お言葉ですが殿下、その婚約破棄は非常に合理的です!

パリパリかぷちーの

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「イザベル。昨夜、君が提出した『公爵領主要道路の物流最適化案』だが……」

翌朝。アリストテレス公爵は、朝食の席で手元の書類を凝視していた。
彼の前には、完璧な黄金色に焼き上がったトーストと、一ミリの狂いもなく配置されたカトラリー、そして優雅に紅茶を啜るイザベルの姿がある。

「はい。何か不明な点でも? コスト計算については三度検算しておりますわ」

「いや、内容は完璧だ。完璧すぎて、我が領の技師たちが『自分たちの存在意義が疑われる』と泣きついてきた。……それから、この朝食も君の指示か?」

イザベルはカップを置き、事務的な微笑みを浮かべた。

「ええ。シェフの動線を分析したところ、冷蔵庫からコンロまでの移動距離に三メートルの無駄がありました。配置を九十度変更させた結果、調理時間は十五パーセント短縮、パンの温度も理想的な状態を維持できています」

「……トーストの焼き加減までマネジメントする令嬢が、この世に君以外にいるだろうか」

アリストテレスは呆れ半分、感嘆半分でパンを口に運んだ。
確かに美味い。驚くほどに。
これまで「食事は栄養を摂取するための作業」と考えていた彼ですら、その効率的な美味しさに舌を巻いた。

「ところで公爵様。先ほどから視線が書類と私の間を往復していますが、目の筋肉の無駄遣いです。質問があるなら、箇条書きで三点以内にまとめていただけますか?」

「……相変わらず容赦ないな。では一点目だ。君は昨夜、いつ寝たんだ?」

「睡眠は一日のパフォーマンスを維持するための必要経費(コスト)です。午前二時から六時までの四時間、集中的に質の高い睡眠(コアスリープ)を確保しました。進捗に遅れはありません」

「二点目。……君は、私とこうして食事をすることを、どう思っている」

アリストテレスが少しだけ声を低くし、真剣な眼差しを向けた。
普通の令嬢なら、氷の公爵と呼ばれる彼の端正な顔立ちを間近に見て、顔を赤らめる場面である。

「どう、とは? 公爵様と情報共有を行いながら栄養を摂取するのは、非常に合理的な時間の使い方だと思いますが。……あ、もしかして、私がサラダを食べる音がうるさかったでしょうか?」

「……いや、そうではない。……いい、三点目だ。君が国境で直した、あの私の馬車だが」

アリストテレスは少し言い淀んだ。
彼はあの日、イザベルが鮮やかな手際で馬車を修理した際、彼女の瞳が宝石のように輝いていたのを鮮明に覚えている。
それは、彼がこれまで見てきたどの令嬢の瞳とも違う、知性と情熱の光だった。

「あれは臨時の処置でしたわね。本格的なオーバーホールをお勧めします。部品リストは既に作成済みです」

「そうではない。……あの時、君は『三分で解決する』と言ったな。なぜ、見ず知らずの私にあれほどの助力をしたんだ。君ほどの効率主義者が、見返りも不明な相手に」

イザベルは少し意外そうに目を瞬かせた。
そして、当然のことを言うように口を開く。

「決まっておりますわ。あのような美しい馬車が、あのようなつまらない故障で放置されている。その『機会損失』に、私の脳内にある合理性が耐えられなかっただけです。……それに」

「それに?」

「公爵様が、あまりにも困った顔をして馬車を睨んでいたものですから。……その表情が、非常に『非効率的な時間』を過ごしているように見えて、ついお節介を焼きたくなったのですわ」

イザベルはふふ、と小さく笑った。
その微笑みは、いつもの事務的なものではなく、春の陽光のような柔らかさを持っていた。

アリストテレスは、心臓がいつもより一拍早く脈打つのを感じた。
「効率」という言葉でコーティングされてはいるが、彼女の根底にあるのは、困っている事象を放っておけない、強烈なまでの善意と責任感なのだ。

「……なるほど。やはり君は、私が考えていた以上に危険な女性だ」

「あら、褒め言葉として受け取っておきますわ。……さて、公爵様。朝食の時間は終了です。五分後には、領内銀山から届いた報告書の精査を開始します。……遅れないでくださいね?」

イザベルは優雅に立ち上がると、風のように食堂を去っていった。
残されたアリストテレスは、冷めかけた紅茶を飲み干し、口元を拭った。

「……事務員として雇ったつもりだったが。……どうやら、私はもっととんでもないものを、この領地に招き入れてしまったらしいな」

彼の呟きは、誰に聞かれることもなく朝の空気の中に消えた。

一方、国境の反対側――。
イザベルが去った後の王国では、ウィルフレッド王子が「イザベルが残した精算書」の支払いを巡って、財務大臣から一時間にわたる説教を受けていた。

「殿下! イザベル様が管理されていた隠し財源をすべて合わせても、この請求額の半分にも届きません! 一体、彼女に何をさせたのですか!」

「知らん! 私はただ、彼女に『適当にうまくやっておけ』と言っていただけで……!」

王子の叫びも虚しく、王国の国力は、イザベルという唯一の「潤滑油」を失ったことで、急速に摩耗し始めていた。
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