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第十九話:反撃の狼煙、崩れ始める偽りの城
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決行の日と定められた貴族議会開催日までの三日間は、アリアドネにとって、これまでの人生で最も長く、そして濃密な時間だった。
表面上は、「瑠璃色の薬草店」の女主人として穏やかに薬草を調合し、客に応対しながらも、彼女の意識は常に、来るべき瞬間に向けられていた。
夜ごと、研究室でランプの灯りの下、ルシアン、辺境伯アルフレッド、アルバン元薬草管理官と交わした計画の最終確認を行い、あらゆる事態を想定し、その対策を練った。
ルシアンは、来る日も来る日も新聞社の活版印刷所に籠り、アシュフォード公爵の不正を告発する記事の最終校正に心血を注いだ。
その瞳には、ジャーナリストとしての使命感と、悪を許さぬという強い意志の炎が燃えていた。
辺境伯アルフレッドは、側近と共に議会での告発演説の草稿を何度も推敲し、提出する証拠書類の最終確認を行った。
その表情は厳しく、しかし、その奥には民を思う領主としての深い愛情と正義感が秘められていた。
アルバン元薬草管理官は、持ち前の幅広い人脈を駆使し、貴族議会の良識派議員や、薬師ギルドの長老たちに最後の念押しを行い、アシュフォード公爵に対する包囲網を確実に形成していった。
そして、運命の日が訪れた。
その日の早朝、王都アステリアの街角という街角に、ルシアンが発行する新聞「王都クロニクル」が配られた。
一面トップを飾ったのは、黒地に白抜きで書かれた、あまりにも衝撃的な見出しだった。
『アシュフォード公爵の黒い霧!鉱山開発に隠された不正と搾取、その驚愕の実態を暴く!』
記事は、匿名化された元作業員の悲痛な証言、不正な土地収奪を示唆する書類の断片、そして鉱山周辺で発生している深刻な健康被害の状況などを、克明かつ扇情的に報じていた。
それは、これまでアシュフォード公爵家の権勢の前に隠蔽されてきた闇の、ほんの一端に過ぎなかったが、王都の市民にとっては十分すぎるほど衝撃的な内容だった。
朝の食卓で、市場で、そして職場へ向かう道すがら、新聞を読んだ人々は息を呑み、やがてそれは怒りと不信の囁きとなって、王都全体へと急速に広がっていった。
「まさか、あの高潔で知られたアシュフォード公爵が……」
「鉱山の利益の裏で、そんな非道なことが行われていたなんて……」
「私たちの税金は、一体何に使われていたんだ!」
アシュフォード公爵邸では、この記事が届けられるや否や、エリオットが雷のような怒声を上げていたという。
彼は即座に新聞社へ圧力をかけ、記事の差し止めと謝罪広告の掲載を強要しようとしたが、ルシアンは巧みにそれをかわし、「真実は第二弾、第三弾の記事でさらに明らかになるでしょう」と、挑戦的なメッセージを公爵家へ送り返した。
妻であるリディアは、このスキャンダルが自分にも及ぶことを恐れ、ヒステリックに泣き叫び、エリオットに何とかしろと当たり散らしたと、使用人たちは後に噂した。
その日の午後、王都の貴族議会は、異様な熱気と緊張感に包まれて開会した。
傍聴席は、アシュフォード公爵の醜聞の真相を知ろうと詰めかけた貴族や市民で埋め尽くされている。
そして、議事が進み、ついにバルトフェルド辺境伯アルフレッドが、静まり返った議場の中央へと歩み出た。
その手には、分厚い証拠書類の束が固く握られている。
「議長、並びに議員諸君。私は本日、この神聖なる議会において、我が国の高位貴族の一人、アシュフォード公爵エリオット・フォン・アシュフォード卿の、断じて許されざる数々の不正行為、並びに国家と民に対する背信行為を告発するものであります!」
辺境伯の張りのある、そして怒りに満ちた声が、議場に響き渡った。
議場は水を打ったように静まり返り、全ての視線が辺境伯と、そして被告席に座るエリオットに注がれた。
辺境伯は、用意した証拠書類を次々と議長席へ提出しながら、エリオットが行ってきた贈収賄、職権濫用、不正な土地収奪、鉱山開発における非人道的な労働者の搾取、そしてそれによって引き起こされた深刻な環境汚染と健康被害の実態を、具体的かつ詳細に告発していった。
その内容は、あまりにも衝撃的で、聞く者の背筋を凍らせるものだった。
