【完結】瑠璃色の薬草師

シマセイ

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第十七話:闇夜の潜入、暴かれる真実の欠片

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トーマスから託された情報と、古い倉庫の見取り図。

アリアドネとルシアンは、数日間にわたり、それらを元にアシュフォード公爵家管理の倉庫への潜入計画を練りに練った。

失敗は許されない。

それは、エリオット・アシュフォードの不正を暴くための、そしてアリアドネの復讐を果たすための、極めて重要な一歩だった。

アリアドネは、薬草師としての知識を総動員した。

警備の者の嗅覚を鈍らせ、注意力を散漫にさせるための特殊な匂い袋。

万が一、発見された際に追跡を遅らせるための、軽い目眩を引き起こす煙玉。

そして、一同の神経を落ち着かせ、集中力を高めるためのハーブティー。

辺境伯アルフレッドがアリアドネのために派遣してくれている護衛の中から、特に隠密行動に長けた信頼できる二名が、この危険な任務に同行することになった。

決行は、新月の夜と定められた。

漆黒の闇が、彼らの行動を覆い隠してくれるだろう。

深夜、アリアドネ、ルシアン、そして二人の護衛は、黒衣に身を包み、王都の波止場近くに建つ、アシュフォード公爵家が所有する古いレンガ造りの倉庫へと向かった。

潮の香りと、魚の生臭さが漂うその場所は、昼間の喧騒が嘘のように静まり返っている。

トーマスの情報通り、倉庫の警備は比較的緩やかだった。

しかし、それは油断を誘う罠かもしれなかった。

一行は、アリアドネが調合した匂い袋を風下に置き、警備犬の注意を逸らしながら、慎重に倉庫の裏手へと回り込む。

古い木製の扉は、特殊な道具を使って音もなく開けられた。

倉庫の中は、カビ臭く、ひんやりとした空気が漂っていた。

積み上げられた木箱や麻袋が、巨大な影となって彼らの行く手を阻む。

トーマスが示した隠し部屋は、倉庫の最も奥まった、一見するとただの壁にしか見えない場所にあった。

ルシアンが壁の一部を慎重に押すと、ギシリという低い音と共に、隠し扉がその姿を現した。

「……あった。」

息を詰めていたアリアドネが、小さく呟いた。

しかし、隠し部屋の内部には、さらなる罠が仕掛けられていた。

床の一部に、踏むと警報が鳴る仕掛けが施されていたのだ。

アリアドネは、床板のわずかな歪みと、そこに撒かれた微量の特殊な粉末(踏むと色が変わり、痕跡が残るもの)に気づき、間一髪でその罠を回避した。

彼女の鋭い観察眼と薬草に関する知識が、一行を危機から救ったのだ。

そして、ついに彼らは目的のものを発見する。

部屋の隅の床下に隠されていた、分厚い革表紙の帳簿の写しと、数通の封蝋が施された古い封書。

アリアドネは、それらを震える手で掴み、用意していた防水の袋に収めた。

その時だった。

倉庫の外から、複数の足音と、誰何する声が聞こえてきた。

定期巡回の警備員たちが、予定よりも早く現れたのだ。

「まずい、見つかったか!」

護衛の一人が緊張した声を上げる。

アリアドネは冷静だった。

「ルシアン様、これを!護衛の方々と共に、先に脱出してください!」

彼女は、懐から小さな袋を取り出し、ルシアンに手渡した。

中には、催涙効果と軽い混乱作用を引き起こす薬草の粉末が入っている。

そして、もう一つの袋を手に取り、迫りくる警備員たちの足元へと力強く投げつけた。

パンッという乾いた音と共に、刺激臭のある煙が立ち昇り、警備員たちは激しく咳き込み、視界を奪われた。

その隙に、ルシアンと護衛たちは、アリアドネが指示した別の脱出口から無事に倉庫を脱出。

アリアドネもまた、煙に紛れて彼らの後を追った。

翌日。

アリアドネの店の厳重に施錠された研究室で、彼女とルシアンは、昨夜入手した書類を息を詰めて検分していた。

帳簿の写しには、エリオットが鉱山開発の利権を得るために、王都の有力な役人や、影響力のある貴族たちに渡した賄賂の金額と日付が、克明に記録されていた。

さらに、反対派の地主たちを脅迫し、不当に安い価格で土地を収奪した際の、念書や契約書の控えも含まれていた。

安全基準を度外視した杜撰な開発計画書は、多くの作業員たちの命を危険に晒していたことを如実に物語っている。

そして、封書の一つには、リディアが公爵夫人となってから、エリオットの不正な利益の一部が、彼女の贅沢な浪費――高価なドレスや宝石、そして派手な夜会の費用――に充てられていたことを示唆する、金の流れを記した覚書まで見つかった。

「……これが、あの男の正体……そして、あの女も同罪だわ……」

アリアドネは、怒りに唇を噛み締め、書類を握る手が微かに震えていた。

しかし、その瑠璃色の瞳は、怒りと共に、冷徹なまでの決意を宿していた。

「ルシアン様、これらの証拠があれば、アシュフォード公爵を社会的に失脚させることも可能かもしれません。」

興奮を隠せないルシアンに対し、アリアドネは静かに、しかし力強く言った。

「しかし、焦ってはなりません。まずは、これらの証拠の裏付けを徹底的に取り、最も効果的な暴露の時期と方法を慎重に見極める必要があります。下手に動けば、彼らに反撃の機会を与え、全てが水泡に帰す可能性もありますから。」

彼女の冷静な判断に、ルシアンも頷いた。

アリアドネは、これらの証拠の写しを複数作成し、一つは辺境伯アルフレッドへ、もう一つはアルバン元王宮薬草管理官へ、極秘裏に届ける手筈を整えることを提案した。

彼らの知恵と影響力を借りることが、この戦いを有利に進める上で不可欠だと考えたからだ。

一方、王都の社交界では、リディアが贔屓にしていた高級ドレス店のスキャンダルが、さらに尾を引いていた。

記事を掲載したルシアンの新聞社には、他の貴婦人たちからの匿名の告発が相次ぎ、ドレス店の経営者と繋がりのあった悪徳貴族の悪行も明るみに出始めたのだ。

リディアは、その騒動の火の粉が自分にまで及ぶことを恐れ、しばらくの間、公の場への出席を控えるようになったという。

そして、彼女の苛立ちは、成功を収めつつある「瑠璃色の薬草店」と、その若き女主人アリアドネへの、明確な敵意へと変わりつつあった。

アリアドネは、エリオットの不正の証拠という強力な武器を手に入れたことで、復讐計画が大きく前進したことを実感していた。

しかし、それは同時に、アシュフォード公爵家からの報復という、新たな、そしてより直接的な危険が迫っていることも意味していた。

彼女は、店の周囲や自身の身辺への警戒を一層強めながら、次なる一手に向けて、静かに思考を巡らせるのだった。
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