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第十六話:深まる影、確信への一手
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「瑠璃色の薬草店」は、王都アステリアの喧騒の中で、静かな、しかし確かな存在感を放ち始めていた。
アリアドネが調合するオーダーメイドのハーブティーは、その繊細な味わいと飲む者の心身を癒す効果で、健康や美容に敏感な貴婦人たちの間で瞬く間に評判となった。
また、天然素材のみで作られた彼女の化粧品は、肌の悩みを抱える多くの女性たちにとって救世主となり、店には連日、様々な身分の客が訪れるようになった。
その中には、アリアドネの才能を妬む同業者からの刺客めいた客や、彼女の知識を試そうとする学者気取りの者もいたが、アリアドネは常に冷静かつ誠実な態度で対応し、その深い知識と揺るぎない信念で、かえって彼らを感服させることさえあった。
「あの若き薬草師は、ただ者ではない。本物の知識と、人を癒す真心を持っている。」
そんな評価が、王都の隅々にまで広まりつつあった。
アリアドネと新聞記者ルシアンの連携も、より緊密なものとなっていた。
彼らは、エリオット・アシュフォード公爵の鉱山開発によって不当な扱いを受けた元作業員の一人、トーマスという男との接触に、ついに成功した。
トーマスは、王都の裏寂れた酒場で日雇いの仕事をしながら細々と暮らしており、最初はアシュフォード公爵家の報復を恐れてか、頑なに口を閉ざしていた。
彼の顔色は悪く、時折激しく咳き込んでいる。
アリアドネは、トーマスが長年、鉱山での粉塵によって肺を患っていることを見抜き、彼のために特別に調合した、気管支を鎮め、呼吸を楽にする効果のある薬草の煎じ薬を差し出した。
「これは……?」
訝しげな目でアリアドネを見るトーマスに、彼女は穏やかに語りかけた。
「あなたの咳は、お辛そうですね。薬草師として、少しでもお力になれればと。これは、私が調合したものです。安心してお飲みください。」
アリアドネの真摯な眼差しと、薬草の専門家としての確かな知識に触れ、トーマスは少しずつ心を開き始めた。
そして、アリアドネが数日間にわたって彼の元へ通い、薬を届け、親身に話を聞くうちに、ついに重い口を開いたのだ。
「……公爵様は、俺たち作業員の命なんて、虫けらほどにも思っちゃいねぇ。安全対策なんて名ばかりで、いつ落盤事故が起きてもおかしくないような場所で働かされ、多くの仲間が怪我をしたり、病気になったりした……。俺も、抗議しようとしたら、不当に解雇され、わずかな金で口を封じられたんだ。」
トーマスの言葉は、怒りと悔しさに震えていた。
そして彼は、アリアドネとルシアンに、決定的な情報を告げた。
エリオットが、鉱山の利権を得るために、地元の役人や一部の貴族に多額の賄賂を渡し、さらには反対する地主たちを脅迫まがいの手段で追い出し、不当に土地を収奪した証拠となる契約書や金の流れを示す裏帳簿の写しを、彼自身が秘密裏に保管しているというのだ。
「いつか、公爵様の悪事を暴いてくれる人が現れると信じて……ずっと隠し持っていたんだ。だが、俺一人の力じゃどうにもならねぇ……」
「トーマスさん、その書類の隠し場所を、私たちに教えていただけませんか。必ず、あなたの勇気を無駄にはしません。」
アリアドネの力強い言葉に、トーマスは涙を浮かべて頷いた。
一方、公爵夫人リディアは、前回のチャリティー夜会での小さなつまずきなどまるでなかったかのように、あるいはそれを取り繕うかのように、ますます派手な社交活動に明け暮れていた。
毎日のように新しいドレスや宝石を身にまとい、夜会や観劇に顔を出しては、注目を集めようと必死になっている。
その姿は、一部の良識ある貴族たちからは冷笑の的となっていたが、リディア自身はそれに気づく様子もない。
アリアドネは、そんなリディアの動向を冷ややかに見つめながら、次の一手を打った。
リディアが頻繁に利用し、その豪華な衣装代の大部分を支払っているとされる王都随一の高級ドレス店。
その店が、実は高利で貴族たちに金を貸し付け、多くの貴婦人たちが秘密の借金に苦しんでいるという情報を、アリアドネは掴んでいた。
そして、そのドレス店の経営者の裏には、ある悪徳貴族の影がちらついていることも。
