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「……却下です」
公爵邸の応接室。
私は、目の前に突きつけられた豪華な羊皮紙を、冷徹な眼差しで一瞥し、即座に突き返した。
「な、なぜだ!? かっこいいだろう!?」
悲痛な叫びを上げたのは、この国――グラン・ノワール王国の国王、フレデリック陛下だ。
アイザック様の叔父にあたるこの国王は、私の妊娠を聞きつけるや否や、万難を排して(公務を放り出して)お祝いに駆けつけてきた。
そして、「ワシが名付け親になる!」と宣言し、このリストを持参したのだ。
「陛下。もう一度、その候補名を読み上げていただけますか?」
「うむ! 男の子なら『ヴォルガ・ドラグニル・カイザー・グラン・ノワール・ゼ・サード』! 女の子なら『プリンセス・エンジェル・リリカル・ローズ・マリー』だ!」
「……長すぎます」
私はこめかみを揉んだ。
「名前が長すぎると、決裁書類へのサインに時間がかかります。一回の署名で五秒のロス。生涯で数万回のサインをすると仮定すれば、数百時間の人生の浪費です」
「そ、そこから計算するのか……?」
「それに、呼びにくい名前は部下への指示伝達ミスを誘発します。もっと短く、発音しやすく、かつ威厳のある名前であるべきです」
私は赤ペンを取り出し、羊皮紙のキラキラネームに二重線を引いた。
「ぐぬぬ……! では、アイザック! お前の案はどうなんだ!」
国王が、隣に座るアイザック様に助け船を求める。
アイザック様は自信満々に頷き、フリップ(画用紙)を出した。
「俺の案はこれだ」
『カルル二世(男でも女でも)』
「……却下です」
私は即答した。
「なぜだ! 君への愛が溢れているだろう!?」
「溢れすぎて家庭内がカオスになります。『カルル、おむつを変えてくれ』と言われた時、私が反応してしまいます」
「む……確かに、君におむつを履かせるわけにはいかないな」
「そういう問題ではありません」
私は溜息をついた。
「二人とも、真面目に考えてください。この子の名前は、将来の『公爵家当主』としてのブランド名でもあるのです」
私はホワイトボードの前に立った。
大きなお腹を抱えながら、指示棒を振る。
「命名における評価基準(KPI)は以下の三点です」
1.**視認性**(名刺や書類で映えるか)
2.**国際性**(他国の言語でも発音しやすいか)
3.**好感度**(領民や取引先に愛されるか)
「これらを満たす名前を、ブレインストーミング形式で出し合いましょう」
「……カルルちゃん、名付けってそんな会議室でやるもんなの?」
国王陛下が引きつった笑みを浮かべる。
「当然です。一生使う『固有名詞(ID)』ですよ? 慎重かつ論理的に決定する必要があります」
***
そこから、地獄の「命名プレゼン大会」が始まった。
「では、これはどうだ! 『レオン』! 強く逞しい獅子のように!」
国王が提案する。
「ありきたりですね。検索ヒット数が多すぎて、個人特定が困難です。SEO対策的に弱いです」
「じゃあ、『シエル』! 空のように広く!」
アイザック様が提案する。
「悪くありませんが、少し弱々しい印象です。舐められるリスクがあります」
「なら、『ゴールド』はどうだ!」
国王がヤケクソ気味に叫ぶ。
「……金(Gold)。嫌いではありませんが、あまりに直球すぎて品位に欠けます」
私は腕を組んだ。
「もっとこう……知的で、利益を生み出しそうで、かつ優雅な響き……」
「注文が多いな!」
三時間が経過した。
ホワイトボードは却下された名前で埋め尽くされ、国王陛下はソファでぐったりとし、アイザック様も疲れ果てていた。
「……もう、なんでもいいんじゃないか? 元気に育てば」
アイザック様が弱音を吐く。
「ダメです。妥協は将来の禍根になります」
その時だった。
ポコッ。
お腹の中で、赤ちゃんが大きく動いた。
「あ」
「どうした、カルル!」
アイザック様が飛び起きる。
「動きました。……どうやら、赤ちゃんもこの不毛な会議に飽きてきたようです」
私はお腹を撫でながら、ふと思いついた名前を口にした。
「……『アル』はどうでしょう」
「アル?」
「はい。私の『カルル』と、アイザック様の『アイザック(Izarck)』の響きを取り、さらに古語で『宝』や『始まり』を意味します」
「アル……アル・グラン・ノワール」
アイザック様が口の中で転がすように呟く。
「短くて、呼びやすくて、響きもいい。……それに、Aから始まる名前は、名簿の最初に来るから目立つな」
「その通りです。出席番号1番は、何かと優位性があります」
私が補足すると、国王陛下も身を乗り出した。
「おお! いいじゃないか! アル! 賢そうで、強そうだ!」
ポコッ、ポコポコッ!
