50 / 89
第三章 貴方となら何でも出来る気がしました
49・村の景色と街の事情と
しおりを挟む
ライネルの独り言は、小さく空気に溶けていった。
「ライネルさん!」
「うわっ!びっくりした!」
振り向くと、アノマリーがきょとんとした顔でライネルを見上げている。
(独り言聞かれてないよね?!)
「どうしました?大丈夫ですか?」
「うん、大丈夫だよ。ショーさんももうすぐ来るだろうから、先に外で待ってよ」
「はい」
ライネルはアノマリーを伴ってドアを開けた。外は涼やかな風が吹き、花の香りがふわりと鼻をくすぐる。
「ライネルさん」
「どうしたの?アノマリー」
「恋とやらをすると、人間は可愛くなるらしいです」
「そ、そうなの?どうしたの急に」
「なんでもないです」
「……」
(やっぱり何か気付いてる?!恥ずかしい!!)
自分より五つも年下の子どもにこんな辱めを受けるなんて……。妙な汗が背中を伝い、ライネルは侮れない気持ちでアノマリーを見た。
当の本人は、自分の発言などすっかり忘れたようで、目の前の蝶に夢中になっていた。
「お待たせ」
振り向けばショーが立っていた。ライネルは気を取り直して明るい声を出す。
「はい、じゃあ工房を回って進捗状況を確認しましょう。品物を王都のお店に置いてもらうには、たくさん作ってもらわないといけませんからね」
「はーい!」
アノマリーの元気な声を合図に、ライネルは彼らと共に工房へ向かう道を歩き出した。
◆◇◆◇◆◇◆
その頃、王都近くのバロウズ男爵邸では、アルヴェリオがやるせない思いで空を眺めていた。
「……旦那様、目の下にクマが」
「分かっている」
あの日以来、アシュレイは男爵邸に住み着いてしまった。
職場には風邪をひいたと言って休んでいるらしいのだが、毎日のように見舞いの花や菓子が届けられている。──アルヴェリオの家である、この男爵邸に。
「……なぜうちに届くんだ」
「アシュレイ様が吹聴しておられるそうですよ。貴方様と婚約したと」
「まだのはずだが」
「存じております」
レオポルドは落ち着いた手付きで茶を注ぐ。しかし、それが口をつけられる前に冷めてしまうであろうこともよく分かっていた。
アルヴェリオはまたひとつ、深いため息をつく。
(以前ならともかく、今の俺には他に好いた相手がいる。婚約前に証拠を見つけて、綺麗な形でライネルと結ばれたい)
「……なんてことを思っているのではありませんよね?」
「……なんの話だ」
「いえ、まあ。私めも伊達に歳は重ねておりませんので」
「……」
侮れない。
アルヴェリオは心の中でそう呟きながら、読みもしない本を開いた。
片時も側を離れようとしないアシュレイに「読書をさせて欲しい」と言った手前、読んでいるふりだけでもしなくてはならない。
「あいつは思った以上に勘が鋭い。頭もいい」
「ですね。迂闊なことは出来ません」
先日の“足止め”も、森道だけを塞いでいたらアシュレイはあっという間に王都へ着き、ライネルを捕まえていたはずだ。
「旦那様が先を読んで、崖道にも人をやっていたおかげで助かりました」
「ああ」
もしライネルが見つかってしまったら──
アシュレイは彼の家族だ。連れ帰るのをアルヴェリオが止められるはずもない。
そんな権利は、今の彼にはどこにもないのだ。
「鎌をかけてみても口を割らない。やはり奴が隠し持つ証拠を探し出さなければならない」
「……アシュレイ様は旦那様に惚れておられるようです。いっそ一夜を共にしては?そうすれば口が軽くなるかもしれません」
「お前……」
「冗談ですよ。ただ、アシュレイ様が連夜旦那様の部屋を訪ねておられるのを見て、ふと思っただけです。……それにしても、よくうまく逃げておられますね。いったい、どちらで休まれているのです?」
「……色々だ」
アルヴェリオは言葉を濁した。
レオポルドは有能だが──
先代の無念も背負っている分、アシュレイへの敵意は桁外れて強い。それはそれは尋常じゃないほどに。
復讐のためなら、自分の居場所をアシュレイに売ってしまってもおかしくないくらいに。
だからこそ、居所は絶対明かすものか。
アルヴェリオはそう心に決めていた。
以前、結婚を申し込んだ時は、借金の肩代わりを餌に形だけの夫婦となり油断させるつもりだった。
金のために爵位の低い相手の妻になるという屈辱に歪む顔を見たかったというのもある。
それなのに、自分の元にやって来たのはアシュレイとは似ても似つかない、素朴で優しく可愛いライネルだったのだ。
「ライネルさん!」
「うわっ!びっくりした!」
振り向くと、アノマリーがきょとんとした顔でライネルを見上げている。
(独り言聞かれてないよね?!)