アリアドネは、その情報を匿名の手紙という形でルシアンに提供した。
数日後、ルシアンが発行する小さな新聞の片隅に、「王都を蝕む甘い罠?某高級ドレス店と貴婦人たちの秘密の負債」と題された、痛烈な皮肉と疑惑に満ちた記事が掲載された。
記事は、具体的な名前こそ出していなかったものの、事情を知る者が見れば、どの店のことを指しているのかは一目瞭然だった。
この記事は王都の社交界に小さな波紋を広げ、リディアがそのドレス店と深い繋がりがあるのではないかという憶測を呼んだ。
リディアの金遣いの荒さと、その資金源に対する疑念が、じわじわと広がり始めたのだ。
アリアドネは、故郷のゼノやサラとも定期的に手紙のやり取りを続けていた。
ゼノからは、店の経営が順調であること、そしてアリアドネが開発した新しいハーブ製品の評判が良いことが伝えられ、サラからは、薬草の勉強に励んでいること、そしていつかアリアドネ先生の王都の店で働きたいという健気な夢が綴られていた。
アリアドネは、彼女たちの温かい言葉に励まされながら、王都での厳しい戦いを乗り越える力を得ていた。
元王宮薬草管理官のアルバンも、時折「瑠璃色の薬草店」を訪れ、アリアドネに貴重な助言を与えてくれた。
ある時は、宮廷でしか手に入らないような珍しい薬草の種を分けてくれたり、またある時は、王都の権力構造や、貴族たちの間の複雑な人間関係について、アリアドネにそっと耳打ちしたりした。
「アリアドネ殿、君の薬草師としての才能は本物じゃ。じゃが、この王都で生き抜くためには、それだけでは足りぬ。時には、薬草の知識だけでなく、人を見抜く目と、したたかさも必要じゃぞ。」
アルバンの言葉は、アリアドネの心に深く刻まれた。
トーマスから得た情報を元に、アリアドネとルシアンは、エリオット・アシュフォードの不正を決定づける証拠書類を入手するための具体的な計画を練り始めた。
それは、アシュフォード公爵家の管理下にある古い倉庫に忍び込み、そこに隠されているとされる書類を盗み出すという、極めて危険な任務だった。
失敗すれば、アシュフォード公爵家からの報復は免れないだろう。
しかし、アリアドネの決意は揺るがなかった。
彼女の瑠璃色の瞳は、復讐の炎を静かに燃やしながらも、その奥には薬草師として多くの人々を救いたいという、消えることのない使命感を宿していた。
アリアドネが調合するオーダーメイドのハーブティーは、その繊細な味わいと飲む者の心身を癒す効果で、健康や美容に敏感な貴婦人たちの間で瞬く間に評判となった。
また、天然素材のみで作られた彼女の化粧品は、肌の悩みを抱える多くの女性たちにとって救世主となり、店には連日、様々な身分の客が訪れるようになった。
その中には、アリアドネの才能を妬む同業者からの刺客めいた客や、彼女の知識を試そうとする学者気取りの者もいたが、アリアドネは常に冷静かつ誠実な態度で対応し、その深い知識と揺るぎない信念で、かえって彼らを感服させることさえあった。
「あの若き薬草師は、ただ者ではない。本物の知識と、人を癒す真心を持っている。」
そんな評価が、王都の隅々にまで広まりつつあった。
アリアドネと新聞記者ルシアンの連携も、より緊密なものとなっていた。
彼らは、エリオット・アシュフォード公爵の鉱山開発によって不当な扱いを受けた元作業員の一人、トーマスという男との接触に、ついに成功した。
トーマスは、王都の裏寂れた酒場で日雇いの仕事をしながら細々と暮らしており、最初はアシュフォード公爵家の報復を恐れてか、頑なに口を閉ざしていた。
彼の顔色は悪く、時折激しく咳き込んでいる。
アリアドネは、トーマスが長年、鉱山での粉塵によって肺を患っていることを見抜き、彼のために特別に調合した、気管支を鎮め、呼吸を楽にする効果のある薬草の煎じ薬を差し出した。
「これは……?」
訝しげな目でアリアドネを見るトーマスに、彼女は穏やかに語りかけた。
「あなたの咳は、お辛そうですね。薬草師として、少しでもお力になれればと。これは、私が調合したものです。安心してお飲みください。」
アリアドネの真摯な眼差しと、薬草の専門家としての確かな知識に触れ、トーマスは少しずつ心を開き始めた。
そして、アリアドネが数日間にわたって彼の元へ通い、薬を届け、親身に話を聞くうちに、ついに重い口を開いたのだ。
