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第一章 影の令嬢
温かい手
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舞踏会は続いた。リリアーナとアンリの婚約も発表され、会場は祝福に包まれた。拍手喝采、楽しげなざわめき、人々の笑顔。
エリアナの婚約は、それに比べれば影が薄く、人々はほとんど触れようとしなかった。
「可哀想に、あんな男のところへ」
そんな囁き声が聞こえる。
エリアナは、会場の隅で、一人グラスを持っていた。誰も話しかけてこない。
早く自室へ戻りたくてたまらなかった。しかし、父の主催の舞踏会で、そんな無礼な真似はできない。
そんな時、不意に誰かが隣に立った。
視線を向けると——アレクシス・ヴァルモントが、そこにいた。
(あ……!)
驚きで声も出ない。
「踊りませんか、エリアナ・フォンティーヌ」
それは質問ではなく、命令だった。手が差し出される。大きな手。騎士の手。
エリアナは、震える手をその手に重ねた。
初めて触れた彼の手は、温かかった。
氷のような男だと思っていたのに、その手には確かに温もりがあった。
アレクシスはエリアナをダンスフロアへと導いた。音楽が流れ、二人は踊り始めた。
エリアナは必死にステップを踏んだ。久しぶりのダンスで、足がもつれそうになる。でも、アレクシスのリードは確かで、彼女が崩れないよう支えてくれた。
「緊張しているな」
アレクシスが、低い声で言った。
「……はい」
「無理もない。私の噂は、あまり良いものではないから」
エリアナは、彼の顔を見上げた。無表情。でも、その声には、ほんのわずか——自嘲が混じっている気がした。
「わたくしは……」
何を言えばいいのか分からない。
「怖い、か」
「……」
嘘はつけなかった。正直、怖い。
でも——
「でも」エリアナは、小さな声で続けた。「あなた様の手は、温かいのですね」
その言葉に、アレクシスがぴくりと肩を揺らした。その青い瞳が、エリアナを見下ろした。
瞳の奥で、何かが揺らいだ。
氷が、ほんの少しだけ、溶けたかのように。
「……そうか」
それだけ言って、彼は踊り続けた。
曲が終わり、二人は離れた。
アレクシスは一礼した。
「結婚式は一か月後だ。それまでに、準備を整えておいてほしい。式の後、すぐに北の領地へ向かう」
「承知いたしました」
エリアナも、深々とお辞儀をした。
アレクシスは、もう一度だけ彼女を見た。
そして、会場を去っていった。
その背中を見送りながら、エリアナは自分の手を見つめた。
彼の温もりが、まだ残っているような気がした。
悪魔公爵——アレクシス・ヴァルモント。
確かに、近寄りがたい男だ。
でも、少なくとも——乱暴ではなかった。
それだけでも、この結婚には僅かな救いがあるのかもしれない。
エリアナは、遠ざかる彼の背中を見つめながら、小さく息をついた。
一か月後、自分の人生は大きく変わる。
それが幸福への道なのか、それとも絶望への道なのか。まだ、誰にも分からない。
でも、少なくとも——この家からは出られる。
その思いを胸に、エリアナは長い夜を過ごした。
春の夜は、まだ肌寒い。
でも、心の奥底では、何か小さな種が芽吹き始めていた。
希望という名の、小さな、小さな種が。
エリアナの婚約は、それに比べれば影が薄く、人々はほとんど触れようとしなかった。
「可哀想に、あんな男のところへ」
そんな囁き声が聞こえる。
エリアナは、会場の隅で、一人グラスを持っていた。誰も話しかけてこない。
早く自室へ戻りたくてたまらなかった。しかし、父の主催の舞踏会で、そんな無礼な真似はできない。
そんな時、不意に誰かが隣に立った。
視線を向けると——アレクシス・ヴァルモントが、そこにいた。
(あ……!)
驚きで声も出ない。
「踊りませんか、エリアナ・フォンティーヌ」
それは質問ではなく、命令だった。手が差し出される。大きな手。騎士の手。
エリアナは、震える手をその手に重ねた。
初めて触れた彼の手は、温かかった。
氷のような男だと思っていたのに、その手には確かに温もりがあった。
アレクシスはエリアナをダンスフロアへと導いた。音楽が流れ、二人は踊り始めた。
エリアナは必死にステップを踏んだ。久しぶりのダンスで、足がもつれそうになる。でも、アレクシスのリードは確かで、彼女が崩れないよう支えてくれた。
「緊張しているな」
アレクシスが、低い声で言った。
「……はい」
「無理もない。私の噂は、あまり良いものではないから」
エリアナは、彼の顔を見上げた。無表情。でも、その声には、ほんのわずか——自嘲が混じっている気がした。
「わたくしは……」
何を言えばいいのか分からない。
「怖い、か」
「……」
嘘はつけなかった。正直、怖い。
でも——
「でも」エリアナは、小さな声で続けた。「あなた様の手は、温かいのですね」
その言葉に、アレクシスがぴくりと肩を揺らした。その青い瞳が、エリアナを見下ろした。
瞳の奥で、何かが揺らいだ。
氷が、ほんの少しだけ、溶けたかのように。
「……そうか」
それだけ言って、彼は踊り続けた。
曲が終わり、二人は離れた。
アレクシスは一礼した。
「結婚式は一か月後だ。それまでに、準備を整えておいてほしい。式の後、すぐに北の領地へ向かう」
「承知いたしました」
エリアナも、深々とお辞儀をした。
アレクシスは、もう一度だけ彼女を見た。
そして、会場を去っていった。
その背中を見送りながら、エリアナは自分の手を見つめた。
彼の温もりが、まだ残っているような気がした。
悪魔公爵——アレクシス・ヴァルモント。
確かに、近寄りがたい男だ。
でも、少なくとも——乱暴ではなかった。
それだけでも、この結婚には僅かな救いがあるのかもしれない。
エリアナは、遠ざかる彼の背中を見つめながら、小さく息をついた。
一か月後、自分の人生は大きく変わる。
それが幸福への道なのか、それとも絶望への道なのか。まだ、誰にも分からない。
でも、少なくとも——この家からは出られる。
その思いを胸に、エリアナは長い夜を過ごした。
春の夜は、まだ肌寒い。
でも、心の奥底では、何か小さな種が芽吹き始めていた。
希望という名の、小さな、小さな種が。
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