「どうしました?大丈夫ですか?」
「うん、大丈夫だよ。ショーさんももうすぐ来るだろうから、先に外で待ってよ」
「はい」
ライネルはアノマリーを伴ってドアを開けた。外は涼やかな風が吹き、花の香りがふわりと鼻をくすぐる。
「ライネルさん」
「どうしたの?アノマリー」
「恋とやらをすると、人間は可愛くなるらしいです」
「そ、そうなの?どうしたの急に」
「なんでもないです」
「……」
(やっぱり何か気付いてる?!恥ずかしい!!)
自分より五つも年下の子どもにこんな辱めを受けるなんて……。妙な汗が背中を伝い、ライネルは侮れない気持ちでアノマリーを見た。
当の本人は、自分の発言などすっかり忘れたようで、目の前の蝶に夢中になっていた。
「お待たせ」
振り向けばショーが立っていた。ライネルは気を取り直して明るい声を出す。
「はい、じゃあ工房を回って進捗状況を確認しましょう。品物を王都のお店に置いてもらうには、たくさん作ってもらわないといけませんからね」
「はーい!」
アノマリーの元気な声を合図に、ライネルは彼らと共に工房へ向かう道を歩き出した。
◆◇◆◇◆◇◆
その頃、王都近くのバロウズ男爵邸では、アルヴェリオがやるせない思いで空を眺めていた。
「……旦那様、目の下にクマが」
「分かっている」
あの日以来、アシュレイは男爵邸に住み着いてしまった。
職場には風邪をひいたと言って休んでいるらしいのだが、毎日のように見舞いの花や菓子が届けられている。──アルヴェリオの家である、この男爵邸に。
「……なぜうちに届くんだ」
「アシュレイ様が吹聴しておられるそうですよ。貴方様と婚約したと」
「まだのはずだが」
「存じております」
レオポルドは落ち着いた手付きで茶を注ぐ。しかし、それが口をつけられる前に冷めてしまうであろうこともよく分かっていた。
アルヴェリオはまたひとつ、深いため息をつく。
(以前ならともかく、今の俺には他に好いた相手がいる。婚約前に証拠を見つけて、綺麗な形でライネルと結ばれたい)
「……なんてことを思っているのではありませんよね?」
「……なんの話だ」
「いえ、まあ。私めも伊達に歳は重ねておりませんので」
「……」
侮れない。
アルヴェリオは心の中でそう呟きながら、読みもしない本を開いた。
片時も側を離れようとしないアシュレイに「読書をさせて欲しい」と言った手前、読んでいるふりだけでもしなくてはならない。
「あいつは思った以上に勘が鋭い。頭もいい」
「ですね。迂闊なことは出来ません」
先日の“足止め”も、森道だけを塞いでいたらアシュレイはあっという間に王都へ着き、ライネルを捕まえていたはずだ。
「旦那様が先を読んで、崖道にも人をやっていたおかげで助かりました」
「ああ」
もしライネルが見つかってしまったら──
アシュレイは彼の家族だ。連れ帰るのをアルヴェリオが止められるはずもない。
そんな権利は、今の彼にはどこにもないのだ。
「鎌をかけてみても口を割らない。やはり奴が隠し持つ証拠を探し出さなければならない」
