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独りよがり
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散々飲んで食べて、大地の家を出た頃には、もう深夜を過ぎていた。
(……もう、だめかもしれない)
家に帰り、一人になった僕は、灯りも点けずにそのまま床に座り込んだ。
静まり返った部屋の中で、今日の出来事だけが、やけに鮮明に蘇る。
──嫌なら、他の人とはしない。
大地は、最初にそう言った。
でもそれは、裏を返せば。
僕が嫌じゃなければ、誰とでも同じことをする、という意味でもある。
大地は不誠実じゃない。
きっと今も、その約束は守ってくれている。
それでも、疑ってしまう。
彼の両隣に座る、美しい女性たちとの距離感を。
今日、はっきりと分かった。
僕は、ずっと無理をしていたのだと。
(それでいいって言ったのは、自分なのに)
自嘲するように息を吐くと、胸の奥が鈍く痛んだ。
大地を失うのが怖かった。
彼と別れたら、僕は一生一人かもしれない。
そんな恐怖だけを抱えて、ここまで来てしまった。
スマホを手に取り、いつものように思いを文字にする。
ノンケなら、出会いはいくらでもある。
結婚相談所や婚活アプリ。
真剣に将来を共にする相手を探している人たち。
けれど、僕はゲイだ。
しかも、バリネコと呼ばれる僕のセクシュアルでは、歳を重ねるほど選ばれにくくなる。
「だから、大地と別れるのが怖いんだ」
そこまで打って、指が止まった。
……本当に?
僕は、将来のために大地と一緒にいるのだろうか。
それとも、ただ一人になるのが怖いだけなのか。
こんな僕を、好きだと言ってくれる人が他にいないから。
それだけの理由で、ここに留まっているのだとしたら。
それは、本当に――
“好き”なのだろうか。
僕は、SNSに届いていた浩二からのフォロー申請を許可した。
「いつか、俺に見せてもいいと思ったら許可してくれ」
浩二は、そう言っていた。
あっという間に、過去の呟き一つ一つに「いいね」が付いていく。
それは、今日の呟きを除いた、すべてだった。
(……なんで、今日のだけ反応がないんだ?)
そう思った直後、電話が鳴った。
「浩二……?」
『お前……本当にさぁ』
電話の向こうから、呆れたような声が返ってくる。
「ごめん。心配かけて」
泣いてしまうかと思った。
でも、喉から出てきたのは、乾いた笑いだった。
「大地に悪いことした。あんなに譲歩してくれたのに」
『はぁ? 譲歩?あいつは寄り添うふりして、自分の価値観を通してただけだろ』
「……そう見えた?」
『当たり前だ。いつお前が壊れるか、ずっとハラハラしてたわ』
「そっか……。でも僕も悪かった。価値観が合わないって分かってたのに、無理して付き合ってたんだから」
そう言った瞬間、ふと思い当たる。
大地から、「付き合ってる」と言われたことは、一度もなかった。
「結局、僕の独りよがりだったんだよね」
『律、大丈夫か?』
「うん。なんだか、スッキリした」
電話を切ったら、メールを書こう。
大地に宛てて、今までのお礼と、さよならを。
『まあ、お前に付き合えるのなんて俺くらいだからな。やけ酒でも、任せとけ』
「ありがとう。じゃあ、いつものカフェに行きたいな。あそこのブラックコーヒー、好きなんだ」
『……ああ。その方がお前らしい』
最近、大地との話題作りのために、訳の分からないカスタムコーヒーばかり頼んでいたことを、浩二は気づいていたのかもしれない。
電話の向こうで、浩二は少しだけ笑っていた。
翌日、僕は大地に別れの連絡を入れた。
突然のことに不思議そうにはしていたが、驚くほどあっさりと終わった。
……所詮、その程度だったということだ。
その後、思うところがあってSNSを公開した。
すると驚くほどフォロワーが増え、僕と同じような状況で一人で悩んでいるという声も、たくさん届いた。
自分だけじゃないのだと、逆に勇気をもらった。
今、僕はサラリーマンを続けながら、再び小説家を目指して執筆している。
ほとんどがゲイ目線の話なので、その界隈では少しずつ名前も知られるようになってきて、書くのが楽しくて仕方ない。
