お言葉ですが殿下、その婚約破棄は非常に合理的です!

パリパリかぷちーの

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「……イザベル。ここが我が公爵領の行政を司る中央執務室だ。案内しよう」

アリストテレス公爵に連れられて、イザベルは大きな扉をくぐった。
しかし、一歩足を踏み入れた瞬間、彼女は眉をひそめ、持っていた扇子で鼻先を覆った。

「……公爵様。ここはゴミ捨て場(スクラップブック)の視察でしょうか?」

「何を言う。我が領の精鋭たちが集う、最前線のオフィスだぞ」

イザベルの視線の先には、天井まで届きそうな書類の塔、床に散乱したインク瓶、そして目の下にクマを作って這いずる文官たちの姿があった。
一人の文官が、震える手で一枚の紙を掲げる。

「お、公爵閣下……。三ヶ月前に提出された『橋の補修予算案』ですが、承認印のスタンプがどこかに紛れてしまいまして、現在捜索中であります……」

「……だそうだ。我が領は広大でな。案件が多く、どうしても処理が追いつかんのだ」

アリストテレスが少し決まずそうに視線を逸らすと、イザベルは深く、深いため息をついた。
それは絶望というより、汚れた部屋を見た掃除好きが覚える「やる気」に近い響きだった。

「お言葉ですが公爵様。これは案件が多いのではなく、管理体制が『原始時代』なだけです。三ヶ月も放置された予算案? その間に橋が崩落したら、物流の損失額は予算の十倍に膨れ上がりますわよ。……非効率すぎて吐き気がいたします」

イザベルはドレスの袖をまくり上げると(淑女としてはあるまじき行為だが、彼女には関係ない)、部屋の中央に堂々と立った。

「全員、筆を置きなさい! 今この瞬間から、この部屋の指揮権は私が預かります!」

文官たちがポカンとして彼女を見る。一人の年配の文官が立ち上がった。

「な、なんだ貴女は! 女性が首を突っ込むような現場ではないんだぞ。我々は不眠不休で――」

「不眠不休なのは、あなたが無駄な動きをしているからです。……そこの彼! その書類の山を、今すぐ『緊急』『保留』『ゴミ』の三色に色分けしなさい。十秒以内に!」

「えっ、ええっ!? じ、十秒……!?」

「九、八、七……」

イザベルの冷徹なカウントダウンに、文官は悲鳴を上げて書類に飛びついた。
彼女の指示は、雷鳴のように鋭く、的確だった。

「公爵様は、あちらのソファで五分ほど待機を。その間に、この部屋のボトルネック(停滞箇所)をすべて排除いたします」

「五分だと……? この地獄絵図をか?」

アリストテレスが半信半疑で時計を見た。
イザベルはそこから、まさに「効率の女神」……あるいは「事務の魔王」のごとき働きを見せた。

「そこのあなた! 承認印を探すのは時間の無駄です。新しい印を今すぐ彫らせなさい。その間に、私はこの予算案を現在の相場に書き換えます。三ヶ月前の数字など、今はもう紙屑同然です!」

「ハイッ!」

「あちらの文官! 書類を運ぶのに歩く必要はありません。デスクを円状に配置しなさい。中央に私が座り、私が判を押して隣へ流す。これで移動時間はゼロです!」

「サ、サーッ!」

イザベルの放つ圧倒的な威圧感と、論理的な正しさに、文官たちは魔法にかけられたように動き始めた。
彼女は机の上に山積みにされた書類を、目にも止まらぬ速さで読み、瞬時に判断を下していく。

「承認。却下。これは金額の計算ミス、やり直し。これは……ふふ、横領の証拠ですね。後で衛兵に突き出しなさい」

「えっ、横領!? 一瞬でそこまで見抜いたのですか!?」

「貸借対照表の数字が美しくありませんもの。……はい、完了。五分一秒。一秒オーバーしたのは、公爵様、あなたの視線が私の手元を邪魔したせいですわ」

イザベルが涼しい顔で書類の束を整えると、そこには美しく整理された「終わった仕事」の山が築かれていた。
部屋の空気は一変し、淀んでいた邪気が消え去っている。

文官たちは、まるで奇跡を見たかのようにイザベルの前に跪いた。

「女神だ……。事務の女神様が降臨された……!」

「今まで一週間かかっていた決裁が、たったの数分で……。しかも、的確すぎて反論の余地がない……!」

アリストテレス公爵もまた、言葉を失っていた。
彼は、彼女を「有能な事務次官」として雇ったつもりだったが、連れてきたのは「国家を運営する自動機械(オートマタ)」だったのではないかと思い始めていた。

「イザベル……。君は、一体何なんだ」

「言ったはずですよ。時給の高い女だ、と。……さて、公爵様。今ので私の試用期間は終了ということでよろしいですね?」

イザベルは優雅に、しかし挑戦的な笑みを浮かべてアリストテレスを見上げた。

「……認めざるを得ないな。君の能力は、我が公爵領の宝だ。いや、君そのものが……」

アリストテレスは無意識に彼女の手を取り、その甲に軽く唇を寄せた。
それは、彼なりの最大の敬意と――ほんの少しの、個人的な興味の表れだった。

「……お言葉ですが公爵様。その動作に要した三秒間で、さらに二枚の書類に目を通せましたわ。……ですが、待遇の改善(ボーナス)として受け取っておきましょう」

イザベルは少しだけ頬を赤らめたが、すぐに鋭い目で次の書類の山を睨みつけた。

「さあ、休憩時間は終わりです。夜までに、この領地の向こう三カ年計画を策定いたしますわよ! ついてこれない者は、今すぐ『有給休暇(追放)』を申請しなさい!」

「「「ハイッ! イザベル様!!」」」

執務室に、かつてないほどの活気ある返声が響き渡った。
一方、その頃。
元の王国では、ウィルフレッド王子が「イザベルがいないと、朝食のクロワッサンの焼き加減すら調整できない」という、信じがたいレベルの生活能力の欠如を露呈し始めていた。
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