「……アシュレイ様は旦那様に惚れておられるようです。いっそ一夜を共にしては?そうすれば口が軽くなるかもしれません」
「お前……」
「冗談ですよ。ただ、アシュレイ様が連夜旦那様の部屋を訪ねておられるのを見て、ふと思っただけです。……それにしても、よくうまく逃げておられますね。いったい、どちらで休まれているのです?」
「……色々だ」
アルヴェリオは言葉を濁した。
レオポルドは有能だが──
先代の無念も背負っている分、アシュレイへの敵意は桁外れて強い。それはそれは尋常じゃないほどに。
復讐のためなら、自分の居場所をアシュレイに売ってしまってもおかしくないくらいに。
だからこそ、居所は絶対明かすものか。
アルヴェリオはそう心に決めていた。
以前、結婚を申し込んだ時は、借金の肩代わりを餌に形だけの夫婦となり油断させるつもりだった。
金のために爵位の低い相手の妻になるという屈辱に歪む顔を見たかったというのもある。
それなのに、自分の元にやって来たのはアシュレイとは似ても似つかない、素朴で優しく可愛いライネルだったのだ。
681
あなたにおすすめの小説
姉の聖女召喚に巻き込まれた無能で不要な弟ですが、ほんものの聖女はどうやら僕らしいです。気付いた時には二人の皇子に完全包囲されていました
彩矢
BL
20年ほど昔に書いたお話しです。いろいろと拙いですが、あたたかく見守っていただければ幸いです。
姉の聖女召喚に巻き込まれたサク。無実の罪を着せられ処刑される寸前第4王子、アルドリック殿下に助け出さる。臣籍降下したアルドリック殿下とともに不毛の辺境の地へと旅立つサク。奇跡をおこし、隣国の第2皇子、セドリック殿下から突然プロポーズされる。
「自由に生きていい」と言われたので冒険者になりましたが、なぜか旦那様が激怒して連れ戻しに来ました。
キノア9g
BL
「君に義務は求めない」=ニート生活推奨!? ポジティブ転生者と、言葉足らずで愛が重い氷の伯爵様の、全力すれ違い新婚ラブコメディ!
あらすじ
「君に求める義務はない。屋敷で自由に過ごしていい」
貧乏男爵家の次男・ルシアン(前世は男子高校生)は、政略結婚した若き天才当主・オルドリンからそう告げられた。
冷徹で無表情な旦那様の言葉を、「俺に興味がないんだな! ラッキー、衣食住保証付きのニート生活だ!」とポジティブに解釈したルシアン。
彼はこっそり屋敷を抜け出し、偽名を使って憧れの冒険者ライフを満喫し始める。
「旦那様は俺に無関心」
そう信じて、半年間ものんきに遊び回っていたルシアンだったが、ある日クエスト中に怪我をしてしまう。
バレたら怒られるかな……とビクビクしていた彼の元に現れたのは、顔面蒼白で息を切らした旦那様で――!?
「君が怪我をしたと聞いて、気が狂いそうだった……!」
怒鳴られるかと思いきや、折れるほど強く抱きしめられて困惑。
えっ、放置してたんじゃなかったの? なんでそんなに必死なの?
実は旦那様は冷徹なのではなく、ルシアンが好きすぎて「嫌われないように」と身を引いていただけの、超・奥手な心配性スパダリだった!
