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「……ゼロの数が、一つ多くありませんか?」
翌日。
公爵邸の応接室には、王都から招かれた高名なウエディング・プランナーと、大量の見積書が並んでいた。
私はその一番上の一枚を指差して、震える声で尋ねた。
「総額、金貨五万枚……?」
「はい! グラン・ノワール公爵家の、世紀のご成婚ですから! これでも控えめに見積もった方でございます!」
プランナーの男性が、目をキラキラさせて答える。
「ドレスは隣国の王室御用達ブランドの最新作! 料理は大陸中から集めた珍味のフルコース! 引き出物は純金の置き時計! そして会場は、五万本の輸入バラで埋め尽くします!」
「……却下です」
私は即座に言った。
「は?」
「却下。リジェクト。ノン。……通じますか?」
私は赤いインクのペンを取り出し、見積書に大きく『×』を書いた。
「な、なぜですかカルル様! 一生に一度の晴れ舞台ですよ!?」
プランナーが悲鳴を上げる。
隣に座っていたアイザック様も、少し驚いた顔をした。
「カルル、金ならあるぞ? 俺の全財産を使うと言っただろう」
「閣下。愛と浪費はイコールではありません」
私は眼鏡の位置を直し、冷静に諭した。
「金貨五万枚といえば、小国の国家予算並みです。たかだか数時間の式典に、それだけの資本を投下して、回収の見込みは?」
「回収……? 結婚式は利益を出すものではありませんが……」
「そこが間違っています」
私は立ち上がり、ホワイトボードに向かった。
キュッ、キュッ、キュッ。
マジックの音が響く。
『プロジェクト・ウェディング ~華麗なる黒字化計画~』
「……黒字化?」
アイザック様がポカンと口を開けた。
「はい。ただ金を撒き散らすだけの結婚式など、私のプライドが許しません。この結婚式を、当領地最大の『PRイベント』および『商談会』として活用します」
私は指示棒でバシッとボードを叩いた。
「プランナーさん。貴方の提案を『事業仕分け』させていただきます」
***
「まず、会場装飾の『輸入バラ五万本』。これだけで金貨五千枚。無駄です」
「で、ですが、花がないと華やかさが……」
「花ならあります。我が領地自慢の『グラン・ネイチャー』ブランドのハーブと、温室の季節の花々を使いましょう」
「えっ? 雑草……いえ、ハーブですか?」
「ただ飾るだけではありません。式の終了後、ゲストに『お持ち帰り』していただきます。自宅で料理や入浴剤に使ってもらい、品質の良さを実感してもらう。つまり『サンプリング配布』です」
「な、なるほど……」
「次に、料理。大陸中の珍味? 輸送費の無駄です。メインディッシュは、我が領地の特産品であるジビエと川魚、そして新鮮野菜のフルコースにします」
「公爵家の結婚式で、川魚ですか……?」
「一流のシェフが調理すれば、どんな高級食材にも負けません。メニュー表には、しっかりと『購入申し込み用QRコード(魔道具)』を記載しておきます」
私は次々と赤ペンを入れていく。
「引き出物の『純金の置き時計』。重いし、趣味が合わないと邪魔なだけです。却下。代わりに、領内のガラス工房で作らせた『特製アロマキャンドル』と、地元の菓子店と共同開発した『幸せのハニーカステラ』にします」
「せ、生活感がありすぎませんか……?」
「実用性こそが正義です。貰って困る高価な置物より、食べてなくなる美味しいものの方が、顧客満足度(CS)は高いのです」
プランナーは脂汗を流しながらメモを取っている。
アイザック様は、最初は驚いていたが、次第にニヤニヤと笑い始めた。
「……くくっ。さすがカルルだ。結婚式まで『商売』にする気か」
「当然です。招待客は、国内外の有力貴族や商人たち。これほどの『見込み客リスト』が一堂に会する機会は他にありません」
私はニヤリと笑った。
「そして、ドレスについてですが」
「あ、はい! ドレスだけは! ドレスだけは最高級のものを!」
プランナーが縋るように叫ぶ。
「もちろん、最高級のものを用意します。ただし、輸入はしません」
「へ?」
「我が領地には、かつて『幻の絹』と呼ばれた織物の技術がありました。廃れてしまいましたが、私が職人を再招集し、復活させました」
私は一枚のデザイン画を取り出した。
「この『グラン・シルク』を使って、領内の職人たちにドレスを作らせます。私がそのドレスを着て美しく歩けば、それが最高の広告塔になります。『あの美しいドレスはどこの生地だ?』と注文が殺到するでしょう」
「……!!」
プランナーが目を見開いた。
「す、すごい……! 地場産業の復興まで組み込まれているとは……!」
「どうですか、アイザック様。これなら予算は十分の一。しかし、経済効果は測定不能(プライスレス)です」
