公爵邸の別館は、ひっきりなしに訪れる使いの者たちで、さながら戦場の本陣のような騒ぎになっていた。


「お嬢さん! 大変です、今度は王室御用達の菓子職人ギルドから『果たし状』……もとい、『技術交流の申し込み』が届きましたよ!」


ダージリン様が、山のような手紙を抱えて厨房に飛び込んできた。
彼の顔は、あまりの忙しさに少しやつれているが、その瞳は金貨の輝きでギラついている。


「果たし状ですって? 受けて立ちますわ。私の銅鍋が、彼らの砂糖細工を粉砕して差し上げます」


私は、冷水で締めたオレンジの皮をザルに上げながら、不敵に笑った。
今の私には、失うものなど何もない。あるのは、最高の素材と、この煮えたぎる情熱だけだ。


「……マーマレード嬢。あまり根を詰めるな。王宮の連中など、私の権力で黙らせてもいいのだぞ」


部屋の隅で、私の「失敗作(といっても、少し焦げただけの極上キャラメル)」をつまみ食いしていたアールグレイ公爵が、低く心地よい声で告げた。


「いいえ、閣下。これは女の、そして料理人の意地ですわ。権力で勝っても、彼らの胃袋は屈服しませんもの。私は、彼らの舌に『苦味の悦び』を刻み込みたいのです」


「苦味の悦び、か……。確かに、私も今ではこれがないと朝が始まらん。……おい、ダージリン。その手紙の束の中に、王妃様からの招待状は混ざっていないか?」


公爵の問いに、ダージリン様が「ええ、もちろん」と一枚の豪華な封書を掲げた。


「来週の晩餐会、デザート担当をマーマレード嬢に、という直々のご指名です。これはチャンスですよ。この国の味覚の頂点を、我々のオレンジ色に染める絶好の機会だ!」


「王妃様……。お手並み拝見といきましょう。さて、メニューを考えなくては」


私は、作業台に並べたハーブやスパイスを眺め、思考を巡らせた。
今のこの国に足りないのは、甘さを引き立てるための「影」――すなわち、絶妙な酸味と苦味だ。


「閣下、ちょっと味見をお願いできますか?」


私は、新しく試作した『ビターオレンジと赤ワインのソース』をスプーンですくい、公爵の口元へ運んだ。


公爵は、迷うことなく私の指先ごと食らいつくような勢いで、それを口に含んだ。


「…………っ! これは……。肉料理にも合いそうだが、このまま飲み干してしまいたい誘惑に駆られるな」


「行儀が悪いですわよ、閣下。これは、濃厚なチョコレートケーキに添えるためのものですわ。甘ったるいチョコの脂を、このソースが一瞬で華やかな香りに変える……。これぞ『大人の逆襲』ですわ!」


「大人の逆襲……。ふふ、君らしい。だが、私以外にその顔を見せるな。王宮の男たちが、君の才能に惚れ込んでしまったら面倒だ」


公爵が、私の頬についた小麦粉を指先で拭った。
その動作があまりに自然で、私は一瞬、心臓が跳ねるのを感じた。


「な、何を仰いますか。私はただのジャム職人ですわ」


「ただの職人に、公爵である私がこれほど執着すると思うか? ……いいか、マーマレード。王宮へ行っても、私のそばを離れるな。あそこには、レモン王子のような『見る目のない馬鹿』とは違う、油断ならない連中が大勢いる」


公爵の瞳に、守護者のような鋭い光が宿る。
私は少し照れ臭くなり、わざとらしく大きく鍋をかき混ぜた。


「わかっておりますわ。私のパトロンは閣下だけですもの。……さあ、ダージリン様! 追加のオレンジと、最高級のクーベルチュール・チョコレートを発注してください! 王妃様の度肝を抜いて差し上げますわよ!」


「イエス、マイ・レディ! 市場にある在庫を、すべて買い占めてきます!」


ダージリン様が風のように去っていく。
私は、再び熱を帯び始めた厨房で、勝利を確信していた。


甘さしか知らない人々。
自分たちの味覚が、いかに退屈な檻の中に閉じ込められていたか。
私の「苦味」が、その檻を粉々に砕く瞬間が、もうすぐやってくる。


「待っていなさい、王宮の皆様。本当の『美食』を、教えて差し上げますわ!」


私は、燃え盛る竈の火を見つめながら、不敵に微笑んだ。
婚約破棄から始まったこの物語は、今や一国の文化を揺るがす大事件へと発展しようとしていた。


そして、その中心にいるのは、鍋ひとつで世界を変えようとする、一人の「元」悪役令嬢なのである。
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