「……公爵様は、俺たち作業員の命なんて、虫けらほどにも思っちゃいねぇ。安全対策なんて名ばかりで、いつ落盤事故が起きてもおかしくないような場所で働かされ、多くの仲間が怪我をしたり、病気になったりした……。俺も、抗議しようとしたら、不当に解雇され、わずかな金で口を封じられたんだ。」
トーマスの言葉は、怒りと悔しさに震えていた。
そして彼は、アリアドネとルシアンに、決定的な情報を告げた。
エリオットが、鉱山の利権を得るために、地元の役人や一部の貴族に多額の賄賂を渡し、さらには反対する地主たちを脅迫まがいの手段で追い出し、不当に土地を収奪した証拠となる契約書や金の流れを示す裏帳簿の写しを、彼自身が秘密裏に保管しているというのだ。
「いつか、公爵様の悪事を暴いてくれる人が現れると信じて……ずっと隠し持っていたんだ。だが、俺一人の力じゃどうにもならねぇ……」
「トーマスさん、その書類の隠し場所を、私たちに教えていただけませんか。必ず、あなたの勇気を無駄にはしません。」
アリアドネの力強い言葉に、トーマスは涙を浮かべて頷いた。
一方、公爵夫人リディアは、前回のチャリティー夜会での小さなつまずきなどまるでなかったかのように、あるいはそれを取り繕うかのように、ますます派手な社交活動に明け暮れていた。
毎日のように新しいドレスや宝石を身にまとい、夜会や観劇に顔を出しては、注目を集めようと必死になっている。
その姿は、一部の良識ある貴族たちからは冷笑の的となっていたが、リディア自身はそれに気づく様子もない。
アリアドネは、そんなリディアの動向を冷ややかに見つめながら、次の一手を打った。
リディアが頻繁に利用し、その豪華な衣装代の大部分を支払っているとされる王都随一の高級ドレス店。
その店が、実は高利で貴族たちに金を貸し付け、多くの貴婦人たちが秘密の借金に苦しんでいるという情報を、アリアドネは掴んでいた。
そして、そのドレス店の経営者の裏には、ある悪徳貴族の影がちらついていることも。
アリアドネは、その情報を匿名の手紙という形でルシアンに提供した。
数日後、ルシアンが発行する小さな新聞の片隅に、「王都を蝕む甘い罠?某高級ドレス店と貴婦人たちの秘密の負債」と題された、痛烈な皮肉と疑惑に満ちた記事が掲載された。
記事は、具体的な名前こそ出していなかったものの、事情を知る者が見れば、どの店のことを指しているのかは一目瞭然だった。
この記事は王都の社交界に小さな波紋を広げ、リディアがそのドレス店と深い繋がりがあるのではないかという憶測を呼んだ。
リディアの金遣いの荒さと、その資金源に対する疑念が、じわじわと広がり始めたのだ。
アリアドネは、故郷のゼノやサラとも定期的に手紙のやり取りを続けていた。
ゼノからは、店の経営が順調であること、そしてアリアドネが開発した新しいハーブ製品の評判が良いことが伝えられ、サラからは、薬草の勉強に励んでいること、そしていつかアリアドネ先生の王都の店で働きたいという健気な夢が綴られていた。
アリアドネは、彼女たちの温かい言葉に励まされながら、王都での厳しい戦いを乗り越える力を得ていた。
元王宮薬草管理官のアルバンも、時折「瑠璃色の薬草店」を訪れ、アリアドネに貴重な助言を与えてくれた。
ある時は、宮廷でしか手に入らないような珍しい薬草の種を分けてくれたり、またある時は、王都の権力構造や、貴族たちの間の複雑な人間関係について、アリアドネにそっと耳打ちしたりした。
「アリアドネ殿、君の薬草師としての才能は本物じゃ。じゃが、この王都で生き抜くためには、それだけでは足りぬ。時には、薬草の知識だけでなく、人を見抜く目と、したたかさも必要じゃぞ。」
アルバンの言葉は、アリアドネの心に深く刻まれた。
トーマスから得た情報を元に、アリアドネとルシアンは、エリオット・アシュフォードの不正を決定づける証拠書類を入手するための具体的な計画を練り始めた。
それは、アシュフォード公爵家の管理下にある古い倉庫に忍び込み、そこに隠されているとされる書類を盗み出すという、極めて危険な任務だった。
失敗すれば、アシュフォード公爵家からの報復は免れないだろう。
しかし、アリアドネの決意は揺るがなかった。
彼女の瑠璃色の瞳は、復讐の炎を静かに燃やしながらも、その奥には薬草師として多くの人々を救いたいという、消えることのない使命感を宿していた。
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