お言葉ですが殿下、その婚約破棄は非常に合理的です!

パリパリかぷちーの

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「おい、聞いたか? 例の『効率狂いの令嬢』の話」

ノアール公国、職人街の酒場。
仕事終わりの男たちが、ジョッキを片手に熱心に噂話を繰り広げていた。

「ああ、公爵閣下の馬車を三分で直したっていうあのお嬢様だろ? 最初は眉唾だと思ったが、うちの親方が昨日、公爵邸に呼ばれてひっくり返って帰ってきたぜ」

「何があったんだ?」

「あのお嬢様に『あなたのハンマーを振る角度は三度ズレている。そのせいで一日に三十分の時間が無駄になっている』って、定規で測るみたいに言われたらしい」

「……三度? そんなの、職人の感覚の範囲内じゃねえか」

「それが、言われた通りに直したら、鉄の強度が上がって作業スピードも倍になったってんだから笑えねえよ。今じゃ職人街じゃ『三分令嬢』って呼ばれて、神様扱いだぜ」

その頃、噂の主であるイザベルは、公爵領最大の製鉄所に立っていた。
煤煙と熱気に包まれた現場に、場違いなほど美しいドレス姿の令嬢。
しかし、彼女が手にしているのは扇子ではなく、自作の「工程管理表」だった。

「所長。このラインの配置は、前時代の遺物ですね。資材を運ぶために、職人が一日に往復する距離を計算したことがありますか?」

「は、はあ……。考えたこともございませんが、それが何か?」

恰幅のいい所長が、戸惑いながら汗を拭う。
イザベルは無慈悲に、冷徹な数字を突きつけた。

「一日に平均して三キロメートルです。一ヶ月で九十キロメートル。一年で千キロメートル以上、彼らはただ『歩くためだけ』に給料を支払われていることになります。これは投資に対するリターンが著しく低い。即刻、レイアウトを変更します」

「変更といっても、この巨大な炉を動かすわけには……」

「動かす必要はありません。供給ルートを変えれば済む話です。私が作成したこの『一筆書き動線図』に従って、資材置き場をこちらへ移動させてください」

イザベルの指示は、魔法の呪文のようだった。
最初は半信半疑だった職人たちも、彼女が示した「三日後の予測利益」の数字に目を剥き、一斉に動き始めた。

彼女は単に命令するだけではない。
自ら現場を歩き回り、非効率な動作を見つけては、瞬時に改善策(ソリューション)を提示していく。

「そこのあなた。その溶接の待ち時間、五秒ありますね? その間に隣のバリ取りを行えば、一日の生産数は十二パーセント向上します」

「お、お嬢様……そんな細かいことまで……」

「五秒を笑う者は、五秒に泣くのですわ。さあ、進捗はどうですか?」

イザベルの背後では、アリストテレス公爵が影のように見守っていた。
彼は、現場がこれほどまでに活気づく光景を、今まで一度も見たことがなかった。

「……イザベル。君のやり方は、少し……いや、かなり強引だが。不思議と、職人たちが嫌そうな顔をしていないな」

アリストテレスが声をかけると、イザベルは振り返り、少しだけ誇らしげに胸を張った。

「当然です。彼らはプロフェッショナルですから。自分の仕事が数字として評価され、無駄な疲れが減るのなら、喜んで協力してくれます。……お言葉ですが公爵様、感心している暇があるなら、こちらの『新規設備投資の承認書』に判を押してください」

「……まだ昼食前だぞ? 今日だけで五枚目だ」

「時間は待ってくれません。この設備を導入すれば、三ヶ月後には近隣諸国への鉄鋼輸出シェアを独占できます。……ウィルフレッド殿下の国が、泣いて縋ってくる未来が見えますわ」

イザベルの瞳に、ほんの少しだけ黒い愉悦が浮かぶ。
それは彼女なりの「復讐」だった。
暴力でも罵倒でもなく、圧倒的な経済的格差をつけて、相手を無価値な存在に追い込む。
それこそが、効率狂いの悪役令嬢による、最も知的な「ざまぁ」なのだ。

「いいだろう。君の描く未来は、非常に魅力的な投資先だ」

アリストテレスは迷わず判を押した。
彼の手がイザベルの手元と重なり、一瞬、温かな感触が伝わる。

「……公爵様。判を押すのに、私の手に触れる必要はありませんわ」

「……これは、進捗確認のための接触だ」

「……嘘をおっしゃい。心拍数が五パーセント上昇しています。非効率な動揺は、執務に障りますわよ」

イザベルは平然とした顔で書類を回収したが、その耳たぶが、鉄所の熱気のせいか、あるいは別の理由か、ほんのりと赤く染まっていた。

一方、その頃。
イザベルを追放したウィルフレッド王子の元には、製鉄ギルドからの悲鳴が届いていた。

「殿下! 隣国の鉄の価格が急落し、我が国の鉄鋼業が壊滅の危機です! あちらには、どんな魔術師がついているのですか!?」

「魔術師だと……? そんなはずはない。隣国は事務処理すらまともにできない無骨な連中の集まりだったはずだぞ!」

王子は知らない。
彼が「金食い虫の悪女」として追い出した令嬢が、今や隣国で「産業の女神」として君臨し、彼の国の経済的息の根を止めようとしていることを。
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