大地と再会したのは、そんな頃だった。
(……もう、だめかもしれない)
家に帰り、一人になった僕は、灯りも点けずにそのまま床に座り込んだ。
静まり返った部屋の中で、今日の出来事だけが、やけに鮮明に蘇る。
──嫌なら、他の人とはしない。
大地は、最初にそう言った。
でもそれは、裏を返せば。
僕が嫌じゃなければ、誰とでも同じことをする、という意味でもある。
大地は不誠実じゃない。
きっと今も、その約束は守ってくれている。
それでも、疑ってしまう。
彼の両隣に座る、美しい女性たちとの距離感を。
今日、はっきりと分かった。
僕は、ずっと無理をしていたのだと。
(それでいいって言ったのは、自分なのに)
自嘲するように息を吐くと、胸の奥が鈍く痛んだ。
大地を失うのが怖かった。
彼と別れたら、僕は一生一人かもしれない。
そんな恐怖だけを抱えて、ここまで来てしまった。
スマホを手に取り、いつものように思いを文字にする。
ノンケなら、出会いはいくらでもある。
結婚相談所や婚活アプリ。
真剣に将来を共にする相手を探している人たち。
けれど、僕はゲイだ。
しかも、バリネコと呼ばれる僕のセクシュアルでは、歳を重ねるほど選ばれにくくなる。
「だから、大地と別れるのが怖いんだ」
そこまで打って、指が止まった。
……本当に?
僕は、将来のために大地と一緒にいるのだろうか。
それとも、ただ一人になるのが怖いだけなのか。
こんな僕を、好きだと言ってくれる人が他にいないから。
それだけの理由で、ここに留まっているのだとしたら。
それは、本当に――
“好き”なのだろうか。
僕は、SNSに届いていた浩二からのフォロー申請を許可した。
「いつか、俺に見せてもいいと思ったら許可してくれ」
浩二は、そう言っていた。
あっという間に、過去の呟き一つ一つに「いいね」が付いていく。
それは、今日の呟きを除いた、すべてだった。
(……なんで、今日のだけ反応がないんだ?)
そう思った直後、電話が鳴った。
「浩二……?」
『お前……本当にさぁ』
電話の向こうから、呆れたような声が返ってくる。
「ごめん。心配かけて」
泣いてしまうかと思った。
でも、喉から出てきたのは、乾いた笑いだった。
「大地に悪いことした。あんなに譲歩してくれたのに」
『はぁ? 譲歩?あいつは寄り添うふりして、自分の価値観を通してただけだろ』
「……そう見えた?」
『当たり前だ。いつお前が壊れるか、ずっとハラハラしてたわ』
「そっか……。でも僕も悪かった。価値観が合わないって分かってたのに、無理して付き合ってたんだから」
そう言った瞬間、ふと思い当たる。
大地から、「付き合ってる」と言われたことは、一度もなかった。
「結局、僕の独りよがりだったんだよね」
『律、大丈夫か?』
「うん。なんだか、スッキリした」
電話を切ったら、メールを書こう。
大地に宛てて、今までのお礼と、さよならを。
『まあ、お前に付き合えるのなんて俺くらいだからな。やけ酒でも、任せとけ』
「ありがとう。じゃあ、いつものカフェに行きたいな。あそこのブラックコーヒー、好きなんだ」
『……ああ。その方がお前らしい』
最近、大地との話題作りのために、訳の分からないカスタムコーヒーばかり頼んでいたことを、浩二は気づいていたのかもしれない。
電話の向こうで、浩二は少しだけ笑っていた。
翌日、僕は大地に別れの連絡を入れた。
突然のことに不思議そうにはしていたが、驚くほどあっさりと終わった。
……所詮、その程度だったということだ。
その後、思うところがあってSNSを公開した。
すると驚くほどフォロワーが増え、僕と同じような状況で一人で悩んでいるという声も、たくさん届いた。
自分だけじゃないのだと、逆に勇気をもらった。
今、僕はサラリーマンを続けながら、再び小説家を目指して執筆している。
ほとんどがゲイ目線の話なので、その界隈では少しずつ名前も知られるようになってきて、書くのが楽しくて仕方ない。
大地と再会したのは、そんな頃だった。
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