もう何も奪わせない。私が悪役令嬢になったとしても。

パリパリかぷちーの

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王妃主催の茶会は、最悪の形で幕を閉じた。

俺は、第一王子エドワード・フォン・ロートリンゲン。

公衆の面前で、俺の新しい婚約者であるリリアンが、元婚約者のエレノアに完膚なきまでに叩きのめされるのを、ただ見ていることしかできなかった。

「二度と、わたくしを貴女がたの茶番劇に巻き込まないでくださる?」

あの時の、エレノアの冷たい瞳。

俺たちを「茶番」と切り捨てた、あの侮蔑に満ちた微笑み。

あれが、本当に俺の知っているエレノアだというのか。

王宮に戻る馬車の中、リリアンはずっと泣いていた。

「ひどいですわ、エドワード様……。エレノア様、あんなに変わってしまわれて……。わたくしが、何か悪いことをしたというのですか……」

以前なら、俺はすぐに彼女を抱きしめ、その小さな背中を撫でてやれただろう。

「大丈夫だ、リリアン。君は何も悪くない。悪いのは、君の優しさに甘えるエレノアの方だ」と。

しかし、今の俺は、その言葉を素直に口にすることができなかった。

リリアンの涙が、なぜかひどく「作られたもの」のように見えて、鬱陶しささえ覚えていた。

「……エレノアは、疲れているだけだろう。領地の立て直しで、気が立っているに違いない」

俺がそう言うと、リリアンは信じられないという顔で俺を見上げた。

「……!エドワード様は、エレノア様の味方をなさるのですか!?」

「そういうわけではない!だが、事実、ヴァルガス家は我らの助成なしに再起しつつある。あのエレノアが、先頭に立って指揮していると聞く」

「それは……」

リリアンは、それ以上何も言えず、ただ唇を噛み締めていた。

自室に戻り、一人になると、俺は深い疲労感と共に椅子に倒れ込んだ。

いったい、どこで間違えた?

俺は、エレノア・フォン・ヴァルガスという女を、完璧に理解しているつもりだった。

幼い頃から、俺の妃となるべく育てられた人形。

感情を表に出さず、常に完璧な淑女として振る舞い、俺の言うことには黙って従う。

それが、俺の知るエレノアだった。

正直、その完璧さが、時々ひどく息苦しかった。

そこに、リリアンが現れたのだ。

太陽のように明るく、脆(もろ)い硝子細工のように儚(はかな)げな少女。

彼女は、俺が今まで知らなかった「感情」を、ストレートにぶつけてきた。

喜び、悲しみ、そして、怯え。

俺は、彼女を守ってやりたいと、心の底から思ったのだ。

リリアンは、よくエレノアの話をした。

『エレノア様は、本当に素晴らしい方。でも、時々、お可哀想になるのです』

そう言って、彼女は涙ぐむのだ。

『妃教育が窮屈だと、嘆いておられました。「王子妃の座」は、望んだものではない、と……』

『わたくしのような、何の力もない王女とは違って、エレノア様はすべてをお持ちなのに……。エドワード様の公務が忙しくて、寂しいと愚痴をこぼされて……』

俺は、それを聞くたびに、エレノアへの失望を募らせていった。

俺が国のために身を粉にしているというのに、彼女は婚約者という立場にあぐらをかき、不満ばかりを口にしているのか、と。

彼女の「冷たさ」は、俺への愛情がない証拠なのだと。

だから、俺は決断した。

不満ばかりの「冷たい女」よりも、俺を心から慕い、支えようとしてくれる「可憐な花」を選ぶべきだと。

あの舞踏会の日、俺は正義を執行するつもりだった。

だが。

今日の茶会でのエレノアは、どうだ。

彼女は、リリアンが涙を浮かべて「許して」と縋(すが)った時、何と言った?

「わたくしが、いつまでも貴女がたの『真実の愛』の障害になっているかのように仰(おっしゃ)るのは……やめていただけます?」

違う。

彼女は、俺たちの「愛」を、まるでどうでもいいもののように扱った。

そして、こうも言った。

「わたくしは今、領地経営の立て直しに必死ですの。貴女がたのように、愛だの恋だのにうつつを抜かしている暇は、ございませんのよ」

リリアンの言葉が真実なら、エレノアは「妃教育が窮屈」だったはずだ。

それなのに、なぜ、婚約破棄されて自由になった今、妃教育よりもよほど困難で「窮屈」な、領地経営の立て直しなどに必死になっている?

辻褄(つじつま)が、合わない。

まさか。

俺は、冷や汗が背中を伝うのを感じた。

まさか、リリアンが俺に伝えてきた「エレノアの言葉」は、すべて……。

いや、リリアンは、そんな計算高いことができるような娘ではない。

彼女は純粋だ。

純粋だからこそ、エレノアの些細な愚痴を、そのまま真に受けてしまっただけかもしれない。

だが、もし。

もし、リリアンが意図的に、俺に「そう」思い込ませるように、情報を操作していたとしたら?

俺は、リリアンの「可憐さ」というフィルターを通してしか、エレノアを見ていなかったのではないか?

俺は、エレノア自身の言葉を、一度でも聞こうとしただろうか。

婚約破棄を告げたあの夜。

エレノアは、俺の言葉に驚き、傷つき、そして絶望した顔をしていた。

あの時、彼女は俺を「冷たい」などとは思っていなかった。

彼女は、俺を愛していた……?

だからこそ、あそこまで変貌したのか?

俺に捨てられた絶望が、彼女をあの「悪役令嬢」に変えたというのか?

「……くそっ」

俺は、机を拳で殴りつけた。

分からない。

エレノアの本心が、まったく分からない。

リリアンを選んだ俺の決断は、本当に正しかったのか。

俺は、自分の手で、最も価値のあるものを捨ててしまったのではないか。

その疑念が、毒のように俺の心を蝕(むしば)み始めていた。

俺は、エレノアの真実を、確かめなければならない。

そう、強く思うようになっていた。
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