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子育てと母(王子視点)
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アウラが学園へ来なくなって一ヶ月経った。
「え?アウラが学園に??」
私の婚約者であるアウローラ・オイレンブルク公爵令嬢は、先月、私が預けた魔物の妖獣を世話するという理由で、学園に育休??を取りますなどと称して長期休暇を申請してきた。
育休??とやらの意味は良く解らなかったが──元々、貴族子女が多く通う我が学園では、様々な理由で長期の休暇を取る者も多かったので、アウラのそんな申請もなんら問題なく受理された。
まあ、要は年3回実施される試験で、きちんと合格点を取りさえすれば良いのだ。
そういう訳で会えないのは寂しかったが、アウラのことを特に心配はしていなかった。
婚約者として休学中も手紙のやり取りくらいはしていたからね。
しかし、今回はさすがに少々焦った。
何故なら、問題のその年度末試験が明日から始まるからだ。
もしかして間に合わないか??と心配していたが…今朝になってアウラが登校してきたと知って安堵した。
そうして私はさっそく昼休みに、彼女の顔を見ようと教室を訪れ、食堂へ向かう見慣れた金髪の後姿を目にして自然と顔が緩み──
「アウラ!!良かった、元気そうで……」
歓びに浮かれた声で、呑気に声を掛けたのだが──!!
「あ……アウラ!!??どど…どうしたんだ!?」
「あら……リュオディス殿下…ごきげんよう」
ひと月ぶりに会った婚約者の憔悴振りに、私はたいそう慌てる羽目になったのである。
「なな…なにがあったんだ……!!??」
大きな青い目は落ちくぼみ、その目の下にはくっきりと黒い隈、ついでに頬もげっそりコケて白い肌に影を落としていた。よく見ると柔らかそうな美しい金髪も、心なしかいつもより艶を失って見える。
「そっ、そんなにやつれて…ま、まさか病気!!??」
いやな予感に背中を押されて学園医を呼ぼうとしたら、
「あ。大丈夫です。これ、ただの育児疲れなんで」
「………は??」
と、疲れ切った笑顔で呼び止められた。
「え……えっ??育児…??って??」
育児疲れ……って、もしかしてあの魔獣の仔??
え??子育てなんて普通、メイドや乳母に任せておくものだと思ってたけど、え??えっ!?違うのかな??
「メイドに任せておけば良かったのに…」
私が思ったまま素直な感想を口にしたら、どこからともくブチッと何かが切れる音がし、
「殿下は可愛い我が子の世話を他人任せにしろって言うのですか!!??」
と、めちゃくちゃ鬼の形相で怒られてしまった。
ご……ごめんなさい。
何だか良く解らないまま、私は素直に謝ってしまっていたのだった。
アウラのこんな顔、初めて見たよ。ビックリした。
その後、私はカフェでお茶しながら、アウラのここ最近の話を聞いた。
「自分で食事もできない、排泄も出来ない、ほっておくと体調を崩してしまう子供の世話って大変な仕事なのだと、しみじみと実感いたしましたわ……」
「そ……そんなに…??」
聞けばのこの一ヶ月の間、ほとんど眠れていないらしい。
魔獣の幼体は数時間おきにミルクを飲ませなくてはならないし、排泄の手伝いもしてやらないとならない。温度管理も重要で、下手をしたら命にかかわるので目が離せない。そんな生活をずっと続けていたせいで夜も眠れず、結果、今のように見る影もなくやつれてしまったのだと。
「ミィナはフォローしてくれますが、基本は私一人で世話してましたので…」
彼女付きのメイド、ミィナはとても優秀な人だ。彼女に任せておけば、何ら問題はなかったように思うが──曰く
『己の仔としてお育てになるなら、命に対する責任は取らなくてはなりません』
とのこと。要は自分で世話してこそ母、なんだそうだ。
ミィナも下位とはいえ、貴族出身のはず。そんな貴族女性にしては珍しい感覚だな、と私は感心した。だが、それはどうやら私の婚約者も同じだったようで、彼女も最初から自らの手で育てるつもりであったらしい。
「それはもう、可愛いんですのよ!?子育てって大変ですけど、私、この一ヶ月本当に楽しかったですわ!!」
日々、手助けをし、常に見守り、仔の成長に喜びを覚える。
それが楽しくて仕方がなかったのだそうだ。
そうやって魔獣の成長を語るアウラの顔は、やつれてなお美しかったように思う。
きっと庶民の子の母らも、愛しい我が子を、こんな喜びを持って育てているのだろう。
そんな風に考えると、少し、羨ましい気もした。
「え?アウラが学園に??」
私の婚約者であるアウローラ・オイレンブルク公爵令嬢は、先月、私が預けた魔物の妖獣を世話するという理由で、学園に育休??を取りますなどと称して長期休暇を申請してきた。
育休??とやらの意味は良く解らなかったが──元々、貴族子女が多く通う我が学園では、様々な理由で長期の休暇を取る者も多かったので、アウラのそんな申請もなんら問題なく受理された。
まあ、要は年3回実施される試験で、きちんと合格点を取りさえすれば良いのだ。
そういう訳で会えないのは寂しかったが、アウラのことを特に心配はしていなかった。
婚約者として休学中も手紙のやり取りくらいはしていたからね。
しかし、今回はさすがに少々焦った。
何故なら、問題のその年度末試験が明日から始まるからだ。
もしかして間に合わないか??と心配していたが…今朝になってアウラが登校してきたと知って安堵した。
そうして私はさっそく昼休みに、彼女の顔を見ようと教室を訪れ、食堂へ向かう見慣れた金髪の後姿を目にして自然と顔が緩み──
「アウラ!!良かった、元気そうで……」
歓びに浮かれた声で、呑気に声を掛けたのだが──!!