「君を守れるなら、森ごと消し飛ばすが?」
「過保護すぎて冒険になりません!!」
Fランク冒険者ののんきな妻(夫)×国宝級魔法使いの激重旦那様。
すれ違っていた二人が、甘々な「週末冒険者夫婦」になるまでの、勘違いと溺愛のハッピーエンドBL。
六年目の恋、もう一度手をつなぐ
高穂もか
BL
幼なじみで恋人のつむぎと渉は互いにオメガ・アルファの親公認のカップルだ。
順調な交際も六年目――最近の渉はデートもしないし、手もつながなくなった。
「もう、おればっかりが好きなんやろか?」
馴ればっかりの関係に、寂しさを覚えるつむぎ。
そのうえ、渉は二人の通う高校にやってきた美貌の転校生・沙也にかまってばかりで。他のオメガには、優しく甘く接する恋人にもやもやしてしまう。
嫉妬をしても、「友達なんやから面倒なこというなって」と笑われ、遂にはお泊りまでしたと聞き……
「そっちがその気なら、もういい!」
堪忍袋の緒が切れたつむぎは、別れを切り出す。すると、渉は意外な反応を……?
倦怠期を乗り越えて、もう一度恋をする。幼なじみオメガバースBLです♡
あなたの隣で初めての恋を知る
彩矢
BL
5歳のときバス事故で両親を失った四季。足に大怪我を負い車椅子での生活を余儀なくされる。しらさぎが丘養護施設で育ち、高校卒業後、施設を出て一人暮らしをはじめる。
その日暮らしの苦しい生活でも決して明るさを失わない四季。
そんなある日、突然の雷雨に身の危険を感じ、雨宿りするためにあるマンションの駐車場に避難する四季。そこで、運命の出会いをすることに。
一回りも年上の彼に一目惚れされ溺愛される四季。
初めての恋に戸惑いつつも四季は、やがて彼を愛するようになる。
表紙絵は絵師のkaworineさんに描いていただきました。
【エルド学園】俺はこの『親友』が、ただの学生だと思っていた
西園 いつき
BL
エルド王国第一王子、レオンは、唯一の親友ノアと日々研鑽を重ねていた。
文武共に自分より優れている、対等な学生。
ノアのことをそう信じて疑わなかったレオンだが、突如学園生活は戦火に巻き込まれ、信じていたものが崩れ始める。
王国と帝国、そして王統をめぐる陰謀と二人の関係が交錯する、王子×親友のファンタジーBL。
結婚初夜に相手が舌打ちして寝室出て行こうとした
紫
BL
十数年間続いた王国と帝国の戦争の終結と和平の形として、元敵国の皇帝と結婚することになったカイル。
実家にはもう帰ってくるなと言われるし、結婚相手は心底嫌そうに舌打ちしてくるし、マジ最悪ってところから始まる話。
オメガバースでオメガの立場が低い世界
こんなあらすじとタイトルですが、主人公が可哀そうって感じは全然ないです
強くたくましくメンタルがオリハルコンな主人公です
主人公は耐える我慢する許す許容するということがあんまり出来ない人間です
倫理観もちょっと薄いです
というか、他人の事を自分と同じ人間だと思ってない部分があります
※この主人公は受けです
強欲なる花嫁は総てを諦めない
浦霧らち
BL
皮肉と才知と美貌をひっさげて、帝国の社交界を渡ってきた伯爵令息・エルンスト──その名には〝強欲〟の二文字が付き纏う。
そんなエルンストが戦功の褒美と称されて嫁がされたのは、冷血と噂される狼の獣人公爵・ローガンのもとだった。
やがて彼のことを知っていくうちに、エルンストは惹かれていく心を誤魔化せなくなる。
エルンストは彼に応える術を探しはじめる。荒れた公爵領を改革し、完璧な伴侶として傍に立つために。
強欲なる花嫁は、総てを手に入れるまで諦めない。
※性描写がある場合には*を付けています。が、後半になると思います。
※ご都合主義のため、整合性は無いに等しいです、雰囲気で読んでください。
※自分の性癖(誤用)にしか配慮しておりません。
※書き溜めたストックが無くなり次第、ノロノロ更新になります。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる