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第二章 運命が動き始める
涙がこぼれる
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結婚式までの一か月は、嵐のように過ぎ去った。
エリアナは毎日、準備に追われた。といっても、それは主にリリアーナの結婚式――同じ日に執り行われる予定――の準備の手伝いだった。継母マルグリットは、リリアーナの式を盛大にすることに全力を注ぎ、エリアナの式は「簡素に済ませる」と決めていた。
「どうせ、北の辺境に行ってしまうのだから、派手にする必要はないわ」
と、継母は冷たく言い放った。
エリアナのウェディングドレスは、母の遺品である古いドレスを仕立て直したものだった。繊細なレースと刺繍が施された美しいドレスではあるが――リリアーナの新調された豪華なドレスとは比べ物にならない。
「まあ、お姉様ったら、そんな古臭いドレスを着るの?」
リリアーナは、エリアナの部屋をのぞき込んで嘲笑った。
「わたくしのドレスは、王都で一番の仕立て屋に作ってもらったのよ。真珠が五百個も縫い付けてあるの。アンリ様も、きっと喜んでくださるわ」
エリアナは何も言い返さなかった。もう、慣れてしまっていた。
でも、母のドレスを手に取ると、胸が温かくなった。これは母が着た、思い出のドレス。それを着て結婚式を挙げられることが、エリアナには何より嬉しかった。
ある日の午後、エリアナは庭を散歩していた。屋敷の裏手にある、誰も来ない古い庭園。そこには、母が植えた薔薇がまだ咲いている。
薔薇の世話をしながら、エリアナは母のことを思い出していた。優しい笑顔、温かい手、安心できる声。全てが、今では遠い記憶。
「そこにいるのは、エリアナ・フォンティーヌか」
突然の声に、エリアナは飛び上がった。
振り向くと――アレクシス・ヴァルモントが、そこに立っていた。
「ヴ、ヴァルモント公爵 !」
なぜ、彼がここに? 舞踏会以来、二人は一度も会っていなかった。結婚式の準備は全て使者を通じて行われ、直接顔を合わせることはなかったのだ。
「驚かせて悪かった。フォンティーヌ伯爵に挨拶に来たついでに、君に会いたいと思ってな」
アレクシスは、相変わらず無表情だった。でも、その声には、どこか穏やかさがあった。
「わたくしに……ご用でしょうか」
「ああ。これを渡したくて」
彼は、小さな箱を差し出した。ビロードの箱。
エリアナは、震える手でそれを受け取った。開けると——
息を呑んだ。
そこには、美しいネックレスがあった。銀の鎖に、琥珀色の宝石が揺れている。まるで、エリアナの瞳の色のような、温かな色。
「これは……」
「婚約の印だ。君に似合うと思って選んだ」
エリアナは、信じられない思いで宝石を見つめた。
誰かが、自分のために何かを選んでくれた。それも、こんなに美しいものを。
「あ、ありがとうございます……」
涙があふれそうになって、エリアナは慌ててうつむいた。でも、涙は止められなかった。視界がぼやける。
「泣いているのか」
アレクシスの声には、かすかに動揺がこもっている。
「い、いえ……ただ、嬉しくて……」
こんなに嬉しいことは、何年ぶりだろう。
エリアナが肩を震わせている間、アレクシスはしばらく黙っていた。そして、ゆっくりと言った。
「エリアナ・フォンティーヌ。君は、この結婚を望んでいるのか」
エリアナは毎日、準備に追われた。といっても、それは主にリリアーナの結婚式――同じ日に執り行われる予定――の準備の手伝いだった。継母マルグリットは、リリアーナの式を盛大にすることに全力を注ぎ、エリアナの式は「簡素に済ませる」と決めていた。
「どうせ、北の辺境に行ってしまうのだから、派手にする必要はないわ」
と、継母は冷たく言い放った。
エリアナのウェディングドレスは、母の遺品である古いドレスを仕立て直したものだった。繊細なレースと刺繍が施された美しいドレスではあるが――リリアーナの新調された豪華なドレスとは比べ物にならない。
「まあ、お姉様ったら、そんな古臭いドレスを着るの?」
リリアーナは、エリアナの部屋をのぞき込んで嘲笑った。
「わたくしのドレスは、王都で一番の仕立て屋に作ってもらったのよ。真珠が五百個も縫い付けてあるの。アンリ様も、きっと喜んでくださるわ」
エリアナは何も言い返さなかった。もう、慣れてしまっていた。
でも、母のドレスを手に取ると、胸が温かくなった。これは母が着た、思い出のドレス。それを着て結婚式を挙げられることが、エリアナには何より嬉しかった。
ある日の午後、エリアナは庭を散歩していた。屋敷の裏手にある、誰も来ない古い庭園。そこには、母が植えた薔薇がまだ咲いている。
薔薇の世話をしながら、エリアナは母のことを思い出していた。優しい笑顔、温かい手、安心できる声。全てが、今では遠い記憶。
「そこにいるのは、エリアナ・フォンティーヌか」
突然の声に、エリアナは飛び上がった。
振り向くと――アレクシス・ヴァルモントが、そこに立っていた。
「ヴ、ヴァルモント公爵 !」
なぜ、彼がここに? 舞踏会以来、二人は一度も会っていなかった。結婚式の準備は全て使者を通じて行われ、直接顔を合わせることはなかったのだ。
「驚かせて悪かった。フォンティーヌ伯爵に挨拶に来たついでに、君に会いたいと思ってな」
アレクシスは、相変わらず無表情だった。でも、その声には、どこか穏やかさがあった。
「わたくしに……ご用でしょうか」
「ああ。これを渡したくて」
彼は、小さな箱を差し出した。ビロードの箱。
エリアナは、震える手でそれを受け取った。開けると——
息を呑んだ。
そこには、美しいネックレスがあった。銀の鎖に、琥珀色の宝石が揺れている。まるで、エリアナの瞳の色のような、温かな色。
「これは……」
「婚約の印だ。君に似合うと思って選んだ」
エリアナは、信じられない思いで宝石を見つめた。
誰かが、自分のために何かを選んでくれた。それも、こんなに美しいものを。
「あ、ありがとうございます……」
涙があふれそうになって、エリアナは慌ててうつむいた。でも、涙は止められなかった。視界がぼやける。
「泣いているのか」
アレクシスの声には、かすかに動揺がこもっている。
「い、いえ……ただ、嬉しくて……」
こんなに嬉しいことは、何年ぶりだろう。
エリアナが肩を震わせている間、アレクシスはしばらく黙っていた。そして、ゆっくりと言った。
「エリアナ・フォンティーヌ。君は、この結婚を望んでいるのか」
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