婚約破棄に、承知いたしました。と返したら爆笑されました。

パリパリかぷちーの

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ついに、その日がやってきた。

グラン・ノワール公爵家の結婚式。

またの名を、「第一回グラン・ノワール大物産展兼商談会」である。

会場となった公爵邸の庭園は、早朝から熱気に包まれていた。

「いらっしゃいませー! こちらが話題の『朝露野菜』直売所でーす!」

「新作の『ハーブクッキー』、焼き上がりました! 引き出物と同じ味が、今なら試食できまーす!」

「『公爵夫人モデル』のドレス、先行予約はこちら! 限定百着!」

屋台が並び、売り子(メイド)たちの威勢のいい声が響く。

招待客である貴族や商人たちは、片手にワイン、片手に注文書を持ち、目を血走らせて買い物を楽しんでいる。

「……素晴らしい」

控え室の窓からその光景を見下ろし、私は満足げに頷いた。

「開始一時間で、物販の売上が目標比120%を達成しました。入場チケットの当日券も完売です」

「……カルル」

背後から、呆れたような、しかし甘い声がかかる。

振り返ると、純白のタキシードに身を包んだアイザック様が立っていた。

銀髪を整え、いつにも増して神々しい。

「君は、花嫁衣裳を着てもなお、電卓を離さないのか?」

「花嫁の嗜みです、あなた」

私は手元の電卓を隠し、くるりと回って見せた。

私が身に纏っているのは、領内の職人たちが魂を込めて織り上げた「グラン・シルク」のウエディングドレスだ。

真珠のような光沢と、羽衣のような軽やかさ。

デザインはシンプルだが、それが逆に素材の良さを際立たせている。

「……どうでしょうか? 広告塔として機能していますか?」

私が尋ねると、アイザック様は熱っぽい瞳で私を見つめ、ゆっくりと歩み寄ってきた。

「機能どころの話じゃない。……美しすぎて、誰にも見せたくないくらいだ」

彼は私の手を取り、甲にキスをした。

「本当なら、このまま部屋に閉じ込めておきたいところだが……そうもいかないな」

「ええ。お客様がお待ちですので。違約金が発生します」

「君らしいな」

私たちは腕を組み、チャペル(庭園特設ステージ)へと向かった。



「新郎新婦、入場!」

ファンファーレが鳴り響き、私たちがレッドカーペット(これも特産品の羊毛製)の上を歩き出すと、会場からは割れんばかりの拍手と歓声が上がった。

「キャーッ! アイザック様ぁぁ!」

「カルル様! そのドレス、買います! 言い値で!」

「こっち向いてー! 肖像画を描かせてくれー!」

フラッシュ(魔法の光)が焚かれ、まるでスターの凱旋パレードだ。

祭壇の前には、厳格そうな神父様が待っている。

私たちはその前に立ち、誓いの言葉を交わす……はずだった。

「アイザック・グラン・ノワール。あなたは、この者を妻とし、病める時も、健やかなる時も……」

神父様が厳かに問いかけた、その時。

「待ったぁぁぁーーっ!!」

ダァァン!!