私が胸を張ると、アイザック様は立ち上がり、ゆっくりと拍手をした。
「完璧だ。何も言うことはない」
彼は私の手を取り、愛おしそうに見つめた。
「君と結婚できて、領民たちも幸せだ。……だが、一つだけ条件がある」
「条件? なんでしょう」
「指輪だ。指輪だけは、俺に選ばせろ。経費削減は禁止だ」
アイザック様は真剣な眼差しで言った。
「これだけは、広告でも商売でもない。俺から君への、ただの愛の証だ。……文句は言わせないぞ」
その言葉に、私は胸がキュッとなった。
徹底的に合理化を進める私に対して、この人はいつも、大事なところだけは「非合理な愛」を貫いてくる。
「……分かりました。では、指輪の予算だけは『聖域(サンクチュアリ)』として計上します」
「ああ。世界一、君に似合うものを贈ろう」
***
こうして、前代未聞の「黒字化結婚式」の準備が始まった。
しかし、私の「効率化」は、予想外の方向へ飛び火していくことになる。
数日後。
ドレスの採寸をしている私の元に、マリアが血相を変えて飛び込んできた。
「カ、カルル様! 大変です!」
「どうしました? 寸法が合わない?」
「違います! 招待状の返信ハガキが届き始めたのですが……」
マリアは山のような手紙の束を抱えていた。
「出席希望者が、想定の三倍を超えています!」
「……はい?」
「『あのカルル嬢がプロデュースする式なら、何か面白いことがあるに違いない』『ビジネスチャンスだ』と、招待していない商人や、他国の貴族までが『参加費を払うから出席させてくれ』と!」
「……有料チケット制?」
私の目が、「¥(金貨)」マークになった(気がした)。
「マリア。会場の収容人数を再計算してください。立ち見席、および『バルコニー席(プレミアチケット)』を追加販売します」
「ええっ!? 結婚式でチケット販売ですか!?」
「需要があるなら供給する。それが市場の原理です」
私は即座に計算機を叩き始めた。
「アイザック様! 追加の警備予算を承認してください! 売上が倍増します!」
廊下を通りかかったアイザック様が、私の叫び声を聞いて、壁に手をついて笑い崩れていた。
「ははは! チケット制の結婚式か! 君には本当に退屈させられないな!」
私たちの結婚式は、もはや「式典」の枠を超え、一種の「フェスティバル」へと変貌しようとしていた。
だが、そんなお祭り騒ぎの裏で。
廃嫡されたはずのジェラール元王太子が、修道院から脱走したという不穏な情報が、まだ届いていないことを、私たちは知る由もなかった。
翌日。
公爵邸の応接室には、王都から招かれた高名なウエディング・プランナーと、大量の見積書が並んでいた。
私はその一番上の一枚を指差して、震える声で尋ねた。
「総額、金貨五万枚……?」
「はい! グラン・ノワール公爵家の、世紀のご成婚ですから! これでも控えめに見積もった方でございます!」
プランナーの男性が、目をキラキラさせて答える。
「ドレスは隣国の王室御用達ブランドの最新作! 料理は大陸中から集めた珍味のフルコース! 引き出物は純金の置き時計! そして会場は、五万本の輸入バラで埋め尽くします!」
「……却下です」
私は即座に言った。
「は?」
「却下。リジェクト。ノン。……通じますか?」
私は赤いインクのペンを取り出し、見積書に大きく『×』を書いた。
「な、なぜですかカルル様! 一生に一度の晴れ舞台ですよ!?」
プランナーが悲鳴を上げる。
隣に座っていたアイザック様も、少し驚いた顔をした。
「カルル、金ならあるぞ? 俺の全財産を使うと言っただろう」
「閣下。愛と浪費はイコールではありません」
私は眼鏡の位置を直し、冷静に諭した。
「金貨五万枚といえば、小国の国家予算並みです。たかだか数時間の式典に、それだけの資本を投下して、回収の見込みは?」
「回収……? 結婚式は利益を出すものではありませんが……」
「そこが間違っています」
私は立ち上がり、ホワイトボードに向かった。
キュッ、キュッ、キュッ。
マジックの音が響く。
『プロジェクト・ウェディング ~華麗なる黒字化計画~』
「……黒字化?」
アイザック様がポカンと口を開けた。
「はい。ただ金を撒き散らすだけの結婚式など、私のプライドが許しません。この結婚式を、当領地最大の『PRイベント』および『商談会』として活用します」
私は指示棒でバシッとボードを叩いた。
「プランナーさん。貴方の提案を『事業仕分け』させていただきます」
***
「まず、会場装飾の『輸入バラ五万本』。これだけで金貨五千枚。無駄です」
「で、ですが、花がないと華やかさが……」
「花ならあります。我が領地自慢の『グラン・ネイチャー』ブランドのハーブと、温室の季節の花々を使いましょう」
「えっ? 雑草……いえ、ハーブですか?」
