お言葉ですが殿下、その婚約破棄は非常に合理的です!

パリパリかぷちーの

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「……おい。この『王都下水道整備計画』の進捗はどうなっているんだ。なぜ私の机に、半年前の苦情処理の紙が混ざっている?」

ウィルフレッド王子は、執務室で頭を抱えていた。
イザベルが去ってからまだ数日。
しかし、彼の机の上は早くも、出所不明の書類と書きかけの報告書で地層が形成されつつあった。

そこに、軽やかな足取りで扉を開けた者がいる。
ふわふわとしたピンク色の髪を揺らし、愛らしい微笑みを浮かべた男爵令嬢アリスだった。

「ウィルフレッド様! そんなに難しい顔をして、どうしたんですかぁ? せっかくの素敵な顔が台無しですよ!」

「おお、アリス……。いや、イザベルがいなくなってから、事務作業の引き継ぎが全くうまくいかなくてね。あいつ、どれだけ勝手に仕事を抱え込んでいたんだ」

アリスはふんふんと鼻を鳴らし、机の上の書類を無造作に払いのけた。
バサバサと床に落ちる公文書を見て、側近たちの顔が引きつる。

「もう! あんな冷たいイザベル様のことは忘れちゃいましょう? 愛があれば、こんな紙切れなんてどうにかなりますって!」

「愛……? だが、この予算案を通さないと、来月の衛兵たちの給料が払えないんだ」

「えぇー、お金の話ばっかり! イザベル様みたい! あ、そうだ。私が代わりにこれ、整理してあげますね!」

アリスはそう言うと、適当に書類を三つの山に分けた。
『おもしろそうなもの』『難しそうなもの』『あとでやるもの』。
言うまでもなく、国家運営において最もやってはいけない分類法である。

「見てください! こうすればスッキリです! あとのことは、みんなで協力して、まごころを込めてやれば、きっと妖精さんが助けてくれますよ!」

「……妖精さん?」

「はい! 愛こそすべて! 愛があればパンだって買えます!」

その瞬間、部屋の隅でひっそりと控えていた年配の事務官が、震える声で口を挟んだ。

「……お言葉ですが、アリス様。昨日、王宮御用達のパン屋から、未払いのツケが溜まっているため、明朝からの納品を停止するという通告が来ております」

「えっ? パン屋さんが? ひどい! 愛が足りないわ!」

「いえ、愛ではなく金貨が足りないのです。イザベル様は、あらかじめ予備費からこれらを自動で決済する仕組みを作っておられましたが、殿下が『婚約維持費がもったいない』と、その口座を凍結されたため……」

ウィルフレッドはハッとした。
イザベルが去り際に残したあの分厚い精算書のことを思い出したのだ。

「待て。あの精算書、支払わなければ隣国の回収業者に売るとか言っていたな。まさか、あんな法外な請求、本気で実行するわけが――」

「殿下、失礼いたします!」

慌てた様子で飛び込んできたのは、財務局の役人だった。

「報告です! 我が国の国債の一部が、突如として隣国の『ノアール債権管理機構』に買い叩かれました! さらに、イザベル様名義の預金がすべて、一点の曇りもなく隣国へ送金されております!」

「なんだと!? あの女、本当にやりやがったのか!」

「それだけではありません。イザベル様がこれまで無償で提供していた『市場価格予測モデル』の利用権が凍結されたため、王都の穀物相場が大混乱に陥っています。商使いたちが、早く指針を出せと暴動寸前です!」

ウィルフレッドは椅子から転げ落ちそうになった。
彼は今まで、イザベルが隣に座って、流れるような手つきで書類に判を押していく姿を当然だと思っていた。
それがどれほどの高度な技術と、膨大な知識に裏打ちされていたのか。
失って初めて、彼は自分の足元が沼地であったことに気づいたのだ。

「ウィルフレッド様、そんなに震えてどうしたんですか? お腹が空いたんですか? 私が愛の特製クッキーを焼いてきてあげますね!」

「ク、クッキーだと……? 今はそれどころではないんだ、アリス!」

「ひどい! せっかくアリスが元気づけてあげようと思ったのに! ウィルフレッド様まで、イザベル様みたいに数字の話ばっかりするなんて、愛がありません!」

アリスは目に涙を溜めて、部屋を飛び出してしまった。
その後を追おうとした王子だったが、事務官にガシッと腕を掴まれた。

「殿下、どこへ行かれるのですか。この『緊急経済対策案』の承認をいただかない限り、我々は一歩もここを動けませんぞ。……それとも、アリス様の言う通り、妖精さんに判子を押してもらうおつもりですか?」

「う、ぐ……。わ、わかった。やる、やればいいんだろう……」

ウィルフレッドは絶望的な気持ちでペンを握った。
しかし、書類の一行目にある『流動性供給の最適化におけるインフレ抑制策』という文字を見ただけで、彼の脳細胞はストライキを起こした。

「……イザベル。イザベルはどこだ。あいつなら、三秒でこれを要約してくれたのに……!」

「国外追放したのは殿下です」

側近の冷徹なツッコミが、王子の心に深く刺さった。

その頃、隣国のノアール公国。
豪華な執務室で、イザベルは優雅に紅茶を啜っていた。

「あら、王国の市場が少し荒れているようですね。……予定通りの進捗ですわ。アリ公爵、こちらの買収案件、今が底値(ボトム)ですよ」

「ふむ……。君の言う通りに動いただけで、我が国の外貨準備高が二割増えた。イザベル、君はやはり魔女か何かか?」

アリストテレスは、驚愕を通り越して、もはや畏敬の念すら込めて彼女を見つめていた。

「魔女ではありません。ただの、仕事ができる女ですわ」

イザベルは不敵に微笑むと、新しい書類を手に取った。
彼女の快進撃は、まだ始まったばかりである。
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