告発されたエリオットは、最初こそ傲然と構え、辺境伯の言葉を鼻で笑うかのような態度を見せていた。
しかし、次々と提示される動かぬ証拠――元作業員の血涙の証言、裏帳簿の写し、脅迫状の控え、そして被害者たちの痛ましい写真――の前に、彼の顔からは徐々に血の気が失せ、その額には脂汗が滲み、隠しきれない狼狽の色が浮かび始めた。
彼を擁護しようと立ち上がった数名の取り巻き議員たちも、証拠のあまりの重さと、議場全体の怒りに満ちた雰囲気の前に、言葉を失い、すごすごと席に戻るしかなかった。
「……以上の証拠に基づき、私はアシュフォード公爵エリオット卿に対し、貴族院における徹底的な調査を行うための特別調査委員会の設置を強く要求する!そして、その調査が完了するまでの間、アシュフォード公爵の議会への出席停止、並びに全ての公的権限の凍結を求めるものである!」
辺境伯の最後の言葉は、万雷の拍手と、賛同の怒号によってかき消された。
アルバン元薬草管理官が事前に働きかけていた良識派の貴族たちが、次々と辺境伯の動議への支持を表明。
結果として、アシュフォード公爵に対する特別調査委員会の設置と、彼の議会出席停止及び権限凍結を求める決議案は、圧倒的多数をもって可決された。
それは、アシュフォード公爵家の栄華の終焉を告げる、最初の鐘の音だった。
アリアドネは、その日の夕刻、「瑠璃色の薬草店」の奥にある小さな研究室で、ルシアンからの連絡を受け、全ての経緯を知った。
長かった……本当に長かった道のりだった。
あの雨の夜、全てを失い、絶望の淵に立たされてから、どれほどの涙を流し、どれほどの怒りを胸に抱いてきたことだろう。
復讐が、ついに具体的な形となって動き出した。
そのことに、アリアドネは深い感慨と、ある種の達成感を覚えていた。
しかし、まだ終わりではない。
エリオットとリディアが、このまま大人しく断罪されるとは到底思えなかった。
彼らは必ず、最後の悪あがきをするだろう。
そして、その先には、彼らが犯した罪に対する、本当の報いが待っているはずだ。
アリアドネは、窓の外に広がる王都の夜景を見つめた。
きらびやかな光の海の中に、アシュフォード公爵家の屋敷も、そしてリディアが今宵どんな思いでこの夜を迎えているのかも、ぼんやりと想像できた。
彼女は、静かに息を吸い込み、そして、ゆっくりと吐き出した。
「さあ、次の幕よ。あなたたちの罪を、この世の全てに償わせるための……」
表面上は、「瑠璃色の薬草店」の女主人として穏やかに薬草を調合し、客に応対しながらも、彼女の意識は常に、来るべき瞬間に向けられていた。
夜ごと、研究室でランプの灯りの下、ルシアン、辺境伯アルフレッド、アルバン元薬草管理官と交わした計画の最終確認を行い、あらゆる事態を想定し、その対策を練った。
ルシアンは、来る日も来る日も新聞社の活版印刷所に籠り、アシュフォード公爵の不正を告発する記事の最終校正に心血を注いだ。
その瞳には、ジャーナリストとしての使命感と、悪を許さぬという強い意志の炎が燃えていた。
辺境伯アルフレッドは、側近と共に議会での告発演説の草稿を何度も推敲し、提出する証拠書類の最終確認を行った。
その表情は厳しく、しかし、その奥には民を思う領主としての深い愛情と正義感が秘められていた。
アルバン元薬草管理官は、持ち前の幅広い人脈を駆使し、貴族議会の良識派議員や、薬師ギルドの長老たちに最後の念押しを行い、アシュフォード公爵に対する包囲網を確実に形成していった。
そして、運命の日が訪れた。
その日の早朝、王都アステリアの街角という街角に、ルシアンが発行する新聞「王都クロニクル」が配られた。
一面トップを飾ったのは、黒地に白抜きで書かれた、あまりにも衝撃的な見出しだった。
『アシュフォード公爵の黒い霧!鉱山開発に隠された不正と搾取、その驚愕の実態を暴く!』
記事は、匿名化された元作業員の悲痛な証言、不正な土地収奪を示唆する書類の断片、そして鉱山周辺で発生している深刻な健康被害の状況などを、克明かつ扇情的に報じていた。
それは、これまでアシュフォード公爵家の権勢の前に隠蔽されてきた闇の、ほんの一端に過ぎなかったが、王都の市民にとっては十分すぎるほど衝撃的な内容だった。
朝の食卓で、市場で、そして職場へ向かう道すがら、新聞を読んだ人々は息を呑み、やがてそれは怒りと不信の囁きとなって、王都全体へと急速に広がっていった。
