婚約破棄されたので、とりあえず王太子のことは忘れます!

パリパリかぷちーの

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エミリアの断罪から数日が過ぎ、王国を揺るがした一連の騒動は、ようやく静かに幕を下ろそうとしていた。
リーチュの離宮にも、すっかり以前の穏やかな日常が戻っていた。

特効薬の量産体制は王宮の薬師たちに引き継がれ、リーチュは再び、自分の薬草園で土をいじり、新しいハーブティーのブレンドを考えるという、平和な日々を送っていた。
そして、その隣には、当たり前のように、アシュトンの姿があった。

「ねえ、アシュトン。この新しいハーブクッキー、試してみてくださる?」

「……ああ」

テラスでの、いつものお茶会。
だが、その空気は、以前とは比べ物にならないほど、甘く、満ち足りたものに変わっていた。

その、あまりに穏やかな午後を破ったのは、一人の予期せぬ訪問者だった。

供も連れず、華美な装飾のない、質素な馬に乗って、たった一人で。
お忍びの旅装束に身を包んではいたが、その気品と佇まいは、隠しようもなく、彼の身分を物語っていた。
ジークフリート・フォン・エルベシュタット。
その人であった。

「……!」

彼の姿を認めた瞬間、アシュトンの纏う空気が、一瞬で凍りついた。
彼は、即座に立ち上がると、リーチュを守るようにその前に立ち、鋭い視線で侵入者を睨みつける。

しかし、リーチュは、そんなアシュトンの逞しい腕に、そっと自分の手を重ねた。

「アシュトン、大丈夫よ」

その声は、静かで、落ち着いていた。

「少しだけ、二人で話をさせてくださる?」

アシュトンは、一瞬、ためらった。
この男に、もう二度とリーチュを近づけさせたくはない。
だが、彼女の、全てを分かっているというような、穏やかで強い瞳を見て、黙って頷いた。
彼は、リーチュの判断を、誰よりも信頼している。
アシュトンは、何も言わずにその場を離れると、テラスから少し離れた木陰に立ち、静かに二人を見守り始めた。

リーチュは、ジークフリートを、いつものテラスの席へと案内した。
しかし、彼女は、新しいお茶を淹れようとはしなかった。
これは、お茶会ではない。
その無言の意思表示を、ジークフリートも痛いほど理解していた。
気まずい沈黙が、二人の間に落ちる。

やがて、その沈黙を破るように、ジークフリートがおもむろに席を立った。
そして、彼は、リーチュの目の前で、ためらうことなく膝をつくと、深く、深く、頭を下げたのだ。

「……リーチュ。いや、クライネルト嬢」

その声は、震えていた。

「本当に、すまなかった」

それは、王太子としてではない。
ただ一人の、愚かな男としての、心からの謝罪だった。

「私は、君の何も見ていなかった。君が何を大切にし、何に情熱を傾けているのか、理解しようとすらしなかった。ただ、自分の勝手な理想を君に押し付け、その本質を……君の輝きを、見ようともせずに、傷つけた」

彼は、顔を上げないまま、言葉を続ける。

「エミリアのこと、そしてポーションのこと……私の、あまりに愚かな判断が、君を、そしてこの国を、どれほど危険な状況に晒したか。今となっては、弁解の言葉も、見つからない」

リーチュは、彼のその痛切な告白を、ただ静かに聞いていた。
やがて、彼女は、穏やかな声で言った。

「顔を上げてください、殿下」

ジークフリートが、おそるおそる顔を上げると、そこにいたのは、彼を軽蔑するでも、憐れむでもない、ただ静かな眼差しを向けるリーチュの姿だった。

「もう、全て終わったことですわ。過去を悔やんでも、何も始まりません」

彼女の声には、責める響きは、ひとかけらもなかった。

「わたくしは、殿下がお決めになったことを、許します。ですから、殿下も、ご自身の過ちをご自身で許し、そして、前を向いてくださいませ」

それは、同情ではない。
ましてや、愛の残り火などでは、断じてない。
ただ、一人の人間が、過ちを犯したもう一人の人間に向ける、対等で、力強いエールだった。

「わたくしには、わたくしの進むべき道があります。薬師として、この知識で、一人でも多くの人を救うという道が」

そして、彼女は、静かに、しかしはっきりと続けた。

「……殿下には、殿下にしか歩めない道があるはずです。この国の未来を導く、次期国王としてのお役目が。わたくしたちの道は、もう、二度と交わることはありませんわ」

その言葉は、残酷なほどの、完全な決別宣言。
しかし、ジークフリートの心には、不思議と、安堵の気持ちが広がっていた。

「……ああ。そうだな」

彼は、ようやく立ち上がると、憑き物が落ちたような、晴れやかな顔で微笑んだ。

「ありがとう、リーチュ。……そして、達者で」

それが、彼が彼女にかけた、最後の言葉だった。
ジークフリートは、一度だけ振り返ると、静かに離宮を去っていく。

その小さくなっていく背中を、リーチュは、静かに見送っていた。
遠くの木陰から、アシュトンが、ゆっくりと彼女の元へ戻ってくる。
そして、何も言わずに、そっと、彼女の隣に立った。

過去は、完全に過去になった。
もう、振り返る必要はない。
二人は、どこまでも広がる青空を見上げ、これから始まる、未来だけを見つめていた。
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