お腹の赤ちゃんが、連打でキックを入れた。
「……どうやら、本人(決定権者)も承認したようです」
私が微笑むと、室内の空気が一気に緩んだ。
「決まりだな。男の子ならアルフレッド、女の子ならアルリナ。愛称は『アル』で統一しよう」
アイザック様が優しく私のお腹に手を当てた。
「よくやったな、アル。パパとママの長い会議を終わらせてくれてありがとう」
「さすがワシの又甥だ! 空気が読める!」
国王陛下が豪快に笑う。
「よし! では、祝いに国一番の職人に『アル様専用・黄金のガラガラ』を作らせよう!」
「陛下。黄金は重いので、誤って落とした時に怪我をします。純金ではなく、軽量化された金メッキ加工の木製にし、浮いた予算は教育信託口座へ振り込んでください」
「……カルルちゃん、ブレないねぇ」
こうして、長きにわたる命名戦争は、赤ちゃんの「鶴の一声(キック)」により、無事に終結した。
名前は決まった。
あとは、その時を待つだけだ。
季節は巡り、冬が終わり、春が訪れる頃。
ついに、私たちの「最高傑作」が世に出る日がやってくる。
だが、私の出産が「普通」で終わるはずがなかった。
「陣痛? まだです。今の間隔は十分おき。あと三件、書類の決裁が終わるまでは産みません!」
「頼むから産んでくれカルルぅぅぅ!!」
分娩室での最終決戦が、幕を開けようとしていた。
公爵邸の応接室。
私は、目の前に突きつけられた豪華な羊皮紙を、冷徹な眼差しで一瞥し、即座に突き返した。
「な、なぜだ!? かっこいいだろう!?」
悲痛な叫びを上げたのは、この国――グラン・ノワール王国の国王、フレデリック陛下だ。
アイザック様の叔父にあたるこの国王は、私の妊娠を聞きつけるや否や、万難を排して(公務を放り出して)お祝いに駆けつけてきた。
そして、「ワシが名付け親になる!」と宣言し、このリストを持参したのだ。
「陛下。もう一度、その候補名を読み上げていただけますか?」
「うむ! 男の子なら『ヴォルガ・ドラグニル・カイザー・グラン・ノワール・ゼ・サード』! 女の子なら『プリンセス・エンジェル・リリカル・ローズ・マリー』だ!」
「……長すぎます」
私はこめかみを揉んだ。
「名前が長すぎると、決裁書類へのサインに時間がかかります。一回の署名で五秒のロス。生涯で数万回のサインをすると仮定すれば、数百時間の人生の浪費です」
「そ、そこから計算するのか……?」
「それに、呼びにくい名前は部下への指示伝達ミスを誘発します。もっと短く、発音しやすく、かつ威厳のある名前であるべきです」
私は赤ペンを取り出し、羊皮紙のキラキラネームに二重線を引いた。
「ぐぬぬ……! では、アイザック! お前の案はどうなんだ!」
国王が、隣に座るアイザック様に助け船を求める。
アイザック様は自信満々に頷き、フリップ(画用紙)を出した。
「俺の案はこれだ」
『カルル二世(男でも女でも)』
「……却下です」
私は即答した。
「なぜだ! 君への愛が溢れているだろう!?」
「溢れすぎて家庭内がカオスになります。『カルル、おむつを変えてくれ』と言われた時、私が反応してしまいます」
「む……確かに、君におむつを履かせるわけにはいかないな」
「そういう問題ではありません」
私は溜息をついた。
「二人とも、真面目に考えてください。この子の名前は、将来の『公爵家当主』としてのブランド名でもあるのです」
私はホワイトボードの前に立った。
大きなお腹を抱えながら、指示棒を振る。
「命名における評価基準(KPI)は以下の三点です」
1.**視認性**(名刺や書類で映えるか)
2.**国際性**(他国の言語でも発音しやすいか)
3.**好感度**(領民や取引先に愛されるか)
