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第三話:夜明けの決意、新たな道筋
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夜が明け、窓の隙間から差し込む朝日がアリアドネの顔を照らした。
昨夜の雨が嘘のように空は晴れ渡り、新しい一日が始まろうとしている。
アリアドネは、硬いベッドの上でゆっくりと身を起こした。
体はまだ疲労感を訴えていたが、心は不思議と軽やかだった。
絶望の淵から這い上がり、生きるという明確な目標を見つけたからだろうか。
部屋を出ると、宿の女主人が朝食の準備をしていた。
簡素な黒パンと野菜スープの匂いが漂ってくる。
「おはようございます。昨夜はありがとうございました。」
アリアドネが深々と頭を下げると、女主人はぶっきらぼうながらも頷いた。
「ああ、起きたのかい。顔色はだいぶ良くなったようだね。朝食ならそこにあるから、勝手に食べな。」
女主人はそう言うと、カウンターの隅を顎でしゃくった。
そこには、アリアドネの分であろう一杯のスープと一切れのパンが置かれていた。
「ありがとうございます。いただきます。」
温かいスープが、冷え切っていたアリアドネの体に染み渡る。
食事を終え、アリアドネは残っていた銀貨の中から宿代を支払い、改めて礼を述べた。
「お世話になりました。この街で少し仕事を探そうと思っているのですが、薬草を扱っているようなお店をご存知ありませんか。」
思い切って尋ねると、女主人は少し意外そうな顔をしたが、すぐに顎に手を当てて考え込む。
「薬草かい……。そういえば、市場の先の通りに、古くからやってる薬師の店があったはずだよ。名前は……確か、『エルムの薬草店』だったかね。」
「エルムの薬草店……ありがとうございます!早速行ってみます。」
貴重な情報を得て、アリアドネの瞳が輝いた。
「あんた、見かけによらずしっかりしてるんだね。幸運を祈るよ。」
女主人はそう言って、ふいと顔を背けたが、その横顔は少しだけ優しく見えた。
アリアドネは再び深々と頭を下げ、宿を後にした。
教えられた通り、市場を抜け、少し寂れた通りを進むと、古びた木製の看板に「エルムの薬草店」と書かれた店が見つかった。
店構えは小さいが、ショーウィンドウには乾燥させた薬草の束や、色とりどりの軟膏が入った小瓶が丁寧に並べられている。
(ここなら、私の知識が役に立つかもしれない……!)
アリアドネは深呼吸を一つして、店の扉を叩いた。
「ごめんください。」
中から出てきたのは、白髪混じりの初老の男性だった。
穏やかそうな顔立ちだが、その瞳は鋭く、アリアドネの姿を値踏みするように見ている。
店主のゼノと名乗ったその男性に、アリアドネは事情を簡潔に話し(もちろん、貴族であることや追放されたことは伏せて)、薬草の知識があり、何か手伝いをさせてほしいと申し出た。
「ほう、薬草の知識があると?お嬢さんのような若い方が珍しいな。」
ゼノは興味深そうにアリアドネを見つめた。
アリアドネは、これまでの経験で得た薬草の効能や組み合わせ、さらには珍しい薬草の生育場所などについて、淀みなく語って聞かせた。
最初は半信半疑だったゼノも、アリアドネの豊富な知識と的確な説明に、次第に目を見張っていく。
「……素晴らしい。これほど薬草に詳しいとは、どこで学ばれたんだね?」
「幼い頃から書物を読んだり、実際に庭で育てたりしておりました。」
「ふむ……。実は最近、腰を痛めてしまってね。薬草の採集や調合に手が回らず困っていたところなんだ。もし君さえ良ければ、試しに少し手伝ってもらえないだろうか。」
ゼノの提案は、アリアドネにとってまさに渡りに船だった。
「はい!喜んでお引き受けいたします!」
こうして、アリアドネは「エルムの薬草店」で働くことになった。
住む場所も、店の裏にある小さな空き部屋を格安で貸してもらえることになった。
屋根裏部屋のような宿の一室に比べれば、ずっと快適な場所だった。
アリアドネの仕事は、薬草の仕分けや乾燥、簡単な調合の手伝いから始まった。
貴族令嬢だった彼女にとって、肉体労働は初めての経験だったが、不思議と苦にはならなかった。
むしろ、自分の知識が誰かの役に立っているという実感が、彼女に新たな喜びを与えてくれた。
ゼノは口数は少ないが、アリアドネの仕事ぶりを温かく見守り、時折的確なアドバイスをくれた。
アリアドネの飲み込みの早さと勤勉さに、ゼノは日に日に感心しているようだった。
数日もすると、アリアドネは店の仕事にも慣れ、ゼノから少しずつ重要な調合も任されるようになっていった。
彼女が作る薬は評判が良く、以前よりも客が増えたとゼノも喜んでいた。
日中は薬草店の仕事に没頭し、夜は貸してもらった部屋で薬草に関する書物を読みふける。
そんな忙しい毎日が、アリアドネの心の傷を少しずつ癒していった。
しかし、エリオットとリディアへの怒りが消えたわけではない。
ある夜、仕事を終えたアリアドネは、部屋の小さな窓から遠くに見える貴族街の灯りを眺めていた。
その方角には、アシュフォード公爵家の壮麗な屋敷があるはずだ。
(今頃、あの二人は何をしているのかしら……)
きっと、何も知らずに甘い夜を過ごしているのだろう。
アリアドネが全てを奪われ、こうして必死に生きていることなど、想像もしていないに違いない。
(必ず……必ずあなたたちの悪事を白日の下に晒し、奪われたもの以上のものを手に入れてみせる……!)
