婚約破棄される前に、帰らせていただきます!

パリパリかぷちーの

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「……まあ、なんて見事な放置っぷりかしら。これでは薔薇も泣いておりますわね」

王宮のさらに奥、歴代の王族が密会に使ってきたとされる「静寂の離宮」。
その庭園に足を踏み入れたクロナは、手入れの行き届いていない茂みを見て深く溜息をついた。

隣に控えるサーシャが、手元の資料を確認しながら補足する。

「お嬢様、こちらの庭園の管理費、実は三年前から『公務代行費用』という名目で、ロベール侯爵家が全額負担しております」

「そうだったわね。あのお花畑の王子が『美しい環境は、高潔な思索を生む』なんて詩的なことをのたまったから、お父様が折れて差し上げたのだったわ。……まさか、そこが浮気相手との密会場所に使われているなんて、ブラックジョークにも程がありますわ」

クロナは、荒れたベンチの前に立った。
そこには、飲みかけの安っぽいワインの瓶と、食べ散らかした菓子の屑が散乱している。
王族としての品位など、微塵も感じられない光景だった。

「サーシャ、記録は取った?」

「はい。日付、時間、そして残された私物のリスト。全て証拠物件としてナンバリング済みです」

「よろしい。……さて、せっかくここまで足を運んだのですもの。ただ帰るのも癪ですわね。少しだけ『お掃除』をしていきましょうか」

クロナは鞄の中から、数枚の封筒と、重厚な印章を取り出した。

「お嬢様、何をなさるおつもりで?」

「決まっているでしょう? サービスの停止よ。……あ、そこのベンチにこれを置いておいてちょうだい。誰が見ても一目で内容が分かるようにね」

彼女がサーシャに手渡したのは、真っ赤な紙に太い文字で書かれた「督促状及び利用停止予告通知」だった。

「……お嬢様、これはまた随分と直球な」

「あら、分かりやすさは親切心の一種よ。……あ、足音が聞こえてきたわ。隠れるわよ、サーシャ」

二人が近くの大きな植え込みの影に身を隠すと、間もなくして、浮ついた笑い声が静かな庭園に響き渡った。

「見てごらん、リリィ。ここは僕たちだけの秘密の楽園だ。誰にも邪魔されず、真実の愛を語り合える場所だよ」

「まあ、ジュリアン様! なんて素敵なんでしょう。クロナ様のような冷たい方には、きっとこの美しさは分かりませんわね」

現れたのは、案の定、ジュリアンとリリィだった。
ジュリアンは慣れた手つきでリリィをベンチへと誘おうとしたが、ふと、そこに置かれた鮮やかな赤い紙に気づき、動きを止めた。

「……なんだい、これは。誰だ、こんなところにゴミを置いたのは」

「ゴミではありませんわ、殿下」

植え込みの影から、クロナがゆっくりと姿を現した。
幽霊でも見たかのように、ジュリアンが派手にのけぞる。

「ク、クロナ!? なぜ君がここに……!」

「お散歩ですわ。……と言いたいところですが、本日は我が家の『資産管理』の一環で参りましたの。殿下、その紙をよくご覧になって?」

ジュリアンが震える手で赤い紙を拾い上げ、内容を読み上げる。

「『離宮庭園維持管理費、及び清掃代行費用の滞納に関するお知らせ』……? なんだ、これは!」

「文字通りの意味ですわ。この庭園を美しく保つための庭師の給与、肥料代、そして殿下が散らかされたゴミを片付ける清掃員の残業代。これらは全てロベール侯爵家が立て替えておりましたが……残念ながら、本日をもってその契約を解除いたしました」

クロナは冷ややかに微笑んだ。

「ですから、そのベンチも、その向こうの噴水も、明日からは一切清掃されません。一週間もすれば、そこは害虫と雑草の楽園になるでしょうね。……殿下たちの『真実の愛』には、相応しい舞台ではありませんこと?」

「何を勝手なことを! ここは王宮の敷地内だぞ! 君にそんな権限が……」

「権限はございませんが、『財布の紐』を握る権利はございますわ。殿下、まさか王族が民間人の厚意に甘えきって、一銭も払わずに不法占拠を続けていた……なんて不名誉な噂が流れるのを望んでいらっしゃいませんわよね?」

ジュリアンの顔が赤から白へ、そして青へと目まぐるしく変わる。
隣のリリィは、クロナの迫力に圧倒されて言葉も出ない様子だった。

「……あ、そうそう。忘れ物をしてしまいましたわ」

クロナは思い出したように、もう一通の封筒をベンチに置いた。

「それはなんですの?」

リリィが恐る恐る尋ねる。

「『過去三年間における、本庭園の私的利用に関する遡及請求書』ですわ。リリィ様、貴女がここで召し上がった高級菓子やワインの代金、全てきっちり計算してありますの。……明日までに私の執務室へ、現金で持参してくださいな。さもないと、貴女のご実家の男爵家に、差し押さえの執行官を向かわせることになりますわよ」

「なっ……! そ、そんな……!」

リリィが膝をつき、ジュリアンの袖を掴んで泣きついた。

「ジュリアン様、助けてください! 私、そんなお金……!」

「だ、大丈夫だリリィ! 僕が……僕がなんとか……」

「あら、殿下にそんな余裕がございますの? 先日のドレスの請求書、まだ処理されていませんわよ?」

クロナの追い打ちに、ジュリアンはついに絶句した。

「それでは、お二人とも。ごゆっくり『枯れ果てていく楽園』を楽しんでくださいな。……サーシャ、行きましょう。空気が淀んできて、吐き気がいたしますわ」

クロナは一度も振り返ることなく、優雅な足取りで庭園を後にした。
背後からは、ジュリアンの情けない怒鳴り声と、リリィのすすり泣きが聞こえていたが、それは彼女にとって心地よいBGMに過ぎなかった。

「お嬢様、本当にお見事でございます」

「まだまだよ、サーシャ。これはただの『地ならし』。……さあ、いよいよ本番ね。隣国のゼクス閣下に、本格的な『商談』を持ちかけるわよ」

クロナの瞳は、すでにこの小さな王国を飛び出し、遥か隣国の広大な大地を見据えていた。
そこには、数字が正しく評価され、知性が尊重される、彼女にとっての本当の楽園があるはずだった。
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