「これらを満たす名前を、ブレインストーミング形式で出し合いましょう」
「……カルルちゃん、名付けってそんな会議室でやるもんなの?」
国王陛下が引きつった笑みを浮かべる。
「当然です。一生使う『固有名詞(ID)』ですよ? 慎重かつ論理的に決定する必要があります」
***
そこから、地獄の「命名プレゼン大会」が始まった。
「では、これはどうだ! 『レオン』! 強く逞しい獅子のように!」
国王が提案する。
「ありきたりですね。検索ヒット数が多すぎて、個人特定が困難です。SEO対策的に弱いです」
「じゃあ、『シエル』! 空のように広く!」
アイザック様が提案する。
「悪くありませんが、少し弱々しい印象です。舐められるリスクがあります」
「なら、『ゴールド』はどうだ!」
国王がヤケクソ気味に叫ぶ。
「……金(Gold)。嫌いではありませんが、あまりに直球すぎて品位に欠けます」
私は腕を組んだ。
「もっとこう……知的で、利益を生み出しそうで、かつ優雅な響き……」
「注文が多いな!」
三時間が経過した。
ホワイトボードは却下された名前で埋め尽くされ、国王陛下はソファでぐったりとし、アイザック様も疲れ果てていた。
「……もう、なんでもいいんじゃないか? 元気に育てば」
アイザック様が弱音を吐く。
「ダメです。妥協は将来の禍根になります」
その時だった。
ポコッ。
お腹の中で、赤ちゃんが大きく動いた。
「あ」
「どうした、カルル!」
アイザック様が飛び起きる。
「動きました。……どうやら、赤ちゃんもこの不毛な会議に飽きてきたようです」
私はお腹を撫でながら、ふと思いついた名前を口にした。
「……『アル』はどうでしょう」
「アル?」
「はい。私の『カルル』と、アイザック様の『アイザック(Izarck)』の響きを取り、さらに古語で『宝』や『始まり』を意味します」
「アル……アル・グラン・ノワール」
アイザック様が口の中で転がすように呟く。
「短くて、呼びやすくて、響きもいい。……それに、Aから始まる名前は、名簿の最初に来るから目立つな」
「その通りです。出席番号1番は、何かと優位性があります」
私が補足すると、国王陛下も身を乗り出した。
「おお! いいじゃないか! アル! 賢そうで、強そうだ!」
ポコッ、ポコポコッ!
お腹の赤ちゃんが、連打でキックを入れた。
「……どうやら、本人(決定権者)も承認したようです」
私が微笑むと、室内の空気が一気に緩んだ。
「決まりだな。男の子ならアルフレッド、女の子ならアルリナ。愛称は『アル』で統一しよう」
アイザック様が優しく私のお腹に手を当てた。
「よくやったな、アル。パパとママの長い会議を終わらせてくれてありがとう」
「さすがワシの又甥だ! 空気が読める!」
国王陛下が豪快に笑う。
「よし! では、祝いに国一番の職人に『アル様専用・黄金のガラガラ』を作らせよう!」
「陛下。黄金は重いので、誤って落とした時に怪我をします。純金ではなく、軽量化された金メッキ加工の木製にし、浮いた予算は教育信託口座へ振り込んでください」
「……カルルちゃん、ブレないねぇ」
こうして、長きにわたる命名戦争は、赤ちゃんの「鶴の一声(キック)」により、無事に終結した。
名前は決まった。
あとは、その時を待つだけだ。
季節は巡り、冬が終わり、春が訪れる頃。
ついに、私たちの「最高傑作」が世に出る日がやってくる。
だが、私の出産が「普通」で終わるはずがなかった。
「陣痛? まだです。今の間隔は十分おき。あと三件、書類の決裁が終わるまでは産みません!」
「頼むから産んでくれカルルぅぅぅ!!」
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