「まさか、あの高潔で知られたアシュフォード公爵が……」
「鉱山の利益の裏で、そんな非道なことが行われていたなんて……」
「私たちの税金は、一体何に使われていたんだ!」
アシュフォード公爵邸では、この記事が届けられるや否や、エリオットが雷のような怒声を上げていたという。
彼は即座に新聞社へ圧力をかけ、記事の差し止めと謝罪広告の掲載を強要しようとしたが、ルシアンは巧みにそれをかわし、「真実は第二弾、第三弾の記事でさらに明らかになるでしょう」と、挑戦的なメッセージを公爵家へ送り返した。
妻であるリディアは、このスキャンダルが自分にも及ぶことを恐れ、ヒステリックに泣き叫び、エリオットに何とかしろと当たり散らしたと、使用人たちは後に噂した。
その日の午後、王都の貴族議会は、異様な熱気と緊張感に包まれて開会した。
傍聴席は、アシュフォード公爵の醜聞の真相を知ろうと詰めかけた貴族や市民で埋め尽くされている。
そして、議事が進み、ついにバルトフェルド辺境伯アルフレッドが、静まり返った議場の中央へと歩み出た。
その手には、分厚い証拠書類の束が固く握られている。
「議長、並びに議員諸君。私は本日、この神聖なる議会において、我が国の高位貴族の一人、アシュフォード公爵エリオット・フォン・アシュフォード卿の、断じて許されざる数々の不正行為、並びに国家と民に対する背信行為を告発するものであります!」
辺境伯の張りのある、そして怒りに満ちた声が、議場に響き渡った。
議場は水を打ったように静まり返り、全ての視線が辺境伯と、そして被告席に座るエリオットに注がれた。
辺境伯は、用意した証拠書類を次々と議長席へ提出しながら、エリオットが行ってきた贈収賄、職権濫用、不正な土地収奪、鉱山開発における非人道的な労働者の搾取、そしてそれによって引き起こされた深刻な環境汚染と健康被害の実態を、具体的かつ詳細に告発していった。
その内容は、あまりにも衝撃的で、聞く者の背筋を凍らせるものだった。
告発されたエリオットは、最初こそ傲然と構え、辺境伯の言葉を鼻で笑うかのような態度を見せていた。
しかし、次々と提示される動かぬ証拠――元作業員の血涙の証言、裏帳簿の写し、脅迫状の控え、そして被害者たちの痛ましい写真――の前に、彼の顔からは徐々に血の気が失せ、その額には脂汗が滲み、隠しきれない狼狽の色が浮かび始めた。
彼を擁護しようと立ち上がった数名の取り巻き議員たちも、証拠のあまりの重さと、議場全体の怒りに満ちた雰囲気の前に、言葉を失い、すごすごと席に戻るしかなかった。
「……以上の証拠に基づき、私はアシュフォード公爵エリオット卿に対し、貴族院における徹底的な調査を行うための特別調査委員会の設置を強く要求する!そして、その調査が完了するまでの間、アシュフォード公爵の議会への出席停止、並びに全ての公的権限の凍結を求めるものである!」
辺境伯の最後の言葉は、万雷の拍手と、賛同の怒号によってかき消された。
アルバン元薬草管理官が事前に働きかけていた良識派の貴族たちが、次々と辺境伯の動議への支持を表明。
結果として、アシュフォード公爵に対する特別調査委員会の設置と、彼の議会出席停止及び権限凍結を求める決議案は、圧倒的多数をもって可決された。
それは、アシュフォード公爵家の栄華の終焉を告げる、最初の鐘の音だった。
アリアドネは、その日の夕刻、「瑠璃色の薬草店」の奥にある小さな研究室で、ルシアンからの連絡を受け、全ての経緯を知った。
長かった……本当に長かった道のりだった。
あの雨の夜、全てを失い、絶望の淵に立たされてから、どれほどの涙を流し、どれほどの怒りを胸に抱いてきたことだろう。
復讐が、ついに具体的な形となって動き出した。
そのことに、アリアドネは深い感慨と、ある種の達成感を覚えていた。
しかし、まだ終わりではない。
エリオットとリディアが、このまま大人しく断罪されるとは到底思えなかった。
彼らは必ず、最後の悪あがきをするだろう。
そして、その先には、彼らが犯した罪に対する、本当の報いが待っているはずだ。
アリアドネは、窓の外に広がる王都の夜景を見つめた。
きらびやかな光の海の中に、アシュフォード公爵家の屋敷も、そしてリディアが今宵どんな思いでこの夜を迎えているのかも、ぼんやりと想像できた。
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