会場の入り口の扉(仮設)が、蹴破られた。

音楽が止まり、ざわめきが広がる。

「な、なんだ?」

「演出か?」

入り口に立っていたのは、ボロボロの修道服を着た、薄汚れた男だった。

髪は伸び放題、頬はこけ、目は異様にぎらついている。

「その結婚、認めなぁぁい!!」

男は叫びながら、レッドカーペットの上を走ってきた。

警備の騎士たちが動こうとするが、あまりの異臭と狂気に、一瞬たじろぐ。

その隙に、男は祭壇の下まで駆け寄ってきた。

「ハァ……ハァ……! 間に合った……!」

男は私を見上げ、ニタリと笑った。

「カルル! 僕だ! ジェラールだ! 迎えに来たぞ!」

ジェラール。

元・王太子にして、現在は廃嫡され、修道院に幽閉されていたはずの男。

会場がどよめいた。

「あれが……噂の元王太子?」

「乞食かと思ったぞ」

「なんて無様な……」

私はアイザック様の腕の中から、冷ややかな視線を送った。

「……ジェラール様。お久しぶりです。随分と『経年劣化』されましたね」

「うるさい! これは世を忍ぶ仮の姿だ!」

ジェラールは胸を張った(修道服には穴が開いている)。

「カルル! 僕は知っているぞ! お前はこの悪徳公爵に脅されて、無理やり結婚させられようとしているんだろう!?」

「はい?」

「そうに決まっている! 金に汚いお前が、こんな男を選ぶはずがない! 僕という最高の男を知っているのだからな!」

思考回路がポジティブすぎて怖い。

彼はアイザック様を指差した。

「おい公爵! カルルを返せ! さもないと、この国を……」

「……黙れ」

アイザック様が、低く唸った。

その殺気に、ジェラールが「ひぃっ」と縮こまる。

「せっかくの式が台無しだ。……衛兵、つまみ出せ」

アイザック様が手を振る。

騎士たちがジェラールを取り押さえようとした。

「ま、待て! 離せ! 僕は客だぞ! 祝いに来てやったんだぞ!」

ジェラールが暴れる。

そこで、私は一歩前に出た。

「ストップ」

騎士たちが止まる。

私は階段を降り、ジェラールの目の前に立った。

「お客様、とおっしゃいましたね?」

「そ、そうだ! 元婚約者の結婚式だぞ! 特等席で見届ける権利がある!」

「なるほど」

私はニッコリと、営業用スマイルを浮かべた。

そして、右手を差し出した。

「では、チケットを拝見いたします」

「……は?」

「本日の結婚式は、完全チケット制となっております。当日券は金貨十枚ですが、お持ちでしょうか?」

「チ、チケット……?」

ジェラールは目を白黒させた。

「そんなもの、あるわけないだろう! 僕は着の身着のままで脱走して……いや、旅をしてきたんだ!」

「では、不法侵入ですね」

私の笑顔が、スッと消えた。

「チケットをお持ちでない方の入場は、固くお断りしております。加えて、式進行妨害罪、および異臭による環境汚染罪のオプション料金が発生します」

「な、なにを……」

「総額、金貨五百枚。……お支払いは?」

「は、払えるわけないだろう!」

「では、強制退場です」

私が指をパチンと鳴らすと、騎士たちが再びジェラールをガシッと掴んだ。

「さらに、今回は特別に『実家への強制送還サービス(着払い)』をお付けします」

「いやだ! 離せ! カルル、愛しているんだ! やり直そう! 僕が王になったら、贅沢させてやるからぁぁ!」

ジェラールが泣き叫ぶ。

その無様な姿に、会場の貴族たちからは失笑と憐憫の目が向けられる。

「あーあ、終わったなあいつ」

「元王太子があれじゃあねえ……」

「カルル様が捨てて正解だったわ」

引きずられていくジェラールの声が、遠ざかっていく。

「カルルぅぅぅ……! おぼえてろぉぉぉ……!」

バタン!

扉が閉まり、静寂が戻った。

私はドレスの埃を払うふりをして、祭壇へ戻った。

「……失礼いたしました。害虫駆除が完了しました」

「手際がいいな」

アイザック様が苦笑する。

「しかし、いいのか? あんなにあっさりと」

「ええ。彼には『私の結婚式で恥を晒した』という事実が、一番の罰になるでしょうから」

私は神父様に向き直った。

「神父様。中断して申し訳ありません。続きをどうぞ。……あ、延長料金は払いませんよ?」

「は、はい……!」

神父様は震える声で再開した。

「……えー、では。誓いのキスを」

アイザック様が私のベールを上げる。

その瞳が、慈愛に満ちて私を映している。

「カルル。……愛している」

「……私もです、アイザック様」

私たちの唇が重なる。

その瞬間、会場からは拍手と共に、なぜか「おひねり」が飛んできた。

チャリン、チャリン!

金貨や銀貨が、レッドカーペットに投げ込まれる。

「おめでとう!」

「いいキスだったぞ!」

「感動した! 祝儀だ、取っておけ!」

もはや結婚式というより、大衆演劇のカーテンコールのようだ。

私はキスの最中にもかかわらず、地面に落ちる硬貨の音を聞いて、つい計算をしてしまった。

(……この音は金貨が多いですね。ざっと見積もって二百枚……清掃スタッフへの特別ボーナスが出せそうです)

唇が離れると、アイザック様が呆れたように笑っていた。

「……今、金の計算をしていただろう?」

「バレましたか?」

「君の瞳が『¥』になっていたからな」

「職業病です」

「一生治らない病気だな」

「治療する気もありません」

私たちは顔を見合わせて笑い、そして繋いだ手を高く掲げた。

青空の下、フラワーシャワー(自家製ハーブ)が舞う。

こうして、私たちの結婚式は、元王太子の乱入というハプニングさえも「余興」として消化し、大盛況かつ大黒字のうちに幕を閉じた。

だが。

これで物語が終わるわけではない。

結婚式の夜。つまり、「初夜」が待っているのだ。

これまで「仕事」と「金」の話ばかりしてきた私にとって、最も未経験で、最も計算が通じない領域。

「……ねえ、アイザック様」

馬車で屋敷に戻る途中、私は小声で尋ねた。

「……今夜のスケジュールですが」

「ん? ああ、もちろん空けてある」

アイザック様が、意味深に微笑む。

「朝まで、たっぷりと俺に付き合ってもらうぞ。……逃がさないからな、奥様?」

その甘い響きに、私は初めて、経営危機に直面した時以上の冷や汗をかいたのだった。
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