「あ……アウラ!!??どど…どうしたんだ!?」
「あら……リュオディス殿下…ごきげんよう」
ひと月ぶりに会った婚約者の憔悴振りに、私はたいそう慌てる羽目になったのである。
「なな…なにがあったんだ……!!??」
大きな青い目は落ちくぼみ、その目の下にはくっきりと黒い隈、ついでに頬もげっそりコケて白い肌に影を落としていた。よく見ると柔らかそうな美しい金髪も、心なしかいつもより艶を失って見える。
「そっ、そんなにやつれて…ま、まさか病気!!??」
いやな予感に背中を押されて学園医を呼ぼうとしたら、
「あ。大丈夫です。これ、ただの育児疲れなんで」
「………は??」
と、疲れ切った笑顔で呼び止められた。
「え……えっ??育児…??って??」
育児疲れ……って、もしかしてあの魔獣の仔??
え??子育てなんて普通、メイドや乳母に任せておくものだと思ってたけど、え??えっ!?違うのかな??
「メイドに任せておけば良かったのに…」
私が思ったまま素直な感想を口にしたら、どこからともくブチッと何かが切れる音がし、
「殿下は可愛い我が子の世話を他人任せにしろって言うのですか!!??」
と、めちゃくちゃ鬼の形相で怒られてしまった。
ご……ごめんなさい。
何だか良く解らないまま、私は素直に謝ってしまっていたのだった。
アウラのこんな顔、初めて見たよ。ビックリした。
その後、私はカフェでお茶しながら、アウラのここ最近の話を聞いた。
「自分で食事もできない、排泄も出来ない、ほっておくと体調を崩してしまう子供の世話って大変な仕事なのだと、しみじみと実感いたしましたわ……」
「そ……そんなに…??」
聞けばのこの一ヶ月の間、ほとんど眠れていないらしい。
魔獣の幼体は数時間おきにミルクを飲ませなくてはならないし、排泄の手伝いもしてやらないとならない。温度管理も重要で、下手をしたら命にかかわるので目が離せない。そんな生活をずっと続けていたせいで夜も眠れず、結果、今のように見る影もなくやつれてしまったのだと。
「ミィナはフォローしてくれますが、基本は私一人で世話してましたので…」
彼女付きのメイド、ミィナはとても優秀な人だ。彼女に任せておけば、何ら問題はなかったように思うが──曰く
『己の仔としてお育てになるなら、命に対する責任は取らなくてはなりません』
とのこと。要は自分で世話してこそ母、なんだそうだ。
ミィナも下位とはいえ、貴族出身のはず。そんな貴族女性にしては珍しい感覚だな、と私は感心した。だが、それはどうやら私の婚約者も同じだったようで、彼女も最初から自らの手で育てるつもりであったらしい。
「それはもう、可愛いんですのよ!?子育てって大変ですけど、私、この一ヶ月本当に楽しかったですわ!!」
日々、手助けをし、常に見守り、仔の成長に喜びを覚える。
それが楽しくて仕方がなかったのだそうだ。
そうやって魔獣の成長を語るアウラの顔は、やつれてなお美しかったように思う。
きっと庶民の子の母らも、愛しい我が子を、こんな喜びを持って育てているのだろう。
そんな風に考えると、少し、羨ましい気もした。
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