「ただ飾るだけではありません。式の終了後、ゲストに『お持ち帰り』していただきます。自宅で料理や入浴剤に使ってもらい、品質の良さを実感してもらう。つまり『サンプリング配布』です」
「な、なるほど……」
「次に、料理。大陸中の珍味? 輸送費の無駄です。メインディッシュは、我が領地の特産品であるジビエと川魚、そして新鮮野菜のフルコースにします」
「公爵家の結婚式で、川魚ですか……?」
「一流のシェフが調理すれば、どんな高級食材にも負けません。メニュー表には、しっかりと『購入申し込み用QRコード(魔道具)』を記載しておきます」
私は次々と赤ペンを入れていく。
「引き出物の『純金の置き時計』。重いし、趣味が合わないと邪魔なだけです。却下。代わりに、領内のガラス工房で作らせた『特製アロマキャンドル』と、地元の菓子店と共同開発した『幸せのハニーカステラ』にします」
「せ、生活感がありすぎませんか……?」
「実用性こそが正義です。貰って困る高価な置物より、食べてなくなる美味しいものの方が、顧客満足度(CS)は高いのです」
プランナーは脂汗を流しながらメモを取っている。
アイザック様は、最初は驚いていたが、次第にニヤニヤと笑い始めた。
「……くくっ。さすがカルルだ。結婚式まで『商売』にする気か」
「当然です。招待客は、国内外の有力貴族や商人たち。これほどの『見込み客リスト』が一堂に会する機会は他にありません」
私はニヤリと笑った。
「そして、ドレスについてですが」
「あ、はい! ドレスだけは! ドレスだけは最高級のものを!」
プランナーが縋るように叫ぶ。
「もちろん、最高級のものを用意します。ただし、輸入はしません」
「へ?」
「我が領地には、かつて『幻の絹』と呼ばれた織物の技術がありました。廃れてしまいましたが、私が職人を再招集し、復活させました」
私は一枚のデザイン画を取り出した。
「この『グラン・シルク』を使って、領内の職人たちにドレスを作らせます。私がそのドレスを着て美しく歩けば、それが最高の広告塔になります。『あの美しいドレスはどこの生地だ?』と注文が殺到するでしょう」
「……!!」
プランナーが目を見開いた。
「す、すごい……! 地場産業の復興まで組み込まれているとは……!」
「どうですか、アイザック様。これなら予算は十分の一。しかし、経済効果は測定不能(プライスレス)です」
私が胸を張ると、アイザック様は立ち上がり、ゆっくりと拍手をした。
「完璧だ。何も言うことはない」
彼は私の手を取り、愛おしそうに見つめた。
「君と結婚できて、領民たちも幸せだ。……だが、一つだけ条件がある」
「条件? なんでしょう」
「指輪だ。指輪だけは、俺に選ばせろ。経費削減は禁止だ」
アイザック様は真剣な眼差しで言った。
「これだけは、広告でも商売でもない。俺から君への、ただの愛の証だ。……文句は言わせないぞ」
その言葉に、私は胸がキュッとなった。
徹底的に合理化を進める私に対して、この人はいつも、大事なところだけは「非合理な愛」を貫いてくる。
「……分かりました。では、指輪の予算だけは『聖域(サンクチュアリ)』として計上します」
「ああ。世界一、君に似合うものを贈ろう」
***
こうして、前代未聞の「黒字化結婚式」の準備が始まった。
しかし、私の「効率化」は、予想外の方向へ飛び火していくことになる。
数日後。
ドレスの採寸をしている私の元に、マリアが血相を変えて飛び込んできた。
「カ、カルル様! 大変です!」
「どうしました? 寸法が合わない?」
「違います! 招待状の返信ハガキが届き始めたのですが……」
マリアは山のような手紙の束を抱えていた。
「出席希望者が、想定の三倍を超えています!」
「……はい?」
「『あのカルル嬢がプロデュースする式なら、何か面白いことがあるに違いない』『ビジネスチャンスだ』と、招待していない商人や、他国の貴族までが『参加費を払うから出席させてくれ』と!」
「……有料チケット制?」
私の目が、「¥(金貨)」マークになった(気がした)。
「マリア。会場の収容人数を再計算してください。立ち見席、および『バルコニー席(プレミアチケット)』を追加販売します」
「ええっ!? 結婚式でチケット販売ですか!?」
「需要があるなら供給する。それが市場の原理です」
私は即座に計算機を叩き始めた。
「アイザック様! 追加の警備予算を承認してください! 売上が倍増します!」
廊下を通りかかったアイザック様が、私の叫び声を聞いて、壁に手をついて笑い崩れていた。
「ははは! チケット制の結婚式か! 君には本当に退屈させられないな!」
私たちの結婚式は、もはや「式典」の枠を超え、一種の「フェスティバル」へと変貌しようとしていた。
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