アリアドネの瑠璃色の瞳に、再び復讐の炎が静かに燃え上がった。
昨夜の雨が嘘のように空は晴れ渡り、新しい一日が始まろうとしている。
アリアドネは、硬いベッドの上でゆっくりと身を起こした。
体はまだ疲労感を訴えていたが、心は不思議と軽やかだった。
絶望の淵から這い上がり、生きるという明確な目標を見つけたからだろうか。
部屋を出ると、宿の女主人が朝食の準備をしていた。
簡素な黒パンと野菜スープの匂いが漂ってくる。
「おはようございます。昨夜はありがとうございました。」
アリアドネが深々と頭を下げると、女主人はぶっきらぼうながらも頷いた。
「ああ、起きたのかい。顔色はだいぶ良くなったようだね。朝食ならそこにあるから、勝手に食べな。」
女主人はそう言うと、カウンターの隅を顎でしゃくった。
そこには、アリアドネの分であろう一杯のスープと一切れのパンが置かれていた。
「ありがとうございます。いただきます。」
温かいスープが、冷え切っていたアリアドネの体に染み渡る。
食事を終え、アリアドネは残っていた銀貨の中から宿代を支払い、改めて礼を述べた。
「お世話になりました。この街で少し仕事を探そうと思っているのですが、薬草を扱っているようなお店をご存知ありませんか。」
思い切って尋ねると、女主人は少し意外そうな顔をしたが、すぐに顎に手を当てて考え込む。
「薬草かい……。そういえば、市場の先の通りに、古くからやってる薬師の店があったはずだよ。名前は……確か、『エルムの薬草店』だったかね。」
「エルムの薬草店……ありがとうございます!早速行ってみます。」
貴重な情報を得て、アリアドネの瞳が輝いた。
「あんた、見かけによらずしっかりしてるんだね。幸運を祈るよ。」
女主人はそう言って、ふいと顔を背けたが、その横顔は少しだけ優しく見えた。
アリアドネは再び深々と頭を下げ、宿を後にした。
教えられた通り、市場を抜け、少し寂れた通りを進むと、古びた木製の看板に「エルムの薬草店」と書かれた店が見つかった。
店構えは小さいが、ショーウィンドウには乾燥させた薬草の束や、色とりどりの軟膏が入った小瓶が丁寧に並べられている。
(ここなら、私の知識が役に立つかもしれない……!)
アリアドネは深呼吸を一つして、店の扉を叩いた。
「ごめんください。」
中から出てきたのは、白髪混じりの初老の男性だった。
穏やかそうな顔立ちだが、その瞳は鋭く、アリアドネの姿を値踏みするように見ている。
店主のゼノと名乗ったその男性に、アリアドネは事情を簡潔に話し(もちろん、貴族であることや追放されたことは伏せて)、薬草の知識があり、何か手伝いをさせてほしいと申し出た。
「ほう、薬草の知識があると?お嬢さんのような若い方が珍しいな。」
ゼノは興味深そうにアリアドネを見つめた。
アリアドネは、これまでの経験で得た薬草の効能や組み合わせ、さらには珍しい薬草の生育場所などについて、淀みなく語って聞かせた。
最初は半信半疑だったゼノも、アリアドネの豊富な知識と的確な説明に、次第に目を見張っていく。
「……素晴らしい。これほど薬草に詳しいとは、どこで学ばれたんだね?」
「幼い頃から書物を読んだり、実際に庭で育てたりしておりました。」
「ふむ……。実は最近、腰を痛めてしまってね。薬草の採集や調合に手が回らず困っていたところなんだ。もし君さえ良ければ、試しに少し手伝ってもらえないだろうか。」
ゼノの提案は、アリアドネにとってまさに渡りに船だった。
「はい!喜んでお引き受けいたします!」
こうして、アリアドネは「エルムの薬草店」で働くことになった。
住む場所も、店の裏にある小さな空き部屋を格安で貸してもらえることになった。
屋根裏部屋のような宿の一室に比べれば、ずっと快適な場所だった。
アリアドネの仕事は、薬草の仕分けや乾燥、簡単な調合の手伝いから始まった。
貴族令嬢だった彼女にとって、肉体労働は初めての経験だったが、不思議と苦にはならなかった。
むしろ、自分の知識が誰かの役に立っているという実感が、彼女に新たな喜びを与えてくれた。
ゼノは口数は少ないが、アリアドネの仕事ぶりを温かく見守り、時折的確なアドバイスをくれた。
アリアドネの飲み込みの早さと勤勉さに、ゼノは日に日に感心しているようだった。
数日もすると、アリアドネは店の仕事にも慣れ、ゼノから少しずつ重要な調合も任されるようになっていった。
彼女が作る薬は評判が良く、以前よりも客が増えたとゼノも喜んでいた。
日中は薬草店の仕事に没頭し、夜は貸してもらった部屋で薬草に関する書物を読みふける。
そんな忙しい毎日が、アリアドネの心の傷を少しずつ癒していった。
しかし、エリオットとリディアへの怒りが消えたわけではない。
ある夜、仕事を終えたアリアドネは、部屋の小さな窓から遠くに見える貴族街の灯りを眺めていた。
その方角には、アシュフォード公爵家の壮麗な屋敷があるはずだ。
(今頃、あの二人は何をしているのかしら……)
きっと、何も知らずに甘い夜を過ごしているのだろう。
アリアドネが全てを奪われ、こうして必死に生きていることなど、想像もしていないに違いない。
(必ず……必ずあなたたちの悪事を白日の下に晒し、奪われたもの以上のものを手に入れてみせる……!)
アリアドネの瑠璃色の瞳に、再び復讐の炎が静かに燃え上がった。
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